No.8 本当に、信じられますか?
またかなり間があいてしまいました!すみません!!
まるでなにかの映画や、アニメのような光景。
着飾った美しい女性たちに、凛とした男性たち。
これが、夜会・・・。
「あちらに、エト様とアルキ様がいらっしゃいますよ。」
そう言われて、音甘さんの視線の先を見てみると、そこにはたしかにあの二人がいた。
黒のスーツ(タキシード?違いがわからない)を着ている。
二人とも、とてもよく似合っていた。
「・・・なんだか二人とも、忙しそうですね。」
「皆さんが挨拶に来られるんですよ。お二人は、黒逆十字の最上位、黒逆十字最十持者ですから。」
そう言って説明してくれる音甘さんは、いつものメイド服ではなく、濃い紫のドレスを着ている。
妙に大人っぽいデザインのドレスで、髪型がいつもと違い、おろしているせいもあるのか、今日の音甘さんからは、いつもより大人びた雰囲気を強く感じた。
「あれ、音甘さん、それって・・・」
ドレスを見ていて、ふと、音甘さんのネックレスのデザインに目がいった。
「いつもはメイド服で隠れちゃってますが、これがわたしの十字の象徴なんですよ。」
不思議なデザイン。黒い逆十字から、曲線が左右に、シンメトリーにはえている。
左右の曲線が羽に見えて、『十字』というよりも『蝶』のようだ。
「綺麗・・・。わたしの十字も、伏せ線がなくなれば、こんな綺麗な十字になるんでしょうか・・・。」
わたしがなんとなく零した言葉に、音甘さんは少しだけ目を見開いたように見えた。
「リア様は、ご自分の十字の象徴の本当の形、知りたいですか?」
「それは・・・やっぱり・・・わたしと十字の関係を知る、手掛かりになるかもしれないし・・・。」
「そうですか。・・・そうですよね。」
「あの・・・どうかしたんですか?」
「いえ、なんでもありません。あ、挨拶が途切れたようですよ。今のうちに、お二人のところへ行ってみましょう!」
そう言った音甘さんは、いつもと変わらない笑顔だった。
「エト様、アルキ様、」
音甘さんが声をかけると二人は、わたしと音甘さんがやって来たことにまるで今気がついたかのように、ふとこちらを見た。
「へぇ・・・。」
なんだか有逆くんが、まじまじとわたしを見ている気がする。
「梨暗ってこんなに美人だったんだね。十字の人間が美人なのはあたりまえって言うけど、でも・・・。」
いきなり何を言い出すのだろう。
「昨日のメイド服も可愛かったけど、昨日は眼鏡かけてたから・・・。絶対、かけてないほうが可愛いよ。」
美人とか、可愛いとか、言われ慣れない単語を並べられて、どうすればいいのかわからなくなる。
とにかく恥ずかしくて、顔が熱くなっているのがわかる。
「絵画で見た。・・・とてもよく似ている。」
永斗くんが唐突にそう言った。
「絵画・・・そうだね。そういう格好してると余計に・・・どこかで見た絵画の女性を思い出すね。」
有逆くんはこたえながら、今度は音甘さんに目をむける。
「・・・・・なんていうか・・・、いつもどおりだね、ネアは。」
え、
「わたしなんかより、音甘さんのが何倍も綺麗ですよ?」
「ネアの夜会での姿なんて見慣れてるしね。いつもそんな感じのドレス着てるし、新鮮味がない。・・・・・まあ、美人ではあると思うけど?」
・・・有逆くんはなんていうか、音甘さんに対してはわたしに対する以上にイジワルだと思う。
「新鮮味・・・でもわたし、このドレス気に入ってるんですよ。それに、どんなにわたしが頑張ったところで、リア様には敵いませんし。」
音甘さんまで何を言い出すのだろう。
「そ、そんなことないですっ!音甘さん、すっごく綺麗です!!」
「ありがとうございます。」
音甘さんは、そう言って微笑んでくれた。
「ネア様、お久しぶりです。あら?そちらの方は・・・」
さっき、永斗くんと有逆くんと話していた女性だ。今度は、音甘さんに挨拶に来たらしい。
「正十字の方・・・その鎖は、遠十家の?」
「そっ。最近拾った僕たちのペットだよ。ね?永斗。」
「!!」
いきなり有逆くんに、後ろから首に腕をまわされた。
「ああ。」
永斗くんは、わたしを見るわけでもなく、有逆くんを見るわけでもなく、その女性を見るわけでもなくそう答えた。
「まあ。それは羨ましいですね。お名前はなんと仰るんですか?」
「えっと・・・み・・・あ、リア、です。」
「わたしは、サノといいます。よろしくお願いしますね。」
サノさんは首を傾げて微笑んだ。
「あっ・・・こちらこそ、よろしくお願いします・・・。」
雰囲気は違うけれど、なんとなく、どこか音甘さんに似ている気がする。
十字の女性は、みんなこんな感じなのだろうか。
「サノ、何か新しい情報でもあった?」
そう尋ねたのは音甘さんだ。
敬語で話す音甘さんしか見たことがなかったので、なんだかすごく違和感があった。
「いえ、わたしのほうでは何も・・・。ネア様のほうが、いろいろとご存知なのではないでしょうか。・・・・・この間の火事、あれは白逆十字の仕業では?」
「ええ、まあ。」
音甘さんが、チラッと横目でわたしを見る。
「梨暗、他の方たちにもご挨拶しておいで。」
「・・・・・はい。」
有逆くんに言われ、わたしは返事を返すと、その場を離れた。
「挨拶・・・って言われても。」
舞踏館の奥に、準備室のような部屋があって、思わずそこに逃げ込んでしまった。
電気はついていないが、窓から差し込む月明かりが強いため、目が慣れてしまえばそんなに暗くはない。
「何を言えば・・・」
そもそもわたしは、人と話すこと―――――・・・特に、初対面の人と話すことがとっても苦手なのだ。
「逃げて・・・来ちゃった。」
やはり、黒逆十字の夜会に黒正十字がいるのは珍しいのだろう。
たくさんの視線が、自分一人に向いているのがとても怖かった。
「・・・・・。」
わたしは壁にもたれて、窓の外を見た。
本当に今夜は、月がまぶしい。なんとなくそのまま窓の外を眺めていると
『ギィ・・・』
音がした。扉の開く音。
「こんばんは。黒正十字のお嬢様。」
視線をむけると、そこには一人の男性が立っていた。
永斗くんや有逆くんより、少し年上に見える。おそらく、今夜の夜会の出席者の一人だろう。
「キョウ様のお孫様、ですよね?」
その人は後ろ手に扉を閉めると、カツカツと靴の音を鳴らしながら、こちらへ近づいてきた。
「キョウ・・・祖母のことを知っているんですか?」
気がつくと、その人はわたしを見下ろしていた。わたしより10㎝以上は身長がありそうだ。
思わず見上げると、かなり顔が近い。
「あなたのおばあ様は、それはそれは偉大なお方なんですよ。きっと十字の人間であれば、誰もが知っている・・・『キョウ』という名は、ほとんど知られていないようですが。」
息が、彼の長い前髪が、わたしの顔にかかるほど近い。
後ろに下がろうにも、わたしは壁にもたれている状態だ。
さっき有逆くんが、『十字の人間が美人なのはあたりまえ』と言っていたのを思い出した。
自分がどうかはわからないが。
「俺はイルといいます。・・・あなたは?」
「わ、わたしは・・・リア、です。」
黒逆十字の男の人。
この独特の『サカサマ』の感覚は、だいぶ慣れたかと思っていたけれど、今はそれがとても怖い。
「リア様、あなたの十字の象徴を拝見してもよろしいでしょうか。」
そう言うとその人は、わたしの首もとのペンダントをそっと指で持ち上げた。
「これはまた・・・すごい量の伏せ線ですね。さすがはキョウ様と言うべきか・・・。」
その人はじっとペンダントを見つめるとこう言った。
「この伏せ線、外してみる気はありませんか?」
「・・・え?」
その人の瞳がまっすぐ、わたしの瞳を射ぬいていた。
「おそらくあなたの十字・・・十字としての能力は、この伏せ線によって封じ込まれているのだと思います。これを外せば、きっとあなたの十字も目覚めるでしょう。」
「目覚める―――・・・?」
そうすれば、永斗くんや有逆くんたちのように、十字の力を使えるようになるのだろうか。
それ以前に、十字がどんな力なのかもわからないけれど、でも、もしかしたらおばあちゃんのこともなにか―――・・・
「・・・・・そんなこと、できるんですか?」
そんなことができるのなら、あの二人がとうにやっているはずだと思う。
「わかりません。なにしろ、あのキョウ様が刻んだものですからね。俺一人でどこまで外せるか・・・。でも、やってみる価値はあるかと。」
なんていうか―――・・・強気な笑みだった。怖いくらいの。
「どうして、あなたがそんなことを・・・?」
「俺は、あなたの未知なる十字に期待しているんですよ。もしかしたらあなたは、あのキョウ様を超えるんじゃないかと。」
その人は、わたしの十字に強く興味があるようだ。
「エト様とアルキ様は、あなたのおばあ様の正体に気付いていらっしゃらないのでしょう?」
「・・・・・。」
「『キョウ』という名をご存知ないのでしょうね。あの方は、十字名を別に持っていらっしゃったから。十字名のほうは有名なんですけど。―――でも、教えたくないんです。俺は、あのお二方を信用していない。あなたもそうなのではありませんか?」
たしかに、まだ二人を信用するには、時間が足りなさすぎる。でも、
「・・・それは、あなたに対してだって同じことです。」
「―――そうですね。その通りでしょう。」
その男の人は面白そうに笑う。
「でも、キョウ様の伏せ線を外せるほどの十持者なんてなかなかいませんよ?あのお二方・・・もしくはネア様に頼んでもいいですが、きっとエト様が反対なさるでしょうし。」
「どうして?」
「伏せ線を刻んだ本人以外が外すのは、その十字の象徴の持ち主に大きな負担をかけますからね。身体的にも、精神的にも。人によって程度は異なりますが、それなりの覚悟が必要です。」
「―――覚悟・・・でもどうして、それで永斗くんが」
「あの方は変なところでお優しいんですよ。なんとなくわかりませんか?」
「・・・あ」
なんとなくわかる気がする。
「それでもこれは必ず、あなたのためになります。いつまでも十字を眠らせておくわけにはいかないでしょう?」
そらすことができない、どこまでも本気な瞳に射抜かれている。
「どうですか?」
でも、
「―――――遠慮しておきます。」
わたしは断った。
「・・・何故?」
わたしの言葉に、驚いているのかそうでないのか、表情からは読み取れない。
「それが必要なことなら・・・あの二人に頼みます。反対されても説得します。」
「あなたは、あのお二方を信用できるのですか?」
「わかりません。―――今はできなくても、この先どうなのかは。わたしはあの二人の傍にいることになるのだから。」
だって、今この現状で、他に信じていいものがないんだ。
だからわたしは、あの二人をできるだけ信じてみようと決めていた。
「少なくともあなたよりは、信用できる可能性は高いです。」
「―――・・・面白いですね、あなたは。祖父から聞いたキョウ様に似ている気がする。」
「・・・!」
言いようのない危機感がわたしを襲った。
強気の笑み―――というよりも、言うならば、欲望の―――・・・
「そして不思議な感じがします。あなたの十字の存在感。俺たちとは逆の正十字。気づいていらっしゃいましたか?あなたの十字の存在感は、感情によって広がるようです。封じられていてもなお、そこから溢れだして。」
それは、自分でも気づいていた。
この人たちとは逆の、わたしの持っているもの。
わたしが意志を持って言葉を口にするたび、どんどん広がっていく。
「やっぱりあなたは、他の十持者とは違いますね。あなたもきっと、キョウ様のような偉大な十字になることでしょう。」
彼の瞳に宿るものがどんどん強くなっているのがわかる。
だけど、逃げようにも逃げる術がない。
この人を押しのけて―――なんて、きっと無理だ。
「―――・・・俺は、あなたを俺の十字のもとに置いておきたいんですよ。それが一族の望みなんです。」
「それがあなたの、本当の目的―――・・・」
「遠十のお二方は、あなたの価値をわかっていらっしゃらないのでしょう?」
「・・・わたしは、あなたのもとへ行く気なんてありません。」
どんどん広がっていくわたしの十字。封じらているからかとても薄いけれど、でも、このままいけばきっと、あの二人か、もしくは音甘さんが気付いて―――・・・
「無駄ですよ。」
「!」
まるでわたしの考えを読んだかのように、その人はわたしの思考を遮った。
「今この部屋には、『ガード』がはってありますから。」
「・・・ガード・・・?」
「黒正十字では、そのまま『結界』と言うそうですね。まあ、そのようなものです。」
それで、だれも来てくれないのか。気付かないから。
「では―――・・・覚悟は良いですか?」
「え」
今ここで始める気だとは思っていなかった。とっさに身構える。
「良くなくても始めますが。・・・―――」
そう言ってその人は、再びわたしのペンダントにふれた。
「っ!!!??」
その瞬間、今まで感じたこともないほどの激痛が、わたしの体を走った。
「やっぱり・・・これはなかなか難しい・・・かな。」
その人は、ペンダントにかける十字を強める。
「!!!いやっ、やめて、いたい、―――――っ・・・」
立っていることができず、壁にもたれたままずり落ちる。
「やめてっ―――・・・あなたには、この伏せ線は、外せないっ・・・!!」
「どうして?―――でも・・・そうですね。これほどの力をかけているのに全く変化が・・・俺一人では無理なのか・・・」
そしてその人は、よりいっそう強い力を―――おそらく彼の最大限の十字をわたしの十字の象徴にかけた。
「あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
そのまま横に倒れる。気を失いそうになったが、なんとか意識を保つことができた。
「はあっ・・・はぁ・・・っ・・・・・」
全身が痛い。重い。動かない。絶叫したせいで喉も痛い。
「・・・一本、か。俺の十字じゃここまでかな。」
かすむ視線でペンダントを見てみると、たしかに一本だけ、線が減っている気がする。
「―――それに、・・・気付かれたようですね。一人、むかって来る。」
大きな逆十字の存在感。わたしも感じていた。
きっと、永斗くんか、有逆くんかのどちらか。
―――――どっちだろうか―――?
「今日は諦めます。また来月、お会いしましょう。」
彼の姿が消える。瞬間移動でもしたのだろうか。そして、そのかわりに、
『バタンッ』
扉が開いて、現れたのは、
「あ・・・有逆、くん・・・?」
「梨暗・・・?」
意識がもうろうとしている。横に倒れているせいもあって、有逆くんの表情がよく見えない。
「・・・この気配、イルか。僕のモノに手を出すなんて、いい度胸だね。・・・大丈夫?イルに何された?」
片腕で、わたしの体を抱き起こす。
「・・・有逆くんなら、できる、のかな・・・。」
「なにが?」
「わたしの、伏せ線・・・お願い、外して。」
彼が抱き起こしてくれたおかげで、うっすら、彼の表情を見ることができた。
驚いた顔をしていた、ように思う。
そこで、わたしの意識はいったん途切れた。