No.7 ただのキセキと月と星
お久しぶりです。
第7話もそこそこ長いです。・・・疲れた。
ここ数日で思ったこと。
わたしは、けっこう冷静なほう・・・あまり動じない人なのかもしれない。
いや、それは違うのだろうか。
今、こうしていられるのは、ただのキセキなのだろうか。
ただ奇跡的に感情を抑えつけられているだけなのだろうか。
もしそうだとしたら、それはきっと、わたし自身の『強さ』ではない。
でも、だとしたらなんなの?
『ただのキセキ』。
『キセキ』に『ただ』がつくなんておかしい。
―――――これはいったい、なんなんだろう。
「リア様、これなんていかがでしょう。」
「・・・音甘さん、これは一体なんなんでしょう。」
朝食後、わたしは音甘さんに、ある一室に連れ込まれていた。
「なにって、ドレスです。」
その部屋はドレスだらけだった。
名称はわからないが、長い棒のようなもの・・・に、大量のドレスが掛けられている。
たぶん、30着以上はあると思う。
奥には、更衣室のような空間もある。
「ドレス・・・どうして」
「今夜着て行くんですよ。お二人から聞いていませんか?」
「ええと・・・」
特に何も言われていない・・・と思う。
「今夜は、毎月恒例の黒逆十字の夜会が開かれるんですよ。」
「や、夜会・・・!?」
なんか、すごい単語が出てきた。
「それ、もしかしてわたしも出るんですか?」
「はいっ。もちろんです。」
答えながら、次から次へとドレスを手に取る音甘さんはなんだか楽しそうだ。
「黒逆十字の最上部の者たちによる、十字関係の情報交換の場として、ここ、遠十学園私的居住区の舞踏館では、エト様とアルキ様主催の夜会を毎月開いているんです。」
「舞踏館・・・そういえば、私的居住区にも、小さめの舞踏館がありましたね。」
「はい。学園の生徒が使う舞踏館ほど大きくはありませんが、そこそこ立派な建物なんですよ。」
「―――でもわたしは、黒正十字の人間なんですよ・・・?」
わたしがそう言うと、音甘さんは微笑んで、近くの棚からなにかを取りだした。
チャリ・・・ジャラッと音がする。
「・・・なんですか、それ。」
鎖だ。
「これをつけていれば、リア様が夜会に出ても大丈夫です。」
「・・・鎖、ですよねそれ。」
八角形型の薄い銀色の板の中心に、黒い逆十字が彫られている。
ペンダントのようだった。重そうなペンダント。チェーンは鎖でできている。
「この中心に刻まれているのは、遠十家の十字の象徴です。この鎖に縛られている物は、遠十家の管理の下にあるということを意味しています。」
「わたしは、彼らの物ってことですね。」
「高位な黒正十字であると考えられるリア様が今お二人のもとにいることは、既に黒逆十字の中で、周知の事実となっています。・・・あなたを隠しておくわけにはいかないんです。一度、表に出さないと。そのためにも、これはどうしても必要な物なんです。」
音甘さんは、申し訳なさそうな顔をしている。
「あの、・・・大丈夫です。気にしてません。」
まるで首輪のようだとは思うけれど。―――飼い犬につける首輪。
でも、本当にあまり気にならなかった。何故だろう。
「それで・・・その、夜会ってなにをするんですか?」
「そうですね・・・集まって、話をして、料理を食べます。立食パーティーみたいな感じで。特にこれといって特別なことはありません。皆さん、自由に情報交換をして帰って行かれます。」
「みんな、ドレスを着て集まるんですか?・・・十字の人って、みんなお金持ち・・・」
「でも、リア様ほどの方は少ないですよ。」
「え?」
わたしの家は・・・
「え、―――・・・ええと、もしかして、ご存知ないんですか・・・?」
「あの・・・」
わたしの家は、普通だ。
こんな屋敷じゃないし、食事だってここみたいに豪華じゃない。
「もしかして、水乃は水乃でも―――・・・」
「あの、『水乃』って、もしかして有名なんですか?」
「ええと・・・はい。『水乃』といったら、50年前は日本でもトップの企業でした。今でも、かなり大きな企業で、・・・・・『水野』はともかく、『水乃』なんてあまり聞きませんし、リア様は高位の黒正十字の可能性が高いですし、てっきりそこのご令嬢かなにかかと・・・。」
「いえ・・・そうなのかもしれません。家のことって、あまり教えてくれなくって・・・。」
そういえば、『水乃』といのは、お母さんのほうの姓だと聞いたことがある。
お母さんがお嫁に来たのではなくて、お父さんが婿入りしたって。
たしか、おばあちゃんとおじいちゃんもそうだった。
「もしそうなら・・・普通に入学金、払えたんじゃあ・・・。」
お父さんが、仕事の内容についてあまり話したがらなかったのはそういうことだったのだろうか。
お母さんに聞いても、あまりちゃんと答えてくれなかった。
・・・・・あとで、電話で問いただしてみよう。
「・・・音甘さんも、お嬢様、なんですか?」
「お嬢様・・・そうですね。たぶん、世間一般的に言われる『お嬢様』に入るんだと思います。」
「それなのに、どうしてメイドさんなんですか?」
「・・・真風家は、もう随分と前から、遠十家に仕えていますから。・・・そんなことよりも、ドレスです。リア様のドレス。」
話を遮るように、音甘さんは言う。
もしかして、あまり聞かれたくないことだったのだろうか。
「これなんてどうですか?」
「レース・・・多すぎませんか?こういうのなんて言うんでしたっけ・・・ゴシック?」
「絶対似合うと思いますよ。」
自分でも、ドレスをかき分けてみた。・・・本当に、たくさんある。
「黒いドレス・・・ばかりですね。あ、でもこれは紺色。」
黒逆十字の夜会だからだろうか。黒を中心としたドレスばかりだ。
「―――・・・あっ、わたし、これがいいです。」
黒い、丈の長いワンピースのようなドレス。シンプルで、余分な飾りが一切無い。
「そんなシンプルなのでよろしいんですか?リア様なら、もっと可愛らしいものでも・・・」
「いえ、わたしはこれで・・・」
「じゃあ、試着してみましょう!」
「え、試着??」
「髪もいろいろアレンジしてみましょう。メイクも研究して・・・全てわたしにおまかせください!」
「えええっ・・・・・」
そしてわたしは、音甘さんに連行された。
それから、2時間ほどが経過し、
やっと自由になったわたしは、屋敷の中をふらふらしていた。
「はぁ・・・」
あれから、音甘さんはとっても楽しそうにわたしの髪をいじり、メイクをし、気づけば2時間たっていた。
2時間後、満足そうな音甘さんに連れられて鏡の前に立たされて・・・そこに映っていたのは、わたしではなかった。
まるで別人のようで・・・メイクっておそろしい。
そしてわたしは今、一人で屋敷内を探索中。はやく屋敷の内部を覚えてしまおうと思ったのだ。
だがしかし・・・
「ま、迷った・・・。」
さて、ここは一体どこだろう。
窓から外を見てみる。どうやらここは3階のようだ。下におりたいのだが、なかなか階段が見つからない。
何度か渡り廊下のようなところも通った気がする。・・・が、ここはいったいどの塔の3階だろう。
「もう一回、渡ってみよう・・・。」
そう思って歩き出して、
「あ、」
むこう側の塔に、有逆くんが歩いているのが見えた。
「ってことは、むこうが本塔・・・!」
この屋敷は、大まかに見ると3つの建物からなっており、それぞれA塔(本塔)、B塔、C塔と呼ばれている。正式名称は他にあるらしいが、ほとんど使わないらしい。
そして、いくつかの渡り廊下のようなもので、それぞれが繋がっている。
玄関は本塔にしかなく、C塔の3階の一番奥の部屋で暮らしている音甘さんは、かなり大変だと思う。
わたしが早足で渡り廊下を渡り終えると、有逆くんは丁度自分の部屋に入るところだった。
ちなみに、有逆くんの部屋は、本塔3階の、一番階段に近い位置にある。
「どうしたの?梨暗。かなり汗かいてるね。」
こちらに気づいたらしい有逆くんが声をかけてきた。
「あ・・・ええと、その・・・道に迷って・・・。」
「道に迷ったって・・・この屋敷内で?」
「・・・はい。」
「ここ、そんなに複雑な造りしてないと思うけど・・・いくら十字の感覚がないからって・・・」
「わたし、方向感覚がなくて・・・」
「そうなの?梨暗って、方向音痴なんだ。それで、さっきから同じところを行ったり来たりしてたんだね。」
「え、」
「気付かなかった?それはある意味すごいね。」
そう言って、有逆くんは笑う。
・・・なんていうか、有逆くんの笑い方は、音甘さんの微笑みと真逆で、すごく意地悪だ。
「・・・僕の部屋で、涼んでく?冷房きいてるけど。」
「え・・・」
「入ったことないでしょ。せっかくだから、どうぞ。」
「え、わっ、」
有逆くんに腕をひっぱられ、わたしは有逆くんの部屋に連れ込まれた。
「・・・失礼します・・・・・。」
部屋の中は、ひんやりしていた。
冷房がきいているせいもあるけど、なんていうか、家具たちがみんな無機質で、そんな感じがした。
「思ったより普通・・・ですね。」
透明なガラスや、プラスチックでできた家具が多い。
「普通・・・ってなにそれ。他に感想ないの?」
「ええと・・・シンプル?でもわたし、男の子の部屋とか入ったことなくて、本当はどんな感じが普通なのかもわからないんですけど・・・でもなんか、有逆くんっぽい部屋だと思います。」
「僕っぽい部屋ってなに?君、僕のことなんて知らないでしょ。」
「それは・・・そうですけど。」
なにせ、出会ってまだ数日だ。
「まぁ、永斗の部屋と比べればかなり普通だけどね。」
有逆くんは、変な表情をして言った。
「永斗くんの部屋・・・って、そんな変な部屋なんですか?」
「変というか・・・・・謎、だよね。あの部屋は。なんというか・・・そう、異次元?梨暗は絶対迷うと思うから、行かないほうがいいと思うよ。」
「異次元・・・?」
「空間おかしくなってるから。異空間・・・というか、やっぱり異次元・・・?」
空間がおかしくなってる部屋・・・どんな部屋だろう。・・・・・異次元・・・?
「それより梨暗、夜会のこと、ネアから聞いた?」
「あ、はい。」
「じゃあ、夜会に出席するうえでの、一般常識とかは?」
「え、ええと・・・たぶん聞いてないです。」
そんな話は―――・・・たしか、なかったと思う。
「まず、十字社会っていうのはけっこう身分社会で、身分差が激しい。まあ、夜会には最上部の者しか来ないけどね。でもその中にもやっぱり、上下関係はある。」
「上下関係・・・」
昔の貴族社会みたいな感じだろうか。・・・よく知らないけれど。
「君も知ってると思うけど、今、黒逆十字で一番えらいのは僕と永斗。だから、僕たちの物である君が見くびられることはないと思うけど・・・でも一応黒正十字だし、控え目にしておいたほうがいいかもね。」
「・・・わたし、あなたたちの物になった覚えはありません。」
「あれ、そうなの?」
「・・・・・今夜だけは、我慢します。」
仕方のないことだ。さっき、音甘さんが教えてくれた。
「それと、十持者は普通、苗字を名乗らない。それが基本。血縁とかは、十字の象徴でわかるし。まぁ、僕たちの『遠十』はみんな知ってるけど。」
もしかして、音甘さんが『苗字は呼ばれ慣れない』と言っていたのは、こういうことなのだろうか。
「あと、もし名前を記入するような場合になったときは、カタカナで記入すること。漢字は伏せるのが基本だから。」
「それは・・・どうしてですか・・・?」
「表と裏を区別するため、かな。」
よくわからない。それが、なんのためになるというのだろう。
「互いに、裏・・・十字での顔を知っていれば、それでいいってわけ。まあ、それでも表のパーティーとかでけっこう会っちゃうんだけどね。そういうときは、知らぬフリをつきとおす。」
有逆くんが補足してくれる。
意味は、なんとなくわかる。でも・・・
「暗いですね。十字の人って。」
わたしがそう言うと、有逆くんは軽く目を見開いた。
「・・・特に、黒十字は『夜』をつかさどる十字だからね。だから、『夜会』。夜はいつだって暗いでしょう?」
「そう・・・ですね。でも、」
たしかに、昼と比べれば暗いかもしれない。
それでも、
「月や星が出ていれば・・・夜だって、明るいですよ?」
きっと、それほどの暗さじゃないはず。
「・・・君って、面白いこと言うね。」
有逆くんは、少し変な表情で笑った。呆れているのか、それとも・・・。
「そうだね。」
そう言って、軽く溜息をついてから、続ける。
「どんな闇夜でも、輝ける月や星が、見つかれば。」
そして、彼はそう言った。
わたしは、けっこう冷静なほう・・・あまり動じない人なのかもしれない。
でも、もしもただ、これが感情を抑えつけられているだけなのだとしたら、きっとそれは、わたしの中の十字の闇夜に、月や星が見つけられたいていからなのだと思う。
月や、星―――――・・・それが見つかったとき、わたしはどうなるのだろう。
それが、希望の光となるのか、さらに深い闇の導いてくれるのかはまだわからないけれど、
それを見つければもう、今のままではいられないだろう。
だから、今のこの状況は、
本当に、
『ただのキセキ』としか言えないのかもしれない。
今こうしてうちなおしてみると、当時の自分がなにを思ってこんなこと書いたのかよくわからない。
No.7の回収はだいぶあとのほうになります。
たしか四十何話目くらいだった。
ところで、No.28以降のノートが消えました。困った。
No.53まで書いたのに!・・・頑張って探します。