No.15 強い人
「また・・・朝寝っ・・・ですかっ・・・?」
「・・・また、走って来たのか?」
「はい」
永斗くんは、ベンチの上で仰向けになっていた。
「体調・・・・・大丈夫ですか?」
「・・・ああ」
永斗くんは、上を向いたまま。
「あの・・・その」
謝らなくちゃ。
「ごめんなさい」
「・・・・・」
永斗くんは無言。
・・・どうしよう。
「あの・・・約束破って、ごめんなさい・・・!絶対屋敷から出ないって・・・わたし、出てしまいました。その、大丈夫かな、って、思ってしまって。あの人に、わたしの伏せ線が外せるとは思えなかったし、・・・おばあちゃんのことも、知りたかったし・・・でも、全然大丈夫じゃなくて。本当にごめんなさいっ!」
そう言って、わたしは勢いよく頭を下げた。
「・・・・・」
彼が、動く気配がした。
でも、顔が見れない。きっと怒ってる、から。
「・・・・・怒って、ます、よね?」
恐る恐る、尋ねてみる。
「怒っている・・・けど、もういい」
「えっ」
思わず、顔をあげる。
彼は、ベンチから立ち上がっていた。
「おまえはやっぱり、そういうやつなんだな、って、思った」
「どういう意味・・・ですか?」
「それがおまえなんだ、って、わかったから」
「・・・・・」
彼の視線が、まっすぐわたしを貫いていた。
「だから、仕方ない、と思うことにした」
「でも・・・」
わたしがなにか言おうとしていると、永斗くんは、もう一度ベンチに座りなおした。
「ところでおまえ、有逆となに話してた?」
「え・・・」
「おまえ、どこまで理解している」
理解・・・わたしは―――・・・
「わたしは、今、この世界で一番大きな十字を持つ、最十持者・・・だって」
「おまえは―――・・・覚えているか?昨日、伏せ線を外したときのこと」
「・・・いいえ」
あのときは、すぐに意識を失ってしまったから。
「あのとき、おまえの十字は、俺たちの十字をも飲み込もうとしていた。それほど、おまえの十字は・・・俺たちの十字をはるかに上回っていた。そして、そのとき、おまえは・・・」
永斗くんは、わたしを―――わたしの髪を、じっと見つめて言った。
「髪が、伸びていた。今の倍以上・・・地面につきそうなほどだった」
「髪が・・・?」
「それを見て、思い出したんだ。『ケイ様』の肖像画」
「依留さんの家で、見たんですよね。・・・有逆くんからききました」
「・・・ああ。あの肖像画のケイ様も、地につきそうなほどの長い髪だったから」
「・・・・・」
おばあちゃんの、肖像画・・・
「あの、見に行っちゃ、ダメ、ですか・・・?」
「イルの家にか?」
「はい」
思った通り、永斗くんは驚いた顔をしている。
「・・・おまえ、あんな目にあっておいて」
「でも、依留さん、そんなに悪い人じゃないと思うんです。名前も教えてくれたし・・・」
「名前?」
「はい。苗字と、下の名前と、合わせた名前」
永斗くんは、今度は呆気にとられた顔をしている。
「・・・名前は?」
「映線 依留さんです」
「エセン・・・?かわった苗字だな」
「『遠十』だって、充分かわってますよ」
「『水乃』だってそうだろ」
「そうですね。『水野』ならともかく、『水乃』は・・・」
って、なんだか話がずれている気がする。
「それで、あの」
「有逆に相談してみないとわからない」
「えっ」
「見たいんだろう?肖像画」
「はいっ・・・!」
見てみたい。きっと、十字としてのおばあちゃんが描かれているのだろう。
「―――それでおまえは、『十字』をどこまで理解しているんだ」
「えっ」
さっきと同じ質問―――・・・
「―――なにも。・・・わたしは、なにも知りません」
「おまえは、こわくないのか?得体のしれないものに、自らが侵されていること」
「え―――」
それは、
こわくないはずない。
けど、
「―――十字の人間は、普通の人間より『強い』と言われる。身体的にも、精神的にも。だが―――・・・」
彼は、なにを言いたいのだろう。
「おまえは、あの日から一度も、涙を流したことがないんじゃないのか?」
「―――――!」
あの日―――・・・
たくさんの人が死んで、紗夜ちゃんという親友を失って、わたしは、
それでも泣かなかった。
「おまえのその強さは、最十持がゆえなのか?それとも―――」
相変わらずの無表情。でも今は、その中に―――・・・
「永斗くん・・・?」
「俺は、おまえのように強くはなれない」
彼は―――
今、なにを思っているのだろう。
「言う必要はないかもしれないが、」
ただ、彼の瞳は、
「覚悟しておくことだ」
どこまでも真剣だった。
「―――はい」
「おまえが最十持者だということは、できる限り隠しておくつもりだ。だが・・・隠し通すのは、無理があるだろうな。すぐ広まるだろう。おまえという存在―――・・・そのとき、白逆十字や白正十字が、どうおまえに接触しようとしてくるかは、わからない」
白逆十字や、白正十字が―――って、あれ、
「黒正十字は・・・?」
黒正十字こそ、おそらく、わたしが本来いるべき場所だ。
「黒正十字は基本的に・・・こういったことには無干渉だ」
「え?どうして・・・」
「黒正十字は今、白正十字と手を結んでいる。白正十字に、全面的に協力すると。だが、黒正十字が独断で動くことはほとんどない。―――黒正十字は、争いを好まない。あそこの最十持者曰く、『平和主義』なのだと」
黒正十字の、最十持者―――・・・
「その、黒正十字の最十持者って・・・今は、わたしかもしれませんけど・・・実際に、黒正十字を動かしている人、って、誰なんですか?」
「『メイリ』というらしい」
「メイリ・・・?」
変わった名前。女性、だろうか。
「日本人、ですよね」
「十字の人間に、外国人はそういない」
「そうなんですか?」
「ああ。・・・『魔女』が、日本人だったからではないかと言われているが」
「すごいですね、日本」
わたしは、とても意味のない感想を呟いていた。
「本当にわたし、なにも知らなくて・・・自分が、最十持者だっていう自覚も、実感も、全然・・・」
こんな人間が、最十持者でいいのだろうか。
「それにわたし・・・きっと、永斗くんが思ってるほど、強くないですから」
わたしから、彼の目を、じっと見つめて。
「―――――矛盾。永斗くんと、有逆くんの、十字のこと。ききたいのに、きけない。それに、永斗くんの部屋のことも・・・」
「・・・・・」
「なにかあるってことくらい、わかります。でも、人に言えないことなんて、誰にでもあるだろうし、それに・・・敵どうし、だし。けど、不安になったり、するんです。全然、強くなんかない」
だけど、
「それにわたし、疑えないんです」
不安になるのに、簡単に疑えないんだ。
「永斗くんのことも、有逆くんのことも、なにも知らないのに、それなのにわたし―――例えば、永斗くんのこと、強い人だって、わたしは思います」
有逆くんも、音甘さんも、
「もう、疑えなくて」
みんないい人だって、思えてしまうから。
「―――それだけのリスクを受け入れる覚悟があるなら、それは―――・・・」
「でもそれは、永斗くんが優しいからですよ」
優しい、って、思えてしまうのが、
「優しい人は、強いんですよ」
少しこわいと感じるのは、わたしの、弱さなのか。
『信じられるかなんてわからない』
そう思っていたはずだった。
でも、『信じる』ことだって、強さのはず。
疑うことをやめる覚悟が、わたしにあるのなら、
最後まで信じられる、『強さ』が欲しい。
そう、思った。