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No.14 最十字

「永斗くんの・・・気配は、」

永斗くんの存在感は、永斗くんの部屋にあった。

「まだ寝てるのかな・・・そういえば、今何時?」

廊下の窓から、外を見る。東の空がうっすらと明るいが、まだ太陽は出ていない。

「まだ早いのかな。・・・あっ」

なにかが動いた感覚。だれか、起きたのだろうか。

「この感じ・・・この塔の3階・・・有逆くん?」

永斗くんの部屋は、この塔の2階。音甘さんは、別塔のはず。

廊下を歩きながら、かすかに動く十字の存在を感じていると、しばらくしてその存在感は、大きく動き出した。

「これ、部屋を出たってこと?・・・・・もしかして、こっちに向かってる?」

その瞬間、

「えっ」

彼の存在感がいきなり膨張したかと思うと、消えた。

「おはよう」

「!!!!」

そして突如、わたしのすぐ後ろに広がる。

「有逆くんっ」

すぐに後ろを確認すると、やっぱりそこには、有逆くんが立っていた。

「おはようございます。・・・あの、今のって、瞬間移動、ですか?」

「・・・そうだね。まあ、そんな感じ」

「・・・あの?」

なんだか、いつもの有逆くんと違う。

あのときのような、『よくわからない笑み』を彼は浮かべていた。

「それより梨暗、体調は?」

「え?」

「なんともない、みたいだね。僕がこんなに疲れてるのに」

「あ・・・」

伏せ線を刻んだ本人以外が外すのは、その十字の象徴の持ち主に大きな負担をかける―――・・・

依留さんが言っていた。

でも、

「はい。あの、・・・特になんとも」

どうしてだろう。

依留さんに一本だけ外されたときは、身体が動かなくなるほどだったのに。

「まあ、それだけ梨暗の十字が大きかった、ってことかな」

「あの・・・有逆くんは、大丈夫ですか?」

「うん、まあ全然大丈夫じゃないね」

「!」

その笑みの形をたもったまま、彼は言う。

「でも、いろいろと謎も解けたし」

「謎・・・?」

「うん。・・・立ち話も何だし、僕の部屋来る?」

「あ、はい」

「じゃ、さき行ってるから」

そう言うと、有逆くんは姿を消してしまった。

「瞬間移動・・・」

わたしにも、できるのだろうか。

今の、わたしなら。

「どうやって・・・?」

イメージしてみる。3階・・・有逆くんの部屋。

ここは1階だから、ここより2階上―――・・・階段に一番近い位置にある部屋。

ただ、イメージして。わたしは、そこへ―――――

「―――――っ!」

イメージとわたしの十字が、繋がった。

今なら。

目の前の景色が揺らぐ。身体が、宙に浮く感覚。無重力の世界に来たような。

視界が、真っ暗になる。そして、次の瞬間、

「あ・・・」

足が地に着くのを感じて目を開くと、そこは、有逆くんの部屋だった。

「梨暗・・・?」

「えと、成功・・・?」

「成功・・・っていうか、なにやってるの、梨暗。使い方も知らずに十字を使うなんて。君の十字は強大なんだから、暴走でもしたら―――」

と、そこまで言って、有逆くんは言葉を飲み込んだ。

「有逆くん・・・?」

「―――いや、それでも、君の十字が君を傷つけることは、ないのか。伏せ線を外したときにしても―――・・・君の十字は、ちゃんと君の中に、綺麗におさまっているから」

「・・・あの」

その表情は、なに。

「使い方だって、教わりもせずに、君は知っていた。十字はすべて、感覚だってこと」

有逆くんは、ソファの背もたれに体を預けるようにして座っている。

永斗くんがそんな感じで座っているところはよく見るけど、有逆くんはちょっと珍しい。

「でもね、梨暗。君みたいに完全じゃない人も、いるんだよ。強大すぎる自分の十字に飲み込まれないように―――・・・必死に制御している人も」

あのときと同じだ。だれかを本気で気にかけている。

悲しげで―――でも、優しい―――・・・

「だから、さ」

一瞬で、彼の笑みがかわる。

「少し、イラついてるんだ。君の完璧さに」

「―――え」

さっきまでの雰囲気とは一変して。

「・・・・・あ、の」

―――――こわい。

この人が。

「ほら、来て。梨暗」

有逆くんに手招きされて、わたしは彼のもとへ歩み寄る。

「どうぞお座りください?リア様」

「―――――っ!!」

なに。

「やめてくださいっ!!」

なに、今の。

「ふふ」

彼は、薄く笑った。

こわい。

初めて会ったときのことを思い出した。

「・・・・・有逆くん」

「どうされました?」

「今までどおりに、してください」

「リア様のご命令なら」

「有逆くんっ!」

それ以上、やめて。

「冗談、だよ」

「わっ」

有逆くんに手を引っ張られて、彼のすぐ横に座る。

「―――こわかった?」

「だって・・・・・冗談、じゃ、なかったですよね」

「冗談だよ」

そう言う彼の表情は、いつものイジワルな笑みに戻っていた。

「・・・有逆くん、熱くないですか?熱、あるんじゃ」

いつものように密着している状態だからわかる。

いつもより、体温が高い気がする。

「んー・・・まあね。あるよ。ていうか、身体ガタガタだし。十字はだいぶ回復したし、普通に使えるようになったみたいだけど」

「大丈夫、なんですか?」

「うん。風邪ってわけじゃないし、君にはうつらないから」

「そういう問題じゃ―――わっ」

有逆くんの手が伸びてきて、そのままわたしの体を傾けさせた。

わたしの頭は、そのまま有逆くんの膝の上に・・・

―――なにこれ、膝枕?

「あのっ!!」

「なに。恥ずかしい?」

「・・・はい」

「じゃ、このまま継続で。今僕、すっごく君をいじめたい気分なんだよね」

「!!」

でも、抵抗できない。

―――さっきの、すごくこわかったから。

「梨暗。僕はね、僕たちより大きな十字を見たのははじめてなんだ」

「え・・・」

「気付いてるでしょ?君の十字は、僕たちの十字を上回っている。この黒逆十字最十持者である僕たちの十字をね」

「・・・・・」

気付いていた。

今このときも、感じている。

有逆くんの大きな十字の存在感。そして、それを上回る、わたしの―――・・・

「今、この世界で一番大きな十字を持つのは、白逆十字の最十持者だと言われている。僕は、会ったことないけど。で、次が僕たち、だったわけ。といっても、白逆十字最十持者と僕たちは、ほぼ互角、らしいんだけど」

「それって―――・・・」

「そう。君の十字は、はるかに僕たちを上回っているでしょう?」

信じられない。でも、

「この世界で一番大きな十字を持つ者―――・・・すべての十字の最十持者は、今、君である可能性が高い」

「!」

「そして君はおそらく、あの『ケイ様』の孫だ」

「ケイ、様・・・?」

それが、おばあちゃんの、十字としての名前?

「ケイ様はね、史上最大の十字だったんだよ。もしかしたら、『はじまりの魔女』と同じ力を持っているんじゃないか、とも言われたほど。今から50年くらい前・・・今は衰退しきった黒正十字が、四つの十字で一番力を持っていたころ。彼女は、黒正十字の、そして四つの十字の最十持者だった」

「おばあちゃんが・・・」

「肖像画も、思い出した。あれ、イルの家で見たんだよ。まだ十字がちゃんと定着していないころの・・・幼いころの記憶だったから、すごく曖昧だったんだ。でもたしか、あれはケイ様の肖像画だったはず」

「依留さんの家に・・・」

依留さんは、おばあちゃんのことについてよく知っているみたいだったし、おかしくはないのかもしれない。

「でも・・・わたしが、最十持者なんて。わたし、十字のことなんてまだ全然わからないのに」

「仕方ないよ。僕も気に入らないけど、変えようがないからね。―――永斗よりも上がいるなんて、思わなかったけど」

「え、」

永斗くんと有逆くんの十字の大きさは、同じだったはずだ。

それ以前に、白逆十字の最十持者のほうが、彼らより大きいって―――・・・

「気に入らないけど、でも、梨暗は梨暗みたいだから。許してあげる」

「・・・・・」

ただ、

気軽にきいていいようなことではないような気がした。



有逆くんの部屋から出て、

階段を駆け降りると、そのまま廊下も駆け抜ける。

そして、玄関の重い扉を開けると、


彼がいたのはまた、あのベンチだった。


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