No.12 噂の転入生
「永斗くんと有逆くんの人気があそこまでなんて・・・予想はしてたけど・・・」
「遠十先輩たちは、この学園のアイドル的存在らしいからね」
早く来すぎたせいで、HRの時間まで、あと30分以上ある。
することもないので、わたしと晴ちゃんは、控室で雑談していた。
「晴ちゃんは、興味なさそうだよね。永斗くんにも、有逆くんにも」
「あー・・・うん。わたし、彼氏いるから」
「えっ、晴ちゃん、彼氏いるの??」
「一応・・・」
思わず聞き返すと、晴ちゃんは恥ずかしそうに呟いた。
「どんな人??紹介してほしいなぁ」
「機会があったら・・・ね。でも、梨暗ちゃんだって、先輩たちと仲良かったじゃない。どっちが本命?」
「え!?」
本命?なにそれ。
「そんな、本命とか、ないよ。だって、まだ会って一週間だし、そんなに仲良くもないし」
「でも、遠十先輩たちのこと、下の名前でくん付けしてる中等部生、梨暗ちゃんしかいないと思う」
「だ、だって、二人とも苗字同じだし、くん付けなのは・・・なんか、成り行きっていうか。もし二人と出会ってたのがこの学園だったら、普通に『先輩』って呼んでたと思うし」
というか、どうしてわたしが二人をくん付けで呼んでいることを知っているのだろう。
まさか、そこまで噂が・・・?
「じゃあ、二人とはどこで出会ったの?出会って一週間、っていう仲には思えないけど」
晴ちゃんが、不思議そうな顔で尋ねてきた。
「え、ええと、それは・・・」
なんてこたえればいいだろう。
「わたしが通ってた学校で」
「へえ。なんで他の学校に二人が?」
「さ、さぁ・・・なんでだろう」
「そういえば、梨暗ちゃんって、どこの学校から転校してきたの?」
「えっ」
先生から、きかされていないのだろうか。
「・・・梨暗ちゃん?」
―――――なんだか、こたえにくい。
「たぶん、あとでわかるよ。自己紹介とか、することになると思うし」
「え?うん。まあ、そうだろうけど」
話を変えよう。他に、なにか話題は・・・
「そういえば、この学園って、入学方法が二つあるんだよね。晴ちゃんはどっち?」
「え、わたしはもちろん難しいほうの試験で入ったよ。あんな大金持ってないし」
遠十学園には、入試が二つある。
一つは、大企業や、資産家や・・・他になんて言うのかわからないけれど、そういう大金持ちの人たちにむけた入試。
入学金がすっごく高いらしいけれど、筆記試験のレベルはそこまでらしい。
そしてもう一つが、すっごく難しい筆記試験を受けなければならない入試。
偏差値は、愛知県内でトップ。でも、入学金は他の私立とかわらない値段らしい。
どちらの入試でも、普通の人じゃ入れない。入学できるのは、ごく一部の特別な人間だけ。
「じゃあ、晴ちゃんはとっても頭がいいんだね。すごいなぁ・・・」
「梨暗ちゃんは?どっちで転入してきたの?」
「えっ、わたし?わたしは・・・特別転入だから」
「特別転入?それって、どっちの入試も受けずに入れるってこと?」
晴ちゃんは驚いた顔でわたしを見つめた。
「う、うん・・・」
そういえばわたし、転入試験とか受けてない。
「わたし初等部からここ通ってるけど、そんなの初耳。梨暗ちゃんって何者?理事長と面識あるとか」
「う、ううん、ないよ・・・?」
数日前に、光野先生にも同じことをきかれた気がする。
「じゃあ、あの二人によほど気に入られてるとか・・・理事長の孫だし、そういうこともできちゃうのかも」
「・・・ええと、気に入られてるかどうかはわからないけど、今回の転入はあの二人が手配してくれたことだと思う」
「あの二人が・・・よほど梨暗ちゃんは特別なんだね。『特別宣言』の噂、本当だったんだ」
「『特別宣言』・・・まあ、嘘じゃ、ないけど・・・」
噂って怖い。広まるの速すぎる。
「すごいね。転入初日に一気に有名人・・・いろいろと大変そうだね」
「う、うん・・・」
「でも大丈夫。3年3組は、みんなすっごくいい子だから。ほんと、いい子だけ選んで作ったクラスみたいなの」
「そう、なんだ」
もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。
「そういえば、梨暗ちゃんって、女子の間だけじゃなくて、男子の間でも有名になってるって、知ってた?」
「え?」
「漆黒の髪を持ったすっごい美少女が転入してくるって。すごい噂になってた」
「え・・・」
なにそれ。
『美少女』とか、そんなこと、今まで言われたこともないのに。
ふと、壁に掛けられている時計を見ると、まだ20分ほど時間がある。
その掛け時計の下に、小さめの鏡が掛けられていて、自分の顔が映っていることに気が付いた。
・・・わたしは最近、髪も縛らないようにしている。眼鏡と同じで、有逆くんと音甘さんに説得されたから。
「でも本当に、梨暗ちゃんの髪って綺麗だよね。同じ黒髪なのに、どうしてわたしの髪とこんなに違うんだろう」
晴ちゃんが、わたしの髪を見ながら言った。
なんだか、恥ずかしかった。
「水乃 梨暗、です。・・・よろしくお願いします」
やっぱり、人前で話すのは緊張する。
「どこの学校から来たのー?」
「!」
クラスメイトのだれかが質問してきた。
・・・やっぱり、ちゃんとこたえるべきなんだろう。
「夕美中、です」
「えっ」
言った瞬間、
転入生にざわついていたクラスが、静まりかえった。
「わたし、あの日、風邪で休んでて・・・その・・・」
どうしよう。空気が、すっごく重たい。
「あの、・・・よろしくお願いします」
わたしはもう一度そう言って、頭を下げた。
「・・・じゃあ、水乃さんは、林末さんの隣の席に座ってもらえるかな。林末さん、水乃さんに、いろいろ教えてあげてね。もちろん、みんなも水乃さんが困ってたら、助けてあげてね」
光野先生に言われて、わたしは、晴ちゃんの横の、自分の席についた。
「梨暗ちゃんって、夕美中の人だったんだね。・・・ええと、なんていうか・・・さっきはごめん」
一時間目終了後、晴ちゃんが話しかけてきた。
「えっ、ううん。当然の質問だったと思うし、全然・・・。それより、授業、全然わからなかったんだけど」
一時間目の授業は数学だった。
難しかった・・・というより、なにをやっているのか全くわからなかった。
教科書も、夕美中で使っていたものとは、内容が全然違う。
「あ、うん。ここの授業、他校より難しいらしいから・・・。でも大丈夫。一回授業受けてすぐわかる人なんて、そんなにいないよ。家庭教師雇うだけのお金がある生徒は、家帰ってからみっちり教えてもらってるみたい」
「え、そうなんだ。でも、わたしには、家庭教師なんていないし」
「家に勉強教えてくれそうな人とか、いないの?」
「うーん・・・」
家・・・といっても、わたしは自宅から通っているわけではないので、教えてもらうとしたら、一緒に屋敷に住んでるだれか。
有逆くんは・・・すっごくイジワルそうだし、永斗くんに教えてもらうのは・・・なんだかちょっと想像できない。
やっぱり、勉強を教えてもらうとしたら、音甘さん・・・
「そういえば梨暗ちゃんって、自宅から通ってるの?それとも寮?」
「え・・・」
なんて言おう。
でも晴ちゃんになら、本当のことを話しても大丈夫なような気もする。
「わたしたち寮なんだけど、もし水乃さんも寮なら、今日三人で寮の中案内するよ!」
話を聞いていたらしい女子生徒三人が、会話に加わってきた。
「林末さんは、たしか違ったよね」
「うん。わたしは、自宅から・・・」
晴ちゃん一人にならまだしも、四人に言うのは・・・噂が広まりそう。
「えっと・・・」
どうこたえればいいだろう。
「その、どっちでもない・・・かな」
結局、よくわからない返答をしてしまった。
「どっちでもない・・・って、どういうこと?」
「え、ええと・・・」
「ねえ梨暗ちゃん、」
いきなり、晴ちゃんが席から立ち上がった。
「そういえば光野先生に、一時間目が終わったら、一回職員室に来てほしい、って言われてたよね」
「えっ」
「はやく行かないと、次の授業始まっちゃう」
「う、うん。そうだね」
わたしも席から立ち上がると、晴ちゃんと一緒に急いで教室から出た。
廊下に出て、歩きながらわたしは晴ちゃんに話しかけた。
「あ、ありがとう晴ちゃん」
「ううん・・・というか梨暗ちゃん、もしかしてあの二人と一緒に住んでる?」
「え!!?」
思わず、足が止まった。
「『どっちでもない』って、もしかして私的居住区の遠十家の屋敷に住んでるんじゃない?」
「な、なんでそう思うの?」
「んー・・・勘」
勘でわかってしまうものなのだろうか。
「・・・もし、そうだとしたら、みんなに知られるのはまずい・・・・・よね?」
「そうだね。『みんなのアイドル遠十様』だからね」
「う・・・うん」
絶対バレないようにしよう。
「それにしても、すごいね。先輩たちの家族と、一緒に住んでるの?」
「ううん、永斗くんと、有逆くんと、あとはメイドさんと、四人だけ」
できる限りの小さな声で、わたしはこたえる。
「え、あの広いスペースに、四人だけなんだ。じゃあ、三人きりで住んでるのと、そんな変わらないね」
晴ちゃんも、わたしにあわせてかなりの小声で言った。
「次の休み時間にも、同じ質問されないように、気をつけて」
「うん・・・」
二時間目の授業が終わると、さっきとはまた別の女子生徒たちが集まってきた。
そして、
「水乃さんは、有逆先輩と永斗先輩、どっちがタイプ?」
いきなり、こんな質問をしてきた。
「え、た、タイプって・・・?」
「わたしはもちろん永斗先輩!あのクールなところがたまんないのっ!!」
「わたしは断然、有逆先輩派っ!!挨拶を返してくれるとき、いっつも優しく微笑みかけてくれるの!!もう死にそう!!!」
「え、ええと・・・」
なんだかすごいテンションだ。
「水乃さんって遠十先輩たちと仲よさそうだけど・・・昔からの知り合いとか?」
「ううん、知り合ったのは、一週間前・・・だけど」
「でも、あんなに仲がいいなんて!!一週間の間になにがあったの!!?」
「ええ??」
いろいろあったような気もするが、どれも人に言えるものではない。
「ねえねえ、水乃さんって、あの『水乃』だよね??」
わたしがなかなかこたえないので、別の子が、別の質問をしてきた。
「わたし、屋井家の者なんだけど、・・・知らないかな」
「屋井・・・?」
「うん。・・・あのね、水乃家には、それはもう言葉ではあらわしきれないくらい、感謝してるの。屋井の家がここまで生き残れたのは、水乃家のおかげ」
「・・・ごめん、わたし、家のことはよく知らなくて・・・」
本当は、音甘さんに言われるまで、なにも知らなかった。
「あ、そうなんだ。ごめん」
その子はそう言うと、立ち去ってしまった。
実は、遠十学園に来てから、一度も家とは連絡をとっていない。
もしかしたら、こわいのかもしれない。すごく重要なことをわたしに隠していたかもしれないから。
―――今度、直接会ったとき、ちゃんときいてみよう。
やっと午前中の授業が終わった。
・・・得意教科の国語以外、ほとんどなにもわからなかった。
「今日は食堂閉まってるしみんなお弁当だけど、梨暗ちゃん持ってきた?」
「え?うそっ、きいてない・・・」
「えっ!?どうする?わたしの、半分食べる??」
晴ちゃんはそう言いながら、通学鞄からお弁当箱を取り出す。
「水乃さーんっ、遠十先輩たち来てるよー?」
「ええ!?」
「あー・・・それでさっきから廊下のほうさわがしかったんだ」
「ごめん晴ちゃん、ちょっと行ってくる」
教室から出ると、そこには永斗くんと有逆くんが立っていた。
「梨暗、一緒にお弁当食べよう?」
そう言う有逆くんの横を見ると、永斗くんは大きな包みを持っている。
「あの、わたし、教室で友だちと食べます」
「なんで?中庭で一緒に食べようよ。ていうか、せっかくここまで来たのに追い返す気?」
「で、でもっ・・・」
「永斗も、梨暗と一緒に食べたいよね?」
「・・・・・」
永斗くんは相変わらずの無言だ。
「もしかして、わざとわたしにお弁当持たせなかったんですか・・・?」
まわりの視線を思いっきり浴びている。
他のクラスの女子生徒の目は、明らかに人を睨む目だ。
「わたしたちもご一緒していいですかっ!?」
「わたしも、先輩方と一緒に食べたいです!!」
そんなことを叫んでいる女子生徒もいる。
「ごめんね。今日は三人きりで食べたいから・・・梨暗っ!」
「えっ!?わっ」
有逆くんは、わたしの手を掴むと走り出した。
「あっ!!待ってください、先輩っ!!」
女子生徒たちが追いかけてくる。
「梨暗、もっと速く走って!」
「む、無理ですっ・・・!」
有逆くんは、すごい速さで走っている。手をひかれているわたしは転びそうだ。
さすがにこの速さについてこれる女子はおらず、簡単にまくことができた。
中庭につくと、既に永斗くんが待っていた。
瞬間移動でもしたのだろうか。
「ガードはっておいたから」
「うん。ありがと、永斗」
「え、ガード?」
「そう。十字だけじゃなくて、存在感ごとかくすこともできるんだよ。見つかって、さわがれたくないし」
有逆くんが説明してくれた。
永斗くんは木陰に腰を下ろした。有逆くんに手をひっぱられて、わたしも木陰に座る。
「あの・・・」
登校のときと同じ。かなりの密着状態だ。
そういえば、三人きりの食事って、はじめてかもしれない。いつもは、音甘さんも一緒だし。
「梨暗は僕たちとより、クラスの子たちと食べたかったみたいだね。3年3組・・・みんないい子たちだったでしょ?」
「あ、はい・・・」
永斗くんが、手際良くお弁当を広げていく。
「あれ、僕たちがつくったクラスなんだよね。十字関係の重要人物を転入させるとき用に。ひと学年に一クラスずつ用意してあるんだ」
「やっぱり・・・そうだったんですか」
わたしも、お弁当箱を並べるのを手伝ってみる。並べ終わると、永斗くんが無言で箸を渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「永斗、僕の箸は?」
永斗くんは、有逆くんを無視してさっさと食べ始めた。
「・・・梨暗と自分の箸だけ出して、僕の箸は出してくれないわけ」
有逆くんはそう言いながら、自分で箸を取り出す。
「梨暗、食べていいよ?」
「あ、はい。それじゃあ・・・いただきます」
見たこともないほど豪華なお弁当。
というかまず、これは本当に『お弁当』というジャンルに入るのだろうか。
「これ全部、音甘さんが作ったんですか?」
「そうだよ」
箸をすすめる二人を見て、わたしも、おかずを一つ口に入れてみた。
「おいしいっ・・・音甘さんって、本当に料理上手ですよね。こんなにたくさん・・・いつも大変なんだろうなぁ」
わたしも、手伝ったほうがいいのかも。
「メイドだし、このくらい当然でしょ」
「そんなこと・・・ないと思います」
永斗くんは黙々と箸を進めている。
「・・・あの、いつも一緒に食べてるのに、学校でも一緒に食べる必要、ないんじゃ。校舎も違うし・・・」
「永斗と二人で食べてもつまらないからね」
「他の女子生徒と一緒に食べればいいじゃないですかっ」
あんなに誘ってくれる人がいるんだから。
「あんまりさわがれるのは好きじゃないんだよね。正直、あいつらうるさいし」
「・・・・・」
なんていうか、有逆くんは、たくさんの女子を騙しているような気がする。
「でも、わたしと食べたって、べつに楽しくないと思います」
「そんなことないよ。君は、見てて飽きないし。ね、永斗」
「・・・・・まぁ」
「そ、それはどういう・・・」
「さぁ?喋ってないで食べないと、永斗に全部食いつくされちゃうよ?」
確かに・・・永斗くんの食べるスピードは、いつ見てもすさまじい。
わたしは、二人にならって箸をすすめるのだった。
帰りのHRが終わり教室を出ると、やっぱり二人が待っていた。
「梨暗、一緒に帰ろう?」
「・・・・・はい」
もう、抵抗しても無駄だと思う。諦めた。
「初登校・・・どうだった?」
永斗くんがきいてきた。
「・・・楽しかった、です」
わたしはたぶん、笑顔でこたえられたと思う。