No.11 登校初日
あの日から、一週間がたった。
そして、
「リア様っ、こちらが遠十学園中等部の夏服です!」
今日はとうとう、遠十学園初登校日。
今は8月。
通常なら、とっくに夏休みに入っている時期だ。
しかし、ここ夕美市では、あの事件により市内の小中高すべての学校が一週間休学となっていたため、今日から一週間、授業が入ることになったのである。
「か、かわいい・・・。さすが私立ですね」
半袖の白のブラウスにチェックのスカート。それからネクタイ。
ネクタイには黒の縦線と横線が入っていて、半分より下の位置で交わっている。
どうやら、黒い逆十字を示しているようだ。
よく見ると、シャツの袖にも同じように線が入っていた。
「靴下はこれ。紺のハイソックスと指定されています。靴は学校指定の革靴が用意してあります」
「・・・あの、中等部の夏服なんて、どう考えても着られる期間あと少しなのに、もったいなくないですか?それにわたし多分、制服買えるだけのお金持ってな」
「心配なさらなくても、もちろんこれはわたしからリア様にプレゼントしますから!さあさあ着てみてくださいっ」
音甘さんはなんだか興奮気味だ。
「・・・わかりました」
わたしが制服を受け取ると、音甘さんは「リビングで待ってますね!」と言い残し、さっさとわたしの部屋を出て行ってしまった。
制服を着てリビングへむかうと、そこには音甘さんだけではなく、永斗くん、有逆くんと、全員集合していた。
「やっぱり制服似合ってるね。でも、梨暗には冬服のほうがもっと似合いそうかな」
「あ、ありがとうございます・・・」
有逆くんにそう言われて、どうしても少し照れてしまう。
「お似合いですリア様!実はこの学園の制服、全部わたしがデザインしてるんですよ」
「そ、そうなんですか・・・?」
制服のデザインもしちゃうなんて、音甘さんってすごい。
「高等部の男子の制服と似てますよね。高等部の女子の制服もこんな感じなんですか?」
永斗くんと有逆くんの着ている制服を見て、ふと疑問に思ったことをきいてみた。
「高等部女子の制服は・・・そうですね。そのブラウスとスカートを合体させちゃった感じのワンピースです」
「合体・・・ワンピース・・・」
頭の中でなんとなくそれっぽいものを想像してみる。
「高等部の女子は指定の靴がロングブーツで、歩きにくいと専らの評判なんだよね」
「・・・だって!可愛いじゃないですか。ブーツ」
「ブーツ・・・わたしはいたことないです。でも、可愛いですよね」
「そうですよねっ!歩きにくさだって、慣れちゃえば全然・・・」
「入学式早々、靴擦れの苦情くるけどね」
「・・・・・」
わたしも起こしそうだ。靴擦れ。
「初等部の制服もそんな感じで、基本のデザインは同じですが、少しずつ異なるんです。男子は全部統一ですが」
「そうそう。男子の制服デザイン考えるの、途中で放棄したからね。ネア」
「・・・・・なんだか、男子の制服デザインって、全くやる気が起きなくて。すみません」
「あはは・・・」
なんていうか、いろいろ細かく決まってて、さすが『学園』って感じがする。
「ところで、授業は何時から始まるんですか?」
「中等部は・・・授業自体は8時45分からだけど、8時30分からHRがあるから、それまでには席についておくべきだね。・・・まだ随分時間があるかな」
時計を見ると、まだ6時30分すぎ。
「・・・夕美中は8時からでした。30分も遅いんですね」
いろいろなことが、今までの学校とは全然違う。
「不安?」
有逆くんにきかれ、自然と俯きかけていた顔を思わず上げる。
「でも、楽しみです」
不安であることは、否定できないけれど。
朝食を食べ終え、音甘さんに見送られながらわたしたち3人は屋敷を出た。
「中等部の校舎の場所・・・覚えてるか?」
「えっと・・・」
永斗くんにきかれ、わたしは記憶を確かめてみる。
はじめてここに来たときに、横を通ったはず・・・だけど、
なんだか記憶が曖昧だ。
「・・・えっと、多分・・・?」
返す言葉も曖昧になってしまった。
「絶対覚えてないよね」
そして有逆くんに断言されてしまった。
「送っていく」
永斗くんが小さな声で呟いた。
「高等部の校舎より少し遠いけど・・・君の方向感覚は信用できないからね」
「えっと・・・すみません。ありがとうございます」
有逆くんはさっさと歩き始めてしまう。永斗くんもそのあとについていく。
わたしは、急いで2人を追いかけた。
いつのまにか、左に永斗くん、右に有逆くんと、3人で並んで歩いていた。
・・・しかも、かなり密着しているような・・・・・
「あのっ」
これはちょっと。
「もう少し、離れて歩きましょう」
わたしがそう言うと、有逆くんは不思議そうな顔で
「なんで?」
とか言ってくる。
「さ、さっきから視線が・・・特に女子生徒の視線が・・・痛い、というか、怖いです」
「・・・気にしなければいい」
そうこたえたのは永斗くん。
でも、ここまで集中的に恨みや妬み・・・と思われる視線を浴びた状態では、ちょっと無理だ。
わたしがどうしようかと困っていると、
「おはようございます!遠十先輩方っ」
一人の女子生徒が、こちらに声をかけてきた。
制服はワンピース・・・ということは、高等部の人だろう。
「おはよう」
なんだか必要以上に爽やかな笑顔で挨拶を返したのは有逆くん。
永斗くんは無言だ。
「先輩・・・この子は?中等部の子ですよね?」
その瞬間、まわりの雰囲気がかわった。
まわりの女子生徒全員が、こちらに聞き耳をたてているのがわかる。
「ああ、梨暗のこと?」
有逆くんがそう言った瞬間、
「え!!!」
まわりの女子生徒全員から、悲鳴にもきこえる短い声があがった。
気づけば、全員足を止めて、こちらを見ている。
「どうしたの?」
「い、いえ・・・有逆先輩が永斗先輩以外を下の名前で・・・しかも、呼び捨てで呼ぶところをはじめて見たので、つい・・・」
そして、次の瞬間、
「ねえあなた、有逆君と永斗君とどういう関係なの!?」
「見たことない顔だけど、転入生??まさか、二人と一緒の学校に行きたくて転入してきたとか!!」
「朝から一緒に登校するなんて、しかもこんな親しげに・・・ちょっと可愛いからって、中学生のくせに生意気」
まわりの女子生徒が押しかけてきた。
「え、ええと、あの・・・」
どうしよう。
睨まれている。視線が全部、こちらにむいている。
夜会のときと同じ。視線を浴びるのは苦手、・・・なのに。
「道、あけてくれないかな。」
有逆くんが笑顔で言った。
なんだかキラッキラな笑顔だ。わたしには真っ黒に見えるけど、まわりの人にはどう見えているのだろう。
「す、すみません!!」
女子生徒たちは、瞬時に両脇にはける。
・・・なんだか、女子生徒たちの顔が赤く染まっているように見える。
「みんな梨暗のことが気になるようだから・・・一つだけ、教えてあげる」
なにを言う気だろう。・・・嫌な予感しかしない。
「この子は、僕たちにとって特別なんだ。ね?永斗、」
「・・・・・ああ」
「!!!!!」
空気が氷結。
「じゃあ、僕たちはこの子を中等部まで送っていかなきゃいけないから」
有逆くんはそう言うと、わたしの手をとって歩き出した。
永斗くんもわたしの横を歩く。
「手・・・!手をつないでる!!」
だれの叫び声が聞こえた。
屋敷を出てから約20分後。
「はぁーっ、」
やっと中等部の校舎にたどり着き、わたしは思わず長めの溜息をついた。
「疲れてるね」
有逆くんが満面の笑みで言った。
「なんだか、たった20分で全校の女子を敵にまわした気が・・・有逆くんは、楽しそうでしたね」
「うん。予想はしてたけど、やっぱり面白かったね」
「・・・わたしは全然面白くなかったです・・・って、校舎の中までついてきてもらわなくても大丈夫ですよ??」
すでに生徒玄関まで入ってきてしまっている二人は、とっても注目の的になっている。
「ここまで来たんだから、教室まで送ってくよ。まだ時間あるし」
「で、でもっ、これ以上敵を増やすわけには・・・」
「大丈夫だよ。恨まれても、とくに危害は出してこないよ」
「そういう問題じゃ・・・」
「ほら、永斗なんて、先に行っちゃってるよ?」
「えっ」
そう言われて有逆くんの示したほうを見てみると、永斗くんは既に廊下の向こう側にいる。
「行くよ、梨暗」
有逆くんが、再びわたしの手を掴む。
まわりの視線が、さらにこちらに集中した気がした。
「あのっ、有逆くん!」
「大丈夫だって」
そのまま有逆くんは、グイグイとわたしをひっぱっていく。
「え、永斗くん・・・」
追いついたところで、思わず永斗くんを見上げると、
「大丈夫・・・・・だと思う」
彼は、そうこたえたのだった。
「おはようございます遠十先輩方!どうして中等部の校舎に??」
「3年3組に何の用ですか??あっ、もしかしてこの子が噂の転入生??」
「噂になってますよ?お二人に特別扱いされてる子が転入してくるって。・・・もしかしてうちのクラス??」
教室に入ろうとすると、さっそく三人の女子生徒が教室から飛び出してきた。
「おはよう。そうだよ。この子が、このクラスに転入する梨暗。仲良くしてあげてね」
「よ、よろしくお願いします・・・」
わたしが恐る恐る挨拶すると、三人は顔を見合わせて、
「よろしくねーっ。それにしても、有逆先輩に下の名前で呼ばれてるって、本当だったんだね!」
「・・・・・『リア』・・・って、苗字じゃないよね。いいなぁ」
「じゃあ、お二人にとって特別な存在、っていうのも本当なの??」
「え、ええと・・・」
さっきまでとは違う、嫌悪のない、ただ『興味津々』といった視線をむけられ、困惑する。
というか、こんな短い間にそこまで噂が流れているなんて・・・
「本当だよ。それより君たち、こんな早く来てる、ってことは、部活の朝練があるんじゃない?」
「え、あっ、もうこんな時間!?やばっ、遅刻するっ」
「部長に怒られちゃうっ」
「それでは、遠十先輩方!またお会いできる日を楽しみにしています!!」
三人はそう言うと、ものすごい速さで廊下を駆け抜けて行ってしまった。
すると、それを教室から見ていた眼鏡の女子生徒が教室から出てきて、
「おはようございます、遠十先輩方。あの、そちらの方が・・・」
そう言い、わたしに視線をむける。
思わず眼鏡仲間だ、と思ってしまったが、そういえば最近わたしは、眼鏡をかけないようにしているのだった。
・・・有逆くんと音甘さんに、かけないほうがいいと何度も言われたからだ。
「水乃 梨暗さん、ですよね」
「あ、はい」
わたしがこたえると、
「わたしは、3年3組女子級長、林末 晴です。よろしくお願いします」
そう言って、その子は微笑んだ。
「では、先生を呼んでくるので・・・ちょっとだけ待っててください」
林末さんはそう言うと、職員室に入って行ってしまった。
永斗くんと有逆くんとわかれて、だいぶ視線が減ったように思うけど、それでもやっぱり、まだ居心地が悪い。
しばらくすると、職員室の引き戸があいて、見覚えのある人物が現れた。
「おはよう、水乃さん。お久しぶりですね。・・・といっても、一週間しかたっていないのだけど」
「おはようございます。」
現れたのは、光野先生。わたしを遠十学園まで送り届けてくれた人であり、わたしの担任の先生だ。
「水乃さんのことはあとでみんなに報告するから、とりあえず控室で待っていてもらえるかな」
「はい」
「林末さんも一緒にいてあげて?」
「わかりました」
それから光野先生は、わたしをじっと見つめて、
「心配しないでね。大丈夫。3年3組は、みんなビックリするくらいいい子だから」
例の噂が先生の耳にも届いているのだろう。そう言ったあと、
「それじゃあ林末さん、案内、よろしくお願いしますね」
と言って、職員室に戻って行ってしまった。
「じゃあ、控室はこっちです。水乃さ・・・えっと、」
林末さんはそこで言い詰まって、少しだけ困った顔をしたあと、
「梨暗ちゃん、って呼んでいいかな?」
と言って、わたしの顔を見た。
「えっ、あ、はいっ」
「本当?ありがとうっ。わたしのことも、苗字じゃなくていいからね。それから、敬語もなしで!」
「うん」
わたしが返事を返すと、晴ちゃんは嬉しそうに笑った。