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七章 邂逅

七章 邂逅




舌を打ちながら、アクセルペダルを踏み込む。

急加速する機体を安定させ、フロートペダルから足を離す。徐々に落下していくのを感じながら、『アイギス』の盾から実弾銃を取り出した。これは、出発前に仕込んでおいた物の一つで、昔の兵器だ。

今は対応している機体はないそうなのだが、汎用性の高い『アイギス』だからそれは関係ない。大抵は、どんな物でも扱える。

操縦桿を右斜め前に全力で倒し、敵の位置をモニターではなく、赤い点が敵を示しているレーダーで確認した。

急回転する機体の遠心力に吐き気を催しながらも、トリガーを確実に引き、弾丸を狙った位置にばら撒く。

「――堕ちろッてんだよ!」

苛立ちを吐き棄てるように舌を打ち、結果を見守る。しばらくして、消えていく赤い点に安堵の溜息を零した。

しかし、赤い点は次から次に飛来して、レーダーを埋め尽くしていく。これでは限がない。

「ダイジョブか、アイリス」

「はい、続けます」

「いい返事じゃん。ま、無理すんなよ」

声を掛けながら、ひたすらに殲滅していく。

苛立たしさは戦闘からではない。こんな連中相手に落とされるようなヘマはしないし、何人来ようが一緒だ。

そう、身体的にではなく、精神的に時雨は疲弊していた。

飛び出して一日目は海底を静かに進んで、二日目はアイリスの寝息を聞きながら大気圏スレスレを行く。そして、今日――三日目にようやくそれらしい反応が見られ、降りていこうとしたところを見つかり、こうして終わらないドッグファイトに否応なく興じているわけだ。

もう三時間近くになるのか。持ってきていた銃器はこれで最後になりそうだ。残りの武装は、盾と……持ってきていた有線式の剣ぐらいか。

武装も限界だが、大丈夫だと答えたアイリスの精神もそろそろ限界だろう。

ビームビットには、一台だけだが偵察用のカメラが搭載されている。それを操って、先によい隠れ場所を見つけてもらっているのだ。

しかし、ビットを操るには精神を必要以上に使わなければならないし、おまけに『アイギス』は縦横無尽に駆け回っている。彼女はそんな過酷な状況下で、よく頑張ってくれていた。

考えている間にも撃ち続け、何とか第一陣を退けたらしい。周囲に敵の反応はなくなった。

だが、多分増援が来るだろう。一刻も早く、何とかしなければ。

実銃を破棄し、盾から剣を抜いてそれを構える。

不意に、レーダーからアラーム。遠くから熱源を感知するレーダーが、こちらへ高速で飛来してくる機体を知らせてくれていた。

と、不意にスピーカーからノイズが走り、画面には『Voice Only』の文字が映し出される。

『あー、アンタ、高宮時雨よね。こっちを攻撃すんじゃないわよ。さっさとこの回線を開きなさい』

『さ、咲耶! そんな汚い言葉遣いは他所でしちゃ駄目でしょ!』

聞き覚えのない声と、最近聞いた声が鼓膜を打つ。

送られてきた番号なんばーを打ち込むと、通信が繋がり画面がポップアップする。

映し出された画面には、緑髪をしている仮面の少女と、桜色の髪を長くしている、圧倒的な美少女の姿がそこにあった。

いや、そもそも存在感から違う。緑髪の少女も可愛らしかったのだが、それとは別のベクトルで考えた方がいい。

強気な緑色の大きな瞳がこちらを見るだけで、思わず息を呑んでしまう。まるでそうなるのが当然かのような、圧倒的で可愛らしい、純潔の高嶺の花。

誰もが魅力を感じるだろう容姿に舞い上がる気持ちをしばき倒して、時雨は冷静に考察していく。

このタイミングは意図的なものだろう。倒した敵の中には、アースガルドの追撃部隊の他によく分からない機体も混じっていた。つまりは、こちらの腕を試していたと見ていい。

そして、桜色の髪をしている少女には、ほんのりと化粧が施されている。昔、日舞をしていた祖母から聞いて覚えた化粧の知識が、ここで役に立つとは思わなかったが。

まぁ、つまり。彼女達はこちらを是が非でも引き込みたいのだろう。なら、誘惑には極上の餌がいる。海老で鯛を釣るよりも割に合わない餌が。

不思議と醒め切った頭で考察が終了。

答えは一つ。こちらを、彼女で釣ろうと言う意図しか、残っていない。

「なるほど。悪ィな、ビッチに興味ねぇんだわ」

『なっ……!?』

一瞬目を見開き、真っ赤になって俯きながら震えている咲耶と呼ばれた少女と、

『びっ、ち? ねぇ、咲耶……それ、何?』

意味が分からなかったのか、首を傾げる磐長姫。

咲耶は顔を上げると、相変わらず真っ赤な顔で捲くし立ててきた。若干目が潤んでいるのが、また反則的に可愛らしい。

『う、うるさい! アタシ、まだそんな経験ないわよ! て言うか、興味ないし!』

「何だお前、レズビアンか」

『えっ!? さ、咲耶……やっぱり、れず……びあん? なの? ご、ゴメンね。お姉ちゃん、その……り、理解が追いつかないというか……その……え、えっち』

『だぁああああああああああああ――――っ!! 何なのアンタ、話しややこしくする天才!? て言うか、お姉ちゃんも違うから! 何で耳まで真っ赤になってんのよ! ただそう言う事は分からないだけだから!』

――そう、それだ。

「……お前、実際に体の関係ってのを知らねぇからそうやってられるんだ。テメェ、もし俺がそれで付いて行ったら、確実にやられてたぜ? ちょっと、想像してみろよ。どこのヤツかも知らねぇヤツに、ほぼ無理やりってヤツ。俺なら絶対嫌だね」

見る見るうちに、顔が青褪めていっている二人。分かりやすいったらありゃしない。

時雨はその態度を、鼻で笑ってやった。

「最初からそう言うのチラつかせてる女に、昔俺の親友が引っ掛かってな。ありゃ俺とは違って女々しいがいいヤツだったからなぁ。一夜の関係で過ごそうとしていた女を未練タラタラに追い続けちまった。んで、結局、女の方が親友に惚れちまったのさ。難儀だわなぁ、そういうの。顔だけはいい女って、ホント面倒だろ。まぁその女は結構な負債背負っててな。それを、一緒に返すって名目にして、親友が引き受けちまいそうになったから、俺は事故を装ってそいつを始末した」

『……身勝手ね。エゴよ、それ。その親友は幸せだったんでしょ?』

意外に鋭い切り返しだ。しかし、それは自分でも分かっている。

けれども、一方的な価値観の押し付け合い。それが人生である限りは、この顛末は正しかったといえる。まぁ、正義である事がその時に正しいと呼べるわけでもないのだが。

他に適切な表情が分からなかったから、苦笑してみせ、感慨深く頷いた。

「そうさな。でも、人間は誰でも押し付けるだろ。だから、俺は俺の理屈で行動しただけで、んでアイツとはそれ以来だっけな。派手に喧嘩して、どっちもくたばる寸前だったし。んなワケで、教訓。あからさまな女は須く屑だってな。他人に粘着しないと生きていけない、そう言う連中なのさ。お前はいい女になりそうだし、ホント……親友と会わせてやりてぇよ」

時雨の言葉に、咲耶は微笑んだ。少し照れくさそうではあったが、真っ直ぐに瞳をこちらに向けてきた。それが多分、彼女の性格だろう。真っ直ぐで、一本気だ。

『……アンタ、悪いヤツじゃなさそうね。親友をそこまで思えるんでしょ』

「ま、俺は良いヤツでもねぇけどな。そんでもって、交渉といこうぜ」

本題に入る。

別に前置きをせず、直接言っても良かったのだが、それでは交渉の余地が生まれない。

あくまでもこちらの方が上だと言う事を認識させておかなければ、そもそも交渉は成り立たないのだ。

「俺のやる事なす事に絶対の強制をつけず、住居と個人ラボも提供してくれ。緋々色金――『紅の虚』も出してくれると助かるな。それ以外は、お前らを確実に守る事を約束するぜ」

『いいわよ』

サラリと頷いてみせる咲耶に、磐長はあたふたしている。姉らしいのに、不憫なヤツだ。

『咲耶! いいの、そんなにアッサリ決めちゃって!?』

『別に。そこにいる子も特Aランクの重要人物だし、身の保障もしてくれるんならいいんじゃない? 交渉よ、交渉。誠意で応じないとね』

……ホント、いい性格をしている。

「話が早くて楽だわ、こりゃ。知ってるとは思うが、俺は高宮時雨。こっちはアイリスだ」

『アタシは咲耶、こっちが姉の磐長よ。言っとくけど、アタシのお願いもちゃんと聞いてもらうから』

「オーケー。まぁ仲良くやろうや」

笑みを浮かべると、向こうはぷいっと顔を逸らし、先導するように飛び立っていく。

が、時雨は動かずに、ふと脳裏を過ぎった勘を頼って、盾から剣を抜いた。

ずっと気になっていた。第一陣が退き、第二陣が来ても遅すぎるくらいの時間のはずなのに、まだ偵察機の一機も来ていない。

恐らくはこちらを監視している者がいる。それも、第二陣や三陣を退け、監視する余力がある強い機体だ。

『なっ……!? ちょ、ちょっとアンタ! いきなり裏切る――』

咲耶の甲高い声を聞きながら、有線式の剣を厚い雲間に向けて投擲する。

弾丸のように疾駆した剣に、手応えあり。弾かれたらしく、剣はそのまま巻き取られて戻ってきた。

その機体はゆっくりと降りてくる。

黒い機影。シャープな外見に、巨大な剣が目を引くそのシルエットは、良く見慣れた物であり、時雨が現在操作している機体となんら遜色ないものだった。

『シュバルツガルドの機体ね。あれも、アンタの作品?』

『ああ、大丈夫ですよ時雨さん。あれは友軍機ですし……』

彼女達の話を聞く以前に、時雨は驚きを隠せずにいた。

『アイギス』を生み出す時に、偶然生まれた機体。『名無し』と呼ばれ、盾と矛の関係にあった試作機だ。

しかし、その機影はすぐに消えてしまう。まるで、煙のように一瞬で失せ、もう後には何も残っていない。

不気味さに思わず鳥肌が立ったが、『名無し』のスペックを思い出して、更に眉間へ皺が寄るのを感じていた。

あれは感情で動く兵器だ。『アイギス』とは真逆で、愛やら勇気やらの非科学的なパワーで動くようになっている、云わば『感情兵器』。

嘲弄しながら作ったものなのだが、その実、『アイギス』よりも凄まじい挙動が可能。某シュミレーションゲームの言葉を借りれば、『アイギス』がリアル系で『名無し』がスーパーロボット系だ。

何故、あれがあるのか。元の世界に戻る鍵が出来た。

「……なぁ、後でシュバルツガルドとの面会。取り付けてもらえねぇか?」

『えー。お姉ちゃん、どうする?』

『それはこれからの働き次第です。御願いしますね、時雨さん』

内心で舌を打ちながらも、表情だけは飄々と。

「はいよ。任せとけって」

アイリスにビット解除を通達しながら、ただ『名無し』とシュバルツガルドの関連性を考えていく。


結局、飛行時間内では、それは見つけられなかった。

と言う訳で、次章からグランディア編です。

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