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六章 裏切りと空っぽの少女 ~後編~

――何でお前のようなヤツが……! お前が生まれたから、私達の家庭がこじれたのだ! この屑が!


違ぇだろ……。お前が、仕事しないせいだろ……。


――私はあの人を愛していたのに! 何でそんなに綺麗なのよ! 馬鹿なくせに!


知るかよ、ヒス豚が……。劣等遺伝子を受け継がなかっただけの話だろうが。


――そうよ! 私達の息子は、普通でなきゃいけないはずだもの! こんな馬鹿に掛けている時間はないわ!


知るかよ……、勝手に、してくれ。


――そうだわ! 祖母が日舞の師匠だったわね。なら、そこに預けましょう。演技でも覚えれば、すぐに頭が良くなるわよ!


ああ、そりゃいいな。






――時雨。お前さんは、馬鹿ではない。正直が過ぎるだけじゃ。


そうだったな、懐かしい。


――でもな、現代は正直さが美徳とは限らんのじゃよ。


あの頃は真っ直ぐな事に疑いがなかったからな。


――お前は演技が異常に上手い。別の人格にすり代わっているかのようじゃ。


必死だったからな。その本質を見抜き、表面化させる事に。


――だから、仮面を付けなさい。


そう、仮面だ。


――天才を演じて、生きなさい。私には無理だったけどねぇ、お前なら出来るはずじゃよ。


ああ、やってるよ。






――何じゃ、格闘を教えて欲しい? そうかそうか! あんな着物を纏って踊るよりも、男なら力を求めるものじゃよな!


だからって、十歳のガキに五十キロの俵担がせて、道場内を三十周させるなよ。


――お前はワシに似て呑み込みが早い! ほれ、これが居合いじゃよ! 凄いじゃろう?


平然とコンクリ真っ二つにしてるけど、それ異常だからな。


――すまぬな、時雨。お前の両親がああなったのはワシの所為じゃ。


違ぇよ、爺さん。俺が……天才なら、良かったんだって。


――ああ、果報者じゃな。孫の隣で逝けるとは……。あやつらは見舞いにもこんのに。すまないのぅ。


俺が好きでしてんだよ。俺も、爺さんの孫でよかったさ。



『人生は誰にとっても幸せでないといけない』

こんな事を呟いた馬鹿野郎がいた。まぁ、それが後の親友だが。

でも、思ったんだ。

『人の価値なんて平等なんかじゃない。今頃きっと、ナスダックだって驚きの変動値を見せてくれる』

これがいつしか、俺の持論になっていた。今もその固定概念は変わらず、価値観の中枢に居座っている。

だから、不都合な事を力で排除しようとした。

――幸せを、勝ち取る為に。





――穏やかな気分だ。

そう思いながら、時雨は瞳を開く。

夢は過去へ。両親祖父母の夢を見ていた。それは多分、久しぶりに深く寝たからだろう。

浅い眠りで夢を見るとは言うが、深く眠らないと睡眠の波と言うものは来ないものだ。一、二時間の睡眠で夢を見れるなら、それはきっと疲れていないから。

そんな事を思いながら、体中を包む倦怠感を振り払うべく、声を出してみる。

「あー……」

思いの他、体は疲れていたらしい。一度深く寝ると、体が疲労を思い出して重くなってしまう。

動きに支障はないものの、全身が以前のように軽くない。緊張が解けたのだろう。

そう思える頭は酷くクリアだ。なのに、心だけが凪いでいる。あまりにも静かで、あまりにも心地よい。けれども、それが不気味で仕方が無い。

ベッドから半分身を起こして、時雨は溜息を零す。幾分だが、気味悪さが失せた。

この安心感は、過去に数度味わった事がある。祖父母と一緒に暮らしていた日々だ。

人肌があった事の幸せを噛み締めた、幼い頃の日々。

「……フラン」

悪夢でも見ていたのか、頬に涙の跡がある。

苦笑しながら頭を撫でてやると、彼女は笑ってくれた。穏やかに、笑ってくれたのだ。

「悪ィな、フラン。ここじゃ、やっぱ狭いわ。俺に相応しくねぇんだよ、こんな上等な役」

フランに布団を掛けてやり、時雨は手近な荷物を纏めて格納庫へと走った。

携帯はデータを抜いて、放り捨てる。こちらから、一方的に連絡出来るように。

(こいつらに何をしてやれるか。……全員に危機意識が無い上、三つ巴の混戦。なら、そこに強大な一勢力が現れれば……どうなる?)

全員が力を合わせ、立ち向かう。昔からよく言う、三本の矢と言うヤツだ。

それは希望的観測だが、前よりは折り合いが良くなるだろう。少なくとも、全部の国を戦争が出来ないレベルにまで疲弊させてやれば、それは叶わぬ事ではない。

そうする為には、他の勢力を見る必要がある。

それに、興味もあった。

――この世界は、どうなっているのだろうか。

――グランディア、シュバルツガルドはどんな国なのか。何で戦っているのか。

それをただ、知りたかっただけなのかもしれない。

「……またな」

さよならは言わないでおく。多分、また会える。

格納庫へ走り、白に塗りなおされたアイギスに搭乗。起動させ、カタパルトを外部クラッキングでこじ開けた。

ディスプレイを立ち上げ、そのブルーの輝きで人影に気付く。

座席に一人、見知った先客がいた。ロングヘアーと、ワンピースの少女。

「いいよね? 時雨」

彼女――アイリスが、無垢な笑顔を向けてくる。信頼しきっている笑み。これからどこへ行くのかも言っていないのに、全面の信頼をくれている。

アイリスは多分だが、予知を使ったのだろう。なら、ここにいるのは不思議ではないし、そして来るものを拒む気はなかった。

「おうよ。お菓子は三百円までだぜ?」

犬歯を剥きながら笑って、時雨はアクセルを踏んだ。

急加速する機体を見送るアリサの姿がモニターに映る。こちらへ、携帯から通信を行っているらしい。

画面から文字がポップアップする。

『帰宅キボンヌ』

彼女はあまり、変わってはいないようだ。

苦笑しながらも、キーボードを取り出して、手早く返事を打つ。

「悪ィな。しばらく戻らねぇ……またな」

『おー、じーざす。ふぁっきんゆー。早く帰って来るなう』

「さーな」

通信を切り、更に飛翔する。

次に大地が見えるまで、速く――速く。

相応しい役を見つけるまで、多分飛び続けるだろう。







暗い一室。

その中に、背の高い男性と背の低い少女の姿がある。

豪奢な椅子に腰掛けている少女は、驚くほどに顔が整っていた。まるで、人外染みた――まるで妖精のような可愛らしさと神秘的な雰囲気を備え、そして荘厳な老人よりも落ち着き払った態度で、恭しく頭を下げている男性を改めて見つめていた。

「何かしら、これは。これが貴方の認めた男なの? 貴方、中々趣味がいいわね」

「だろ? オレもビックリさ。何せ、あれを作れるネジの飛んだヤツがいるとは……」

喉の奥で笑うようにしながら、紳士服を纏う男性は立ち上がって、長い髪を後方へと撫で付ける。

少女が手に持つ写真には、時雨の顔が映っている。シャルロットの姿もあり、恐らくは一緒に外出した日の刹那を捉えたものだろう。

彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべると、指を一回鳴らす。それだけで、手に持っていた写真が一瞬で失せる。どんな芸当かは知らないが、人間の可能性を超越した絶技だ。

「それで、引き入れる算段はついたのかしら?」

「モチのロンさ。まぁ、ほら……男は女性に弱いって言うし、こんな感じに」

男は笑うと指を鳴らし、その姿を女性に変じさせた。これも人間技ではないのだが、見た目や雰囲気は紛う事無く人間の範囲内。それでも、男の姿は美形で、女性の姿は可愛らしい美人と、浮世離れはしているが。

先程まで男性だった女性が、花のように笑ってみせる。

「と、このようにでしてね。流石は私ですよね~!」

キャピキャピと笑ってはいるが、かなり胡散臭い。

少女も呆れたか、眉根を寄せて苦笑し、投げやり気味に訊ねる。

「本質的には、どちらが貴方なの?」

「そりゃ女性の姿ですけどね。男なんて、野暮ったいし趣味じゃないんですって。でも、偵察は男じゃないと。優しい男を演じれば、大抵の女性は警戒を緩めますし」

そう言って指を鳴らし、再び男性の姿に戻る女性。

男は更に、白い手袋に覆われた指を鳴らす。

すると、そこかしこがライトアップされ、大型の機体が姿を現す。

三十メートル弱の人型兵器。黒いカラーリングが施されており、見る者に威圧と不気味さを印象付けるだろう間接部の赤が、まるで生き物のように炯々と輝いていた。

そう、あれに似ている。

まるで、アイギスの対になっているような――平たい大きな剣を持つ機体だ。

「――これ、持って行っていいですか?」

「どうぞ? バルザイの偃月刀を破壊しなければ。機体は修復出来ますしね」

少女の二つ返事の承諾に、満足気に男性は頷いて、機体を軽く撫でる。

頭部のセンサー&カメラアイが一瞬光り、コックピットが徐々に姿をみせ、遂には迎え入れるかのように腕が差し伸べられた。

慈しむように機体を眺めながら、男性は呟く。

「じゃ、行きますか――『しゃいにんぐ・トラペゾヘドロン』よ」

そう言った彼の口元は、凶悪な笑みで彩られていた。


うわ、酷いな……寝ぼけてるな、自分。

ってワケで、加筆しました。

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