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四章 磐長姫

四章 磐長姫




さて、どうしたものだろうか。

フランの話によれば、前線まで結構な距離があると言う。そして、敵は未確認。映像を捉える事も出来ずに、前線メンバーは残り五機にまで減らされたらしい。

普段なら一抹の不安を覚えていただろう時雨だが、今はそれよりも気になる事がある。

「……いや、お前さ」

「はい?」

時雨の声に振り向いたのは、小学校にでも通っていそうな年齢の蒼い髪が綺麗な少女。確か――アイリス・ノエル・ノストラダムス。

名目上の副艦長でもあり、特別な感応能力と『予言』と言う一種の未来予知能力を得ているらしい。頭脳明晰で、運動神経は鈍くさいらしいのだが、軍には無くてはならない人物のようだ。

問題なのは、その未来予知能力。

彼女は未来を見ている。なのにその蒼い瞳は無垢なままなのが、気になって仕方が無い。それと、何故か彼女の目を見ていると、不愉快になる。

普通、未来を見ていると激しい既知感に襲われる。ドラマとかフィクション映画とかでよくある、文字通り『人生に飽きる』状態に人は陥るのだ。

何をしてもその先は見えている。なら、ただ流されるのが楽だ。無理に頑張って体力を浪費するよりも、その状態の方が人間らしく、選択し易い。

物語的には、大体未来を見て諦めるのはヒロインで、未来を変えようとして奔走するのは熱血系主人公のパターンが多い。

熱血系は大体馬鹿なので、出来なかった時を想像しない。ヒロインは特有の感受性で深読みをしてしまうから、引き篭もりみたいに同じ駄々を繰り返すだけ。

互いが足を引っ張り合うが、結局、主人公の熱に負けてヒロインが落ち、ハッピーエンド一直線。馬鹿か。ご都合にも程がある。

ともあれ、臨時に設置した前方座席のアイリスへと、目を合わせながら問い掛けた。

「……お前。俺の未来、知ってるんだろ? 自分がこれから、どうなるのかも」

「はい」

「何で……お前の目は澄んでんだ? ……いや、違ぇな。覚えがあるな、その目。なんでこうムカつくのかも……」

それは、全てを悟ったような顔をして、見飽きているにも関わらずそれにそっぽを向いている――

「――ああ、負け犬か。その目」

――現実を受け入れようともしない、負け犬の目だ。

いや、逃げるのが悪い事とは言わない。ただ彼女は、中途半端に逃げているから駄目だ。

――求めてくれる、必要とされているから私はここにいる。

そんな理由。

元の世界にいた頃に、そんな連中は腐るほど見ている。

この少女は、軍に飼われている犬。質の良い突発的な異端児だから、首に輪をつけられ、それを喜んでいる変態だ。

「……中途半端だな、お前」

皮肉交じりにそう口にすると、彼女は笑って答える。

「はい、分かってます。でも、貴方も私を必要として下さるんですよね? 敵は視認不可能。なら、私の予知で――」

――嗚呼、こいつ嫌いだ。

自己犠牲で同情を誘おうとしている。意識してではない。自然にそうしているから、尚腹が立つ。

「――俺、攻略本って死ぬほど嫌いなんだわ。要らないね」

その言葉に、アイリスは動揺を隠せず、崩れた笑みを浮かべて再び訊ねてきた。

「あ、あの……私の予知、確かですよ? 私の予知がないと貴方……死んじゃう可能性の方が、圧倒的に……!」

「だから? ああそっか。そうだよな。お前も我が身可愛いかよ。だったら、内装してる脱出艇で逃げてろ」

鼻で笑ってやると同時に、フランからの通信が入る。

『私だ。予定通りに行くぞ。ノストラダムスの予言を使い、戦う。時雨、予言は――』

「嫌だね」

『……その返答くらい予想していた。しかしだ、時雨。今は危機的状況に――』

「いや? 俺達は別に危機的な状況じゃないだろ。はい後ろ向いてブースト全開。ほら安全」

『……いい加減にしろ。我々の仲間が戦っているんだ』

「は? ……あのさぁ、お前ら何なの? ちんけな仲間意識でも生まれちゃったのか? この俺に対して? 馬鹿かよ。言わなかったか? 俺はお前らに義理立てしてるだけで、別にこの国裏切ったっていいんだぜ? 最悪、元の世界に戻れりゃ良いしな。敵さんがお前ら潰せば戻してやるって言ってくれりゃ、喜んで従うぜ」

『…………時雨』

「普通、さっさと帰るはずの人間が自らを全部晒すと思うか? 答えはノーだ。それでも実際、手を貸してやったろ。俺ちょー優しいだろ。ヤベぇ、親切すぎて泣けるわ。なのに、健気な俺に入ってくる情報は無いし、積極的に捜索もしてくれてねぇだろ。いい加減うんざりしてんだ。と言うか、命令してさっさとこの犬に吐かせろよ。予言で、俺が来るってのも分かってたんだろうが」

言うと、今度はノストラダムスが俯いてしまう。

「私は……望めば、少しだけ未来が見えるだけなんです。知らない人の未来は見れません。貴方の未来だって、物理的に距離が近いから、少し遠くまで見れるだけなんですよ」

――本当に、中途半端だ。

溜息を吐いて、ニィと時雨は笑みを浮かべる。

「こんな野郎に自分の運命任せて、お前らは本当に満足してんのかよ。未来なんて知らないね。今尚過ぎ去って行ってるだろうがよ、未来が過去にな。……俺は要らないや、こんな機能制限の付いたガイドブックなんてよ。はいお手ごろ価格、今なら三百九十円。お求めやすいだろ?」

バン! と、コンソールをフランは殴りつけた。

『貴様は存在意義を考えた事があるのか!』

「オイオイ、今度はお説教かい?」

『黙って聞け!』

長い髪を振り乱し、威嚇するように吠えて来るフランを見ていると、何だか子犬を思い出してしまう。

零れだしそうになる笑いを堪えながら、時雨はフランの話に耳を傾けた。

『軍人は誰にだって役割がある。アイリスはな、ノストラダムスの血統と言うだけで軍に拘束され、未来視を強制させられたのだ。軍も全員も、未来視を頼りにしている。例外は、お前とローランくらいだ。……お前にはこの辛さは、分かるまい。誰からも等しく頼られる所為で、孤独なんだよ』

時雨はおもむろに長い溜息を吐き出す。長い、長い溜息だ。

馬鹿馬鹿しい。その感情を隠そうともせず、時雨は軽薄に哂いながら、訊き返した。

「……で?」

『何?』

「だからどうしたってんだよ」

アイリスが怯えているのが分かるが、構わない。

時雨はその笑みを維持しつつ、続ける。

「アホかお前。誰もがそいつの事情に共感してくれると思うなよ? てか、それ以前の問題じゃね? 抗う事なら出来たのに、そいつはそれをして来なかっただけの話だろ。でたらめ言っておけば、出来損ない扱いでお役御免。晴れて自由。けど、そいつはそうしなかった。頭良いんなら、真っ先に理解出来たろうに。それは何故か? そりゃ、拘束されてた方が遥かに楽だからだ。こいつは選んでたんだろうが、とっくの昔にな。それを今頃悲劇のヒロイン気取って混ぜっ返しやがって……ヤッベ、感情移入出来なさ過ぎて泣けるわ」

『違う時雨! 誰もがお前みたいに強くは無いんだ!』

「そうだな、だから言ってるだろ? 誰もがそいつの事情に共感してくれると思うなって。そいつの事なんざ俺が知るかよ。つか、知った事か邪魔くせぇ」

『……お前には人の気持ちを慮る事が出来ないのか? 何故、そんなに辛辣なんだ!』

「じゃあお前はアレか? こんな時にそいつを抱きしめて、『頑張ったね……』とか『辛かったね……』とか薄ら寒ィ台詞吐いてろってのか? ハハッ、ウケるな。どこのドラマだよ、反吐が出るぜ。……俺はな、頑張れば噛み切れる鎖へ、ただの一度も牙を立てなかった野郎なんぞに掛ける言葉なんて持ってねぇんだよ。酸素が勿体ねぇ」

所詮、人間は感情で動く動物に過ぎない。

理性で制御しようとするから、神経を磨り減らしてしまう。磨耗した神経から欠落が生まれ、欠落が失敗に繋がる。

さしずめ、負の連鎖。

その無限ループから、アイリスは抜け出せずにいる。

第三者が共感してしまい、慰めでもすれば、癒着が生まれる。それは彼女自身の成長を阻む事に他ならない。

――これは、彼女が気付かなければならない。

彼女を取り込めれば、後の展望が楽になる。何としても、成長してもらわなくては。

その気持ちを汲んでくれない義に熱い軍人様は、憤然と通信を切ってしまい、ポップアップが消えた。

気まずい沈黙が機内を支配する中、アイリスが目に涙を滲ませながら、訊いて来る。

「あ、あの……私、は……要りませんか?」

「ああ。今のお前なんか、要らないね」

「え……?」

「お前、多分受動型だろ。未来視の能力は、大抵見る範囲が決められているか、枝分かれに派生している分岐を見る事が出来るかのどちらかだ。お前は、前者だろ?」

「は、はい……」

「……なら、お前の感情一つでどうにでもなるさ。お前が見ているのは、『お前が傍観者を決め込んだ時の運命』に他ならないんだからよ。だから、今のお前はいらねぇ」

笑いながら、時雨は頬の高潮を抑える。恥ずかしくて、蕁麻疹が出そうだ。いくら利益の為とはいえ、言うんじゃなかった。

少々後悔しながらも、時雨は神経を外に張り巡らせる。

順調に飛行を続けていた『アイギス』だが、何やら気流が乱れているらしく、少し目標座標への軸がブレていた。

音声回線を開き、全員に通達する。

「よぉ。こりゃ人工物からの風だぜ? 潮の流れと空の流れじゃ、絶対にこうはならねぇ」

『流石だな、時雨。隊長、どうしますか!』

『……各員警戒を怠らず、フォーメーショントライアングルで走行。行くぞ』

フランからの通信が切られ、ローランとの間にまたもや沈黙が発生する。

『……お前、地雷踏むの大好きだろ』

「遠くから爆発させんのが面白くてな」

『オレにも被害が出てくるから止めてくれるか!? また理不尽に給料カットされたらどうするんだよ!』

――横暴過ぎだろ、それ。

ローランの溜息がスピーカーの向こうから聞こえてきて、時雨もまた苦笑してしまう。

「悪ィな、今度ラーメンでも奢るわ」

『ま、別に良いけどな。お前は何だかんだで優しいから』

「あれ? お前、もしかして俺の貞操狙ってる?」

『何でそうなるんだよ! ……『甘い』と『優しい』は違うって、ちゃんと分かってる奴だからって事さ』

「あー……あれか? 普通の飴は甘くて、特別な存在にくれてやるキャンディーは優しいって、そう言うアレか?」

――ブツッ。

あの野郎、無言で切りやがった。折角、ヴェルタースでオリジナルなキャンディーについてこれから熱く語ってやろうかと思ったのに。

『アイギス』を右翼に配置しながら、時雨はシールドを展開する。

いざとなれば、物理振動波を喰らわせて位置を割り出せば良い。そうなれば、後は叩くだけだ。

と、画面にノイズが走り、仮面を被った女性の顔が映し出される。

「あ、あの……!」

「黙ってな。こりゃ、多分だが……俺らにしか通じてねぇ」

『ご明察。流石の慧眼です、相馬殿』

刹那、時雨の表情が険しくなる。

しかし一瞬で表情を元の軽薄なものに戻して、更に笑みを重ねた。

「……その仮面、分かってるな。やっぱ、敵のエースパイロットの一人は、仮面付けてねぇとな」

『?』

「いや、可愛く小首を傾げられても困るっつーか……」

やはり目に付くのは、鈍色に輝く、黒い岩のような仮面だ。

次に、綺麗な長い緑色の髪。肌は白いが、日本人特有の張りが見られ、何だか落ち着く事が出来た。

『……見れば見るほど、グランディアの民ですね、貴方は』

「アンタも、髪が黒けりゃ日本人なんだがなぁ……。ま、いいや。ほら、用件があるんだろ?」

『攻撃、なさらないのですね』

「ほら、俺イケメンで超紳士じゃん?」

『じゃん? とか言われましても、その……初対面ですから』

そりゃそうだ。

咳払いを一つして、女性が形の良い唇を開いた。

『何故、争いをするのですか?』

「欲しい物があるんじゃねぇの? しかもそれは拮抗している。なら、力だろ」

『しかし、いつまでもそれでは埒が明きません。聡明な貴方なら、分かるでしょう? この愚かな無限ループが』

「んじゃ一つ心理テストでもやろうぜ」

またもや小首を傾げる女性に対して、時雨は無邪気な笑みを浮かべた。

「手の届かない場所にクッキーがある。アンタはそれを食べたくて仕方が無いわけだ。この時、お前はどうやって取る?」

『……取ってもらう、ですか?』

「アンタ、前言撤回しな。自分で行動する前に他人へ声を掛ける奴が、何他人に指図してんだよ。争いを止めろ? 言うのは簡単だ。んで、聞かない奴らを武力制圧するんだろ? それじゃ何も変わらねぇと思わないか? 戦争を終わらせたいから、敵対する勢力を倒す。あれ? お前の言う争いって、これじゃん? あららー」

『なっ……!?』

絶句している女性だったが、動揺している今が好機だ。

「……お前、何で俺の事知ってんの?」

『答える義理は、ありません! 貴方とは相容れない! なら、ここで――!』

と、通信が切れて、時雨は脳裏に閃く何かを感じて、右にブーストを使って回避した。

そこへ、一陣の鈍色が走る。鋭い一撃だ。これは、叩き潰すような戦いの剣ではない。もっと別の……。

「――時雨さん、上空三百メートルから接近です!」

アイリスが叫ぶのを聞くと同時、時雨は上へ向けてシールドを展開し、物理振動波を発動させた。

周波数を著しく変動させ、どんな通信や電波さえ捻じ曲げる。その振動波は、当て続ければ鉄鋼ですらボロボロにしてしまうものだ。

まぁそれは、当て続ければの話で、しばらくなら何の問題も無い。

何故この振動波を出したかと言えば、向こうの居場所を確実に探る為。

異変に気付いたローラン達だったが、敵の姿が見えないので混乱している様子だ。

物理振動波を止め、ビームビットを展開。最後に確認した位置から出力的に動ける場所へ、熱線を発射した。

何かに掠ったのか、煙を上げる透明な機体。

無駄だと悟ったのか、ジャマーを解いたその姿は、漆黒の西洋甲冑だった。しかし、決定的に違うのは、その右手に握られた、柄の長い片刃の武器。

スレンダーな機体だが、駆動部にも申し分の無い装甲でガードがなされており、先程の動きから見て、量産機とは一線を画している。

鑑みるに――やはり、エースパイロットか。

通信が復帰したらしく、ノイズが失せてこちらに通信が入った。ローランの顔とフランの顔がポップアップされる。

『時雨、無事か!』

『あれは……鎧? しかも、グランディアのものじゃない! 時雨、どこのか分かるか!?」

「知るか。ただ、ありゃ接近特化型だな。機動性を上げる為、ミサイルや実弾銃を捨てやがる。俺の『アイギス』が汎用機なら、ありゃタイマン決戦兵器って奴だな」

質の良いジャマーに高機動とは……鎌でも持っていれば、死神にでもなれそうだ。まぁ、あれとコンセプトは似ている気もするが。

と、その妙な剣を『アイギス』へと向け、あからさまな挑発をしてみせる黒鎧。

(……不意打ちしてきやがった癖に、律儀じゃねぇか)

不敵な笑みを浮かべ、時雨はローランへと視線を配った。

「なぁ、ローラン。その剣貸せよ」

『……持てるのか? この剣、神機のスペックによっては、腕が千切れるぞ?』

「俺が長い年月掛けて設計したリアルロボットだぜ? 技術部の連中がヘマしてなけりゃ、問題ねぇよ」

その剣――確か、対艦用の大剣『デュランダル』を受け取り、黒鎧と対峙する。

と、フランはアルテミスの弓を展開して、弦を引き絞っているのに気付いた。

「フラン……」

『何だ』

「お前、部屋にあるぬいぐるみの数っていくつくらいあるん――」

『う、うわぁああああああああああああああああああ――――ッ!? な、何故それをお前が知っている!?』

「おい、ローラン聞いたか? おおきなうさちゃん抱いて寝てるフランをちょっと想像してみろよ」

『ローラン! 貴様、今月の任給三分の二カットだ!』

『何でオレ!? 理不尽にも程がありますよ! てか時雨、空気読んでくれ! シリアスシーンの真っ只中だろうが!』

「俺、シリアスとか大ッ嫌いだし? いやいや、お前らがギャグキャラで助かったわ」

『オレお前より真面目だろうが!』『違う! 絶対に違う!』

力強い叫びを聞きながら、アルテミスの弓を畳んだフランに感謝する。横槍は入れて欲しくない。

一騎打ちを目の前にして、どうやら緊張もしていたようだ。深呼吸して気持ちを落ち着けてから、通信を切った。

「……アイリス」

「は、はい……ごめんなさい! ごめんなさい! 差し出がましい事をして、本当にごめんなさい! でも……」

「……お前、俺の役に立ちたいか?」

「え……?」

「……」

彼女の小さな頭に手を乗せて、優しく撫でてやる。

指通りの良い柔らかな髪からは、フローラルな匂いがして、それが何だか心地よい。

「……こうやって、撫でられた事も無かったんだろ。お前は、俺が道を踏み外したと仮定した時の末路と、そっくりなんだよ」

呟き、時雨は彼女の頭から手を退け、操縦桿を握った。

「……俺も、最初は必要とされてたんだ。ガキの頃から天才的だったからな。だから、連中は俺を妬むかなんかして、意図的に無視した。なら、他なんてどうでも良いだろ? 俺はその頃から、他とつるまなくなった。一人でやっていける強さを、そこで培った。けどお前は、無視されないように献身的になり過ぎた。……今から、俺だけを頼れよ。俺も、お前を頼りにしてやる。薄っぺらい信用じゃねぇ。……寂しいなら、ずっと一緒にいてやるよ」

「――――!」

――落ちたな。

孤独を抱えている者は、温かいものへ過敏になり、警戒を強めてしまう。

しかし、まだ甘えたい盛りの少女だ。少々警戒はするものの、すぐにその温かさの虜になってしまうのだ。

「良い……ん、です……か? 私……気持ち、悪く……ないんです、か?」

シートから乗り出して、縋るような目を向けてくるアイリスに、時雨は神妙な顔を向けた。

「お互い様だろ。……俺は超天才イケメン、お前は未来見れます可憐な美少女。良いじゃねぇか、堂々としてろ。お前にも人を選ぶ権利があるんだぜ? なんなら、俺の事もうっちゃってくれていいんだが」

「い、嫌です! わ、私と……い、一緒に居て下さい!」

アイリスがそういった瞬間、時雨は口の端を吊り上げて笑みを浮かべた。

「……ほら、未来変わったじゃねぇか。お前、損得抜きで一緒にいてくれる誰かが欲しかったんだろ? ……お前の気持ち一つで、未来なんかいくらでも変動するんだよ」

大きな瞳には、大粒の涙。そして、今までになかった強い光が覗いていた。

「援護、頼むぜ……アイリス!」

「は、はい! 時雨さん!」

言うと同時に、時雨はアクセルペダルを一気に最大まで踏み込んだ。

急速に加速するものの、Gは掛からない。慣性制御システムの他にGレデューサーを導入したので、内部にほとんど影響は無いのだ。

「……このままだと、敵機はこちらの突撃を避けて、振り向き様に腕のブーストを使って切り伏せてしまいます」

「そりゃそうだろうな。……なら、簡単だろ」

急に機体を停止させ、重量のままに落下させる。

体が逆さまになり、アイリスが泣きそうな顔をして声にならない悲鳴を上げていた。

背中に回していたシールドをそのまま展開させ、重力波を放つ。

海面を叩きつける重力波は勢いを増し、弾け飛んだ水柱を黒鎧は避けるしかない。

その間に海へと潜り重力波を止めて、『デュランダル』を大上段に構える。

「……ビット、操れるか?」

「はい! 訓練しました!」

「よし。なら、ビットの権限を一時的にお前に移す。動きが出来ないよう、拘束させるように撃ってくれ」

「は、はい!」

「……行くか!」

フロートペダルとアクセルペダルを同時に踏み込んで、急発進、急浮上させた。

勢いのままに時雨は『デュランダル』を回転を意識して放り投げ、シールドを腕に持ってきた。

「よし、ビームビット射出するぜ。権限委任、パイロット02」

すると、彼女の瞳から、感情の機微の何もかもが消え失せる。

ビットは時雨が操作するよりも機敏に動き、払い除けようと振り払った黒鎧の剣を紙一重で避けていた。こう言ったメンタル的な感応さは、彼女の方が勝っているようだ。女性や子供は感受性が強いと、昔聞いた事がある。

時雨はシールドへと形態変化のパスワードを打ち込んでいく。それは数秒も掛からず済み、Enterキーを小指で触った。

ディスプレイが浮かび上がり、打ち込んだパスワードが表示され、次いで確認のポップアップ。

『Sure...Master,Did you want"『Blade Shield Mode』" ?』

そして、ここからは音声入力。無論、英語で。

「『Yes,I did.I fact to enemy.I want to the end of war. That is necessary the shining edge.Trust me!』」

『Trust you...』

この間、僅か四秒と少し。

シールドの形状変化が始まる。

楕円を描いていたシールドは、剣のように細く長くなる。幅広のアタッチメントソードへと変化したが、それだけでは終わらない。

ビームシールド用のビームが縁へと纏わり付き、更に拡散ビーム砲が盾の周囲に移動して、一点を目指して光が伸びた。

巨大なビームブレードと言った感じ。無論、ビームなので重量は変わらず、リーチも長くなり、使い易くはなった。

ただ、この形状だと音波系の武器が封印されてしまう。しかもこの形状変化は、エネルギー消費が尋常ではない。

『アイギス』は半永久機関だが、この状態だと消費エネルギーの方が大きく、間に合わなくなる。云わば、諸刃の剣。

その分、ブレードシールドは大抵の物を切断出来てしまう。どんな重装甲だろうが、真っ二つ。

ローランの機体――『GrowryKnight』。耐レーザー性を持つその重装甲ですら、理論上は蒟蒻のように切れてしまうらしいと聞いたので、試そうとしたらローランに滅茶苦茶怒られたのを思い出し、苦笑する。

「んじゃ、行きますか!」

加速し、ビームビットの熱線を避け続けている黒鎧に突撃する。

が、あろう事か、そのブレードシールドの攻撃をその剣は受け止めたのだ。

「……何て代物だよ、ありゃ」

眩暈がするものの、仕方が無い。互角なだけ、まだマシだ。

しかも、向こうも超人的な操縦センスを見せてくれる。

四方からのビームを機体を反転させながら避け、その隙にビットを一つ落とし、更にこちらへと牽制を仕掛けてきた。これは素人芸ではなく、またベテランでも出来るわけではない。天性のセンスだろう。

相手の腕と機体の性能を鑑みて戦うも、中々決定打が生まれない。

ジリ貧ながら、何とかこちらが競り勝っていると言う具合。まだ到底、堕とすには至らない。

「……ヤベぇな。燃料も後チョイか」

機能を停止させれば燃料も回復するのだが、帰還が遅れてしまう。

――ならば!

動作を急に停止し、突っ込んでくる敵の一撃を『アイギス』の肩で受け止める。

同時に腕を切り離して、その間にブレードシールドで相手の顔面を潰した。

モニターヴィジョンは、大抵頭部にある。なので、もう相手は目が利かないだろう。正直、この機体を傷付けたくは無かったのだが、致し方ない事だ。

が、向こうは距離を取って、通信を繋げて来た。……視界が利かないのに、この余裕は何だ?

「アイリス、ビットを止めろ」

「……あ、はい!」

不気味に感じて、反射的に呟いていた。

こちらへの攻撃を懸念する暇も無く、向こうが話を仕掛けてくる。

『流石のお手並みですね。……私は、磐長姫と申します』

「へぇ……。なぁ、妹に咲耶姫っているだろ?」

磐長姫と言えば、古事記だ。

簡略化すると、あまり容姿の良くない磐長媛命が選ばれなかった所為で、人間の寿命が短いんだとか。

花が咲き、散るような速度の寿命。それが、人間の選んだ木花開耶姫だと。勝手な言い草だ。

その磐長姫が若くして実在するとなれば、当然その妹もと考えてしまう。

考えはバッチリ、当たっていたらしい。

『!? どこでそれを!』

「……俺の事、何で知ってるかを教えてくれたら、別に良いぜ」

『くっ……。な、なら! お気に入りの下着の色は分からないでしょう! 流石に、それは……』

「ピンクのレース。フリフリの」

無論、適当である。

しかし――

『な、なななななななななななな――――』

正解だったらしい。

哀れ、仮面を落した事にも気付いていない。

なので、時雨が驚いているのにも、気付いていないだろう。

磐長姫は前記した通り、あまり容姿の良くないとして描かれていたのだ。

だが、大きな青い瞳に白い肌、伏せられた睫毛に上気している頬。そのどれもが愛らしく、到底醜さは感じられなかった。

ようやく彼女は仮面に気付いたらしく、慌てて付け直し、落ち着いていた声音を荒げた。

『あ、貴方! ウチの妹とどう言う関係か知りませんが、お、お姉さんは認めませんから! 今日はこの辺で引いて差し上げます!』

そう捲くし立てて通信を切り、超高速で去っていく黒鎧。

残された時雨とアイリスはしばらく呆けていたのだが、

「……どう言う関係って……初対面だけど?」

そう溜息を吐いて、時雨は操縦席に全体重を預けたのだった。

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