十四章 神便り
「やった……! 哉徒が立った! 立ちましたよ!」
「哉徒が立った、ねぇ……。そこをな、金髪の女の子の名前に入れ替えればあら不思議」
「お前はヤギのチーズでも食ってろ」
どうせまた何か変なことでも言わせたいのであろうが、放っておく。
哉徒は久しぶりに立つことができた。そして、少し歩いてみる。うん、走ろうとするのは無理があるが、歩けるようにはなったようだ。
「これでオレも頭数に加えてくれよ? 時雨、何かやるんだろ?」
「……なんで知ってるんだよ」
「親友様に隠し事するなっての。まぁ、メラフリノスには乗れないけど、ガウェインには乗れるしな」
「あ? ガウェイン?」
覚えがないらしく、首を傾げる時雨。まぁ、無理もない。あれは哉徒が勝手に名づけただけだ。
「あの黒い機体のことだよ。ラヴィから聞いたんだ。アレに乗ってきたって」
「ガウェインねぇ……。ハド○ン砲とか付けたらそれっぽいか?」
「なんだそりゃ」
「ほら、あれだ」
大仰なポーズに、強い眼力。時雨はそれを両立させ、声高に叫んだ。
「……高宮時雨が命じる! ってなヤツだよ。知らねぇ?」
「あー……。シスコンのヤツだっけ?」
「そう、それ。あれ割りと好きだったぜ」
「あ、私も知ってますよ! 主人公がカッコいいんですよね! で、親友役が少しうっとうしかったです」
意外にも、ラヴィニアも知っていたようだ。そんな感想を述べてくる。や、まぁ……親友役は主人公側に感情移入していたので、確かに鬱陶しかったが。
それに驚いたのは、何も哉徒だけではない。事情を知った時雨もまた、驚きに目を見開いていた。
「ありゃま。軍事司令官様がそんなことを知ってるとは……こりゃ驚きだな」
「休暇の時、そういうのの特番があって、よく見たんです。最近のヤツまで知ってますよ!」
「ほー。んじゃ……全力で未完成の次は!」
「絶望的に君は綺麗さ!」
「よし、合格だ! アクエ○オンにも通じてるならな!」
「何のテストだよ……」
呆れ混じりの溜息を吐き、哉徒はベッドに腰掛ける。ラヴィニアも、その隣に座った。
「にしても哉徒。あれの名前はガウェインじゃなくて、もう決めてあるんだ。名無しのまんまじゃあんまりだと思ってな」
「へぇ。んじゃ、そっちで呼ぼうか。なんて名前だ?」
「――『ザ・ラスト・ジャッジ』。最後の審判って意味だ。追加兵装も加えた、『アルカナパック』を積んである」
「今までとどう違うんだ?」
「姿かたちは、一回りくらい大きくなってる。命令によって変形する『ギミックキューブ』を全身に纏わせてある。あの剣はそのままに、音声入力方式で、アルカナに応じた武器が『ギミックキューブ』から展開する。魔術師と叫べば、超速の電磁砲。戦車と叫べば、盾付きの大型実弾砲とかな。状況によって使い分けられるパックになってる。哉徒、使えそうか?」
「そのアルカナの呼び方と、武器名だけ言ってくれればな」
「よし、纏めたファイルがあるから、目を通しておけ。ラヴィニア……だっけ? あんたも、ここに来た以上、俺の部下だ。いざとなったら頼んだぜ」
「分かりました」
「よし。なら、後は……」
時雨が何か言いかけた――その時だ。
警鐘が鳴り響く。耳障りなサイレンが響き渡り、全員の表情を引きつらせた。
「……おいおい、何なんだ?」
と、テレビ画面にポップアップが浮かぶ。オペレーターの一人、アリサ・ブリュンヒルデだ。
『時雨、ヤバいなう。グランディアとシュバルツガルドが攻めてきたなう』
「とうとうお出ましか……」
意外そうではなく、時雨は面倒くさそうに呟くだけだった。まるで、そうなるのが分かっていたかのようだ。
「……まぁ、こっちがこの状態だ。向こうの様子見が解けたってところかね。無駄な戦闘は望まないし、お帰り願うか」
「オレも行こうか?」
「いや、必要ねぇよ。俺だけで十分だし?」
時雨は不敵な笑みを浮かべ、ドアの向こうに消えて行く。
心配そうに時雨を見送ったラヴィニアだったが、無駄だ。
「心配したらもったいない」
「え?」
「……あいつは、絶対に無事だからな」
それだけは、何となく分かる哉徒だった。
時雨は迫り来る敵を『ゴーストパック』の『アイギス』で撃ち落して行く。
カーブライフルがピンポイントに駆動部へ決まり、また一機、海面に激突していった。
「こっちに戦闘の意思はねぇけど、今こられるのは困るんだよ。引いてくれねぇ?」
こちらの言葉には耳もかさず、ただ敵は突っ込んでくる。
またライフルで一機落とし、それでも雲霞の如く押し寄せる軍勢に対して、時雨は舌を打った。
「『ヘカトンケイル』で消し飛ばせば楽なんだがなぁ……」
だが、それは叶わない。換装している間に接近されて、ジ・エンド。だが、やっていられないのもまた事実。
全員に先程の言葉を吐きつつ、撃ち落していると……ようやく、返事が返ってきた。
『貴殿はアースガルドの者か?』
「いや、まず名乗れよ。俺は高宮時雨。よろしくな」
『丙玄武だ。で、先の質問に答えてもらおうか』
「そーねぇ。ま、そうなんじゃね? 今、アースガルド帝国は壊滅状態にあるんだよ。だから、戦いたくないってワケ」
『攻め入る絶好の機会と知ってのことか?』
「……へぇ。あんま舐めたことほざいてやがると――――」
ガトリングライフルとビームガトリングライフルを同時に構え、トリガーを引いた。
「――テメェの国、地図から消しちまうぞ」
雑然と。しかし的確に、連弾はグランディアの土機を駆逐して行く。
後に残ったのは、弾の勢力下になかった機体だけ。残りは……全滅だ。
これで歴然とした。機械技術と機械の質は、圧倒的にこちらが勝っている。いくら数がいようとも、このレベルなら押し切れる。
「んで? どうするよ、タイショーさんよォ。俺はどっちだっていいんだが? いやまぁ、平和が一番だと思うがねぇ」
『……今日のところは、引き上げよう。後日、会談をしたいのだが……』
「オーケィ。この回線を通じて日時と場所を指定する。立会人は互いに一人ずつだ。いいな?」
去って行くグランディアの機体たち。
だが、シュバルツガルドの黒機だけが、そこを動かずにいた。
「おいおい、聞えねぇのか? お仲間は引き上げてくぜ? ここは空気読んで帰れよ。つかなんだ?」
聞く耳を持たないのか、一つの機体がこちらへ向けて突っ込んできた。
「なっ!? くそっ……!」
後退しながら、ガトリングライフルを正射する。
弾丸は装甲によって、次々と弾かれていく。そんな武器は通用しないぞと言わんばかりに、郷土に任せた突進を行使してきた。
「回線……!」
回線をつなぐと同時に、
『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!』
そんな哄笑が、スピーカーから迸る。
「……精神がいかれてんのか。そりゃ、聞えねぇわけだ!」
だが、これで光明も見えてくる。
――頭が言うことを聞かないなら、体の自由を奪うまでだ。
ハッキング・ナイフを抜き放ち、突撃を敢行する機体を敢えて受け止めてみせる。
そこへ、ハッキング・ナイフを差込み、ボタンを押した。
ハッキングは成功したらしく、機体は機能を停止し、海へと落下。巨大な水柱へと化けた。
いつの間にか浮かんでいた冷や汗を拭っていると、再び声が聞えた。スピーカーに、聞き覚えのある声が。
『素晴らしい! 流石は君だ、最高の物を作る!』
この、脳髄を刺激するような不愉快な声は……奴――神だ。
「……久しぶりだな、テメェ。のこのこと回線なんか繋いじゃって、ふざけてんのか?」
『いやいや、愛しい君の声が聞きたかったのだよ。さあ、早く私を殺しにきなさい。持てるありったけの道具を使い、奪いにきなさい。君が想った人もここにいるのだからね』
「やっぱりな……。フランは、そこか」
『そうだとも! さあ、歓喜したまえ。私を殺しにくるのだ!』
「テメェは……俺に殺されるのが目的か?」
『愛しいものの手に殺される。それは素敵ではないかね? 世の中で、それ以上の終わり方はあるまい。ああ、これは君の親友にも聞えているだろう。私を殺すのは、君の親友でも構わない。哉徒もまた、私は愛しているからね。哉徒、君の恋人を別の世界に飛ばしたのも、何を隠そう私だ。私は君と彼女を引き裂いたのさ。あれは実に愉快だったよ、そこの時雨が殺そうとしなければもっとスムーズだったがね』
「哉徒を巻き込むな! これは俺の問題だろうが! て言うか死にたいならテメェから出て来い!」
『いや、私を死なせまいとする狼の中にいてね。神格を取り込んで神と化した狼を倒さねば、私には永劫、会えまい』
「……ははーん、読めたぜ? テメェ、狼にわざと食われたろ? 俺を……成長させるために。全ては、それだけなんだろうが!」
『頭の良い子だ。……さて、そろそろ通信に限界が来るか。ここまで話しに付き合ってくれた御礼に、ヒントを上げよう。月の裏側……そこに、何かがある』
「ああ、ありがとよ。精々、首洗ってろや」
通信を切り、コクピットへと思いっきり体重を預けた。
と、携帯電話が鳴る。哉徒からだ。
「……聞えてたか」
『ああ。……あの野郎が、オレの運命を捻じ曲げた奴か……!』
「熱くなるなよ。……殺せる機会は来る。どっちが先でも、恨みっこなしだぜ」
『……早く帰って来い。みんな、心配してるぞ。いらんだろうけど』
「おいおい、お前は心配しねぇのかよ」
『お前ほど心配しがいのない奴はいないんでね、生憎と』
「ははっ、まぁな!」
哉徒と話すと、かなり楽になった。やはり、気の合う奴との会話は、それだけでヒーリング効果を生む。
スラスターを起動させ、時雨はアースガルドへと戻って行く。
……神の存在を、再び胸に刻みつけて。