十二章 炎の化身 後編
敵影が、見えてきた。
「……へぇ」
視界に写るのは、アイギスと似た、しかし白であったアイギスとは対を成す、漆黒の機体。
所在なさげに漂ってはいるものの、何かしらの目的があってこの場にいるのは間違いないだろう。アレに乗れるなんて、頭がいかれてもおかしくは無い。
アイギスが科学的な総合燃料を糧としているなら、無効は非科学的な総合燃料で動いている。その際たるが――心の力。
心の力が無くなれば、正気を失ってしまう可能性もあるのだ。あんなものに乗れるなんて、正直、作った俺でさえ驚いていた。
「それとも……」
……単に、知らないだけか?
「まぁいいか。駄作を消すいいチャンスじゃん? オーケー、やっちまおう」
あっさりそう呟き、ステルスを入れたまま接近する。
――刹那、
「っ!?」
時雨の超反応で、機体を横にスライドさせる。機体があったところを、超高熱の弾丸が駆け抜けていったのだ。
脳内で思考する。あんな武装、積んだ覚えは無い。ナパーム弾でさえ、機体越しに熱さを伝えるほど高熱なものであるはずがない。なんなのだろうか。
「へっ……別にいいけどよっ!」
高速で飛行し、カーブライフルを取り出して、トリガーを引く。
打ち出された弾丸は、弧を描いて黒い機体につきささ――らなかった。
「あぁ!? なんじゃそりゃ!」
弾丸は機体に触れる刹那、燃え上がって消えてしまったのだ。口径もそこそこなこのライフルの一撃を止める事ができる熱量は、もはや太陽レベルじゃないのか?
「……OK、そっちがそのつもりなら……」
カーブライフルをパージ。ビームガトリングと、ガトリングライフルをそれぞれの腕に持ってくる。
「……落ちろやオラァッ!」
叫びつつ、トリガーを引く。
迫り来る弾丸が、蒸発して行く。
ありえない光景を見せられ、ラヴィニアは激しいめまいに襲われていた。
「……これ、なんですか?」
「蒸発。エクスハティオ。今できるのは太陽レベルの熱放射だけ」
「いや、異常ですよ。太陽レベル!? どうりで真夏のように暑いわけですよこのコクピットの中!」
いつまでもこうしていたら、やっていられない。死んでしまう。
「えっと……」
相手の機体にコールを入れてみる。応答してくれるかどうかは分からないが、話し合いで解決するならそれでいい。
「……あ」
『んぁ……? 女?』
回線が繋がり、ようやく相手の顔が見えた。
黒い髪をしている、攻撃的な顔の少年だ。哉徒とは違う、荒々しくも整ったその顔に、一瞬だが胸が高鳴る。
だが、魅力は哉徒ほどではないと思い直し、少年に問いかけた。
「何故、攻撃をするのですか!」
『いや、海上を不法に飛んでる馬鹿デケェ機体なんて、敵でも味方でも落とすに決まってんだろ。俺の部下に間抜けはいらんし、敵なら排除して終わりじゃん? と、まぁ、そういうことで』
「待ってください! 私は人を探しているだけなんです! 哉徒……八哉徒を知りませんか?」
『哉徒……。はっはーん、お前が薬漬けにしてたヤツか?』
「え? 薬……?」
『あの栄養ゼリーに仕込んどいただろうがよ。……テメェか?』
「違います! 薬は知りませんし……哉徒が、薬だなんて……もしかして、お父様が……」
そういえば、新しい五感強化薬の被験者を探していた。哉徒が知らないうちにそんな物を服用しているなんて……許せない気持ちでいっぱいになる。
『……ついて来いよ。哉徒も、多分……会いたがってるだろうぜ』
「い、いいんですか?」
『おう。俺は高宮時雨』
「ラヴィニア・ルーです。お願い致します」
去って行く機影を追いかけ、進んで行く。
「……お腹すいた」
「我慢してください」
緊張感は、こんなやり取りの所為でありはしなかったが。
いやあ、滞る滞る・・・。