十二章 炎の化身 前編
時雨は出来上がっていく球型の戦艦を見、決意を固めていた。
――神を殺す。
この才覚が神に与えられたものであるならば、可能なはずだ。人間が作ったはずの刃が、人を殺せるように。世の中に絶対なんてない。
「……哉徒の回復も順調らしいからな」
シャルロットがそう語っていた。てっきり、落ち込んでいるものかと思えば、そうでもない。最近は、少しだけ笑ってくれるようになった。あの天然ジゴロ野郎は、中々手際がいいじゃないか。
「時雨」
短い声でそう俺を呼んだのは、アリサだ。
手に持っているのは、子供が好むイメージのあるロリポップキャンディー。しかも、目を疑うかのようなデカいヤツ。
受け取りつつ、包装を剥いで口に含む。チープな甘さだ。だが、この安っぽさが、どことなく心地よい。
「どうしたんだ、アリサ。さては……哉徒の野郎に性的な悪戯でもされたか?」
「ないわー」
ぶんぶん、と手を横に振る。
相変わらずめんどくさそうな目をこちらに向け、続けてきた。
「じゃなんだよ。面白くねぇな……」
「……NTRがお好き?」
「いや、寝取る方が好きだ。んで、どうしたんだよ」
「波動があった」
「また漠然としてんな」
「レーダーに巨大な熱エネルギーがあったの。何か、関係あるかなって思って。その熱源体は海に潜んだみたいだけど、追尾なう」
「乙。いいから寝とけよ、隈ができてんぜ? 哉徒も復帰間近だし、踏ん張りてぇのは分からんでもないけどよ」
「ん……任せるなう」
欠伸を一つかみ殺しながら、アリサは去っていった。……あいつも、あんな華奢な体でよくもまぁ頑張るものだ。
アースガルドは人手不足が深刻だ。何せ、あの『カルブリヌス』の所為で生命エネルギーを吸われ、人口の九割が死滅したのだから。
残っているのはほぼ軍人。司令塔もない今、完全に俺の私設部隊となっている。
「そういや……」
今思ったが、何故……俺が獅子なのだろう。
運動能力で言うならば、本来は哉徒が獅子のはずだ。悪魔的頭脳の黒山羊なら、俺にこそふさわしい気もする。
神がそう仕向けたのだろうか。だとしたら、俺の能力は本来、格闘にある。
――何故、哉徒と逆転している……?
「……ま、いいか」
とりあえず、目先の事だ。
格納庫へ歩く道すがら、完成させたアイギスの追加装甲――『ゴースト』を思い返す。
『ヘカトンケイル』が深緑であり、こちらの『ゴースト』は黒。超高機動に最新のステルス機能搭載。ジャマーに加え、全身にビームで障壁を張れる能力を持つ。
武装はガトリングライフルにビームガトリング。癖のある弾道を持つカーブライフルに、小型だが超強度でステルスも利くナイフを装備。ナイフから機械にハッキングする事が出来て、内部のOSの一部を破壊する便利なボタンつき。
さしずめ、奇襲用の換装パックだ。『ヘカトンケイル』は被弾覚悟の重装甲なものの、こちらの装甲はほとんど、軽量のステルス発生装置。そのためのビーム障壁だが、実弾に影響がないのが心細いか。
「テストしてみるかね……」
エネルギーは『ヘカトンケイル』ほどは喰わない。しかし、循環システム以上にエネルギーは喰うだろう。
動き回るのを想定しているからこそ、バッテリーの難点を思案しているのだ。
「んじゃ、行こうかねぇ……」
スラスターレバーを上、左、上。うんうん、いい感じ。テンションが上がってくる。
「っしゃ! アイギス、ゴーストパック! 行きますっ!」
どこぞのヤマトを髣髴とさせるさわやかボイスを吐きながら、アクセルペダルを踏み込む。
カタパルトから射出された機体。空中で手早く操作をしながら、フロートペダルを踏み、パーツコネクトを承認する。
刹那に、目の前の景色がかっ飛ぶように流れていった。超高機動の歌い文句は、伊達じゃない。
「……よし」
アリサから指定された場所まで、もう十分程度だろう。
結局それまで、ステルスを起動しつつ、戦略と敵の想定を練っていった。
「……ほら、あーんしてください!」
「うん、ごめん……」
喋れる程度には回復したが、自立歩行のレベルには達していない。
快調だと時雨に言えと言ったのはオレだが、まさか信じてはいないだろう。オレの知っているあいつは、他人なんかを信用しない。
ただ、見舞いにも来ないという事は、それほど心配していないらしい。まぁ、そのとおりだが。さっさと歩けるようになって、うどんでも食べたい。
スプーンに乗っていたカシスジャム入りのヨーグルトを口に含む。カシスの甘みと酸味が、ヨーグルトでマイルドになり、食べやすい。
『浮気もの……』
「? フローレンス、何か言ったか?」
『……女はつらいよ』
「や、男も辛いし」
お前のその目とか、特に。
「ほら、次ですよ!」
「ああ、うん……いや、ちょっと待って」
次の一口をスプーンで掬っていたシャルロットを言葉で制し、今更ながらの疑問をぶつけてみる。
「何で君がオレの看病を?」
そう、憎い敵であったはずのオレを、わざわざ看病してやる義理はない。
が、何故かそっぽを向きつつ、頬を膨らませているシャルロット。
「だ、だって……」
『なるほど、気まずいんですね』
「ふぐっ!?」
『胸を貸してもらったのが悔しいとは、流石は姫様。負けん気が強い』
「ち、ちちち違います!」
肯定したも当然の台詞である。
「そ、その……ひ、人手不足なんですから! 私が、やるんです!」
『はぁはぁ、ご主人様が寝ている間にムチムチボインな看護士を追い返したのはそんな意図が――』
「わー! わー、わぁあああああああっ!!」
賑やかしい光景だが、浸っている余裕はない。体の回復に努めなければ。
(そう言えば……)
ラヴィニアやバーン達はどうしているだろうか。……元気にやっているといいのだが。
襲ってくる眠気に抵抗せず、意識を水底へと沈ませていく。
目蓋に浮かんだのは、ちょっとふてくされた、ラヴィニアの顔だった。
感想、有難う御座います!
いやぁ、止まりがちになるものでして……。あんまり評価は高くないと思うのですが、見てくださっている人がいる限り、続けるつもりです。