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十一章 歪みゆく世界

短めです。

 綺麗な横顔、だと思う。

 誰が見ても綺麗だと。統制された美しさを誇る、中性的な顔だ。

 何かに苦しみ、顔が歪められていても、それは変わらない。

 脂汗が滲み、濡れた髪がしっとりとキメ細やかな肌に張り付く様は、女性よりも艶っぽいかもしれない。

「ぐっ……う、ううう…………っ!?」

 シャルロットは兄の死と、フラン・ド・アルテミスの死を告げられ、その現実感の無さに呆けていた。

 ロッテンシャルル・ド・アーサーを正気に戻したとして、彼――八哉徒の罪は不問。そして、病院に緊急搬送され、その事実が自分に伝えられた。

 ――哉徒は、精神崩壊を起こした人物だった。

 平時ではものを考える事すらままならない。立って歩こうとしても、真っ直ぐは歩けない。重度の精神病を患い、とても軍が勤まるような精神ではなかったようだ。

 彼の体内からは、血と同程度の薬物が投与されていた。『ゴッド・ポーション』と俗称されていた、最凶最悪の調合麻薬だと、医者は言っている。

 異常に異常を重ねた結果、正常なのだと。副作用で、極度の神経過敏、筋力増強などの肉体効果の恩恵が得られていたらしい。

 現在は薬物中和と精神回復イメージ投与によって、苦しみながらも、正常に近い状態に戻りつつあるようだ。

「お兄様……」

 こうなってから、嫌な事ばかり考えてしまう。

 この人が倒れなければ、お兄様は助かったのか……なんて。我ながら馬鹿だとは思うけど。

「時雨さん……」

 あれから一度も自室を出ていない。

 放心状態近かったのだが、アリサ達の呼びかけには何とか応じているそうだ。

 私にも、一言くれた。コーヒーを持っていった時、『……悪ィ』とだけ。

「どうなってるの……」

 外の者は、ただ惑うばかりだと言うのに。周りだけ、どんどん先に進んでいく。

「これから……どうなるんだろう」

 生き残ったアースガルドの数十名は、きっとそれを考えているはずだ。

 ふと、時雨から預かった携帯端末を見てみる。

 哉徒が倒れて搬送された際、拾って彼に渡しておいたのだ。無論、兄の死に際も同様に話した。

 無言且つ手渡しで返されていたそれをタッチして起動させてみると、すっごく美人なメイドさんがこっちを見ていた。

『何ですか?』

「うわぁ!?」

『今時、しゃべるAIなんて珍しくありませんよ。驚く必要はないでしょうに』

「きゅ、きゅうにそうされると、ビックリしますよ!」

『そうですか。…………癪ですねぇ』

「い、いったい何がですか……?」

『これです。ちゃんと読んでくださいね。あのアホも少しは気が利きます』

 満足そうに頷いている彼女が画面に展開したのは、『哉徒の過去』と言うテキスト。書き出しは、紛れもなく時雨さんだ。

『……後、読み終わったら、私をご主人様の元へ返しに行ってくださいね』

 既に彼女の声は耳に届かず、その文章に目を奪われていった。



 あの出来事から一週間経った。

 ひたすらにキーボードへ手を走らせていく時雨。その瞳は、何か鬼気迫るものを孕み、炯々と輝いている。

(……神が仕掛けたっていうんなら、戦争買ってやろうじゃねえか)

 その為には、神を殺せる武器を。

 その為には、神を守る軍団を蹴散らす軍団を。

 その為には――神の操作から、何としても抜け出すこと。

「クソッタレ! くそっ、くそォっ!」

 出来上がっていく、時雨らしくない無骨な兵器。非人道的なシステムも相俟って、それはまるで悪魔のようなものになっていった。

「超遠距離破壊兵器・レヴァティーン。近距離密集型エネルギーソード・勝利の剣。球型防御特化戦艦・ヨルムガンド。……分かる。敵は、宇宙だ。その為に、外なる神の力を得たいな……」

 クトゥルフ神話が体現されてあるならば、どこかにいるはずだ。

 それに……恐らく、哉徒にも、かかわりがあるはず。親友だ、それくらいしてやってもいい。

「…………フラン」

 それと多分だが、フランは生きている。

 心の中に住み続けるとか、そんなクソ下らない話ではない。

「ほら、よくあるじゃねぇか。組み付かれて自爆されても生き残ってた主人公とか、宇宙で機体が大破して消滅したのにおめおめと生きてた鷹とかさ」

 いや、そんな話ではない。

 云わば見えざる手だ。神様なんてのがいるとして、俺を好きってんなら……そういうことだ。主役に飴を与えて、再び殺す機会がある。

「……二の舞になんか、させねぇ。守れなかったあのガキとは違う、俺は……神に愛されてる男だ」

 が、時雨は気づいていない。

 自身の考えが崩れ、神と言う存在に翻弄されていると言う事に。



 哉徒が目を覚ますと、白が滲んでいた。

 目を開いていくと、それは規則性のある模様になる。天井だ。

 鮮明になるころには周りの音も聞こえ、一定感覚で電子音が室内に反響していることが分かった。どうやら、病室らしい。

 何か、酸素を供給されているのか、マスクのようなものがある。こんなものはもういらない。

 外して、点滴のコードを引き抜く。

 立ち上がろうとするが、

「あ……」

 起き上がる段階で、難しいようだ。意識していないのに、思うように体が動かない。

 何とか手すりにすがり付いて、身を起こしてみる。

 いつもの物寂しさはなく、ただ虚脱感が強い。それが不安になり、思わずパックを探すが、見つからない。

 ――そうだ、薬は切れたんだった。

 ストックを確認していなかった自分の落ち度とはいえ、あんまりな結末だ。

 気絶する間際に見た、あの青年が撃ち抜かれる様。何で、オレが生き残っているのか……分からない。

 しばらく呆けていると、誰かが入ってくる。――シャルロット、だろう。驚きに目を見開いて、こちらへと駆け寄ってきた。

「何をしてるんですか!」

「ぁ……」

 言葉を返そうとしても、上手く発音できない。

 もどかしい思いをしていると、彼女は何かを手渡してきた。携帯電話だ。

『この馬鹿ご主人様! 薬を使っているだなんて……まぁ、お説教は後です。思念を私に向けてください。翻訳して、彼女に伝えます』

 御都合な奴だ、相変わらず。

 そう思いつつも、彼女に向けて頭で言葉を送る。それはオレの音声で、携帯から発せられた。

『ごめん、オレが生き残って……』

「……ええ、全くです」

『…………オレが、憎いかい?』

「当たり前です! あなたが……! あなたが、倒れなければ……!」

 シャルロットは、泣いていた。

 彼女は本当に優しい。普通、気持ちをどこかにぶつけようとして、完全に悪役としてこちらを見てくるのかと思った。人間、何か大切なものを失った時、理由と恨み当たる対象を見つけずにはいられないのだから。かつての自分が、時雨を殺そうとしたように。

 だが、彼女は違う。本気でそんなことを思っているなら、涙なんて流さない。

 彼女は……そんなことを考えている自分が嫌なのだ。よく分かる。同じ思いを、経験した身としては……痛いほどに。

『なら、オレを殺してほしい。……さぁ、どうしたんだ? オレはお兄さんの命を奪った男だ。君になら、殺されてもいいよ』

 そう言った。

 憎しみに駆られて、衝動的な思いが最高潮にあるはずだ。彼女はきっと、感情のままに動くだろう。何せ、幼そうだ。

「……ふざけないでください!」

 だから、そう返された時は、心底から驚いて。

「貴方は、生きなきゃだめです! 生きて、生きて……幸せにならなきゃ!」

『オレは命なんて惜しくないさ。気が晴れると思うよ、少しは』

「そんな事をするなら……私を、一生守ってください!」

 大真面目に、少女は言う。

「お兄様は、私を守ってくださいました! お兄様がいないなら、今度はあなたが守ってください!」

『……それは、死ぬより辛そうだな』

「ど、どういう事ですか!?」

『…………分かった。君が一人前になれるように、オレが稽古をつけよう』

「え……?」

『君は王の妹だ。……なら、守られるのではなく、守る力が君にもある。だから、鍛えてあげるよ。守られる側ってのは、いつももどかしいからね』

 頬の筋肉もロクに動かせないくせに、笑みなんて作って見せたりして。

 けれども、彼女は驚いて目を開き、ただ涙をあふれさせているだけだ。

『……泣きたいなら、胸を貸すよ。君は、泣くべきだから』

「う、う……う、ぁああああああああああああああああ――――――――っ!?」

 少女の泣き声は、静かな病院内で響いていく。

 痛々しく、痛々しく。

 いつかは消えるのだろうけれども、その声を聞いていると自分もなんだかつらくて。

 涙腺すらコントロールできず、オレの頬を伝う涙が、彼女へと落ちるのを、ただ黙って見ているしかなかった。


展望に迷ったのがバレバレな更新速度。

あのどうしようもない勇者とは一転してシリアス。……いかん、どうしても止まりがちになる。


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