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九章 想い ~後編~

人を動かすエネルギーと言うものは、何も食事だけではない。

確かに、食事は大事だ。体の調子を整え、存命する気力を生み出すには、物を食べなければならないだろう。

けれども、感情と言うものが、人を動かすエネルギーとしては優秀だ。

限界が差し迫った時。何が物を言うかと考えた時、真っ先に挙がるのが信念。信念を貫き通すべく、感情が強く働き、糧となる。

心臓に銃弾を受けた宗教者が、血反吐を地面へと流しつつ、十数歩だけだが歩いて見せたという。これは肉体的観念での限界をとうに超えた行動であり、ハッキリ言えば異常だ。

そもそも、物を食べようと思わなければ食指すら動かない。人を掌握するには、変幻自在に移ろう感情を制しなければならない。

その術を、時雨は理解していた。

他人を使う時、尤もらしい言葉と甘い言葉を。責任が自分へと向かうのを防ぐための布石を敷きつつ、決して自分の地位を貶めない。そんな言葉を、今の今まで紡ぎ続けてきた。

が、違和感がある。

それは、この世界に来てから。

何もかもが、何か別の方向に誘導されているような。そんな気がしてやまなかった。

宛がわれた個人ラボ。ハイスペックPCと座椅子、冷蔵庫があるだけの部屋で、時雨は思考する。

そもそも、高宮時雨はどのような人間だったか。

客観的に見れば、排他的だった。日本にいた頃は、それこそ哉徒くらいしか親しい人物がおらず、かといって敵もいない。係わりがなかったのだ。そもそも、関わろうとしなかったと言っていい。

が、現在置かれている状況を見れば、その人物は凄まじくブレている。

人を信用し、挙句、人の為に行動しようとしていたのだ。利用する側の人間だったのが、いつの間にか――所謂、主人公的な役割を果たそうとしている。

主役にはパターンがあり、本来自分は、それを逆行するような生活を送っていた。

熱血系主人公のパターンは、ヒロインと衝撃的な出会いを果たし、降りかかる運命を打ち破っていく。

頭脳系主人公のパターンは、仲間と協力、ないし利用し、ヒロインを守る為に運命と対峙する。

天才系主人公のパターンは、組織に属している事が大半で、かつての仲間と協力または敵対して、同じ天才か天才になった者を屈服させる。

凡才系主人公のパターンは、魅力的なヒロインや仲間の危機を救うべく、天に与えられた力とか何とかいって、その超常的な力に振り回される。

分かっているのは、熱血系、頭脳系、天才系に、今自分が片足を突っ込んでいるという事。

本来なら自分は、サブキャラにいて魅力を発揮する系統だ。何でも出来て、主役に手を貸す最高の相棒。物語の幅を広げる、見識深いトリックスター。

所謂、永遠の二番手。人間的な迷いなんてもう捨て去った自分は、そこのポジションが似合いなのだ。

主役は――哉徒。人間らしく惑い、悩んでいる悲劇のヒーロー。天性の強さを持ち、かつての恋人を失ったという過去もある。顔立ちも良く、主人公には最高の逸材だ。十人が十人、彼のような主人公を描くだろう。

「……何だ?」

シュバルツガルド。そこにいる彼女の名前を、時雨は知っている。ただの勘だが、これほど頼りになるレーダーは存在しない。推理小説でも何でも、『こいつが犯人だ』、『こいつは殺される』なんて当たり前だったし、今までの人生経験でも、『こいつはどうしようもない』、『あいつは人を不幸にする』とか、嫌になるくらいに当たっていた。あまりにも御都合な現実を、今まで何の疑いもなく使っていたのだろう。

けれども、事実を認めたメール一通。それが、送れない。

「……へぇ」

指が、動かないのだ。

脳が警鐘を鳴らしている。止めろ、それを送るな。取り返しのつかないことになるぞ、と。

「――誰だよ、テメェッ!!」

こめかみに拳銃の銃口を押し当て、容赦なくトリガーを引く。

奇跡的・・・に、銃からは弾が出なかった。込めていた弾が、動作不良で撃ち出されない。

舌を打ち、今度は鞘付きのナイフを抜き放つ。それは、何故か根元から折れていた。まるで、自殺なぞ、陳腐な真似はさせやしないよと、囁かれるように。

「……あー、そうかよ。だからどうした」

今度は意思諸共をねじ伏せて、送信ボタンに手を掛ける。それだけで、凄まじいまでの倦怠感が身を包んだが、確かにそれを押せた。

ほくそえみながら画面を見守ると、そこには通信エラーの文字。

そして、受信するメール。

差出人のアドレスはない。ある種、予感めいたものを覚えつつ、その文面を開いた。

件名はない。無骨な、本文だけの文章。

『君は、私の玩具だ』

――ドクン、と何か血液が沸騰するような。

『この戦いは――――』

続きの文面を見た瞬間――携帯電話を、思いっきりぶん殴っていた。

衝動のままに殴り、手を傷めるかとも思ったが、それすらもない。派手に火花が散ったというのに、火傷さえ。

そもそも、俺は怪我なんてしたか?

何で、演じる事に長けているんだ?

俺は――本当に、主役じゃないのか?

「…………あー。あー、あー。そう言う事か」

室内に入ってきた少女へと、時雨は銃口を向ける。

「案内してもらうぜ。お前の――姉さんのとこ」

その笑みは諧謔的な表面とは裏腹に、破裂しそうなほどの怒りを内包していた。






金髪のウィッグを付け直した哉徒は、来訪者と対峙していた。

と言うのも、かなり面倒な話であり、語りたくもないものでしかない。こんなの、あいつが見たら抱腹絶倒どころか腹筋が物質崩壊するだろう珍事に他ならないのだから。

つまり、なんだ。傍から見れば、八哉徒ではなくジークリンデという人間で、その女性はとても可愛く綺麗だと言う。

三日間しかない。その限定されたシチュエーションに浮き足立ち、間違いを犯す人間が後を立たないのである。

ハッキリ言えば、告白ラッシュ。哉徒目線からすれば、男対男なので、正直気色悪い。

「――一目惚れです! オレと、ひと時のアヴァンチュールを過ごしませんか!」

「あははー、お断りします。正直、顔がまず好みのタイプじゃないんですよねー」

「お、俺は! 俺はどうだ! この中でもイケメンだし、頭もいいんだぜ!」

「あらら、その程度でイケメンですかぁ。可哀想に、鏡をもう一度良く見直してくださいね?」

「ぼ、僕……」

「あー、ウジウジ君嫌いなんですよ。つか、邪魔ですよこの野郎! これ以上は――ッ!」

時雨に持たされたブロードソードを抜き放ち、備品の鋼鉄デスクを真っ二つにしてみせる。日本刀だと、バレる可能性があるのだそうだ。

とまぁ、人外染みたパフォーマンスは効果的だったらしく、全員が室内から消え去った。ああ、悪夢だ。

「……で、別に斬りはしませんよ」

扉の前に佇む気配。それは、彼女のものだ。

バツの悪そうな顔で、視線を逸らしながら入室するフラン。何と言うか、毅然としてた人物がしおらしくなっていると、どうにもやり難い。

「笑え、とは私が言うなって感じですけどね。もう少し、和やかな感じで一つ」

「……あ、ああ」

とは言え難しいか。己の生き方に、真っ向から反抗されて叩き潰されたのだ。正気ではいられなくなるし、今彼女には様々な思惑が脳裏に散っているはずだ。迂闊な事は言わない方がいい。

お湯が沸いたので、紅茶でも入れる。そんな瀟洒な趣味はないのだが、ラヴィニアに付き合わされて手習い程度の腕なら持っていた。

ほんのりとバニラが香る琥珀色の液体を蒸らし、ティーカップがなかったので手近なマグに注ぐ。

「どうぞ」

「む……すまない」

差し出されたそれを、フランは特に何も考えず受け取った。

そして、ロクに頭が回らない状態で一口飲み――目を見張る。甘いのだ。甘く、微かに温い。

紅茶はいい具合だ。香りと言い、円やかな舌触りといい、総じてそこそこ飲めるレベル。けれども、甘く温いのは、何故だろう。

答えは、彼女の表情ですぐ分かる。そう言う訓練をしてきたのだ、分からないはずがない。

気遣ってくれている。嗚呼、染みるのはそう言う事で。彼女は本質的に優しいのだと、この時にフランは悟っていた。

「……ありがとう」

言うと、目を丸くし、ジークリンデは柔らかく微笑んだ。

「知りたいんでしょ……時雨の事」

「なぁっ!?」

危うく、マグを取りこぼしかけた。何で知っているんだ、この女。

そんな反応が愛らしく、哉徒は苦笑する。

「あのねぇ……。アイツ追っかけてると、泣きますよ? やる事為す事突発的で、しかも人嗾けて大笑いしてるヤツ。普段は気味が悪いほど聡いくせに、その手のことは朴念仁……いや、あれは故意なのかな? ってな感じで、性格最悪です」

「……詳しいな。も、もしかして……」

「はい?」

「恋人、なのか?」

「あはっ」

哉徒の手中にあった陶器のマグが、一瞬にして握りつぶされる。

笑みを――あまりにも凄惨な笑みを浮かべ、ニッコリと続けた。

「あれと恋人なんて真っ平ごめんって言うか腐れ縁って言うか最大の理由がいえないのがもどかしいと言うか……まぁ、腐れ縁なんですよ。それ以上の邪推は、止めてくださいね」

「そ、そうか。分かった」

鬼気迫る雰囲気に、フランも圧されたか、頷いたようだ。

座りなおし、哉徒は改めて訊いてみる。

「で?」

「……そう、だな。会いたいよ。私は、あいつを憎からず思っている。馬鹿げた願いを持って、彼と一緒にいた時は、時よ止まれ……なんて、思っていた」

悔しいが、止められない。

自分なんかでは、役不足だと自覚している。身を引こうともした。

けれども、想いは溢れるのだ。どうしようもなく、彼に引き寄せられている。彼が好きだと、体が叫んでいる。

「私は、彼に追いつけない。だったら、先回りすればいい。そして……ぶん殴ってやるのさ」

そう悪戯っぽく笑ったフランは、改めて哉徒を見た。真っ直ぐな、良い瞳で。

「……あいつは今、どこにいる?」

刹那――

『エマージェンシー! 『カルブリヌス』使用スイッチが押されたなう。各住人は速やかに非難なう。軍人はブリッジに!』

紅い警告灯が輝き、それと共に響くサイレン。

フランは馬鹿なと一瞬首を振った。魔物の出るペースではない。グランディアが攻めてくる兆候もなかった。では、一体なんだ!

立ち上がり、走るフランを見送る哉徒。

「……何だ?」

ざわつく胸を押さえ、哉徒は格納庫へと走る。


その嫌な予感が、現実になるものとも知らずに。

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