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九章 想い ~前編~

戦闘なし。

フランの案内で、哉徒――いや、ジークリンデは街を見て回っていた。そして、その平和さに内心で苛立っている。

歩きつつ、どこもかしこも賑わいを見せる街並み。

展望台に場所を移して、フランは人気の無いそこで手を大きく広げて見せた。

「どうだ? 素晴らしいだろう」

言葉を返さず、しかしどうでも良かったのかフランは歩いて行く。望遠レンズを覗き込んで、ただ風景を見つめているようだった。

ジークリンデもそうする。解像度がやたら高く、視線を感知するのか、見たいところへと勝手に視界が変わる。

道を往く人はみんなが普通の顔をしていた。自分の生活が、ある程度自分で実現可能な平和。突発的な脅威に見舞われること無く、特に不幸そうな人物も見えない。

満ち足りて、それぞれの生活だけ案じていれば良くて。戦争という物に――真実に、目を向けていなくて。

――それが、信じられなくて。

「田舎の方に住んでいたのだろう? こう言う都会は新鮮に映るのだろうな」

「ええ」

気の無い返事を返しながら、ジークリンデは嫌にでクールにならざるを得なくなった。それだけ、苛立っていると言う事だ。

人間、怒れば激昂する者、無口になる者、皮肉を言う者、怒る自分に嫌気が差して逃げ出す者。様々がいる。それをザックリ分類するならば、頭が真っ白になって感情が爆発するタイプと、ボルテージが上がる度に頭が異様に冷えるタイプの二種だろう。哉徒は後者だった。

「目の前で人を銃撃したくなる程度には平和ですね」

「……何が言いたいんだ?」

「白痴ですか。クソ下らない事を言わせないで下さいよ、危機感が足らないんです」

――言ってしまったか。まぁいい、どうせ三日間だけだ。仮初の人格だからこそ、出来ることがある。もう、吐き出してしまえ。

フランはどこか懐かしむように目を閉じ、口元を皮肉気に歪めて見せた。

「どこぞのバカ男も言ってたな。私達だけが汚れればいい、こんな現実なんて知らないほうがいいんだ」

「あーあー、クソ喰らえですねその理念。貴女は何の為に軍へ志願したのですか?」

「軍人の家系だったからな。守りたいと願って、私はここにいる」

「そんなのは詭弁ですね。見知らぬ人を守りたいなんて、貴女は聖人ですか? 君子様ですか? ああ、見知らぬ人をも守って自己満足に浸りたいと?」

「違う。私が、私である為だ! 他の理由は無い!」

「へぇー」

その必死そうな顔、覚えがある。

大切な何かに裏切られ、都合のいい役割にしがみ付いている――縋っている顔だ。良く知っている、それはちょっと前の自分かなとだ。

だから、と言うべきなのか。男女のそれだと、気づいてしまう。哉徒は自分で思っているよりも、女性的であるから――知らずに、乙女なかまの気持ちを汲んでしまう。

「――フラれて、仕事に専念しようとするOLみたいですよ。すっごく見っとも無いです」

「っ!?」

目を見開き、銃でも抜かんばかりの殺気がジークリンデに叩きつけられる。

フランも怒っていた。同時に、酷く惑っている。彼女はまるで――時雨の分身のようだと。

しかも、ようやく忘れられそうになった頃に――古傷を抉ってくる。的確に、自分の矜持が――逃避だと、突きつけられて。

期待なんか、していなかったはずなのに。あの夜、気持ちに区切りをつけたのに。

「何が、分かると言うんだ……!」

気づけば、頭が真っ白になっていて。

「ずっと、ずっとそうだったんだ! 軍人になる為に、武術に射撃、基礎教養に司令官育成の特別カリキュラム! 全て……全て、こなして来たんだ!」

吐露していた。これもまた、第三者だから無意識に口を滑らせたに他ならない。

「守れと言われた! 先祖はそうだったからと……! 私の恋人オリオンはもういないから、全てを救えと……! 人を……アルテミス(恋人殺し)如きが好きになるなと……!」

そうなる運命に逆らえないから。

「私が好きになったら……結ばれてしまったら、その人を殺してしまう! この手で、殺めてしまう! だから、私は全てを守ることに一生を費やすと決めた!」

――歴史は繰り返されると、彼女ノストラダムスが言ったから。

……分かって堪るものか。

恋愛がしたい、好きなものを着たい、美味しいものを食べに行きたい、皆と笑っていたい。

――ダメなのだ、好きになるから。そしたら、全部――自分で、壊してしまう。

が、ジークリンデの視線は――冷たい。全て見越した上で、だから何だと言う視線を向けている。

事実、ジークリンデも腹が立っていた。

彼女には好きな人が、どうやらいるらしい。

アルテミスはオリオンと知らず、彼を撃ち抜いてしまう。神話の中でも割とメジャーなそれは、良く知っていた。悲恋やら儚い物は、幼い頃はロマンチックに感じ、時が経つと共感して人気の出るジャンルだ。どちらかと言えば後者で、『ジジイかお前は』と時雨に呆れられたのは良く覚えている。

悲劇には、多少なりと経験がある。しかも主演で、だ。本当に堪らない。

けれど……彼女のそれは、逃げだ。

「負け犬ですね。『かもしれない』で逃げ出しますか? 誰かに強くそう言われたくらいで止められるような賢い生物に、人間ってものは出来ていないんですよ。現に、貴女の頬には感情が伝っている」

「え、あ……うそ、だ……!?」

大粒の涙。それは押し殺していた思いが、言葉に出来ない何かが型を為して零れているようで。

「まだ失ってすらない貴女が、恐いと泣くんですか? しちゃいけないと、他人の言葉をバカ正直に鵜呑みにするだけの下らない子供染みた概念で逃げておいて、挙句は泣くんですか。大層ご立派な教育なんですねぇ、その年で心まで処女ですか。終わってるんですよ!」

「う、うぅ……!」

「あなたの思い人について、私は何か知っているかもしれません。知りたければ、今夜聞きましょう。部屋に来てくださいね。……そうそう、貴女の考えですがね」

最後に、我ながら最悪な言葉を投げ掛ける。

「――軍人に向いてないですよ、破滅的に」

彼女のそれは軍人ではない――騎士道のそれだ。

それこそ、本当に平和ならば……彼女のような軍人がトップに立つのが望ましい。

が、今は戦争だ。

ラヴィニアにもいえるが、人を駒にするような司令官で丁度いい。軍人なんて所詮、『高価な備品』でしかないのだから。

展望台のエレベーターで一階へと降りる。

まぁ……彼女の思い人が誰なのか。想像はつく。

「あのバカ……女泣かせてんじゃねぇよ」

虚空にその呟きは吸い込まれ、到着音でかき消される。

自動ドアが開いて――

「手を挙げろー」

実にやる気の無い声と共に、一つの銃口が向けられる。

小柄な少女――ブリーフィングルームで自己紹介もされた。確か、アリサ・ブリュンヒルデ。

にこやかな表情を即座に作り、右腕を後ろに隠した。

「おやおや、何ですか? いきなり物々しいですねぇ~」

「恍けても無駄。というより、お前はもう死んでるからJK」

何だ、このネットスラング。こっちにもそう言う掲示板とかがあるのだろうか。

そんなのはまぁ、どうでもよくて。さっさと突破し、この少女を拘束する。話はそれからだ。

隠した右手を勢い良く挙げる。視線が思いっきりそちらにいったので、勝利を確信する。素人が。相手を見るときは全体として捉え、過度に集中してはいけない。ここの軍人は基礎教練からやり直しを喰らうレベルだろう。

素早く後ろに回りこんで腕と足を取り、地面に叩きつけ銃を奪いながら、そう思った。

「……早い。痛い。酷い」

「いきなり銃を向けてくる方が酷いですよ」

「男の癖に、酷い。女の子を組み敷くなんて」

「それこそ軍人なら性差なんて――――」

――ん?

「お、男じゃないですよ! この私が? ナイスバディでフェロモン出しまくりなこの私が!?」

――言ってて死にたくなるが、カモフラージュだ。仕方が無い。

「……モッコリが当たってる」

「え、嘘ぉッ!?」

「…………」

「あ」

――バレた。



小洒落たカフェで、アリサと向き合い、ジークリンデ――いや、哉徒はコーヒーを飲んでいた。今は変装も解いて、素の状態で向き合っている。

話を聞きたいとアリサが言い、その代わりに女装は黙っていてくれるそうだ。それはもう望むべき理想な展開と相成ったワケで、ここにいる。

運ばれてきたホットミルクに口を付けているアリサに、こちらから話しかけてみた。

「どうして、男だって分かったんだい?」

正直、自分で見ても女としか見えなかったのだが。

少し考えて、アリサは眠そうな瞳をこちらへと向けた。

「気配が、男だったから。それに、男らしい気もしたし……って、わわ」

感動のあまりに、涙が瞳に浮かぶ。

彼女の白い手を握り、ぶんぶんと上下に動かした。

「ありがとう……! 気づいてくれて、本当にありがとう! 嬉しいって言うか最高って言うかもう何だよ今日はお兄さんがここ奢っちゃうよ的なノリが今なら実現可能で快適無敵ってな感じだよ!」

「そ、そう……意味わかんない」

面喰ったようにそう呟きながら、アリサは頬を紅くして目を逸らした。何故だ。

手を離して、コーヒーを一口。うん、感動した後は特に美味く感じる。

「で、何で女装してたの? 趣味?」

「――断じて趣味じゃないッ!!」

店の中に轟く叫び。それは魂からの否定であり、肯定を――是と言う概念を今この時だけは絶対に許してはなるものかと、決意を秘めた言葉でもある。

要は滅茶苦茶力強い否定に、アリサは圧され、小さく頷いた。

「なら、なんで?」

「俺は異国の人間に見えるらしい。その領土で戦うなら、その領土にあった扮装をするのが常。で、女だと男受けは良いし、女ならすぐに去るから差し障りなく仲良く出来るって寸法」

「全然そう見えない。異国の人って、良く見なきゃ分からないし。普通の男の

「……イントネーションの違いには触れないでおくよ」

「賢明」

その小奇麗な顔に拳でもぶち込んでやりたいが、自粛する。

呼気荒く、溜息を吐いてそれを整えてから、問い直す。

「んで、それだけか?」

「今からが本番。……ウチの艦長、虐めた」

アリサの瞳が細くなる。どうやら怒っているらしいが、いかんせん、殺気がないので滑稽だ。思わず苦笑してしまう。

「甘い観念で遊び半分に戦争やってるあんたらが信じられなくて、八つ当たりしちゃったかもね」

「……謝罪、なし?」

「何で? 八つ当たりとは言え、彼女がただの臆病な少女だった事は事実。そんなことをしていたら、本当に守ろうとしたものを全部死なせてしまう」

「な、なんだってー」

「君もまたそんなノリなんだね……」

あのバカ面を思い出すから、止めてほしいのだが。

「ともあれ、バカな話だよ。誰かに言われたくらいで想いを諦める。そんな奴が、人を好きになるなんてちゃんちゃら可笑しい」

「……横から口を出すだけなら、簡単。あの人には、複雑な事情がある」

「誰でもあるよ、事情なんか。オレがムカつくのはね、それを疎みつつも縋っているところだ。悲劇のヒロイン気取って、何もかもを事情という逃げで正当化している。自分のなり損ないを見てるみたいでね、反吐が出るよ」

「口だけなら何とでもいえる」

毅然とした口調に、何と言えばいいのか迷ったが、ありのままを話すことにした。

「……両親は目の前で肉塊になった。トラックの正面衝突に挟まれてね、眼球が顔面にぶつかったよ」

「え?」

「引き取られた先の親も事故で死に、オレは忌み子として疎ましがられた。何をするにも一人で、石を投げられて。いい事をしても、誰も褒めてくれない。だから、最低限の事を自分でするだけの生活だった」

純然たる過去。それを、彼女に伝えて行く。

悲劇自慢をしたいわけではないが、全てを明かさないと……言葉に説得力が足らないのだ。

「でもね、褒めてくれるんだ。同じアパートに暮らしてる黒髪の女の人だけが、オレに話しかけてくれた。眉を顰める人々の中で、あの人だけは……オレを見てくれた」

嬉しそうに、優しい目で語る哉徒は、どこか悟っていて。

「程なく、恋人になったよ。貧しかったけど、満たされてた。泥のような人生に、暖かな光を彼女はくれたんだ。抱きしめてくれて、好きだって言ってくれて。無条件の愛を、オレは知らなかったから」

「運が良いですね」

「その恋人も、死んだよ。ガス爆発でね」

「あ……」

「……大切なものは取りこぼしたくない。でも、零れてしまう。ならいっそ、関わらなければいいんじゃないかって……」

そう、同じなのだ。

大切だから、近づけない。失いたくないから。失う辛さを、知っているから。

「でもね、そんなオレに……もう一度、光をくれた人がいるんだ」

「え……」

「口うるさくて、チビで、年だけは食ってて、でも可愛くて、優しい人。志向性を失ったオレを、導いてくれた人。そして、守りたいと……心から願った人だよ。その人のためなら、影で何だってしたさ。人殺しも、実験体にも、何でも……ね。言わないけど、感謝してる」

すっかり冷めたコーヒーを啜り、哉徒は――さびしそうに笑った。

「……だから、彼女が羨ましかったんだよ。失う恐さを知らない、それこそ……処女のような心が、ね」

アリサは――俯いていた。

温いミルクに、水滴が落ちている。カップを持つ手が震え、もう……何も見えないでいた。

彼女には、人一倍強い感応がある。人の感情が良く分かり、最悪は考えている事や回想している事が頭に流れ込んでくるのだ。

電子世界はそんな彼女が気兼ねなく行ける、唯一の逃げ場だった。そこには思念も何もないし、落ち着いていられる。時雨も読み取れなかったので、おなじく取っ付き易かったのだ。いなくなって、少しさびしい。

でも、思いは恐いから。

昔……優秀な成績を確保していた自分に対する、謂れのない誹謗中傷。それを聞くのが、恐かったのだ。今でも、街に行くときは遮音のヘッドホンを欠かさない。

けれども彼女は今、それをバカだと思った。

――こんなの、何でもない。これを苦労? ふざけるな、こんなもの……彼の前では、瑣末にもならない事だ。

永劫にさまよい続ける黒い空間。救い出してくれたのに、親友にそれを奪われて……誰にも、頼れない。誰も、信用できる人がいない。ずっと、一人ぼっち。

心でないている彼に、人は冷たい。もう死のうとする気力さえ奪われてしまう、そんな絶望の世界。

「……オレはね、アリサさん。オレが関わった人に、幸せになってほしいと願っているんだ。だから、有象無象はどうでもいい。彼女の為に怒ったり、オレの為に泣いてくれる君は、きっと優しい人だから。幸せになって欲しいんだ。勿論……フランさんも、ね」

「ご、めん、な……さい……!」

しゃくりを堪える彼女を、哉徒は優しく撫でる。

――愛しそうに、ただ……泣き止むまで、ずっと。

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