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八章 それぞれの動向

哉徒が『隔離世』を出立した後、時雨は彼の携帯電話からフローレンスのデータへアクセスし、洗い浚い調べていた。

彼女を調べたのはやはり正解で、様々な事が分かる。

『名無し』――いや、ちゃんと開発ネームがある。

――『シャイニング・トラペゾヘドロン』。今度はクトゥルフときたものだ。

クトゥルフ神話は、分類上、神話ではない。ハワード・フィリップス・ラヴクラフト――彼の小説世界を元に発展させた、云わば巨大な体系を持つ二次創作物。

ホラーな作風だったラヴクラフトの小説だけあって、その内容はえげつない物が多い。主に、旧支配者やら外なる神などの話が主だが、妖虫と言う虫も存在する。哉徒が見た虫は、恐らくそれだろう。

奴らは確か、地球の新たな支配者になろうとするものとして描かれていた。とすれば……拙いか。

「……何にせよ、シュバルツガルドってのは」

アースガルドが北欧やギリシア神話だったように。

グランディアが日本神話や勇士達の物語であったように。

――シュバルツガルド。その黒は混沌で、そう……クトゥルフ神話達だ。

そして、日本に潜入し、哉徒と接触した奴。『名無し』のデータを手に入れられる、哉徒と近かった人物。

『輝・トラペゾヘドロン』――それを作った奴は……

「……おいおい、冗談止せよ」

時雨はある可能性に思い至り、虚空を見上げる。

今は戦闘をこなしているだろう哉徒の安否を、不安がるように。



例の狼に追い縋られるメラフリノス。

分厚い体毛はビームを軽減するらしく、アースガルドの連中だろう機体が放ったビームを弾いて、戦っていた一機をその鋭い爪で以って切り裂いたのだ。

装甲を切り裂く爪、ビームを弾く体毛、そして何より、敵と認識した相手を何処までも追いかける獰猛さ。これが群れでやってきた日には、国一つくらい簡単に消えるだろう。

哉徒は栄養パックを手繰り寄せ、一口。後に思考する。

自身の体が悲鳴を上げるほどの急加速を用いても、狼はその距離を徐々に詰めて来る。速度緩和も効いていないコクピットへの圧力は、もはや限界に達しようとしていた。

舌を打ち、哉徒は覚悟を決めてレバーを操作。ブーストを片側だけ入れたままで人型に変形し、刀を抜き払う。

結果、高速で回転し、独楽のようにして狼を両断する事に成功した。

代わりに激しい嘔吐感と泥濘に沈んで行くような意識を錯覚したが、機体を止めてしばらくで治まった。

と、音声通信が繋がった。いや、繋げられたと言った方が正確か。こちらは何もしていない。

『良くやってくれた。あそこであの狼を止められなければ、我々がやられていたよ。礼を言う』

聞こえたのは女性の声か。無理やり声を低くしているところを見て少女かとも思ったが、落ち着きが少女のそれではない。ラヴィニアと同じタイプだろう。

何となく懐かしくなって、気づけば穏やかな声を出していた。

「……いえ。自分もただ……見過ごせませんでしたから」

『そうか。君は、正義感が強いのだな』

「そうかもしれませんね。そんなものがあれば――」

――こんな事はしていないだろう。

その言葉を飲み込み、哉徒は話題を切り替えた。

「すみません、燃料の補給を受けさせて頂けませんか? 自分はフリーランスの自由機で、燃料と食料と金を与えてくれれば三日間だけ留まります」

『……受けよう。君の実力なら、申し分ない』

ポッと出た嘘も、我ながら良く出せたと感心していた。フリーランスの機械傭兵、あると思ったら本当にあったようだ。

上手く三日と言うものも誤魔化せたし、進入できる手筈も整った。

『……そうだ。君は、ヴァフス・ルードニルと言う人物を知っているかな?』

「は?」

『いや、いい。知らなさそうだ、我ながら馬鹿な事を聞いたものだと思うよ。まぁ、これも運命だろう。歓迎するよ。ええと……』

「……」

……名乗りたくない。

出来れば、哉徒と言う素性を隠せと言われているのだ。なので、潜入工作用の特殊メイクを使って、今は女性としている。声音も変えていた。

完成したメイクを見て時雨は爆笑していたが、仕方があるまい。元の哉徒を知っているから。

けれども、何も知らない人物から見れば……金髪のウィッグを付け、蒼のカラーコンタクトを入れたその姿は、金髪の愛らしい美人にしか見えない。

哉徒が動くたびに、その鏡に映った美女も同じように動くのだ。本当に死にたくなる。

その時、何故か落ち込んでいた磐長に付けられた源氏名が――

「……ジークリンデ・クラウゼヴィッツと言います」

『そうか、ジークリンデ。私はフラン・ド・アルテミスだ。付いてくるといい』

先に飛び立つ、ビームの矢を放っていた機体。

(源氏名まで考えて潜入する女装男って……)

メイクが崩れる――と言ってもナチュラルメイクだが――ので、泣く事も出来ない。

代わりに、心で盛大に涙を流しつつ、哉徒はアクセルペダルをゆっくりと踏み込んだのだった。



格納庫に到着すると、見慣れぬ機体が入ってきた所為だろう、全員がこちらに近寄ってくる。

哉徒は笑みを浮かべる。これも鏡を見て練習した、自分でも惚れそうになるくらいに可愛らしいスマイルである。……死にたい。

「どうも、皆さん初めまして! ジークリンデ・クラウゼヴィッツと申します! 三日間だけですが、フリーランスの機体と言う訳で、お世話になるかと! あ、この機体は触ったり弄ったりしちゃダメですよ?」

ご丁寧にウィンクまで飛ばしてみると、全員が顔を紅くしたり呆然としたりして、好意的な反応をくれる。内心で、男だと言う事がバレなかった安心感とバレてほしかったと言う気持ちが背反しているが、気にしたらダメだ。気にしたら、もう立ち直れない。

と、白い軍服を纏う、鮮やかなオレンジ色をした髪を持つ少女が、こちらへと手を差し出してきた。

「私が艦長の、フラン・ド・アルテミスだ。よろしく頼む」

その低い身長と童顔を見て、ふとラヴィニアの事を思い出す。

「はい、よろしくお願いします!」

握手を交わしながら、彼女の事を懸念する。

軍人に不要な優しさを持つ彼女だが、有能さは世界各国に知れ渡っている。

無事だとは思うのだが、どうなのだろう。



哉徒の懸念は、不要だったらしい。

「あのですねぇ……っ! 毎度毎度、爆発させないでください! 貴重なサンプルなんですよ!?」

甲高い叫び声が、コクピット内に響く。

黒い機体――『ガウェイン』。それを操っているのは、ロセ・ラヴィニアとクトゥグアだ。

頭脳や標準など、細かい部分を担うラヴィニア。機体操作と炎を操れる力でアタッカーを担うクトゥグア。彼女等のコンビは相性が良い。

巨大な力を持っているが、クトゥグアは自発的に行動はしない。が、その力の矛先を示し、誘導してくれるラヴィニアがいれば、彼女の戦闘力は飛躍的に上昇する。

目の前で巨大な虫が爆散する様は、何度見ても不愉快だ。そもそも虫が気持ち悪いし、苦渋の決断で殺さない捕獲を優先しようとしていたのに。

恨みがましい目で見るも、涼しい顔のままである。その神経を、少しでいいから分けて欲しいなんて思ってみる。

しばらく睨みつけていると、目にも鮮やかな紅蓮の髪を掻き揚げながら、クトゥグアは興味なさそうに呟いた。

「虫、食べられないし」

「いやいやいやいや! 何でそんな方向に!? 食べるわけないじゃないですか気色悪い事言わないでください!」

「虫だって生きてる。気持ち悪いは酷い」

「急に正論をっ!? た、確かにそうですけど……」

「でも、気持ちは分かる」

「貴女だって気持ち悪いんじゃないの! いいから、次は……」

「うん。ファイアーホイールを使って、視覚出来ないくらい派手に焼く」

「結局焼くの!? それを止めろって言ってるんですよ!」

喧々囂々と続く会話に、突如入り込むノイズ。バーンからの通信だ。

「こちら、『藤乙女ウィスティリア・メーデン』」

『こちら、『紅射手スカーレット・オリオン』。メラフリノスの反応はありましたかね?』

「無しよ。……今日は戻って良いわ。特務終了」

『特務終了、了解。まぁ、ゆっくり休んでください』

それはここのところ、ロクな休憩も取らず、ぶっ続けで哉徒を捜索していたラヴィニアへの勧告だろう。休まなければ、探す事すら覚束無いぞ、と。

滲んでいる疲労も自覚しているのだが、その疲労に精神的なものが混じりだしていたらしい。

普段のラヴィニアならば、休憩は絶対に取る。

連日連夜、ぶっ続けで勉強に励む人物。適度な休憩を取り、要所要所に集中して勉強する人物。

散漫な注意力ではストレスも溜まる前者と違って、後者は快適且つ前者をも上回る知識を身につける事が出来るのだ。これは実証されているし、ラヴィニアの頭脳もこうやって培われてきたと言う経験論でもある。

だが、正気ではなくなっていたのだ。普段ならば……哉徒を失ったとしても、彼が自分の身を案じてくれている事なんて、容易に想像できてしまうのに。だから、休憩をしてしまうのに。

――この違和感は、何なのだ?

「ふぅ……」

ラヴィニアは、ただ哉徒を思う。

炯々とし、全てに絶望して濁った瞳。最初は憐れみからだったのに、どんどん彼に惹かれていって。

お父様の操り人形だった私を開放してくれる為に、知らない場所で総司令官おとうさまを怒鳴りつけてたあの勇気。

深手を負ってまで、暗殺者から身を守ってくれたあの心。

そして、疲れたように笑い、頭を撫でてくれた……あの、優しさ。

今は全てが遠く、まるで喪失感にも似た感情を覚えていた。

「? どうしたの、ラヴィ」

「いえ。……貴女、異世界に行けないのかしら?」

もう投げやりな質問だった。まさに、自暴自棄寸前だったとも言える。

が、炎の化身の返答は、至極あっさりとして、

「いけるよ。この機体ごと」

何でお前、最初から言わないんだよと丸一日かけて説教したい気分に、ラヴィニアはなったのだった。


賞用に、少し別の作品を書いてます。

魔法のランプ物かスチームパンク浪漫譚か、どちらにするか……。

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