七章 『隔離世』と敵の存在 ~前編~
前編はギャグパートで占められています。話はあまり動きません。
シリアスと展望は後編になります。
七章 『隔離世』と敵の存在
地下にあるその空間。
空をと見上げれば海があり、横には川が流れている。摩訶不思議なその場所には、それこそ似合いだろう竜宮城のような和風建築物があった。
その建物をバックに、時雨が振り向き、不敵に笑ってみせる。
「ここが隔離世だ。スゲぇだろ?」
「さも自分が建設したように言うなよ。いいから、さっさと案内しろ」
「何だよ、相変わらずつれねぇな。そりゃ、今のお前はぐるぐると感情が回ってんだろうけど?」
「気にすんなよ。よく調べもしなかったオレの落ち度だ。けど、生きてるんなら……この世界にいるかもしれない。見かけたら包み隠さずオレに言えよ」
未練がましく、しかし希望的な意見を口にする哉徒に、時雨は呆れてみせる。
この生真面目な男は、女みたいな顔して中々に頑固。やる事に躊躇いがなく、やるべき事をやれる誠実さと思い切りのよさがある。多分、女顔のコンプレックスから、男らしくなろうとしたのだろう。
性格が正反対な時雨が、哉徒と付き合えたのは、多分そう言うところが似ていたからだ。
哉徒も、一見ふざけた時雨の中にある優しさに気付いている。互いの奥底にある部分には、普段触れないのが暗黙の了解。
だから時雨がからかうのは、哉徒の外見だけだ。
「はぁ……テメェは夢見がちな乙女かよ。そんな面はしてるけどな」
「死ねッ!」
「おっと」
風を切る哉徒の蹴りは、先程まであった時雨の顔面――その残像を蹴り抜いた。時雨は頭を少し屈めて、何とか避けている。
髪を撫で付ける風を感じながら、時雨は呆れ交じりの溜息を吐いた。
「お前、ホントに強くなったな。あの頃と比べると、それこそ人類じゃねぇぜ。その服装から言って軍属なんだろうが、どこの軍だ?」
「ああ……今、世界が無秩序になっちまっててな。日本とかデカい国が集まって、作ったのが国家連合軍。そこの日本基地に配属されている。特務部隊所属で、一応だが剣術と徒手格闘を習った。メタルアームズ……いや、ここじゃ土機だっけか。それの操縦も習得済みだ」
「マジで!? って事はあの機体、俺達の世界で作られてるヤツか!?」
「ああ。エンド・オブ・アームズ・センチュリー第一企画、EOAC1シリーズのメラフリノスだ」
「すっげぇ……! 日本、帰りてぇ……! ヤッベ、何だか俺、わくわくして来たぞ!」
「また古いネタに走るのな、お前」
その屋敷の中に踏み入れる前、哉徒は立ち止まる。少し確認しておきたいことがあったのだ。
「ここで何かやらかすつもりなんだろ? それにオレを加担させようとしてる。んで、差し詰め……今から会いに行く連中が、お前の協力者なワケか」
「こりゃ説明の手間が省けるわ。知っての通り、ここは男子禁制の隔離世。良かったなー、きっとポロリもあるぜ?」
「お前そのうち後ろから刺されるぞ……」
聞くのが馬鹿馬鹿しくなって、哉徒はその中へと進んで行く。
玄関口でブーツを脱ぐと奥間から女性が現れ、靴を回収して行った。こちらを見て微笑んでいるその淑やかさは、まさに大和撫子の鏡だろう。
時雨は礼も言わず歩いて行くが、哉徒だけはキッチリ礼をし、微笑み返す。何故か走り去って行く女性達に首を傾げながら、こちらを呆れたように見ている時雨の隣に並んだ。
「何で逃げられたんだ?」
「……相変わらず、罪作りなヤツだよな」
「お前にだけは言われたくねえよ」
ムッとしてそう返すも、ひらひらと手を振ってどうでもよさそうにしている時雨。何なんだこいつは。
木製の廊下を歩いていると、ここの手入れが行き届いていることが良く分かる。塵一つ見当たらない、念入りを越したような気合の入り方だ。どう掃除しているのか、少し気になる。
ただ無言で歩を進め、奥の大きな襖の前で時雨は立ち止まった。
「よぉ、俺だ。友人を連れてきた」
「いいわ、入って」
少し気の強そうな少女の声に促され、時雨は躊躇なく襖を開いた。
――そこには、竜宮城の姫様がいた。
淡く、艶やかな桜色の髪。整い過ぎて上手い形容が見つからない造作。大きな翡翠色の瞳は少しつり目がちで、体の華奢さとのギャップで、儚ささえ哉徒は覚えていた。
こんな美少女を見たのは久しぶりで、しばらく呆けたまま動けなかった。
動き出す時雨を見て我に返り、慌てて時雨を追い、豪快に胡坐を掻く奴の隣に正座する。
「こいつが俺の親友、哉ちゃんだ」
ニヤついた笑みで哉徒の右ストレートを回避し、時雨は続ける。
「まぁ、体を使った事で俺はこいつに勝った例がねぇ。礼儀正しいし、いい奴だろうと思うぜ? ほら、テメェも挨拶はいいのかよ」
「ぐっ……!」
放とうとしていた左フックをとりあえず収め、咳払い。そう、ここで彼女に挨拶をしなければ、ここに上がり込ませてもらった筋が通せない。
床に手を着いて礼をしつつ、哉徒は自らを名乗った。
「自分は八哉徒と申します。本日は貴女様のご尊顔を拝し、恭悦至極に存じ上げ――――」
「硬っ!?」
「えっ?」
予想外のリアクションに哉徒は硬直する。
目の前の美少女は落ち着き払った微笑をかき消し、時雨へと血相を変えて捲くし立てた。
「し、時雨! この人、あんたと似ても似つかないじゃない! 誠実極まりないじゃないのよ!」
「そりゃそうだ。俺がアウトローなら、こいつは超優等生だからな。互いに天才って事で、仲良いんじゃねえの?」
合点がいったのか、彼女は可愛らしく咳払いをし、同じく頭を下げてきた。
「アタ……いえ、私は此花咲耶。此処……『隔離世』の代表役を担っております。本日はご足労頂き、誠に――――」
「あ! あんなところにピンク色の下着が!」
「きゃああああああああああああ――――っ!?」
時雨が指差した先には、確かに薄いピンク色の布があった。
大慌てでそれを取る咲耶には、もう先程の上品さは微塵も無く、ただ元気の良い少女の姿だけが残っている。
「アンタ……! そう言うのはせめて挨拶が終わった時に指摘しなさいよ!」
恨みがましい目で時雨を睨む咲耶だったが、その返事は不敵な笑みだった。
「気にすんなよ。ただまぁ、もう少し色気づいてもいいと俺は思うわけだが」
「くたばりなさいこのスケベっ!」
投げられた肘掛を時雨は軽く避け、襖にぶつかりそうなそれを哉徒は片手で受け止める。
「此花さん、こいつのアホな妄言に付き合ってると身が持ちませんよ」
「うっせぇ女男」
「くたばりやがれこのクソ野郎っ!」
ブン投げられた肘掛は今度こそ時雨に直撃する。一瞬だが唸りを上げたそれは、弾丸のようだった。
鳩尾に喰らい、悶絶する時雨を背に、哉徒はやや引きつった笑みを浮かべた。
「自分みたいな事になりますので……。今まで時雨がご迷惑をお掛けしたと思いますが、これからも良くしてやって下さい」
「え、ええ……。哉徒、さん? も、こちらに滞在なされては?」
「いつもの喋り方で構いませんよ。自分は困りませんし、貴女の高貴さはその程度では損なわれません」
「そ、そう? じゃあ、普通にさせてもらうわね。アンタも普通に……しなよ」
「……いえ。ですが、少し砕けましょう。それじゃ、此花さん」
「咲耶でいいわ。その代わり、哉徒って……呼ぶわね」
「はい、よろしくお願いします。咲耶」
そうはにかんで見ると、何故だか咲耶は顔を背けた。……あれ、何で!?
いつの間にやら復活していた時雨が、物憂げな表情で哉徒の肩を叩く。
「……ジゴロめ」
「ざっけんな! 何でそうなるんだよ!」
「……いけない。いけないのよ咲耶。禁断の恋に走っては! ああ、でも! 女の子だと思ってもドキドキする……っ!!」
咲耶の独白で、全てを哉徒は悟った。
湧き上がる殺気を抑えながら、咲耶に話しかける。けれど滲み出ているのか、こちらの表情を見て咲耶は固まってしまった。
「……咲耶、あのクソ野郎は何て言ってました?」
「せ、背も高いし、声も低くなってるけど、女だって……」
「そうですか。改めて言いますが、オレは男ですよ。どれだけ女顔に見えたとしても、男なんです。レズビアンに付け狙われようとも、ホモに追いかけられようとも金持ちから迫られようとも教員から性別疑われてプールの時になぜかオレだけ性別不明で陸上にさせられようとも……ッ! オレは、男なんですよォオオオオオオオオ――――ッ!!」
某ムーンレ○スもかくやと言う叫びが、哀しく響く。
根付いたトラウマや中学時代の悲しみが、血の涙となって哉徒の瞳から零れ落ちて行く。
悔しさに肩を震わせていた哉徒だったものの、涙を軍服の袖で拭い、奥に逃げようとしていた時雨を睨みつける。
「畳、借ります!」
「えっ!?」
ダンッ、と強く床を踏み鳴らして、畳を僅かに浮かせる。
それを畳返しの要領で掴み、走り出そうとしていた時雨に向かって――
「っけぇええええええええ――――――――ッ!!」
――ブン投げた。
高速回転していく畳は速度を増し、空を切り裂きながら時雨へと飛来し、背中を打ち抜いて標的を沈黙させた。
咲耶は哉徒の挙動には然程驚いてはいない。男性なのかと言う驚きでいっぱいだったと言うのもあるが、それ以上に驚愕する事実があるのだ。
――あの時雨が避けられなかった。
いつも不敵な笑みを浮かべて飄々としていた時雨は、その頭脳は言うに及ばず、身体能力だって天才的だった。
『隔離世』で一番強い剣士と剣対素手で戦った時、迫り来る神速の攻撃を軽く避け、回し蹴りの一撃で下してしまったのだ。
その光景を目の当たりにしていた咲耶は、目の前で血の涙を流している哉徒の強さを考えて、少し怖くなる。
容姿は、本当に男性らしい女性にしか見えないと言うのに。
思案していた咲耶へと向き直った哉徒は、今度こそ笑って見せた。
「あのクソ野郎が粗相をしましたら、オレに言ってくださいね。……潰してやりますから」
ミシリ、とこれは哉徒の拳が軋む音だ。
満面の笑みでそう呟いた哉徒はただ恐ろしくて、咲耶は頷く事しか出来なかった。
と、そこへ襖が開き、磐長が入ってくる。
「どうしたの、咲耶? ……あら、どうも! 哉さんですね? 男装していても、ちゃんと綺麗ですよ!」
磐長の柔和な表情で吐かれた言葉は、彼の心をズタズタに引き裂くには充分過ぎるほど鋭かった。
失意に崩れ落ち、歯を食いしばる哉徒。
血の涙を流しながら声を押し殺して泣く彼に、咲耶はどう声を掛けるか迷い、ただ立ち尽くすのだった。
忙しさが落ち着いてきたと思ったのに、夏も終わり掛けって……。
更新のペースが元に戻りそうです。