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一章 人殺しの烙印

――風が、吹いている。

流れていく空気に意識を呼び戻されて、時雨は閉じていた瞳を開けた。

「あー……」

心底から疲れきった声。

小一時間ほど、『自室から急に知らない丘に飛ばされて寝転がっている』と言うシチュエーションが発生する可能性の模索を繰り返していたのだが、濡れ手で泡を掴み切ってしまっていた。

収穫の無い労働ほど、意味のないことは無く、ただひたすらに気だるさと虚無感に支配され、愚痴のような言葉しか口に出せなくなる。

「有り得ねぇだろ……」

頭の中にアニメではない的な音楽が流れたような気がしたが、それを振り払い、自室から唯一持ち出していた改造モデルガンを空へ向けてみる。

澄み渡る青空に影を生むそのフォルムは、さながら烏のようだ。

携帯は圏外。眼下に広がっている街は、文明の規模とシステムが分からないので、行っても事態が悪化しかねない。住民証明などがあるなら、最悪殺される可能性も懸念出来る。

武器は――殺傷能力ゼロのモデルガン。当たったら痛い。

「――八方塞、ってか?」

――とは言え、ジッとしていても始まらない。

身を起こし、モデルガンを懐に隠して、自分の服装をチェックする。

金色で縁取られた学生服。その上着の下には、深紅の襟付きシャツ。室内だったので靴下だったのだが、汚れるのが嫌で今は素足になっていた。

「……靴、奪うか?」

さしずめ、靴強盗。

凄まじく間抜けなフレーズに、時雨は溜息を吐いた。

刹那、背後から花のようなフレグランスが香る。女性用だがくどい臭いではなく、薄っすらと匂うだけ。香水を臭い消しと間違う馬鹿女では無いらしい。

顔だけ振り返ると、香りの主が判明し、時雨は少々だが驚いた。

――見たことも無いような純粋なオレンジ色の髪を持つ、それこそ画面の向こうから飛び出してきたような少女だった。

白く柔らかそうな頬、淡く形の良い桜色の唇、ラピスラズリを髣髴させる大きな碧眼、整った眉。それらが一番可愛らしくなるように配置された、表情さえ変えなければ高級人形のような少女だ。

しかし、背は低い。目算して、百四十センチあるか無いか。体重もすこぶる軽そうだ。

童女のような外見だが、纏っている服――白い軍服を見て、時雨は内心で警戒を開始する。

見た目と釣り合わない深みのある声と笑みで、こちらを見てくる。その瞳は、確実にこちらを探ってきていた。

「こんにちは、少年。今は学園ではないのか?」

「人生と言う道に迷ったのさ」

「靴も無しにか?」

足元を見ながら言う彼女の隙を突いて、秒も掛からずにモデルガンの銃口を突き付ける。

少女が怯んだ隙に、彼女の軍服の僅かな膨らみを掠め、ガンホルスターに刺さっていた拳銃を引き抜き、彼女を芝の上へと蹴り倒した。

そこからモデルガンを破棄し、空いた片手で彼女の華奢な細腕を締め上げ、後頭部へと銃口を突き付ける。

「……いたいけな少女に何をするんだ」

「いたいけな少女は拳銃なんか持つのか? ミリオタかよ」

「みりおた?」

「ミリタリー……要は軍部の戦闘機やらに心酔してる連中さ。こいつも重量的には本物だろうし」

奪った銃をちらつかせると、少女は溜息を吐いてこちらを見上げてきた。

「その肌の色――グランディアの諜報員か?」

「あ? 何だそりゃ。念の為に確認するけどよ、ここは太陽系の第三惑星である地球。その国の一つ、日本だろ?」

「……寝惚けているのか? ここはシャルオン系の第二惑星、アヴァロン。現在戦争中の三国の一つである、アースガルド帝国だが……」

――何だ、このカオス。

聞いただけならば北欧神話だ。アニメや小説などでよく齧っていたし、ある程度の知識は持っているので、間違いない。

――もう、深くは考えないでおこう。異世界トリップで全て説明がついてしまう。

頭痛を堪えながら、時雨は少女の拘束を解いた。服に付いた芝や土を払い、威勢良くこちらを睨んでくる。

「グランディアからの刺客ではない、か。君、名前は?」

「あー……? 名乗る意味あんのか?」

「では、蹴倒してくれた罪を名乗ることで許そう」

「そりゃいいな。俺は高宮時雨、見ての通りのイケメンだよ」

「私はフランだ。フラン・ド・アルテミス。見た目通りの美人だ」

そう言い、小柄な彼女にしてはそこそこ発達している胸を張る。

時雨は彼女の頭に手のひらを乗せて、軍帽の上からわしゃわしゃと撫でた。

「あんた、どっちかっつーと可愛いよな。俺が今まで見てきた奴らより、それこそ抜群に」

「なっ!? し、失礼だぞ! 年上に向かって!」

顔を赤くして食って掛るフランだが、時雨にはそれが子どもの照れ隠しにしか見えなくて、苦笑する。

「でも、満更でもないってか?」

「うっ……そ、そこは見て見ぬ振りをするのが紳士だろう」

顔を赤くしてそっぽを向く様は、何と言うか、凄まじい破壊力だった。メ○粒子砲超えるんじゃないか。

フランは踵を返すと、こちらの足元を見ながら苦笑した。

「まぁ良い。靴くらいなら提供してやる。それに先程の口振りからして、異世界の住人なのだろう? 情報を提供しようではないか」

「……適応早いな、あんた」

「嘘を吐いているわけではなさそうだからな。君からの情報を鵜呑みにするなら、そういうことになるだろう」

「あっそ。んじゃ、行こうぜ。正直、裸足は勘弁だ」

「だな」

苦笑し、フランは淀みなく歩き始める。

時雨はその小さな背中を追って、駆け出した。

――新たなる大地への好奇心を密かに胸に抱いて。





「ありがとうございました。五千八百円です」

――円相場かよ……。

街まで行って、大型のショッピングモールへと向かった。どうやら、日本とそこまで物は変わらないらしく、ただ……ロゴがレプリカにしか見えないのがご愛嬌だ。

先程見た『アシダセ』はまだしも、『ラムハード』やら『空魔』やら、スポーツ商品メーカーを侮辱しているようにしか思えないラインナップだが、向こうから見ればこちらが侮辱しているように感じるのだろう。ああ、ややこしい。

とりあえず、真っ先に靴を買って貰い、適当な布で汚れを拭った足に靴下を通して、近未来的なラインが奔っているセンスの良い靴を履く。新品なので少し硬いが、底のゴムが厚いので、履き心地は悪くないし、運動にも最適だ。

しばらくそれを慣らしていると、フランは紳士服に金の腕時計、それとレモン色のマフラーを片手に持ち、満足そうに歩いてくる。ちなみに、購入済みらしく、タグは全て取られていた。

「これを着てくれ」

「あー……何だこりゃ」

分かってはいたのだが、一応聞いてみる。

「服もないのだろう? 私が見繕ってきた。感謝すると良い」

何故か自慢げに、その一式をフランは差し出してきた。

「君の赤いシャツはそのままで良いんだ。それを胸元まで開けて、これを上から着るんだ。どうだ? 最高にセンスが良いだろう?」

「趣味悪すぎるわボケ! そりゃホストだろうが!」

その上から、豪奢すぎて下品な金色のネックレスに鼻につくオーデコロン、それとワックスで髪を固めてしまえば完全なそれである。

「な、何だと!? 君のプロポーションならバッチリだろう! ジェントルマンになりたくないのか!」

どうやら本気らしい。

頭痛を覚えながらも、時雨は捲くし立てた。

「確かに俺は美形でイケメンだがそれを着るのはアホだけだ! それと紳士っつーのは外見じゃねぇ、心だ! てかこれ着た奴が紳士語れるのか!?」

「うっ……」

だがしかし、選んでくれたのは嬉しい。

溜息を吐きながら試着室に入り、その紳士服を言われた通りに着て、時雨は堂々と姿を現す。こういう場合は、恥ずかしがったら余計に人目を惹くのだ。

周りからはどよめきと感嘆の声が響いてくる。猛烈に気恥ずかしいが、もう仕方ないだろう。

顔に不敵な笑みを貼り付け、髪を撫で付けながら、フランへとしゃがみ込み、目線を合わせる。

「どうかな? お嬢さん」

「……あ、ああ。よく、その……に、似合ってる」

「ありがとう。では、そろそろランチでも如何かな?」

「う、うん……」

――『うん』って……オイオイ。マジにすんなよ。

再度脳を襲う頭痛を堪えながら、時雨はフランの手を取って歩き出す。

「……普通の私服、何でも良いから後で買ってくれ」

「は、はい……」

「……目ぇ覚ませっつーの」

影から首を突くと、熱に浮かされていたような表情でこちらを見ていたフランが元に戻った。

「な、何をする!」

「アホ。演技にマジになんな。つーか、あんたもドレスアップすりゃ良いじゃねぇか。似合いだぜ、多分」

冗談半分で笑いかけたのだが、フランは表情を引き締めて、使命感を帯びた瞳で言い放ってくる。

「いや、ならん。私は軍人であり、戦艦を任される司令でもある。浮ついた格好は……」

「したいが、出来ないってか。ハッ、馬鹿か。そんなんでどうするよ? 一生を国に捧げて? 何が貰えるよ」

「何だと……!」

「名誉の為? 世界平和の為? そりゃ自分を殺す為の良い口実だわな、実に結構じゃねぇか馬鹿クセぇ。国の駒だろうが、ここのパンピーだろうが、世界を滅ぼす連中だろうが、みんな人間だろ?」

「……何が言いたい」

鋭く睨むフランの威圧は、周りの人間が後退するほどのものではあったが、時雨はせせら笑うように飄々とした笑みを浮かべるだけ。

「あんたも人間だろうが。服くらい好きなの着て良いに決まってるじゃねぇか。国を守ってれば、最悪全裸でもOKだろうぜ。そんなもんだろ」

「だが……」

「じゃ聞くが、プライベートにまで仕事を持ってくる奴、どう思う?」

「……鬱陶しいな」

「それだ、今のあんたは凄まじくウゼぇ。こんな色男と歩いてるんだ、着飾れよ。無愛想面した軍人ルックのお嬢ちゃんなんて、コスプレにしか見えねぇだろうが」

「だが……いいのだろうか」

「何か言って来る奴がいたら、絞めてやるよ。人の女に何ケチ付けてんだ! ……ってな」

茶化すように笑う時雨に、負けたと言わんばかりに肩を竦め、苦笑するフラン。

「…………分かった。実を言うと、お洒落はしたかったんだ。二十歳を超えるというのに……情けない話だが」

「オイオイ、二十歳って……」

思わず口を開閉してしまう。

外見は十三歳程度の少女にしか見えなかったのだが、態度は落ち着いていたので最高でも十七程度を想定していたのだ。

それを上回るとは……世の中は広い。

一度決めてしまえば早いもので、フランは満面の笑みを浮かべて先へといってしまう。

「まぁ、私も今日はオフだからな! デートしてもいいだろう!」

「変わり身早ぇな。ま、そっちの方が得だろ。人間的にもな」

鼻歌まで歌い始めているフランを見て、時雨はふと思い出す。

――この場所の情報、聞くの忘れてるな。

しかし、上機嫌なフランを見ていると、何だかどうでも良くなる。

異世界に来た無意識の緊張が、きっと解れているのだろう。

先程の店で、オーソドックスな白いワンピースと白い帽子、白いサンダルといった避暑地での令嬢を髣髴させるような服を纏い、フランは再び時雨の前に現れた。持っている紙袋には軍服を入れているのだろう。

彼女の雰囲気も若干だが柔らかくなり、その服は小柄な彼女にとても似合っていた。

小柄ではあるが、腰の位置が高く、脚線が綺麗だ。身長以外の発育もそこそこで、出ているところは出ているし、ウエストはちゃんと女性らしい曲線を描いている。思わず、溜息を漏らしそうになった。

黙っていることを不安がってか、フランはスカートの裾を握って子犬のように見上げてくる。

「……ど、どうだ?」

我に返った時雨は、すぐさま不敵な笑みを作り直し、そこから歯を剥いて笑ってみせた。

「いんじゃね? てか、俺が霞みそうだ。すっげぇ可愛い」

「なーっ!?」

真っ赤になってしまうフランの頭をぽんぽんと叩き、先に歩き出す。あてがあるわけではないのだが、止まっていても仕方が無い。

目論見通りにフランは追いついて来て、律儀にも咳払いをかましてくれながら会話の火蓋を切ってくる。

「それにしても……君はヤンキーとか、不良と呼ばれる部類なのか?」

「んー? 何でよ」

「喋り方と態度、物腰。先程の演技では微塵も感じなかったが、地が粗暴すぎるぞ」

「不良っつってもなぁ……。俺は欲求に素直なだけだぜ? ヤンキーってのは、気に入らない奴がいたら、潰して、それでも抵抗してくるなら、更に潰して、欲しいものがあったら、奪うか掠め取る連中だろ。ただ俺がヤンキーと違うのは、欲しいものがあったら作るか勝ち取るか、ってところだ。簡単に奪えるものに、価値なんかあるわけねぇし。だから平和ってのはすげぇ難しいんだろうが」

時雨は遠くを――どこと言うわけはないが、ただ遠くを眺めている。

――平凡な一般家庭に、時雨は誕生した。

父親は冴えないサラリーマン、母親は若くはない専業主婦。

凄まじく容姿がよく、物事をスポンジのように吸収し、一家の中ではその成長を恐れたこともあったらしい。

時雨が神童と呼ばれていたのは小学生までで、その頃からだが良いことも悪いことも含めて様々な経験し、高校生になる。

進学してからは趣味に没頭するようになったが、昔は近所では最悪の不良と呼ばれていたこともある。父親はそのショックからか、わざわざ転勤し、それを母親が追いかけ、一人暮らしをしていたのだ。

流石に必要もなくなったので、金髪もピアスも戻し、黒髪に染め直したが、その事実を両親は知らないだろう。何せ、数年も会っていないのだから。

フランは、どこか遠くを眺めている時雨を見て、苦笑する。

「……君は、どこか達観しているな」

そんな感想を述べるフランに、時雨はその頭を撫でながら答える。嫌がっていたが無理矢理、ぐりぐりと。

「別に? ただ……いろんなことをやりすぎた感はあるけどな。ま、それは置いといてだ。国の情勢とか知りたいんだが、国はここの他にもあるんだろ?」

「ああ。……そこのファーストフード店で良いか?」

「問題無し。コーラとかあるよな」

「止めておけ。骨が溶けるぞ」

「馬鹿かよ。そりゃ直接触れた歯とかは溶けるだろうが、体の中は別だろ。それに、炭酸は疲れを取るし、甘いから気分も変えれるし、カフェインもコーヒーより入ってるから作業にも合うんだぜ?」

「……そう、なのか?」

「発癌性を除きゃ、最高だな」

「な!? じ、じゃあ、葡萄サイダーで代用は利くか?」

「カフェインが消えるな。作業には向かねぇ。それどころか、青一号とか赤一号って着色料が入る。ちなみに元は原油な、それ。よかったなー、発癌コースまっしぐらだ」

「そうだったのか!? 缶の葡萄サイダーが好きだったのに……。というか、何故知ってる!」

「自分が飲むモンだろ? ヘンなの飲まされちゃ、堪ったもんじゃねぇからな。知っといて損はねぇし」

「……何か、そのテのジュースを飲む気がしないぞ」

「でも人間ってのは図々しいから、結局はまた飲んでるんだって。その効果を目の当たりにしなきゃ、何も信じねぇし。『ふーん、それで?』程度のモンだよ。事実、俺もそうだしな」

取り留めのない会話を紡いで歩きながら、周囲の様子を探っていく。

戦時中らしいのだが、食糧難や物資難は無いらしい。人々はそんなことを知らないような幸せそうな表情で、モール内を行き交っている。

「オイ、戦時中ってのはここの平和ボケしてそうな連中は分かってんのか?」

「ああ。この笑顔を守る為に私達は頑張っている。この平和さも、軍があってこそだ」

満足そうなフランに、時雨は鼻で笑ってみせる。凄まじい眼光が飛んできたが、時雨の瞳は揺るいではいない。

「そりゃ違うね。多分、連中には戦争って意識が無いんだろうさ。どっちが勝っただの負けただの、自分に実質的な被害が及ばない限りは干渉もしてこねぇ。んで、やられた後はぎゃあぎゃあと文句を徒党を組んでほざくのがパンピーの連中だろ。目の前で何かがぶっ壊されないと分かんないかねぇ……」

「……君なら、どうする?」

「あ? 決まってんだろ。戦況が動くのを見極めて物を買い、一番安全そうな国に保護してもらう。あわよくば、そこで甘い汁でも啜る。戦後は買い集めたものを高額で売りつけ、金を巻き上げる。んなモンじゃね?」

「それが君の国だったとして、愛国心は無いのか?」

「国愛してるからここで死んで下さい、って? 馬鹿ぬかせよ。俺は自分より大切なものなんて無いんでね。この人生の主役は俺、主役が消えたらどうにもならんだろ。それこそ、職に殉じる気は無いぜ」

「……自由なんだな」

「そう見えるなら、そう思えば良いだろ」

投げやりな返事にフランの眉が顰められるが、時雨は気にせずに歩を進めていく。

と、黒い軍服を纏った黒髪の少年がこちらに――フランに向かって、敬礼をした。もしかしなくても、フランの部下だろう。

「艦長! こんにちは!」

「うむ、ローランか。君もオフだったのだな」

「ええ。艦長こそ、デートですか? その人は……」

少年の興味がこちらへ寄せられるのを知り、時雨は不敵な笑みを浮かべ続けた。

「どーも、グランディアからの刺客です」

「何っ!? 貴様ァッ!!」

フランの言葉を転用してみたのだが、少年に対して想像以上の効果があった。

炎を秘めたような赤い瞳の中に揺らめくのは、憎悪、悲しみ、怒り。そして、それを塗り潰すように占めているのが――復讐心。

何だか面白くなって、フランの背後に回り、銃を突きつけてみる。

流石に少年は思い留まり、しかし怒りは忘れず、拳を握り締め、歯を食いしばっていた。

察しがついたのか、フランは大きな溜息を一つ零す。……ユーモアの通じない連中だ。

「……リアクションが大きくて楽しいのかもしれんが、止めろ。趣味が悪い」

「頭固いねぇ。意味不明な所に来たんだし? 何か面白ぇことがなけりゃ死んじまうだろ?」

「あ……え、演技だったのか!?」

ガーネットのような瞳をパチクリさせながら、少年はフランに向けていた視線を時雨へと配る。

時雨はそれを見て、銃を収めてひらひらと手を振って見せた。

「俺は地球の日本ってところの出身でね。かなり端折ってぶっちゃけると、俺にとっちゃここは異世界だし? さっきまでガチに途方に暮れてたってワケ」

「ってことは、異星人ですか? それにしちゃ、オレらと遜色ないですね」

「悪いねー、紫色の軟体生物とかじゃなくて」

「や、むしろ近くて安心しましたよ。オレはローラン・ガーレットと言います」

――性根は勝気そうだが、思い詰めて暴走するタイプだな。

そんなことを思いながら、時雨は差し出された手を握った。

「高宮時雨だ。お前もそうだけど、俺も見ての通りのイケメンだよ」

「……オレ、顔良いんですか?」

「まぁな。身長も伸びてきてるだろ? 百七十はありそうだが、もう五センチ伸びるぜ。後、俺とはタメで話せよ。そんなに年変らねぇだろうが」

「けど……オレ、軍人だし……」

「敬語に馴れてないのが丸分かりなんだよ。それに、俺は軍人じゃないし」

「……じゃ、よろしくな。で、本当なのか? 異世界から来たって」

普通はそんなリアクションだろう。疑わない方がどうかしている。しかし少し考えれば分かるものだろうに。

時雨は肩を竦めて、溜息を吐いた。

「こんなところで嘘吐いたってしゃあねぇだろ。それじゃ聞くが? 俺がここで嘘を吐くメリットは? こちらの常識が通じないという仮定において、俺への信用度を嘘により更に低下させることにより得られる何かがあるのか?」

「あ……や、その……ゴメン」

「いや、悪ィな。俺もイマイチ実感沸かねぇんだが……当たっちまったな」

謝っている時雨の態度は非常に舐めくさったものに映ったのか、ローランは眉を顰めた。

フランは苦笑すると、ローランを見ながらこちらの肘をぽんぽんと叩いてくる。

「まぁ、態度は最悪だが……根は悪くないんだ」

「オイオイ……。俺みたいなスッキリ爽やか青少年を最悪呼ばわりするかぁ?」

「爽やかならその不良みたいな口調を何とかしたらどうだ? ついでに敬語ってのを見せてくれよ。上手いんだろ?」

「いいぜ、望むならやってやるよ。ビックリしてちびんなよ?」

ローランの挑発に乗って、時雨は急に表情を真剣なものへと変えた。

突然の出来事に二人は動揺するが、時雨は実に典雅な一礼をしてみせる。

「ローラン殿、フラン殿。どうか、先程の無礼の程を御詫び申したく存じ上げます。私は若輩者の身で在るが故、数々の身と分を弁えない発言を致しておりました。誠に、申し訳御座いません」

「え……え?」

「お、おい……?」

「何で御座いましょうか」

平然と毅然とした雰囲気を纏った時雨が答える。

流石は艦長と言うべきか、真っ先に落ち着きを取り戻したフランが、質問を投げかけた。

「それは何の口調だ?」

「敬語です。イメージは執事を基調としておりますが、御気に召しませんでしたか?」

「そ、その……あれだ。……お」

「「お?」」

二人して首を傾げると、真っ赤な顔をしてもじもじしながら、フランは呟いた。

「お、御嬢様って、呼んでくれないか……?」

「えぇええええええええええええ――――っ!?」

普段とキャラが違うのか、フランを見てローランは大口を開けて驚いている。

「畏まりました、御嬢様」

「呼んだ!?」

「……は、はふぅ」

ヤバい薬でも打っているような、幸福感と愉悦のトリップ状態に陥るフラン。

そこでローランも我に返ったか、タメで話すのを忘れてこちらに突っかかってくる。

「え? ちょ、ちょっと! あんた――」

「如何なさいましたか、ローラン坊ちゃま」

言うと、ローランは背中で虫が這ったかのように自分で自分を抱いて身を振るわせた。

「ひぃっ!? お、オレが悪かったから! 口調は前のヤンキーみたいなので良いから!」

その一言で、時雨はあっさりと不敵な表情に戻った。

「どうよ?」

「どうよじゃないだろ!? 何か別人かと思っただろうが! つか、今更だが何なんだよその服のセンス!」

「お、ローランは分かるか。彼は靴さえなかったからな。色んなものを買い与える代わりに、この服を着てもらったんだ。どうだ、ローラン。この溢れるセンス! 男の色気を存分に醸したこの感じ! 震えるだろう?」

次いで否定的な言葉を投げかけようとしたローランより早く、立ち直ったフランが得意げに胸を張った。『どうだ!』と言うよりも『えっへん!』の方が似合うのは、ご愛嬌。

ローランは真顔で左を向き、同じく真顔の時雨と顔を合わせ、どちらからともなく頷いた。

「ダサいよな」「ダサいです」

「裏切ったな!? ローラン、貴様の任給だけ八割カットだ!」

「職権乱用じゃないですか!」

「その八割、俺に回してくれ」

「鬼かよ! 助けろよ!」

悲痛にローランが叫んだ、その時だった。

――耳に障るような、甲高い音の警報が鳴り響く。

次いで、女性の声がそこかしこにあるスピーカーから流れてきた。

『え、えーっと……ひ、ひにゃん! 痛っ……! ふぇ……えうう……』

――いきなり噛みやがった! しかも何か泣いてる!

「……優秀な人材だなー、軍ってのは。エリート部隊に(笑)を付けた方が良いんじゃね?」

皮肉気に笑う時雨にローランは怒鳴り返し、フランは拳を戦慄かせスピーカーの一つを凄まじい形相で睨み付けていた。

「あんなのと一緒にするな!」

「あの馬鹿者が……!」

給料半分カット半年だな、とか物騒なことをフランが呟いている内に、代わりの人物が入ったようだ。

『失礼。避難推奨。よろしく。てかしろ。戦争だからjk。では、ノシ』

「口で言うか、それ……」

例の掲示板を髣髴させる言葉だった。この世界にもあるのだろうか。

ちなみに、jk=常考と読み、常識的に考えての略語。ノシは手を振っているように見える為、ブログ何かでも使われている。チャットの去り際に使ったりもするが。

「……軍がこんなんじゃ、戦争の意識が低いのもしゃあないだろ」

「「うっ……」」

――軍の連中も総じて呑気に違いない。

まぁ、個人的にはこの世界で関わりは持ちたくないのだ。軍だと尚更に面倒な事態になるに違いない。

――が、情報を集めるには集団に所属した方が早い。それも、ここは正規軍らしい。情報の質はそこいらの酒場と雲泥の差であるだろう。

逡巡し、時雨は頷いた。

「なぁフラン。俺も軍に連れてってくれよ」

「……そうだな。放り出すわけにもいかん」

あっさり承諾したフランだったが、どこか真面目なのか、ローランは疑問を口にする。

「いいんですか? 部外者を入れて……」

「何、構わんさ。今この世界の情報を知るには、最高の場所だからな。何なら、適正訓練も受けてもらって、オペレーターに登用してもいい。度胸があって声の張りも良いから、やれるだろう」

「おっ、優遇してくれるねぇ」

「人手不足なのも事実だからな。この際、どうだ?」

「そうさな、前向きに検討してみるぜ」

ひらひらと手を振りながら、既に駆け出していたローランを二人は追いかけ始めた。




街の地下に木の根の如く張り巡らされた通路。

そこを通って、軍本部の基地まで行き、各戦艦への転移装置から艦内に跳ぶのだ。

ローランは先に行き、フランは更衣室の奥を漁って、黒くかなり大きな軍服をこちらに投げて寄越した。

「それを着てくれ」

――まぁ、それしかないのだろうが。

インナーまでご丁寧に用意されてある。軍服としては良いデザインで、素材も柔軟且つ丈夫な物だろう。この世界の物質とかは知らないが。

手早く袖を通し、軍靴を履いて、着崩しながら外に出る。

「に、似合うな。驚いた」

驚かれてしまった。

「アホ言ってんなよ。で、行くんじゃないのか?」

「ああ。こっちだ」

白い軍服を再び身に纏ったフランが駆け出し、それに時雨も続く。

歩幅の差が大きすぎるので、時雨は早歩き程度にしか歩いておらず、フランはそれに眉を顰めた。

「何だか不公平な気がしないか? もう少し必死に走ってくれ」

「あー……必死とかキャラじゃねぇし?」

「くそっ……この身長、後二メートル伸びないか……」

「そりゃホラーだろ……」

二メートルになったフランを想像しながら、更に走っていく。

「んで、どうやって戦うんだ?」

「戦闘機で、だ。我々の使用する機械兵器を神機と呼び、人型をはじめ、様々な形態がある。中でも、流れてきたデータから最新鋭の機体が作成されてな。作者の名前自体はグランディアのものだが、機体名はアースガルドのものだった」

「……へぇ」

一発で察せた。

ずっと気にはなっていたのだ。流れた『アイギス』のデータが、どこにいったのか。

「神の盾――『アイギス』と呼ぶのだが。その作者もヘンな名前でな、相馬五月雨と言う人物だ。知ってるか?」

「……ああ。よーく知ってるよ」

ふつふつと込み上げて来る何かを抑圧し、時雨は足を速めた。

「おい、格納庫はどこだ?」

「この通路を右――って、おい!」

柄にもなく慣れない軍靴で全力疾走し、その扉を開けて驚いた。

様々なロボットが並んでいる。

どこかで見たことのあるようなものから、独特のデザインを持つ機体まで。カラーリングも多種多様に渡り、統一感の無さが浮き彫りである。

「設計者出て来いよ……」

もう溜息しか出てこない。

様々な人員が慌しく駆け抜けていく中で、その機体は見つかった。

スケールもちゃんと設計されてある、後はカラーリングを残すのみであった『アイギス』。

三十メートル弱の、人型兵器としては小型に入る部類。それは機動性とエネルギー効率、総重量の都合の上、徹底的に計算された数値だ。

スタイリッシュだが、神の盾と称されるだけあって、機体を隠すほどの大きな盾を所持している。そこから物理振動波、重力波、拡散ビーム、ビームシールド、ビームビットを射出可能。特に物理振動波や重力波は、無線妨害や敵艦の機能破壊にも使え、尚且つ応用すればホバリングも可能である。

武装はそれ一つ。しかし、他の機体の装備を持ってくることが出来て、汎用性はずば抜けている。

元が海での運用を考えていただけあってか、宇宙や海、空などでは高機動力を発揮する。脚部のギミックを使えば陸上でもすばやく動け、固定砲台用の装備もあるので、実弾大口径ライフルやロングレンジビームライフルで狙撃も可能。隙が無い。

それの再現度は、百パーセントと言っても遜色ない出来映えだった。内部は分からないが、細かいところまでよく作られている。

しかし。

しかし、だ。

それはどの機体よりも異彩を放っていた。

右を見れば、白、黒、赤。

左を見れば、緑、青、紫。

だいたいそんなもので並べられている中、

ただ……その機体だけが……。

――どう見ても金色です。本当にありがとうございました。

「誰が……誰がやりやがったぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――ッ!!」

冷静さが完全に消し飛んで、心から、慟哭にも似た叫びを上げた。

「ス○ーやアカ○キじゃねぇんだぞ!? 百○でもないし、何だこりゃどうなってんだマジ有り得ねぇセンス最悪趣味悪すぎだろ! くっそォ~……」

一通り捲くし立てて、アイギスのコックピットに近づき、ハッチを開ける。

内装も設計図の通りだった。コントロールデバイスも、アクションペダルも、バーニアレバーも、ビームビットの感性フィードバックシステムも、何もかもが再現されており、時雨は感極まって涙を流してしまう。

「……これが若さか」

若い故の熱い涙(多分)を零しながら、コックピットに座って、ハッチを閉じる。そして、ディスプレイを起動させてみた。

ディスプレイが浮かび上がるが、画面は青かった。青いだけ。文字も何も表示されない。

「……うんともすんとも言わねぇな」

いや、『うん』とか喋られても困るのだが。

「OSが設定されてないのか?」

どうやら、そうらしい。

勝手知ったる自分の機体だ。ディスプレイの下からキーボードを取り出して、プログラムを打ち込んでいく。

設計図は下に紙媒体として転がっていた。数枚の情報に集約されているところから見て、いくらか複雑すぎるので要約してあるものだろう。

そうである部分とそうでない部分を添削しながら、高速で打ち込まれていく数字とアルファベットの羅列。

幻想的に画面のブルーが暗い機体内を照らす中を、時雨は手と脳をフル稼働させて作業を片っ端から終えていく。

と、急に光が差し込んだ。時雨は目を顰めながらも手は止めない。

「何をやっているんだ!」

「機械ってのは、プログラムがなきゃ動かんだろ」

「君は……機械技術者なのか!?」

「俺はしがない学生だったよ。三年掛かって一つの架空兵器を作り上げ、完成間際にそれが消えちまってな。ヘンな言葉がモニターに出るから押してみたらこの世界にいた」

言葉を切り、時雨は逆光でシルエットしか見えないフランへと真顔を向けた。

「この機体は、俺が設計した兵器だ。相馬五月雨は俺のペンネーム。偽名ってヤツだ。んで、何故かここで運用されようとしてる。ゴールドカラーなんてふざけたカラーリングも許せねぇが、これを他人が乗るのはもっと許せねぇ。これは俺専用に組んであるんだっつの」

Enterキーを押すと、ディスプレイの全ての機械類が稼動を始める。

その瞬間、フランの表情が変った。

――有り得ない。

あんな複雑な機構を動かせるはずがない。あんなものを動かせる人間は脳がいかれている。

専用のOSスティックがなければ動かないよう、あの紙面を慎重に書き直させたと言うのに、それすらもクリアして動かしているのか。

――肌が粟立つ。

悪魔のような才能だ。常人の出来る術ではない。

機動を確認して満足そうな時雨は、コックピットの座席をスライドさせ、寝転がった。

モニターを表示させ、外の状況を傍受し、眺めている。

「良い眺めだな。こんな良い画質のモニター、初めてだぜ」

「た、戦わないのか?」

「何で。俺、一般人だし? 傍観と洒落込むのが普通だろ」

時雨を苛立たしそうに見ていたフランだったが、自分も動かせない以上、機体から下ろさせても仕方が無い。

「そこにいろ!」

「言われなくとも」

キツい視線を時雨にぶつけるが、当の本人は不敵な笑みを浮かべたまま画面を眺めるだけ。

ハッチを閉め、フランは駆け出していく。

「おい、私の『オリオン』は出れるか!」

「ええ。……って、艦長!? こ、ここは神機隊にお任せ下さい!」

「艦の指揮はノストラダムスに任せろ。伝令、急げ!」

「は、はい!」

強引に整備員へ伝令を任せ、自分は神機――『オリオン』に乗り込む。

白のカラーリングの人型神機で、金色の弓から銀色の微振動レーザー矢を放つことができる。

ミサイルポッドや腰部の両刃剣の他に、巨大な二丁銃を所持しており、中距離からのヒット&アウェイを得意としている。その上、緊急時には自らと感応し、脳内でイメージした動きをトレースできるシステムを積んであるのだ。これにより、人間的な動きができる。

機体を動かし、神機発射用のシューターに脚部を乗せる。後は撃ち出す要領で一気に加速することが出来るのだ。

接続を確認した後、通信を開き、ローランと戦艦に繋ぐ。

「フラン・ド・アルテミス。『オリオン』で出るぞ! ローラン、以下隊員は私に続け!」

『了解です!』

ローランを皮切りに、次々と了解の声が上がっていく。

と、カメラの一つからポップアップが浮かび、時雨の顔が映った。通信を繋いだのだろう。

『御手並み拝見だな』

「フン、しかと見ていろ。我らの勇士をな」

『手、震えてるぜ』

「嘘っ!?」

『嘘だ』

「……このっ!」

『気ぃ付けてな。お土産、よろしく~』

「あるかッ!!」

怒鳴りつけ、フランはスラスターを起動させて、シューターを使わず自力で飛び出していく。

レーダーのジャミングはなく、感度も良好だ。既に機影を前方五百メートルに捉えている。

「よし。アルテミスの弓! オリオンの矢!」

叫んで、足元のレバーを引いた。

音声認識とレバー操作を分割することで、少ないスイッチでも容易に操作できるようにしている。噛んでしまうと発動できないが、そういった訓練もしているので、そうそうミスはない。

銀色の弓が展開し、弦を引く挙動をする。

ロックオン・グラスが右目に展開する。眼球が敵の点を捉えることで、矢の追尾機能がオンになるのだ。若干、威力は下がるが。

金色に輝く光が収束し、矢の形をとった刹那、

「行けッ!!」

フランの鋭い声により、矢が一筋の光となって中空を駆け抜けていった。

黒い機体が次々と撃ち落される。その光景を見、フランは薄い笑みを浮かべた。



そして、その光景を眺めながら時雨は頭を抱えていた。

――アホだ。

前方だけに敵が展開していると思っているのだろうか。

正面にいたら、潜水部隊を目立たなくする為か、左右へ広がる時間を稼ぐ為の囮かくらいは考えられるだろうに。

「無能だねぇ~、ここの指揮官は。戦いってモンを知ってんのか?」

呟きながらも、戦況を眺めていく。

海中から三機が飛び出し、格納庫の中で多数を占めている飛行戦闘機を撃墜して、更に炎のようなカラーリングが施されたローランの神機とフランの神機――『オリオン』がそれに惑わされる。

となれば、左右の敵がこの艦を叩きにくるだろう。

「……しゃあねぇか」

回線を戦艦へと繋いで、笑みを浮かべた。

「どーも。通りすがりのイケメンだが、元気かよ?」

『だ、誰だ貴様ッ!?』

「いや、だからイケメンだって」

あからさまに狼狽している声に、時雨は思わず溜息を吐いてしまう。

これでは不合格だ。柔軟性に大きく欠ける相手は、対談に望ましくない。

「ああ、面倒だ。あんたもういいわ。司令官出せよ、臨時司令官」

『何っ!?』

気難しそうな眼鏡の女性が応対してきたので、即刻立ち退きを要求したのだが、それが彼女の機嫌を逆撫でたらしい。烈火の如く怒ってくる。

『ぶ、無礼な! この誇り高きアインマーリン家の当主である私に何と言う言葉遣い! 下民如きが、恥を知れ!』

「ほー。んじゃ、貴族様よ。税金払ってんだからさ、とっととこの戦争終わらせろよ」

『そ、それは……』

怯んだのを良いことに、時雨は適当に捲くし立てた。まずは、プライドだけの無能を排除するのが先決である。

「ははっ、馬鹿か。何の冗談だよ。貴族が何してくれるんだ? 無能な貴族ほど要らんものはないね。お前ら、アレだろ? 悩みなんて、『明日の舞踏会は?』、『家をどう存続させましょうか』、『戦争なんて金をつぎ込めばどうとでもなる、他に任せよう』的な感じだよな。悩みは自分ばかりで、無駄に金を浪費し、人を無駄に使うことだけが上手くなっちまう。だから人材が育たない。すっかり慢性化しちまってやがるぜ。戦時中なのにヘンだとは思ったんだ。……テメェ、今すぐ降りろ。他の貴族にも伝えとけ。『軍は力無き一般市民のみを守ります』ってな。金があるなら自分で何とかしろよ。偉ぶってんだろうが。良い気味だぜ。滅びろよ」

『……くっ』

通信が一瞬途絶え、すぐに他と繋がる。

次に映ったのは、素朴なワンピースを纏った、長い碧海のように色鮮やかで美しい髪の少女だった。

可愛らしくお辞儀をすると、こちらに話しかけてくる。

『こんにちは!』

「おう。んで、あんたが臨時指令さん?」

『ええ。一応この艦の管理をフランから任されております、アイリス・ノエル・ノストラダムスです』

――どうやら、人材不足は深刻らしい。

口調はませてはいるが、容姿的には十三程度の少女だ。艦長代理を務めるには、幼すぎる。

頭痛をもたらす疑問ではあったが、それは幸いにもすぐに霧散した。

『左右から敵が来ますね。えっと……五キロほどでしょうか』

「? わかるのか?」

『ええ、感じるんです』

――なるほど、ニュータ○プ的な何かだろう。第六感所持者としておくが。

感応さが人一倍――いや、それ以上に良いのだろう。危機を察知できるので、重要拠点を落とされないようにするなら是非とも欲しい人材である。

「んじゃ、左右の敵を潰してくるわ。あんたは俺とマンツーマンで、敵をどこに感じるかを教えてくれ」

『はい!』

「良い返事だ」

『ところで……えっと、どなたですか?』

「時雨だ。高宮時雨。このアイギスの設計者で、イケメンだよ」

『……?』

「いや、何か反応してくれよ。何か俺寒いヤツじゃん? 今、凍えたぜ」

純粋な子のようだ。

ともあれ、時雨はアイギスを動かしてみる。

ペダルと慣性制御システムで一歩、一歩。やがてそれは早足から走りへと。

背中のブースターを起動させ、発射口の縁のギリギリまで駆け助走をつけた後、出力を最大にする。

イメージ通りに機体は舞い上がる。想定内の重力負荷が自分に掛かるが、この程度はどうと言うことは無い。

「味方データと敵データは区別できてんな」

赤い点が敵と、まぁなんというか、お約束な色合いだ。

空中に漂いながらそんなことを考えていたのだが、甲高い怒鳴り声に意識を戻される。

『おい、時雨! 援護しに出てきたんじゃないのか!?』

「あー? 助けて欲しいのか?」

『素人が出張るなと言いたかったんだ! 戻れ、落とされるぞ!』

「んじゃ、援護するわ」

『話を聞いていたのか!? 初めての操縦で上手くいく奴なんていないんだ!』

「うるせぇよ。きゃんきゃん吠えんなよ、わんちゃん」

『わ、わんちゃん!?』

盾のビームビットを起動させ、左右合計八個のビットを飛ばした。

頭の中でコースと射撃軸を描きながら動かし、自らもアイギスを艦の上空へと退避させた。

援軍までに、ビットの使い方を学ぶ必要があったからだ。いきなり、ビットと機体の同時行使は流石に無理だろうと考えた故の行動である。

気付いた敵が実弾の銃で撃墜しに掛かるが、お見通し。散開し、収束。また花のように分かれ、それぞれのポジションに着かせてから、砲撃を開始した。

「ジ・エンドってか?」

八方からの一斉射撃。

一機は駆動部を損傷したのか堕ち、避けた機体はその先の味方にビームが当たるのを間近で見て、一瞬動きが止まる。

『もらった!』

鮮やかなレッドカラーリングの人型神機に乗ったローランが、携えていた剣を振り下ろす。

派手な爆発と共に、一つの命が散った。

……自分も、この手で殺してしまった。

心が痛まないわけではないが、そうしないことで自分に影響が出るなら、容赦なく引金を引ける。理屈ではないのだ。

――やらなければ、ならないのだ。

ビットを意のままに操る時雨を見て、ローランは疑惑の声を投げてくる。

『時雨、あんたホントに初心者なのか? やけに様になってるけどさ……』

「イケメンってのは大抵何でも出来るんだよ。って、そうだ。東西から敵が来てるぜ。俺は西側を潰すから、頼んだ」

『あ、ああ』

時雨はローランの返事を聞いて、満足そうに笑みを浮かべた。

ビットの収納スイッチを押し、飛び上がりながら回収。飛来してくるらしいミサイルを感知したレーダーを見、時雨は真正面に突っ込んだ。

(……こっちが狙われてねぇなら)

ミサイルの手前まで来たところで、急速に後退していく。

海面すれすれを背面飛行しながら、シールドを手前に向けた。

(ミサイル破壊と目眩ましを両立させ、潜伏。そこからの奇襲がベターだろうな)

シールドを展開させ、物理振動波を海面にぶつける。

海面が振動波に打たれ、その反動から高くそびえる水の柱に化けた。柱はミサイルを巻き込み、爆発を水の爆散のみに抑えてしまう。

もうもうと水蒸気が辺りを覆う中、物理振動波から拡散ビームに切り替え、海の中に潜る。ビームの出力上、海の中でも問題ない。

黒い機影が靄の中に見えた瞬間、引金を引いた。

淡い紫の光芒が放たれ、六つに分かれていく。一機を掠め、二機を撃墜するという結果に終わった。

と、通信が入ってくる。向こうの兵士だろう。

『き、貴様……っ!』

「死にたいのか?」

『……ここで戻っても、恥になるだけだ。大和魂がここで腹を切るよう、言っている』

「あーいるんだよな。テメェみたいに勘違いした馬鹿」

『な、何だと!』

「まぁ、俺そんなに御人好しじゃねぇし? 時間の無駄だな。あばよ」

再び放たれたビームで、黒い機体が木っ端微塵に吹っ飛んでしまう。

爆発と轟音の中、ノイズしかない画面へ、時雨は呟く。

「……その生き方は綺麗だが、馬鹿しかしねぇよ。自分で失敗したから死ぬって、どこのアホだっての。失敗したなら、次で名誉を取り返せば良い。殺されねぇだけましだろうが」

呆れたように溜息を吐き、時雨はスラスターを起動させ、艦に戻っていくのだった。

――人殺しの烙印を、痛いほどに感じながら。

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