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五章 暗躍と友人

短めのお話。バトル抜きで街並み、仲間紹介。

シュバルツガルド王国は、その多勢を大陸ごと水中で待機させている。俗に『ムー大陸』と呼ばれていた場所は、他二国――アースガルド帝国とグランディア、シュバルツガルド王国連合との開戦と同時に姿を消していた。

しかし、もとより水中にあったその都市には、然程影響はなかった。

水中都市・ルルイエ。絶海に沈む石の都市。息衝いている事が異常ではあるのだが、そこに人の姿があるのもまた信じられない出来事だった。

その一室は豪奢の一言に尽きる。全面に広がるブルーの絨毯、黒革のソファー、調度品は全て艶のある黒に統一され、唯一の光源であるオイルランプは、何故かオイル無しでも輝いていた。

柔らかそうなソファーへ寝転がり、暇そうに欠伸をしている少女――フランソワ・プレラーティは、本を退屈そうに玩び、耐水圧アクリルの向こうに見える黒機――『ルルイエ・ア・スキアーヴォ』を眺めた。

細身のフォルムだが、頑丈さは他に類を見ない。ルルイエの奴隷と称された黒機は、本の持ち主に莫大な力を与える。彼女はそう考えていたし、事実そうであった。

精神と心が機体に乗り移って、あたかもプログラムの一部となる。自分の分身、自分を機械に昇華したもの。それが『黒機』の特徴だと、この世界に住んで黒機や神機について少しでも調べた人間なら知っていて当然だ。

語られていないのは、認証し搭乗すると、操縦者の精神は無事ではすまない事。SAN値を搭乗時に差し引かれ、乗る期間を数日開けなければその値は元に戻らない。そして、その値が残り少ない事に、彼女はまだ気付いていない。

ちなみに、SAN値は正気を測る度合いで、通常が百から七十五。狂気の沙汰と呼ばれるのが二十五。十で精神崩壊が始まり、そうなってしまえばノンストップでゼロに降下し、ゼロになると狂ってしまう。それを黒機搭乗時に、十ずつ引かれるのだ。

しかし、それだけ強力なのは間違いない。

――時に精神は、肉体を凌駕する。

丁度、少女が読んでいる本もそうだ。啓蒙的な宗教者が戦地へ赴いて戦い、胸をライフルで撃たれた。普通ならそこで倒れこむのだが、そいつは違った。神の私兵となった男は、血反吐を口の中に入れたまま、敵兵へと十歩も歩いたのだ。これが如何に驚異的であるかは、人が銃弾を受けて死に行く様を見なければ想像もつくまい。アニメや映画ならば、撃たれたって何とか立ち上がり、走れるだろうけれども。

そう、現実的ではないのだ。だからフィクションは面白い。

人々がフィクションだと嘲笑うだろう精神を使って稼動する鋼鉄の体。こんな話を聞いても、きっと面白くもない。なぜなら、それはここに実在するのだから。

精神に左右される鋼鉄の奴隷戦士。それは不安定で、強いが――同時に酷く脆い。精神を糧に動くのだから、コンディションでかなり左右されるだろう。

まぁ、狂ってしまえば精神もクソもない。ただ過剰な精神バランスに耐え切れず、肉体にフィードバック。強く暴れまくるが、しばらくすると熱暴走を起こし、爆発する。

そんな条件爆弾の整備は自動。自動修復だそうなのだが、どう言うメカニズムなのかは知らない。そう言えば、ナイアの馬鹿野郎がナノマシンとか言っていたが……まぁ、いいか。興味はない。要は使えれば良い。

少女は我知らず苛々していた。連日の出動に、SAN値が削られているのに気付いてはいない証拠だ。

「ナイア。……ちょっと、ナイア!」

「呼びました~?」

フランソワの呼びかけに、どこからともなくスーツ姿の女性が姿を現した。サイズの大きい男物のスーツに袖を通しているが、服の上からでも分かる女性らしい体のラインから、その性別は間違えようがない。

やけに機嫌が良い彼女へと、フランソワは眼光を飛ばした。皮肉気に、可愛らしい口元までゆがめてみせる。

「サボってばかりで良いご身分ね。アル・アジフはゴーレムを潰しに行ったわよ? 貴女も働いたらどう?」

「いやぁ、連日戦ってたら正気じゃいられませんって。それに、野蛮なのは他の連中に任せときます。ギャラルホンも鳴り始めましたし、それに共鳴してセヴンス・トランペッターまで鳴ったんですよ? 少しは休ませてください。フランソワも、休んだ方が良いですよん」

欠伸を噛み殺す女性――ナイアへと、やはりフランソワは溜め息を吐き、本をちらつかせる。

「そう言えば、私以外にも後継者となる人物がいるの? この『ルルイエ異本』の後継者、フランソワ以外に」

「ええ。今までに、『ネクロノミコン』のアル・アジフ、『無名祭祀書』のオーガスト・ダーレス。他にも覚醒させた人は結構いますよ? ……あ、『セラエノ断章』は作った機体の内部に入れたまんまだったんですよねぇ……どうしよ」

「取って来なさいよ!? 何やってんのよ!」

「いやぁ、次元を超えるのってメンドいんですよ。それに、アザトゥース様とノーデンス野郎は何も言ってきませんしね。放置で良いんでしょう。それに、あのクソ憎ったらしいヤツの召喚式まで載っていやがりますし、いっそ燃えないですかねぇ」

適当にそう答え、どこから出現させたのかワインボトルをじかみするナイア。彼女――いや、彼か?――は混沌の使者だと自称しているが、どことなく胡散臭い。おまけに、こちらを馬鹿にしているような気がして、どうにも好きになれなかった。

自身も立ち上がって、冷蔵庫へと飲み物を取りに行こうと歩き出す。

「そう言えば、この世界に一人、人がやってきたそうですねぇ」

ワインが美味かったのか、鼻歌まで歌いご機嫌なナイアの一言に興味が沸いた。当の本人は、ワインだけでは物足らなくなったらしく、同じく冷蔵庫を漁りにきている。

「あ、モッツァレラチーズ! これとトマトでカプテーゼでも作ってくださいよ!」

「何で私が作るのよ! 料理なんてやった事ないわよ!」

「好きな人に作ったとかは? 人間同士の下らない情事には必要不可欠だと聞きましたけど」

「生憎、好きな男なんていないのよ」

「短命の癖に。生殖本能が薄いんじゃないんですか? ……まぁ、これくらいはちょちょいのちょいですけど」

溜め息を吐きながら、手を金属に変貌させるナイア。

文字通りの手刀で、トマトとチーズを輪切りに。斬ったそれを交互に挟み、塩、胡椒を混ぜたオリーブオイルをたっぷりと。バジルの葉を少し散らせば、それは完成する。

「じゃーん!」

「やれるんなら最初はなっから自分でやりなさいよ!」

「おやまぁ、そんなに怒ると短い寿命が更に縮まりますよ? 笑顔笑顔!」

――ああ、腹が立つ。満足そうに笑っているその小奇麗な面に拳を打ち込みたい。

震える拳を収めつつ、フランソワはナイアに尋ねてみる。

「その人間って、どんな人?」

「さぁ? けど……十中八九、高宮時雨の関係者でしょうね。それと、私と同じ……外なる神の気配がするんですよ。誰の根回しなんでしょう」

「ノーデンスじゃないの?」

「それこそ、神のみぞ知る、ですよ。まぁ、私も一概に言えば神なんですけどね」

肩を竦めながら、ナイアはチーズとトマトを摘み、口へ運んで咀嚼する。苦笑が満面の笑みへと変わり、これ以上ないほどの多幸感に溢れていた。

「デリ~シャ~ス! ワインもワインも……おっほぅ! 最っ高~!」

「貴女、にんげんより人生満喫してるわよね……」

そんな切ない突込みが、虚しく部屋の中で響いた。





「特務部隊・新撰組。構成員の点呼を行う。近藤勇!」

「オッス!」

厳しくも優しい眼差し。彫りの深い顔立ちは男性の渋さを良く現していて、どこか風格も漂っている。部下三人の中では一番体格が良く、何より逞しい。頼れる兄貴分と言った印象の青年。

「土方歳三!」

「……ッス」

無骨な返事を返したのは、刃のような鋭い雰囲気を持つ青年。総司に負けじとも劣らない美形で、バランスの良い肉付きとスラっとした身長が特徴的だ。

「沖田総司」

「うぃー」

一度刃を交えた少年。まだ幼さを顔に残す、紅顔の美少年。背は一番低く、土方とは対照的な存在だろう。

「ん、全員だな。言っておく事は一つ。基本は近藤を中心に行動し、緊急時には俺の指示に従って欲しい。以上」

「「「は?」」」

与えられた八畳一間の客室。全員、円陣を組むような形で正座している。

厚手の着物に蒼の羽織。色は各隊によって違うらしい。腰には刀があり、正式な武装の際は拳銃も支給されるようだ。

で、将軍――玄武から受けた命令は、『特別な任務を内密に受け渡す。それまで自由に』との事。

正直な話、近藤を慕っている土方と沖田は、自分の下に付くのを嫌がるだろう。それを見越しての答えだったのだが……。

「隊長は八、あんたがやってくれ! 俺は認めてるからな! アンタは信用できる! 指示に従うぜ、隊長!」

「……近藤さんが信じるなら、オレも信用する」「土方の陰険野郎に賛成」

とても良い笑顔でサムズアップする近藤と、頷き殴りあう子分が二人。つか、近藤が暑苦しい離れろ。

溜め息を吐きながら、正座を崩す。

「……論拠は?」

「勘だ!」

――真顔で言い切る近藤は、すげー男らしかった。……いや、それでいいのか?

もう問い質すのも無駄だろうし、一応、言っておく。

「オレは人を探しているだけだ。ここの隊長も、目途が立ったら辞める。何も言わずにいなくなる事もあるだろう。そんなヤツが隊長になるのは、筋が通らない」

「無理を通しゃあ道理が引っ込むんだぜ? ……けど、まぁ分かった。お前さんは一人で動く類の人間だろう? なら、必要な時に俺らを呼んでくれりゃぁいいぜ!」

一々ポーズを決めてくる近藤を半ば無視し、全員に問いかける。

「……いいのか? そんな、使いっパシリのような関係――」

「別にいいっスよ? おいら、特に気にしないんで。気楽にやりましょ」

そう笑う沖田。

「……その方が都合が良い」

目を瞑って頷く土方。

そして、ウィンクしながら親指を立てる近藤。

「構いやしないぜ! 俺達……友達だろ?」

「早い早いオレらほとんど初対面! そして上司と部下だろ関係!?」

「初めは誰だって初対面だぜ? さぁ、めくるめく男の園へようこそ! 女顔だから、お前はきっと可愛がら――げぶぉ!?」

「死ね……! オレを女と呼ぶヤツは死ねっ!」

そんな二人のじゃれあい(?)を、沖田と土方は見守る。

「土方さん、実際あんたはどう思うんですかい?」

沖田は伸びをしながら、隣に座っている土方を横目で見、答えを促した。

問われた土方は、首を絞められながら笑っている近藤を穏やかに眺めている。

「……まぁ、近藤さんを惹き付ける人柄だ。悪い人物ではない」

「そっスね。それに、コンプレックスも戦いの手腕も、おいらより一回り上だ。色々、教えてもらえそうっスね」

「ふむ」

その後も、挑発を続ける近藤と哉徒のじゃれあいは、哉徒が本気で腰の刀を抜くまで続けられた。





解散を告げた後、哉徒は天空城――『日之丸』を後にし、下に見える街まで降りていた。

『なるほど。これからの住まいを見学とは……建設的ですね』

「だろう」

『……私は何故、携帯に入っているのですか? 実体化させてください。あんな事やこんな事もしちゃいますよ? 無論、御主人様にだけの特別サービスです』

「そのあんな事やこんな事をお前にしたそうな輩の対処に困るんだよ」

グランディアは現在、勢力が二分している。

一つはここ、『本土』。もう一つは女性ばかりの住まう地、『隔離世』。

『本土』では、あまり女性の権力が強くないらしい。性質の悪い男はどこにでもいるので、筋も通せないロクデナシが横行する様になってしまったのだろう。嘆かわしい。

その為、若い女性は『隔離世』に移り住んでいるらしい。流石に、玄武も説得しているみたいだが……芳しくないそうだ。まぁ抜本的な改革をしなければ、説得も徒労に終わるだろう。

『……御主人様、そこまで私の事を……! 愛してます、もう抱いてください!』

「うん、いいから黙れすぐに黙れ」

コンクリート舗装ではない、砂利の道を草履で進む。格好は若草色をした薄手の着物と草履だけ。枝垂れ柳の道の横には、大きな川が流れている。昔ながらの情緒漂う風景に、何となく哉徒は落ち着いていた。

「いいなぁ、この感じ」

『土臭そうですね』

「バーカ。この情緒がいいんだよ。……おっ! うどん屋だ!」

『うどん』の暖簾が哉徒を惹き寄せる。哉徒の少ない好物の一つで、軍に入って定期的に、アルグレイフに無理を言って作ってもらったものだ。

懐かしい思い出を回想しながら店内に入る。質素だが、木製の仕切りから漂う出汁の香りは……堪えられないほどに食欲をそそらせてくれた。

結構な賑わいだが、カウンター席が空いていた。そこに座り、品書きを見る。円相場で、金は支給済みだ。

「……野菜天うどん大盛りで!」

「あいよ! 若いの、ちょいと待っとくれ!」

喧騒や雰囲気を楽しみながら、哉徒は待っている。鼻歌でも聞こえてきそうなほどに、機嫌が良い。

『珍しいですね。うどん、好きなんですか?』

「ああ。……まぁ、好物じゃ一番かな」

出し巻き卵とか、他に好きな物もある。が、今はうどんだ。最高だよ、うどん。

「……ん? 隊長」

隣に座っていた男がこちらに顔を向けてくる。土方だ。海老天蕎麦を啜っている。

「……よく知ってるな、この店」

「有名なのか?」

「大手よりも味が良い。……総司も、近藤さんもよく食べに来る」

「出汁が美味そうな匂いしてたからな。うどん大好きなんだよ、オレ」

「……自分も」

「ん?」

「自分も、好き……っス。蕎麦の次に」

「ああ」

視線を逸らした後、土方は勘定分の硬貨を置いて、立ち去っていった。

「今度、全員で来ような?」

その後姿に声を掛けると、動きが少し止まり、顔の方で頷いてみせ、暖簾を潜っていった。

目の前に置かれるうどん。野菜天の他に、牛肉が乗っていた。

「あんた、土方と仲良よくしてくれて……ありがとよ」

厨房の女性から、ウィンクを貰う。そんなつもりではなかったのだが、貰えるものは貰っておこう。それに、土方と仲良く出来れば良いのは、事実だ。

「ありがとう御座います」

「良いんだよ。……実はアタシ、あいつの近所に住んでたんだ。お姉さんって感じでね。ま、仲良くしてやってよ」

「ええ」

微笑みかけながら、うどんを啜る。コシは弱めだが、モチの様な弾力がある。出汁は鰹が少し強く、関西風なのかスープは黄金色で醤油はあまり感じられない。哉徒の好み、そのど真ん中をいっていた。

味わいながらも、箸は休まず動き続けている。大盛りだった麺も、さくさくとした野菜の掻き揚げも、甘辛い味付けの薄切り肉も、どれもが胃袋に収まるまで、五分と少ししか掛からなかった。

「ご馳走様!」

「また来てね~!」

勘定もキッチリ払い、外へ。少し熱を帯びた体に、路傍を吹き抜ける涼しい風が心地よい。目を閉じ耳を澄ませると、喧騒や柳の葉音、河の流れが目に浮かび上がって、癒される。

「マジで日本だなぁ~……でもタイムスリップしたみたいだ」

『まぁ、あんな機械は飛んでいませんがね』

「何で街並みは時代逆行してるんだろうな」

『……それこそ、御主人様が仰る風流だと思いますけど』

「ああ……」

ここの住人は、とことん昔気質の日本人らしい。

苦笑しながらも、平和な街並みを哉徒は眺めていくのであった。



――仮面を付けた女性が、彼を物陰から観察しているのにも気付かずに。

シュバルツガルドがここから登場します。

活動報告などで、キャラクターやメカについてを稀に書いております。興味があれば、ご覧下さい。コメントの返事も、主にそちらで行わせていただきたいと思います。


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