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四章 武士の世界

ぼやける意識の中、甲高い声が耳朶を打つ。

『――て! ――きて下さい! 御主人様!』

明瞭になっていく声。それは必死そうで、だから応じないとならない。

「ん……」

微かに出る声は、そんなものでしかなかった。か細い声だ。

聞こえていないのだろう、彼女は懸命に呼びかけてくれる。

『起きて下さい! 戦闘空域のど真ん中です! 私の権限では、機密な動作が……!』

その一言で、一気に頭が覚醒する。

が、吐き気が急に襲う。気持ち悪さと物欲しさが体中を突き抜けるような、そんな感覚を伴って。

荒くなる呼吸を押さえようともせず、収納してあったはずの栄養パックを手繰り寄せ、一口啜る。すると、徐々に体を纏っていた倦怠感が薄れ、体内の全てが整っていった。

「……すまん! 状況は!?」

『巨大なロボットと武者甲冑の争い、その真っ只中に落ちました! ここは異世界です、妙な先入観は棄てて、どちらに加担するかお決めください!』

「分かった、しばらく海中で様子を見る」

上方にあるアクションレバーを引いて、ビット&ロケットの形状へと変化させる。

水中に潜る衝撃に身を揺さ振られつつ、ビットを射出。ワイヤーをたわませ、海上に浮かんでいる残骸と見せかける。そんな小細工を仕掛けて、慎重に内臓カメラで様子を探っていく。

『……二勢力ですね、やはり』

「ああ。巨大なロボットは十数機だが、個々の戦力が大きいな。対し、武者甲冑の方は士気が高いみたいだが……キツそうだな」

額に何か英語が書かれてあるロボットは、かなり固い。しかも、先ほど斬られていた傷が塞がっていくのをモニターの端で捉えていた。もう、何でもありだな異世界。

しばらく観察を続けている内に、ある事に気づいた。

「動作に人間味がないな、あのデカブツ」

『ですね。石を適当に積み上げただけのフォルムもアレですし、そもそも使い捨てのような気もします』

となれば、話は早い。

「……武者甲冑に協力するぞ」

『と言うと思いまして、早速相手のリーダーと思わしき人物と通信準備をしておきました。褒めて下さい。撫で撫ででも一向に構いません』

「仕事が速いな、お前……」

ジェバ○ニも真っ青だろう。と言うか、どこを撫でれば良いのだ。

頬を掻きながら通信を繋げると、応答はすぐにきた。

『何だ、貴様は』

威圧感のある声だ。数々の修羅場を越えて来たことは、その静かなる鋭さから嫌でも伝わってくる。

少し緊張しながらも、自らを鼓舞する意味も込め、声を張り上げた。

「自分は八哉徒! 僭越ながら、貴殿に協力を申し出たい!」

『……む。では、ワシの指示に従ってもらおう』

「失礼ながら、無茶な指示でなければ、如何様にも!」

『よし。ならば、あの岩石連中の破壊を命じる。貴殿の姿は?』

「変形する黒い機体です。今、海上からあのデカブツに奇襲を掛けます!」

『威勢が良いな。……弱点を探すだけで良い』

「特務――いや、任務了解」

通信を切り、近接戦闘用の演算データを設定。人型に変形し、連続で加速するブースターを起動させた。

「……ありがとな、フローレンス。一緒に行こう!」

『――――っ!? はいっ! 御主人様!』

――飛ぶ。

海面を吹っ飛ばして、一気に天空へと駆け上がっていく。

緩慢な動作で拳を振り上げてくるデカブツの真横をすり抜け、額の文字へと肉薄した。

『そこがエネルギー循環のスイッチのような役割を果たしています! 一番右の文字を高密度の光化学ビームトウで!』

「ああ!」

光化学のスイッチを入れ、瑠璃色に染まる刀身。加速しながら中段に構えを取り、やや上でブースターの推進を変え、真正面に突っ込んだ。

飛翔鴉とびからすッ!!」

振り下ろし、そして跳ね上げるように斬る。獲物を定めた鴉のように速く、この後、あらゆる攻撃に対応出来る狡猾さも含め付けられた技だ。

頭部をごっそり持って行き、言われた通り一番右の文字を飛び込み突きで貫いた。

岩の集合体はただの礫塊と化し、海へと沈んでいく。

迫っていた他のデカブツ拳を変形する事によって回避し、戦闘機状態となった機体でアクロバット飛行をしながら、通信を繋げる。

「デカブツの弱点は一番右の文字、あれがエネルギー循環のスイッチかと!」

『よし、よくやってくれた。……拘束という形を取るが、こちらへ来ては頂けないだろうか?』

「この機体と自分の所有物に、指一本触れないと約束頂けるなら」

『了解した。ワシも誇りあるグランディアの男子だ、約束しよう。誘導信号をこの回線で送る』

「……ご理解、感謝します」

帰り道がソナーに映る。未だに剣戟が木霊する戦場を、夜色の機体は弾丸のように駆けて行った。

見るものが見れば、それはきっと大烏に見えただろう。

大空を高く飛んで……雲の上へと消えていった。




『大歓迎ですね。震えそうです』

「別の意味でな」

小声でそんなやり取りを交わす。

向けられているのは長銃の銃口。鉄が蝋燭の火に照らされ、艶やかに且つ鈍く輝いていた。

軍靴を脱いで、座敷に正座している哉徒とフローレンス。彼らの前には、簾越しに大男が座っている。

「楽にしてくれ。お前ら、銃を下げろ。こいつらは武器を持っているが、ワシらの危機を救ってくれた恩人だ」

その低い声音によって、銃が全て下ろされる。内心でホッとしつつ、哉徒は切り出した。

「ありがとう御座います。自分は八哉徒。日本と言う国の軍人であります」

「聞き覚えがないが……お主を見れば分かるものよ。ワシらと似通った和の武を備えた者であると。そのような洋服に身を包もうとも、心は和を忘れておらぬと」

「自分の国ではそう言った者は少ないですが……自分は、そうあろうと努力しております」

「誠に素晴らしい! ウチのチャラチャラとした若い衆にも見習って欲しいものだ。して、そちらの異人である女性は?」

「自分が所有する機体に魂が宿ったようなものです。擬似AIと申しましょうか……補助機関を運用してくれる、第二の搭乗者であります」

「うむ。……お主さえ良ければ、力添え頂きたい」

彼の一言に、周囲がざわつき始める。

耳を澄ませてみれば、否定的であることが良く分かった。

「将軍! 何故、そのような怪しげな連中を! 我らだけで、十分戦え――」

流石に耐えかねたか、銃を構えていた一人がそう進言する。

が、

「このド阿呆がァッ!」

彼の一喝によって、空間が震え、静かになった。

「あのデカブツと渡り合い、落とされてきたのはどこのどいつだ! 弱点を教わらなきゃ、どうなっていた? 勝次郎、言ってみろ!」

「や、やられていました……」

悔しそうな中年男性の姿に、一同は俯いてしまう。言い返せはしないだろう。お世辞にも、優勢だとはいえない状況だったのだから。

「それにな、隔離世との会談もしたい。彼ほど紳士で中性的ならば、問題は無かろう」

パンッ、と扇子が一息に開かれる音。

「ワシが――ひのえ玄武げんぶが全責任を取ろう。お主、名は?」

にはらい哉徒かなと、及びフローレンスであります」

「うむ。……お主らには、新設する隊の隊長と副隊長を任せたい。部下は……そうさなァ」

「そんなヤツに隊長やらせる必要、あるんですかね?」

若い――自分よりも少しだけだが、若い長髪の少年が姿を現す。

美少年を絵に描いたような人物ではあるのだが、何と言うか敵意むき出しだ。

と、先程の勝次郎と言う人物が駆け寄り、少年を羽交い絞めしようとする。

「こ、こら! 総司! お前はまた……!」

「親父、ちょいと黙っててくれよ。次の隊長は、近藤さんで決まってたんだからさ。文句くらい、付けさせてくれよ」

「別にいいんだぜ、総司。俺は別に気にしちゃいねぇからよ!」

「近藤さんがそう言うんだ。引け、総司」

「近藤さん、土方さん……生憎ですが、自分にゃ無理な相談ですって。……おい、そこの女男」

カチン、と何かスイッチが入った。急速に頭が冷え、哉徒は冷ややかな視線を睨む少年――総司へ向けた。

「なんだよ、苦労もしてなさそうな童貞坊や。外は暗いんだ、子供はおねんねの時間だぜ? 寂しかったら、自分の指でもしゃぶって寝てろ」

「へぇ……!」

「それにしても、女男ねぇ。鏡見てみろよ、笑えるから」

刹那――

薄暗い空間の中、総司の抜いた刀と哉徒が抜いた軍刀とが衝突し、火花散らす。

「へぇ、女男の癖に、やるじゃん」

「そっくり返すよ、坊や」

数度、刀を交え、互いに理解しあう。

この少年は紛れもない。――天才だ。

それに甘えず、努力によって磨かれたのだろう鋭くも滑らかな一閃が、それを証明している。

気づけば、哉徒は敬意のようなものを彼に抱いていた。



沖田総司は得心が行かなかった。

なぜなら、この女男――八哉徒だっけ?――が、近藤さんや自分よりも、上手だとは思えなかったからだ。

幼少の頃から剣に携わり、機械知識も学んだ。自分が天才と呼称されている事も知っていたし、それを認めてくれる近藤と……土方はどうでもいいや。まぁ、敬愛している。

今度、近藤さんを中心に隊を立てると聞いたときは、とても嬉しかったのだ。なのに、横槍が入ってしまったのだ。

この女男が全てを持っていけるような人物なのか、見極めたかったのだ。

だから――神速の抜刀を受け止め、弾いた時には、驚いた。

「へぇ、女男の癖に、やるじゃん」

その一言は皮肉交じりだが、本心である。

妙な格好をした女男は、先程浮かべていた静かな表情を一変させ、凶悪な笑みを浮かべていた。

「そっくり返すよ、坊や」

子ども扱いされ、ムッと来る。

数段動きを早くしてみても、あの女男は的確に捌いてくる。刀を見れば分かるが、相当大事にしているようだ。輝きと曇りが違う。

弘法筆を選ばず、と言うが、それ程の達人ならば拘りが出てくるだろう。きっと彼は、その域に達している。

今度は純粋に、この女男――いや、男と戦いたくなった。

「ちぇァッ!!」

「ラァッ!!」

短い咆哮と交わる金属音。

――強い。

だが、分かる。彼は刀を習って、そう経ってない。

きっと、死ぬような思いをしなければ、この領域には到達できない。何度、死線を超えてきたのだろうか。何度、死ぬような思いをしたのだろうか。

そしてその時点で気づくべきだったのだ。

「がァ――――!?」

鍔迫り合いから刀を強引に押し退けたかと思えば、顎へと凄まじい衝撃が走る。垂直に蹴り上げられたのだ!

「実戦ってのは、刀だけじゃない。武術の方が、心得もあるしな」

そいつが悠然と刀を納めるの姿を見届け、総司は気を失った。



「……皆の者、納得がいったかな?」

成る程、と哉徒は思う。実力を証明するのに、彼は申し分ない相手だった。

「にしても、哉徒殿。あの蹴りは見事でしたな」

「防がれてましたよ。彼、自分が刀を持って間もない事に気づいていたようですから」

「ふむ……。お主にも、天賦の才があるのか。何年になる?」

「幼少の頃、実家で一年。軍部で一年です。格闘技は、友人と一緒に我流で。軍部ではシステマ……少し暴力的な合気道を習得しました」

「頼もしい。その分、実績も期待しても?」

「はい。粉骨砕身の覚悟で望みます」

敬礼してみせると、簾がサッと上に巻き取られていく。

荘厳な雰囲気の老人。肩衣半袴かたぎぬはんはかまに身を包み、刀を携えて凛とするその様は、まさに人を束ねる風格に溢れていた。

「哉徒、お主には目的があるように思える。それの答えを見つけるか、目的を遂げるまでは……ここで働いてもらおう。よろしく頼むぞ?」

「はい! 数々のご恩、誠に感謝します!」

敬礼する哉徒の横で、フローレンスは欠伸を一つ。空気読んでくれ、お願いだから。


まぁ、そんなこんなで……。

本物の異世界との取っ掛かりが、生まれたのだった。

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