三章 二重奏と虫食い穴 ~後編~
東京湾から八キロほど行った所で、新兵達が『EOAC』第二企画、人型汎用兵器の最終テストをしていた。
正式名称は『EOAC2-1=Soul Linker』。開発されたばかりの試作機で、訓練で好成績を叩き出した新兵にその任が課せられた。
その概要は、『人型に特化する事により、人に近い動きとメンタルコンディションの管理が可能に』。コクピットには第六感や精神状態を示すバロメーターが浮かび、それによって体調不良時の撤退などがスムーズに行え、撃墜される数が減るという画期的なものだった。
兵装も二パックが完成しており、まさに汎用と呼ぶにふさわしい仕上がりとなっている。
遠距離武装は実弾の大口径滑空砲、対光化学盾、光化学準機関銃とシンプルに。その分、自動照準機能やジャマー等、システム面が優秀だ。
近距離では装甲付着タイプの対光化学被膜と光化学銃、光化学剣に非光化学大剣。剣同士を組み合わせれば、両手用光化学斬艦刀として運用が可能だ。システム面は普通の機体と変わらないものの、推進力と運動性が遠距離と比べて上昇するようになっている。
それぞれが出現した未確認生命体を叩く様を、画面越しに哉徒は眺めていた。
「……暇だな」
そもそも、特務殲滅部隊が御守とはどういった了見なのだろうか。そんなものは別の部隊にさせれば良いものを。舌を打ちたくなるが、それは何となく抑えてしまった。
哉徒の心情を察したフローレンスが、こう推察する。
『イメージアップの一環では? この特務殲滅部隊を目の敵にする人物も、少ないですが確かに存在しますし。第一、あの大年増は御主人様を心配していらっしゃるようですしね』
「良い迷惑だな」
『まぁ、悪意を一点に押し付けると言うこの部隊創設の裏事情に対しては、拙いものがありますが。でも、私は御主人様に対する危険が少なくなるので、ウェルカムです』
客観的に状況を見れるのは、フローレンスの良いところだ。そのくせ、私情もコミカルに混ぜてくる。それが独特の雰囲気を醸して、哉徒をただ困惑させていた。
頭を掻きながら、クラッシュゼリーの栄養パックを啜る。グレープフルーツ風味とか書かれているが、栄養を重視している所為だろうただ甘く、そのくせ、えぐみのある味だ。哉徒個人としては好みだったものの、ケヴィンやアルグレイフは飲んだ瞬間に吐き出していた。まぁ、不味いのも客観的事実だが。
『お話をしましょう』
「唐突に何だよ」
もうすっかりフローレンスのペースだ。この雰囲気に加え、突拍子の無さまで加えられたら、流された方がずっと楽になってしまう。現に耳と意識は、彼女の話を聞こうとスピーカーに向けられていた。
『異世界の話です』
「いきなりそれか……」
『あのどぶ川に突き落として窒息しさせたい男の居場所の話ですが……』
瞬間、頭が急速に冷えていく。体の芯は熱いが、心は恐ろしいほどに落ち着いていた。
『彼は今、別の宇宙にいます。銀河系ではない場所なのです』
と言われても、イマイチ、ピンとこない。
この宇宙ではないのだろうか。いや、そもそも天体とか宇宙とかには明るくないのだ。理解が追いつかない。
「天体には詳しくないけどさ……。『系』って単位なのか?」
そんな質問をすると、フローレンスは呆れたように溜め息を吐く。何か知らんが、物凄くムカついた。
『まぁ、簡単に説明しましょう。数億とか数千億の恒星集まりを銀河と呼びます。ほら、よく渦巻きのような星雲――まぁ、白い塊のようなものが教本に載っているでしょう。アレです』
「んじゃあ銀河系ってのは?」
『ええ、そこでしたね。太陽も当然、何処かの銀河に含まれます。太陽を含む銀河を銀河系と呼びます。それ以外の銀河を、銀河系外星雲と呼ぶのです』
ピンポイントな説明は哉徒にとって分かりやすいものであった。
つまり、星の集団が他にも存在するという事。その中の一つに、あいつがいるという事だ。
『銀河系外星雲の一つ、恒星シャルオンを中心とするシャルオン系の第二惑星にいます。私は良く分からない……ノストラダムスと言う女に示されて、偶然見ていた貴方の元へとやってきました』
「人を見るなよ。悪趣味な……」
『だってする事が無かったんですもの』
拗ねたような口調に、哉徒は思わず苦笑していた。
人に見られて快い過去では、決して無いはずなのに。何故自分はこんな表情をしているのだろう。
考えても、その答えは出ない。いや、出そうとしていないのか。彼女なら良いと、そう思わせてくれる。
「……分かんないヤツだな、お前」
『む。ミステリアスな私……愛してます?』
「言ってろ」
座席に寄りかかって、体を伸ばしながらそう言った。
――刹那、緊急コールが飛び、すぐに繋がる。ラヴィニアだ。
『新兵達が押されています! 未確認生命体が融合し、巨大化しました! テストは中止です! 『紅射手』、『黒山羊』は直ちに帰還して下さい!』
「はぁっ!?」
未確認生命体は黒色の羽虫を髣髴とさせる概観で、緑色の体液を持つ。現在確認されている大きさは二メートルから三十メートルで、角と羽を使って攻撃を繰り出してくるのだ。口から熱線を吐く個体も確認済みである。
融合し、巨大化したとされる羽虫を見れば――
『おおー』
「……マジか」
単純に巨大化していた。灰色に変色しているものの、それ以外はなんら変わりない。
ただ問題は、その大きさにある。
見上げるような――聳えると呼んだ方がしっくりくる大きさ。軽く五十メートルは超えているだろう。無茶苦茶だ。
しらず、舌打ちしていた。こんな時、『黒夜叉』や『ガウェイン』であればこの窮地をも切り抜けられただろうに。これは装甲が薄く、相手の実力は未知数。接近したいところだが、何もせずにやられる可能性が高過ぎる。
「……今から中距離で攻撃する。接近戦を頼む!」
『あんま、近接は好きじゃないんだがな……』
紅い装甲の機体――『EOAC1-22Parsonal Custom=Ecarlate』。ケヴィンの為に改造が施されたフランス開発のアームズで、開発ネームは『エカルラート』。その名の通り、緋色をした機体で、重装甲高火力、そして超高熱の油脂焼夷弾の運用を主としたもの。一回りくらい、通常のアームズよりも大きい。
接近兵装は一本。超重量のハンマーで、微細の振動波をインパクト時に大放出するもの。振動により大抵は崩れ、崩れなかったとしても衝撃で内部から粉砕。両方が効かずとも、脆くなっているので味方の援護次第で戦いが容易になるのだ。
その大型ハンマーを取り出して、紅色の機体が未確認生命体へと突撃する。
哉徒は距離を取りながら、光化学遠距離長銃を展開。対物遠距離長銃にも似たフォルムから、騎兵長銃のようなフォルムにシフト。
いざとなった時に備えてある実弾パックから口径の大きなものを取り出し、装填。
『自動照準を起動しますか?』
「要らん。その代わり、緊急時の操作を頼む」
『了解です』
『こら! も、戻ってきなさい! 早く――』
ラヴィニアの通信は切っておく。あの声はキンキンと脳裏に響くのだ。
一呼吸置いて引き金を固定し、スラスターペダルを強く踏む。飛び出し、右から左へとスライドしていく機体を制御しながら、照準を合わせていく。
サイドモニターでケヴィンを確認すると、ハンマーで丁度、未確認生命体を殴打した所。
しかし、強度も上がっているのか、鈍い音が響くものの壊れてはいなかった。
『堅ぇぞ!』
「らしいな。今から収束砲当ててみる。これでダメなら、ナパームで援護してくれ!」
『おう、考えるのは任せるぜ』
ケヴィンの信頼と返事を受け取り、先程インパクトした部分へと銃口を向ける。
先に行く光化学と、後続の実弾。このコンビネーションは、比較的安定していると言えるだろう。融解した表皮を貫く合金弾は、ほとんどの相手に有効だった。
「――発射ッ!!」
飛んで行く夜色の輝き。口径と寸分も違わない光の本流は、ほぼ一瞬でその灰色の甲殻に到達する。
やはり先程の一撃が効いているらしく、光は体内に吸い込まれていく。――好機だ!
実弾を放ち、更に腰の柄を引き抜いて――加速する。
『御主人様! 右後方よりナパームが!』
「大丈夫だッ!」
強く言い返し、柄にある光化学機能を腕のリンクから起動させ、銀色の輝きは一瞬で瑠璃色に染まった。
ブーストを全力で踏み込み、眼前で炸裂するナパーム弾をも物怖じせず、剣を足に見立て、胴廻し回転蹴りの要領で勢いのまま――
「――乱旋風ッ!!」
――切り伏せるッ!
切り裂く事に特化したその刃は、鮮烈且つ静謐に甲殻を断った。斬線は四つ。緑色の体液が噴出し、未確認生命体は海へと堕ちていく。
断末魔が轟くが、もう動けまい。ナパーム弾は下方から上方へと切り上げられるように放たれたのだ。視界も目を焼き潰したはずなので、もう起き上がってもこれないだろう。
『……おい、ヘンじゃねぇか? こんなに断末魔が響くわけねぇ』
哉徒も知らず、操縦桿を強く握っていた。ついでにアクションレバーを操作し、汎用が利く戦闘機へと戻しておく。
ハウリングする断末魔。それはコクピット内部でもかなり響く。外ならば、きっと鼓膜を劈いているだろう。
それに――何かの音が重なった。同時に、ラヴィニアが強引に回線へ介入する。
『戻ってください! よく分からないエネルギーが、そこに収束しています! 早くッ!』
『御主人様。……あの憎い野郎を探したいなら、動かないで下さい』
『なっ!? 何をふざけた事を!』
それはそう思うが、フローレンスの声は至って真面目だ。
――彼女は、何か知っている。そんな気がする。
「艦長。自分は探索の任務に行って参ります。必ず帰りますので……」
気付けば、そう口にしていた。
案の定、ラヴィニアは矢継ぎ早に言葉を繰り出してくる。
『いけません! 私のところに帰ってきてください! 命令です! 司令権限でも何でも良いです、早く戻ってきなさい! ――哉徒!』
プライベートの時の呼び名。彼女もオレも呼び捨てで、親子のような姉弟のような、何とも奇妙な関係。
恋人ではなく、親友と呼ぶには親し過ぎる。仲間と言うのもしっくりこなければ、もう形容の仕様が無いわけで。
「――行かせてくれよ、ラヴィニア」
そんな彼女へと、懇願するように哉徒は言った。
ラヴィニアは嬉しいような悔しいような、微妙な声を上げて、結局は怒鳴りつけた。
『……! ず、ずるいです! どうしようもなくなった時だけ、そんな呼び方なんて!』
「自分の過去と決着付けて来るだけだって。……でも、戻ってこれないかも知れない。だから、言わなきゃな。……今まで、有難う。貴女がいてくれたから、オレは生きていけたんだ」
『……っ! 『紅射手』! 『黒山羊』を引き摺ってでも連れて帰りなさい!』
ケヴィンに命令を下すものの、
『あー、ノイズが酷くて聞こえねぇなぁ~』
彼は何もかもわかったかのような態度で、そう応対する。
と、ディスプレイにポップアップが出る。文で、彼は言葉を送ったのだ。
『Hey Kanato, just be careful with ladies when you get there.OK?』(おい、哉徒。向こうの女には気をつけろよ? いいな?)
彼らしい忠告に、哉徒は苦笑し、操縦桿を改めて握り直した。
「……行ってくるよ」
『では、御主人様。多少、重力が掛かると思いますので』
歪んでいく空。その歪みが飽和し、収束していく。
引き寄せられる機体。危険だとする緊急音が鳴り響く中、凄まじい衝撃に揺さ振られ、視界が黒くなっていく。
『二つ目の喇叭の音が鳴り、共鳴しました。その結果……こうなるわけです。何とかしないといけませんね』
そう呟くフローレンスの声を沈み行く意識の淵で聞きながら、あの悪友の顔を思い出していた。
――二つ目の音が鳴った。
変容する世界。それは二つの舞台に影響を及ぼす。
灰色狼が目覚める前に――断たねばならない。
一人は牙を取り戻した獅子。一人は漆黒に身を窶した山羊。
役者は出会おうとしている。運命的でありながらも、確率にすると陳腐な数字に置き換わる。二人の再会をそれで表すのは、無粋と言うものだ。
今はただ、一つの舞台に役者が二人立とうとする事だけを覚えていると良い。傍観者はただ見守ろう。
――世界は七本の喇叭と、彼らに掛かっているのだから。
ルビが多いです。ルビ祭りです。日本風にしようとしたらこれだよ……。