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二章 死にたがりのワンデイ

二章 死にたがりのワンデイ




「――と言う訳で、私は御主人様の物です。他のむさくるしい男やそこのチビジャリとかは話しかけて来ないで下さい。心から拒絶します」

場が凍った。

フローレンスを紹介しようと、特務殲滅部隊会議での出来事。

彼女はどうやら擬似AIらしいのだが、実際に触れるし、真偽の程は定かではない。が、常人とは決定的に違う。放電するし。

その旨を話すと、もれなく哀れむような視線を頂いた。展開を予想していなかったわけじゃないが、精神的に迫るようなものがある。

で、フローレンスに話の矛先がいき――

「フローレンスです。私は哉徒様に付き従い、ここに存在します」

色々問題はあったが、まぁフォローできる範囲内である。

内心でホッとしているところに、先程の爆弾が投下されたのだった。

……ほら、その爆発に触発されたラヴィニアが眉を吊り上げないように耐えている。

笑みを浮かべてはいるが、とても引き攣っていた。機嫌悪いのがよく分かる。

「あ、あのぅ……フローレンスさん? 先程、私の事をなんと?」

「チビジャリです。身体的特徴からそう名付けました」

「私、三十過ぎなんですけど……」

「ああ、ババアでしたか。凹凸が辛うじて分かるような貧相な体型で良く分かりませんでした」

的確に地雷を踏み抜いていくフローレンス。

いつも会議中は静かにしているケヴィンが、流石に見かねたらしく耳打ちをしてくる。

「おい、ダイジョブなのか? ありゃあ」

「……さぁ?」

心労が圧し掛かってくるものの、ここで口を挟んだらこちらに問題が飛び火しそうだ。……いや、もう遅いか。

そう割り切って、仲裁を試みる。

「フローレンス。彼女はオレの上司で、『藤乙女ウィスティリアメーデン』と呼ばれてるこの特務殲滅部隊の戦術司令官なんだ」

「この白痴そうな女にここまで瀟洒な二つ名とは……いえ、失礼」

「哉徒さん……この失礼極まりない方と、どこでお知り合いに?」

「ラヴィニア司令、落ち着いて下さい。フローレンスもこれ以上挑発すんな。敵じゃない」

「……はい、御主人様」

物言い足り無げなフローレンスだったが、これ以上彼女を野放しにしておくと……色々ヤバイ。

ポンっ、と背中に手が当てられる。多分ラヴィニアだ。身長の関係上、背中にしかきっと手軽な位置にないのだろう。

恐る恐る振り返ると、満面の笑みでラヴィニアは待っていた。――青筋をひくつかせて。

「後で司令官室ね」

どうやら、手遅れだったらしい。






フローレンスは何故だか携帯電話を欲しがっていた。電話するわけでもメールを打つわけでも、その他の機能を使いたい訳でもないらしい。

『メタルアームズ』の技術はその他の物品にも影響している。携帯電話もその一つで、哉徒の携帯電話も立体映像式の合金仕様。カードのように柔軟性と硬度を取り揃えた、数年前の概念では有り得なかった技術を取り揃えたものが、今は当たり前のように普及している。

なのでそれを彼女に渡してやり、自分はラヴィニアの所へやってきていた。

やはりか、むすっとしている彼女の元へ歩み寄り、敬礼。

「御呼びでしょうか、ラヴィニア司令」

「何か言う事はありませんか?」

鋭い切り替えしは想定していた。なので、礼を尽くして頭を下げる。

「先程は自分の管理能力の甘さに苦渋と辛酸を舐めておりました。この反省を糧にし、次へと生かす所存です。彼女にはもう少し我々の事情を理解してもらおうと、具体的にはそう考案しているのですが……」

「結構です。それと、その話し方も止めなさい。馬鹿にされてる気がします」

最初に出会ってタメ口を利いて以来、罰ゲームのようにそれが続いている。彼女の父親である総司令官に会った事も一度や二度ではないし、その度に睨まれているのだから、もう居心地悪いの何の。

仕方なく顔を上げて苦笑し、執務机に腰を掛ける。

「こら、そこに乗っちゃダメでしょ」

「いいだろソファーないんだから。ならオレをアンタの上に乗せろよ」

「逆じゃない!? 普通逆じゃない!?」

「んで、フローレンスだ。アイツをどう思ってるんだ?」

去り際に提出した書類。それには目を通したらしく、そこら辺に散らばっていた。

既に承認された書類を纏めながら、哉徒はラヴィニアの声に耳を傾ける。

「まぁ、擬似AIなのは認めます。確かに、彼女しかあの機体を起動できませんしね。貴方が『黒夜叉』から降りてくれますし、私としても軍部としても問題ないでしょう」

「そんなに降ろしたかったのか……」

――あれはあれで、結構気に入っているんだが。

そう呟くと、下がっていた眉が再び吊り上る。頬を膨らませ、そっぽまで向いてしまった。

「当たり前です! いくらハイスペックでも、壊れかけの『メタルアームズ』に乗って無事に生還できる確率は低いんですよ!? 私の部下は、絶対に死んではダメなんです!」

真っ直ぐな彼女の言葉。

それは、理想的な司令官。誰一人失わず、完全無欠の勝利を望む、その言葉。

失うのが怖い。それは、失わせた責任を自分が負う事を拒否しているだけ。上に立つものは、犠牲の上でふんぞり返りながら、ワインでも傾けていればいい。

そんな価値観が哉徒の中核。職業とはどうあるべきかを個人的に解釈し、それを人に押し付けている。なので、決して関わりを持たない人間からは好かれはしないタイプだ。

「……軍人ってのは死んで何ぼの職業だ。アンタが頭なら、オレをどうするべきか分かるはずだろ」

「黒山羊。さしずめ、スケープゴート。罪負くろい山羊。表舞台に堂々と出てきて、被害者の憎しみや対象の意識を向ける為の犠牲――いえ、囮」

「そう。ああいや、黒山羊にそんな意味があるなんて初めて知ったけどな。……だから、戦術としちゃあそうした方が楽なんだよ」

「確かにそうですね……」

いい終えると、ラヴィニアは小さな手でこちらの頬を思いっきり引っ叩いた。じん、と頬が熱くなる。

「何度も言いますけど、いい加減にして下さい……! そんなに死にたいんですか!」

「ああ、死にたい。死にたいんだ……ラヴィニア司令。だから、任務をくれ。こんな命でも意味のある死に方がいいから、オレは軍人になった。こんな生殺しにされて、辛いんだよ!」

つい本音が出てしまう。

しかし……もう生きていたくないのも事実だ。フローレンスにも、時雨が行方不明だと早く伝えてしまわなければならない。

彼女まで、道連れにしても仕方がない。

「哉徒さん。……しばらく、頭を冷やしなさい」

「司令!」

「私は、貴方に生きて欲しい。……死んでいい命なんか、ないの」

それっきり、黙り込んで書類を片付けていくラヴィニア。

身振り手振りでアピールしても、無視される始末。

「司令……」

無視される。

「ラヴィニア……」

耳元でそう甘く囁くと、頬が赤くなった。けど無視される。

「ふーっ……」

息を吹きかけると、身震いした。けど無視される。

この路線ではダメだと確信し、相手をより怒らせる方向へシフト。

「チビ」

一瞬、眉が持ち上がったが、平静を装う。

「貧乳」

青筋が立つ。しかし、平静を装う。

彼女が一番気にしている言葉は何か少し考え、口にする。

「……ババア」

「ば、ババアって言うなーっ!!」

――キレた。

とりあえず、リアクションをしておく。

「きゃー喋ったー」

ぞんざいなリアクションにか、今までの展開についてか。今までの文句が堰を切ったように、ラヴィニアから放たれる。

「そりゃ喋りたくもなります! 甘い言葉を囁かれて嬉しいな何て思えばいきなり身体的特徴を侮辱されて果てには結婚適齢期であるにも拘らずこの外見だから独身でいる私の心をまるで削岩機のようにがりがりと削ってくるなんて少し酷すぎやしませんか!?」

凄まじい肺活量でそう捲くし立てた後、疲れたらしく執務椅子に体重を預けた。

ラヴィニアはマグから珈琲を一口飲むと、それを哉徒に差し出す。湯気の立ってない、ぬるい珈琲を彼女は好んでいた。何でも、猫舌らしい。

受け取り、それを飲んでみる。

「甘ッ!?」

甘すぎて、逆に目が覚めそうだった。

確か、この手の甘い缶コーヒーは珈琲飲料ではなく乳飲料として販売していたような気もする。そんなものは珈琲じゃない。珈琲風味の何かだ。

何故だか得意げに、ラヴィニアが鼻を鳴らした。

「珈琲は甘いものですよ」

「何それ!? 何の定義!?」

「苦い珈琲なんて美味しくないですし」

「いや、美味いだろ! シャープな苦味と舌で踊るコク。ローストした豆の香りが広がって、陶酔にも似た感覚までもを味わう事が出来るんだ。そんな素敵飲料をジュースみたいに飲むなんて、粋じゃないだろ!」

「それは貴方の見解。私の見解ではありません。ですから、貴方が自分で言ったこんな命も……私にとっては、私の命より大事なものです。覚えて置いて下さい」

その言葉が、何故だかスルリと胸の中に入り込み、熱を帯びる。

――こんな命を、大切に思ってくれていた。

――いや、棄てろ。そんな感情、重荷だ。また……先立たれて、ショックでも受けたら、今度こそ死に切れない。狂ってしまう。

――誰かの為に死ぬ。それが最高の死に方だろう?

言葉を反芻し、熱を冷ます。

深呼吸して、再び開いた瞳は――元の、冷めた瞳だった。

「では、次の任務まで待機します」

「……ええ。個人的な用件で連絡する事もあるでしょうし、携帯は持っていて下さいね」

「ああ」

悲しそうに目を伏せたラヴィニアに罪悪感を覚えながらも、表情だけは変えず哉徒は通路を歩いていく。

軍部の連中と擦れ違う度に、舌打ちが聞こえた。

特務殲滅部隊は能力主義。非人道的な行動もよく行っているし、仲間の粛清も仮面を付けた自分達がやっている。汚れ役はオレが進んで引き受けているから、ケヴィンやアルグレイフはあまり恨まれてはいないだろう。

何分、ケヴィン達にはオーラがある。威圧的でいて、必要な事をするのに躊躇いを持たない。

しかし、オレは違う。外見はこんなだし、迷ってばかりだ。

「……この先、どうなるんだろ」

呟いてみるが……それは結局、分からなかった。

自室に戻ると、携帯電話を残して、フローレンスの姿が消えている。

不審に思って電源を入れてみると、立体ホログラムに映る小さな人――フローレンスだ!

『どうも、御主人様。これでいつでも一緒ですね。普段の姿でいると、かなり消耗するんです』

「……その中にいれば?」

『消耗しませんね。うふんあはんな事がしたいなら、いつでも仰って下さいね。実体化しますから』

「もうオレの常識の概念がボロボロなんだけどさ……」

最近、頭痛が酷い。

片手で頭を押さえるこちらを一時心配したかのように見えたが、フローレンスは容赦なく続けてくる。

『常識は新たに作るものだと私は考えています』

「改革派ね。オレは保守派なんだけどな」

『なら、私も保守派です。バリバリだぜ、いえーい』

「いや意味わかんないだろ」

『で、私を作ったあの大馬鹿野郎は、今異世界にいます』

「唐突にファンタジーに走るなよ」

『大マジです。私もそこから次元を超えてきました。まさに時を駆ける擬似AI』

「語呂悪いな」

話半分に聞き流しながら、ベッドに寝転がる。

宿舎のベッドではない。特務殲滅部隊には、それぞれ個室が与えられているのだ。厳しい任務の裏には、こういった飴が存在する。

スプリングの良く効いた少し値が張りそうなベッドで、思う存分に体を伸ばす。

「……なぁ」

『はい』

「ここに宇宙生命体がやってきた時だ。その時に響いた喇叭らっぱの音……あれ、何か知ってるか?」

『ああ、ギャラルホンかセヴンス・トランペッターじゃないんですか?』

さも当然のように答えてくれたが、鼻で笑って可能性を唾棄する。そんなの神話で、作り話でしかない。そんなもの、存在するはずがないのだ。

『今、笑いましたね』

「馬鹿馬鹿しいんだよ。お前の言う事はあんまり真に受けない事にした」

『そうですか。ですが、御主人様。私は嘘をつきません』

「そうかよ」

重くなってきた目蓋を閉じ、襲ってくる睡魔に身を任せる。

何か、温かいものが全身に触れていた気がしたが、それが心地よくて、追求する気も起きずにそのまま寝入ってしまう。

その横顔を見つめながら、実体化したフローレンスは微笑み、哉徒と寄り添うように寝転がったのだった。


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