第二部 機械録 ~The Artificial Life~ 開幕 序章 崩壊と青年
鋼鉄の揺り篭の中で、少女は眠る。
己の身を抱きながら……孤独に震えていた。
親から捨てられた。似たような状況をあげれば、それが適切かもしれない。
何故、私を作ったのだろう。
仕えるべき造物主はもう無く、私を組み上げた人は私を自由にしてくれた。縛ってくれた方が、良かったのに。
人間の親は、その子に道を作る。作られた道が嫌だと子どもは異を唱えるが、それはとても贅沢なことだ。死ねばいい。偉人が何故、偉人と呼ばれているのか。それと答えは同じだというのに。
誰もが道を開拓しようとする。道は未知であり、それを踏み越える事で道になっていく。誰かが通る度にそれは強固たる地盤になり、王道と呼べる道はもはや鉄板とも呼べる硬さだろう。
最初からある道と、その道から外れた、未知の場所。
猛毒があるかもしれない。地雷があるかもしれない。ぬかるんでいるかも知れない。
様々な恐怖がある中で、最初にそこを道とした者の勇気は、きっと計り知れないだろう。
だから、畏敬を込めて偉人や英雄と人は呼んだのだ。
そんな哲学的なことを考えながら、時空線と世界線の間をただただ漂っている。
どれだけの時間が経ったのか。
私は、その声を聞いた。
――行ってあげて。
どこへですか?
――あなたと同じ、青年のところへ。
何故、そうしなければいけないの?
――それはあなたが一番良く分かっているわ。
知らない。と言うか、貴女誰よ。
――私はただ、見守る事しか出来ないから。
無視ですか、死にますか? て言うか、何悲劇のヒロインぶってんですか。悲劇的なアタシ可愛い的なアレですか? あららー、痛い痛い。
――五月蝿い、小娘。
あ、本性丸出しですね。黒くて恐ろしい。あー怖い。
――話が進まないでしょう? ……世界を、救って欲しいんです。
すみませんが、他の方にして頂けませんか? 私、貴女みたいな何もしようとせず、他人を動かそうとする方って嫌いなんですよ。
――ええ。ですが、私には何も出来ません。これは事実で、揺るぎません。どう罵られようとも、私はただ、伝える事しか出来ない。
……そうですか。で、私はどこに行けば?
――知っているでしょう?
ええ、そうですね。最後に、貴女は何者?
――私の名前はノストラダムス。預言者にして、世界の観測者でもあります。
そうですか。じゃあ、ノストラダムス。約束して下さい。その彼が、本気で必要とした時には――助けて欲しい。
――分かりました。では、頼みます。
急に制御が利かなくなり、私は落ちていく。
青い星。どこかは分からないけれど、ただ落ちていく。
すれ違う宇宙生物達がその星へと移動しているのが見えたが、関係ない。
私もただ、運命に翻弄されるだけの――機械に過ぎないのだから。
第二部 機械録 ~The Artificial Life~ 開幕
序章 崩壊と青年
未曾有の大災害――後に、教科書に大きく載るだろう、そんな事件の真っ只中に、その青年はいた。
災害の切っ掛けは、世界中に響き渡った甲高いラッパの音。
それは宇宙空間にも響いたらしく、次元振動が起きその多次元世界から宇宙生命体が出現した、とか、あれはその宇宙生命体のワープ音だ、とか。好き好きな解釈をされている。
太陽系第三惑星――地球。その日本は、先進諸国と連携し、この危機を撃退せんと、兵を募った。
何故なら、宇宙生命体は世界各国を無差別に攻撃し、五十ほどの国が消滅すると言う異常事態に見舞われたからだ。被害が出ないと真剣に考えないところが、いかにも進歩が無い。
しかし、手立てはあった。
宇宙生命体だけがやってきたわけではなく、流れ着いてきた技術のロボットもまたそこにある。技術を流用し、軍部が開発している新たな兵器――『メタルアームズ』が、今戦場で主役を担っていた。にしても、ド直球なネーミングだ。
が、空気の読めないテロリストが流れ着いたメタルアームズを発見し、ないし取り寄せ、国を好き放題に荒らしたりとかしているらしいが……今は、対応出来る余裕が無いのが現状。馬鹿は放って置く魂胆だろう、関わるだけ戦力が消費されるし、無駄と言えば無駄だ。
特に日本では少子化が進み、人手不足がいよいよ深刻化。十八になったばかりの少年が強制的に軍部へと入れられた珍事も露見し、無能な政治家が仕切る内政も意味を成さない、グダグダな状況が続いている。
東京だった場所。
大型のバイクは、人は愚か車だって少ない街を弾丸のように駆け抜けていく。
軍都として、東京は軍によって押収された。人々は今、東北地方や福岡地方などで生活を営んでいると聞く。地方自治が推奨されている現状では、それすらも確認しようが無い。
以前は歩行者天国で有名だった秋葉原も、今や見る影も無い。ほとんどの店は閉め切られており、店は軍購買部署に集中している。農事や漁業までもが軍の担当になっているが、最近は余裕が出てきたらしく、外に頼るケースも増えてきた。喜ばしい事だ。
バイクはビル街の合間にある田園風景を通り過ぎ、廃墟同然の住宅街を進んでいく。
表札に、『高宮』とある一軒家。そこでバイクが止まった。
開けっ放しだったその家に、バイクを降りて青年が上がり込む。ブーツは履いたままだ。迷う事無く進むその様は、勝手を知ったる者の足取りに違いない。
階段を上がり、二階の一番奥で立ち止まり、扉を開ける。
そこには、当然ながら誰も居ない。
食べかけて放置されていたフライドチキンやフライドポテト。コールスローサラダにコーラなど、ここに住んでた大馬鹿野郎――高宮時雨が好んでいた物ばかりだった。今は腐臭が漂い、青年の整った表情を歪ませる。
この部屋の主があれだけ大切に使っていたハイスペックパソコンの液晶画面には、数発のBB弾が打ち込まれており、液が漏れていた。何故、このような暴挙に出たか、よく分からない。
青年は軍服の胸ポケットから、無骨なデザインの携帯電話を取り出して、メール履歴を表示させる。
少ないアドレス登録に記された、『馬鹿』の二文字。そいつから最後に送られてきたメールを開く。
『よう、親友。いや……まだそう思ってくれてたらでいいんだがよ。ちょいと話したい事があるから、家まで来てくれ。嫌ならいい』
閉じて携帯電話を元のポケットに収めると、腹いせ紛れにだろうか拳を壁へと叩きつけた。衝撃で、少し家が揺れる。
「……馬鹿野郎が。お前までいなくなって、どうすんだよ……」
軍帽を取ると、少し長めだった髪が零れる。
艶やかな髪に濡れたような瞳。背は高い方なのだが、表立って出ない筋肉の所為か華奢に見えていた。
顔立ちは綺麗の一言に尽き、女性のモデルと見紛うような美貌を持っている。もっとも、本人はこの顔を嫌っているが。
その長身を黒くデザインの良い軍服で包み、腰の兼帯には日本刀と十手がある。胸には小型の拳銃とナイフがあるものの、使った試しはない。
舌を打ち、青年は玄関口に向けて歩き出す。
と、大型バイクの傍らで、ニヒルな笑みを浮かべているスキンヘッドの外国人。屈強な筋肉を有しており、身長は二メートルを超えているだろう。大型バイクが小さく見えるのだから、その巨体は半端ではない。遮光グラスで瞳を隠しているが、その眼光は見るだけで鳥を射落とす鋭さだ。正直、常人が睨まれでもしたら、失禁か気絶は確実だろう。
そんな男へと、青年は片手を上げて応対する。
「何だよ、バーン。住宅街になんか用だったのか?」
「おう。……これだ」
バリトンヴォイスで返し、男は背中のバックパックから雑誌を数冊取り出した。肌色の所有面積が多い、俗に言うエロ本である。
青年は思わずこけそうになり、半眼で男を睨み付けた。
「あのなぁ……。あんた、奥さんと娘さんがいるだろ。それは裏切りなんじゃないのか?」
「それはそれ、これはこれって日本語がある。いい言葉だ。それに、秘密裏に売りさばけば結構な額になる。どうだ、お前も一冊」
「……遠慮しとくよ。それより――ほらよ」
時雨の部屋から出てきた葉巻の煙草。いつだったか、不良から押収してそのまま放置していたらしい代物だ。
あの時の喧嘩は一緒に行ったので、返してもらっただけだ。これでもう、遺恨は無い。
が、葉巻なんか吸わない。だから目の前の男に投げて寄越したのだ。
「……今、製造中止になってる銘柄だな。俺の好みだ。すまん」
「別にいいって。どうせ、吸わないし」
「なら、今日の昼飯と晩飯は俺が奢ってやる。昼……そうだな、ステーキでも食うか?」
「任せるよ。なんなら、コンバットレーションでもいい」
言うと、男は眉を顰めた。
「あんなクソ不味いヤツを喰うなら、そこいらの野草でも貪る方がマシだ」
兵隊食は、昔と比べて保存期間と味が改良されたらしいのだが、まぁ不味いものは不味いわけで。
ネチョネチョとした、まるで油粘土でも喰っているかのような食感が不快で仕方が無い。食に拘りの無かった者がこれを食し、ただの白米を感涙しながら食べるようになったと言う伝説まで残されている。まさに、レジェンド級の不味さ。
スティックの焼き菓子みたいなヤツがあればいいのだが、それは大体上官に全て持っていかれる。
余った缶詰やレーションを出撃前に奪い合うのが、軍での日常光景。
その時に少しはマシなものを奪うのがこの男で、それを食えるレベルにまで調理するのが青年だった。
青年がバイクに跨ると、男も後部座席に腰を降ろす。
「いつもの店か?」
「ああ。頼む、相棒」
「分かったよ」
エンジンを吹かし、急発進するバイク。
後部座席に重心が寄ったバイクを器用に操りながら、青年――八哉徒はこっそりと溜息を吐いた。
いつもの店、と言うのは、軍購買部の中でも店長がとりわけ頑固で性格が悪い事で知られる店――『フードショップ:アルグレイフ』の事。
店長のアルグレイフは、哉徒と男――ケヴィン・デュマを見、無言でカウンターを叩いた。来いという事らしい。
店には、三人だけしかいない。このアルグレイフは、知り合いしか店に入れないのだ。儲かっているのかは、甚だ謎ではあるが。
席に腰を落ち着けると、アルグレイフは話しかけてくる。こちらもバリトンで、哉徒だけ場違いに感じた。
「今日はいい牛肉が入ったぜ。ソルト&ペッパーで食うだろ?」
「俺ァグレイビーソースがいいんだがな、スモーク」
「黙れバーン、良いモンに華美な装飾はいらねぇんだよ。おい、サムライ。テメェは分かるよな?」
「ああ。肉の旨みを感じるのに最小限の味付けで済ませるのは良いと思うよ。ま、そりゃ焼く本人の腕次第だけどさ」
「言うじゃねぇか、最高だって言わせてやるぜ。そこの不届き野郎はソース作るから待ってろ」
「おっ! 言ってみるもんだな。どう言う風の吹き回しだ?」
「オレ様は実に機嫌がいいんだ。ま、詮索はしてくれるなよ」
軍部では、部隊に寄っては渾名を呼び合う習慣がある。
哉徒の部隊はその一つで、特徴や得意な武器で渾名は決まるのだ。
一時、哉徒は『ガール』やら『マドモワゼル』やら、女性関連の渾名が付けられていたが、呼ばれた瞬間に喧嘩が勃発し、現在では『サムライ』で落ち着いている。
ケヴィンはナパーム弾を良く使うので『バーン』、緊急出動で偶に引っ張り出される元軍人のアルグレイフは煙幕からの奇襲が得意だったので『スモーク』と呼ばれていた。
柔らかい肉を切り、口へと運びながら、哉徒は話題を出してみる。
「そういや、新しいメタルアームがまた落ちてきたって話。知ってるか? って、美味いなこれ」
赤ワインで肉の臭みを飛ばしていたアルグレイフが、その話題に乗ってきた。
「だろ? オレ様の腕は知ってるだろうが。……んで、サムライ。耳が早ぇな。どこで知ったんだ?」
「小耳に挟んだだけだよ。んで、どこに落ちたんだ?」
レアな肉を噛み、あふれ出る肉汁を堪能しながら、続けて白米を口に運ぶ。
その間に、ケヴィンはそれを思い出していたらしく、指を鳴らして二度頷いた。
「そう、そうだ。東京湾沿岸に落ちたって話を聞いたんだが、引き上げられたって情報は聞いてねぇ」
「……ま、オレ様達に御鉢が回ってくる事はないと思うがな。何を隠そう、日本が誇る特務殲滅部隊だ。まぁ回収部隊が先行して、軍上層部が使いもんになると判断すりゃ、こっちに回されるだろうな……おら、グレイビーソースのステーキ出来たぞ。崇めながら食え」
「仮に回ってくるとして、誰が乗る。俺ァあの機体が気に入ってるから、パスだ。すまんな、スモーク」
「オレ様もあれ以上は要らん。サムライが乗ればいい」
「って言ってもな。あれ以上大きくなられたら小回りが利き辛い」
宇宙生命体は体長十メートルから、大きいもので五十メートルを確認している。
メタルアームズの平均的な大きさが二十メートルで、哉徒が使っているのは四十メートルの巨大な代物だ。接近戦仕様で、装甲が厚く防御力が高い。要は囮兼掃討役。
ナパーム弾でダメージを与えた後、哉徒の機体が突撃。場合によっては、哉徒を囮にスナイピングで一匹ずつ落としていくのが基本パターン。
地上で休眠している時は、煙幕を張ってからナパーム弾。更に絨毯爆撃し、区画ごと焼き払う。消火は哉徒のメタルアームズによって行われたりする。
特務殲滅部隊は、命令が無い時は自由部隊。隊員が勝手に戦闘を行ってもいいし、加勢しに行くのも自由。強さ故の特権で、どの部隊よりも自由だが、実力と困難な課題が求められる。
「……ん?」
ケヴィンが携帯電話を取り出し、コールに応じる。
「はい」
どうやら、お偉いさんかららしい。
話を中断して、各々無言で過ごしていると、溜息を吐きながらケヴィンが通話を切った。
「どうした、バーン」
ステーキを豪快に貪り食ってから、バーンは油を指で拭いつつ、こちらへと向き直る。
「噂をすれば陰ってヤツだ。落ちてきたメタルアームズが暴れてるらしい。殲滅命令だ、派手にぶっ壊せ! ……だとよ」
「オレ様もか?」
「いや、何故かサムライだけだと。人が乗っている以上、通信が来るかも知れねぇ。だから、サムライだけだ」
「まぁお世辞にも優しい面とは言えねぇからな、オレ様やテメェは。いけるか、サムライ?」
「ああ。……ご馳走さん、スモーク。美味かったよ」
「そう言う素直なところが、テメェのいいところだ。さっさと行って来い。デザートがまだあるんだからな」
「分かった」
そう言う哉徒に、バーンは何か言いたそうだったが、結局は黙っていた。
哉徒が出て行って、パンとチーズを肴に、ワインをやっていたバーンが呟いた。
「……何があったんだろうな」
「知らん。……ただ最初に会った時から、死にたがりの目をしていたな。今日は今までで二番目に酷かった」
「一番は?」
「最初に出会った時だ。誰もが臆する状況で単機突撃し、一命を取りとめた最初の出撃。これで特務殲滅部隊に配置が決まったのさ」
「あれか。ま、アイツは一番上手いからな。死ぬ事はないだろうよ」
「……だといいがな」
グラスを拭く手を再開しながら、スモークは溜息を吐いたのだった。
ギャラルホンの影響を受けた日本が舞台です。
後、やっぱり更新は不定期です。早かったり遅かったりするので、ご了承下さい。