第一部 閉幕 終章 ギャラルホンの音が始まる
第一部終章です。
時雨の物語はまだ続きますが、次章よりスポットが変わります。
第一部 終章
終章 ギャラルホンの音が始まる
「シャルロッテ様! 次は――」
「貴様らの首から上は飾りか! 次の行動くらい、察して動け! 一を聞いて十を分からずして、何の為の貴族だ! 各班は砲撃準備、フラン、ローランは技術者と連携し、『カルブリヌス』を起動しろ!」
「そ、それは国秘蔵の武器で――」
「王族専用。しかも、世界を滅ぼすかもしれない威力を秘めた超電磁レーザー砲だろう? なら、今は危機だ! それを使う事に引け目を感じるなら、己の力量の無さを責めていろ!」
舌を打ち、ロッテは指揮の手を緩めることなく、指示を飛ばしていく。
時雨とノストラダムスが居ないので、作戦系統が死滅している。指示を飛ばすだけなら、時雨の進めてくれていた通信制度による円滑化で何とかなっているのだが、長い間は持たない。
そんな中で、戦略等を練れるのが自分だけだとロッテは自負している。兵法を学び、帝王学を幼少から修めてきた自分なら、並みの司令官以上の働きは出来るはずだと。
「遊撃神機隊は各方位から単独攻撃、砲撃神機隊は間接部を狙え! 近接神機隊は弱点を探りつつ、情報をメカニックに送るんだ!」
基本に従順な指示を飛ばしながら、とりあえず玉座に座り直す。
(どうする……? フランやローランに出撃してもらうか? いや、しかしオレの指示が通っているのはこの二人の圧力が場内にあるからだ。素人のオレを信じてくれる彼らを、軍部全員が信じているから成り立っている。……それに、二人が出たところで、敵うだろうか?)
と、
『や、やりました! 脚部を破壊しました!』
「映像を回せ!」
玉座のパネルを操作し、巨大なホログラムモニターを展開させる。
確かに片足から黒煙を上げ、破壊されている。あのロボット――作戦時には『ゴーレム』と呼んでいるが――の強度はでたらめだが、隙があったのだろう。
あれだけの巨体を動かすほどの動力源。一瞬だが、時雨の顔が脳裏を過ぎったが、彼は造形美にも五月蝿い。不恰好な物は作らないだろう。
遠慮しようかとも思ったが、そうしてやる義理は欠片も無い。
頷き、ロッテは声を張り上げた。
「よし、一気に畳み掛けろ!」
『はい!』
それぞれの武器を持って、急行する神機隊。
しかし、次の瞬間――動きが、止まった。
それは自分や作業していたフラン達も同様で、その光景にただ目を奪われるしかない。
『な!? あ、足が……』
足が――再構築されていく。
礫解しそうだった足は、今や元通りになっていた。表面にも先程の爆発痕は無く、同じようなフォルムが覗いている。
「動揺するな! 脚部へ攻撃を集中し、足止めをしろ! 『カルブリヌス』の使用は全ての民を逃がしてからだ!」
『は、はい!』
だが、所詮は一般兵。芳しくない状況が続く。
時雨に真意を問いただす為、拘束を命じていた追撃部隊のスペシャルズは壊滅。どこへ行ったのやら、あの裏切り者は。
フランは、と見れば、手が止まっていた。
何故なら……思い出していたからだ。
(……そう言えば、『紅の虚』が足りないと言っていた。……見捨てては、いないのか? また、戻ってくるのか? 携帯電話を捨てたのだって、きっと足をつかせまいと懸念して……)
都合のいい妄想だと分かっている。
彼は――帰りたいだけなのだ。
裏切っていたのは自分達で、彼を責めるのはお門違い。ノストラダムスの数奇な運命に取り込まれた、ただの青年だ。その鬼才を利用していたのは、自分達。
あんなに溶け込んでいる時点で、おかしかったのだ。本心を隠しているのは、誰だってそう。だから、絶対に彼は本心を見せなかった。
――彼もまた、一人ぼっちだったのだ。
甘えられる人もいない。馬鹿をやれる友人もいない。心を許せる誰かだって、いないのに。
(……時雨)
と、スカートポケットに入れていた携帯電話が震える。
それを取り、宛先を見て、首をかしげた。
「?」
知らないアドレスからのコール。
何故かは知らないが、その通信を繋げていた。
「……誰だ」
『初めましてになるだろうか。いやはや、表舞台には出まいと思っていたのだがね。君達があまりにも不甲斐無い故、私が遣わされたのだよ』
「何を言っている!」
『感情豊かなのは実に良いが、時と場合にもよるものだろう。一母艦を統括する司令官であれば、尚更それが要求されると思うのだがね。さて……』
「結局貴様は何だ。何がしたい!」
怒鳴っても、その男は穏やかに返してくる。
全てを見通して、その上でおちょくっているかのような不快感。老人のような落ち着いた――いや、落ち着き過ぎた雰囲気が、こちらの苛立たしさを助長してくる。
『先程の言葉から推察するといった行為はしないのかな。まぁ、この状況で連絡してくる目的は元より絞られているがね』
「……助太刀か?」
『然り然り。おんぶに抱っこではないらしいね、失礼。だが、私は彼――ゴーレムだったか。私はその弱点を知っているが』
「何っ!?」
『何故、再生するか。実に簡単だ、まさに稚戯にも等しい。焦りで観察眼が鈍っているのかも知れぬが、そんな時こそ落ち着かねばならないだろう。額をごらん?』
見れば――何かの文字が刻まれている。
『読めるかな?』
「いや……」
見たことの無い字だ。何故、電話越しのヤツはこれを知っている?
喉の奥で笑うような……そんな声が、受話器から聞こえて来て、フランは一瞬激昂しかけたが、また嘲弄されるのがオチだと、いきり立つ心を強引に落ち着ける。
しばらくし、彼は物語でも読んで聞かせるかのように語りだす。
『……エメト。真理と言う言葉。あれが発動言語になっている。その造形を崩さず、再構築出来ているのも、全てその言語が媒体になっているからだよ』
「emeth……」
『そして、頭文字を取り除けばmeth。その意味は――彼は死せり、となる』
「そ、そんな言葉遊び……!」
『確かに、暇潰しに過ぎない。しかして、納得しようとした自分がいる。それを否定するのは簡単だが、小さなプライドを後生大事に抱えている事が、どうにも私には理解できないのだがね。一縷の可能性に縋りたい状況で、これとは。君を少々持ち上げすぎていたかもしれない』
――正論だ。悔しいくらいに。
苦々しさを噛み潰し、深呼吸。
「……情報、感謝する」
『いやはや……大人びて見ても少女時代が無かった分、君は誰よりも少女らしい』
「っ!? 何故、知って……!」
『ああ失礼。君はとても可愛らしい。少し、魔が差してしまったようだ。では、非礼の侘びといっては何だが……あのゴーレムを止めて見せようか』
「何? おい、貴様単機で何が……!」
『心配は不要だよ、お嬢さん――いや、フラン・ド・アルテミス艦長。私はヴァフス・ルードニル。かつて、彼のオーディンと智恵を比べた者だ』
「なっ……!?」
その名を聞いて、愕然とする。
――ヴァフスルードニル。
本人の言った通り、彼の英雄――オーディンと知恵比べをし、無理な質問を突きつけられて殺された人物だ。
この世界には様々な人種がいた。
巨人族は覇権を持つ一族であった。過去の災禍とも呼ばれる災戦――ラグナロクによって、世界が一度、消失するまでは。
一度消失した世界を再構築したのは、勇者の魂の揺り篭――エインヘリャルから飛び散っていった人間達。
過去の記憶を持つ者も、事実存在する。自分も、アルテミスの子孫だ。オリオンの子孫は、もう死んでしまったが。
「……本人なのか?」
『さて、どうだろうね』
「ふざけているのか!」
『何、見ているといい。一撃で下して見せよう。この……『ヘカトンケイル』でね』
そうして通信が切れると同時――
「新しい敵が出現なう。……? Nonumber、新型? へかとん……けいる?」
「何っ!?」
その機影が――ディスプレイに現れたのだった。
『隔離世』からの許可を貰い、五十分の外出許可が下りた。
慈悲深い磐長。いや、義理に厚いのか。恐らくは、機体が一つ多くなった分の代金なのだろう。
ともあれ、アイギスを改造したこの『ヘカトンケイル』で戦えるか、実戦テスト。
カラーリングは深緑。コンセプトは敢えて鈍重重装甲、しかし機動力は損なわない、空での高機動を重視。
遠距離からの攻撃は長距離レーザー砲とオートマチックスナイプ。アイギスの盾を背中に取り付け、背後からの攻撃にも対応可能。
中距離からはブーストナックル、近距離ではステークがある。攻撃的に見えるが、ミサイル類は一切積んでおらず、活動時間もアイギスより大幅に短い。
流石に五十頭百手は無理だったが、それに近い物も用意してある。今回は派手に見せるため、長距離レーザー砲をゼロ距離で発射する。
「さて……長時間居ては、流石に磐長も可哀想だ。一撃で沈めよう」
二発は陽動、最後の一発で仕留める。スナイパーは一射型と三射型があるが、そのセオリーは関係ない。当てればいいのだから。
五十メートル近いこの鋼鉄の巨人を自由に奔らせ、そのまま突っ込んでいく。
ロケットパンチが飛来するのだが、無駄だ。
「なっ……!?」
画面を見ていたロッテは、愕然とするしかなかった。
次々と機体を壊されていったのを目の前で見ている彼は――その傷一つ負わない深緑の機体に、ただ瞠目するしかない。
あれだけの強度。使われている素材は、限られてくる。
「『蒼の現』……だと!? 馬鹿な、在庫は損失していないのに……」
ロッテは舌打ちするが、フランは大して驚いてはいないようだった。
それどころか、ある予感めいたものさえ覚えていた。
(あの動き……あの思考。声や雰囲気は別人だったが、まるで時雨の演技を見ているようだった。いや……だが、声が違いすぎる。あんなに落ち着いてなかった)
可能性を払うのに躍起になっていたフランは、画面を向き直った時に愕然とした。
一瞬でゴーレムに接近し、その頭文字『e』へと攻撃を放つ。
赤黒いレーザーはそのまま頭部を貫き、その文字を『meth』へと変えた。
瞬間、あれだけ動いていたゴーレムがピタリとその動きを止める。
一同が息を呑む中、そのゴーレムは礫解し、もう元には戻らなかった。
通信が届き、ロッテは渋々とそれを繋ぐ。
そこには、長く美しい金髪を伸ばし、白い艶のある仮面をしている若い男の姿。
『どうも、ご機嫌麗しゅう。あの小僧の子孫か、いやいや。剣の才は継がれなかったようで、些かつまらないな。アーサー王よ、私を覚えておいでかな?』
「……仮面を取ろうともしない無礼者など、最初から存じないが」
『だろうね。いやはや、真面目に受け取ってくれるか。可愛いなぁ、抱きしめてみたいよ』
「なっ……!?」
肌が総毛立つのを感じ、ロッテは画面を睨みつける。
「貴様……愚弄しに来たのか?」
『いや、先人の智恵を与えようと思ってね。……王よ、何故――カルブリヌスを使わないのかな? グランディアを殲滅するなら、必須だと思うのだがね』
「……っ」
その質問に、思わず頬が引き攣る。
見透かすようなその声に恐怖すら感じている自分がいて、叱咤し顔だけでも背けないようにする。
『人道的ではない? いや、違うだろう。臆病だね、そこが王としてダメだ』
「お、オレは臆病ではない! ただ、撃てば……」
『そうだね、君の妹を傷つける。君は戦争と言う事実すら、妹に隠していた。あの男と出会わせ無ければ、良かっただろうね』
「知っているのか?」
『私は世界の事象を知っているつもりだよ。特に、君達はね。ラグナロクに立ち向かった同胞の子孫も居る。見届けたいのだよ、終わっては困る。だから、老婆心と言っても差し支えなかろう、その通りなのだからね』
「余計なお世話だ」
『だろうね。だから、今一度忠告しよう』
刹那――
甲高い音が鳴る。
『ギャラルホンの右端が、鳴った。七つのラッパが奏でるのは、ラグナロク開幕のオーヴェルテューレ。その一つが、鳴ったのだよ』
それは世界へ響き、果ては宇宙にまでも広がっていった。
『この星の問題ではなくなる。もっと大きなものが来るだろう。……だから、踊るがいい。まだ、音は六つある。もう終わりの始まりは到来したのだよ』
全宇宙上に広がり、
『さて、どう動くも君達の自由だ。しかし、復活するよ。あの醜き大狼がね』
呼び覚ましてはいけないものまでもを、起こしてしまう。
『君達が笑える日を、私は心から祈っているよ』
それに気付かぬまま、
『また、会おう――』
――時は進む。
望もうと、望むまいと。
ラグナロクへの到来まで、音は六つ。
ここからは、主演たる彼は姿を潜めてしまう。来るべき日を知ってしまった彼は、その準備をすべく、暗躍する。
だから、その間に始めよう。
――もう一人の、主演の話を。
超展開過ぎか……? いやいや、予定通り?(聞くな
次章からは、主人公が変わり、舞台も変わります。
ギャラルホンによって、世界は大きく動き出し、その展開を迎えます。
時雨はやりたい放題だったのと対照的に、次の主人公は実に人間らしいヤツになりますが……それでも見て下さる方は、温かく見守ってやってください。




