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八章 武士道と思惑

八章 武士道と思惑



誰かに揺さぶられている。小さな揺れだが、何だかそれが心地よい。

「起きて下さい、時雨様。朝餉の支度が出来ております故……」

――朝食。

その言葉を聴いて、身を起こす。

朝は必ずコーンシリアルを貪っていた時雨にとって、朝食は必ず摂るものとなっている。シリアルが切れた時は、以前ならコンビニで握り飯でも買い、こっちに来てからはローランやフランの朝食をかっぱらっていた。

エンジンを動かすには電気やガソリンが必要のように、食は体を動かす原動力。疎かに出来ないものの一つである。

まぁそれも理由の一つなのだが、随分と久しぶりに味噌汁の匂いを嗅いでしまったのが一番の要因か。和風料理は無性に食べたくなる時があるので、厄介なのだ。

さておき、起こしてくれたその人物に目を向ける。

真っ直ぐで穏やかな瞳と小柄な体躯。整った顔立ちには微笑が浮かんでおり、頭の白いリボンが柔らかい印象をより強調している。

紅の袴と白い上着――俗に言う巫女装束を纏っている少女だ。確か、小間使いとして、世話になると聞いている者だろう。

「……おう、悪ィな。誰だっけ、あんた」

身を起こしながら訊ねると、苦笑して三つ指を着き、頭を下げてくる。

「昨日、自己紹介をしておりませんでしたね。私は真田幸さなださちと申します」

「ご丁寧にどーも。つか、ぶっちゃけそんな畏まんなよ。ざっくばらんに行こうぜ?」

「ざ、っく……?」

「……年下だろうが年上だろうが、尽す側だろうが尽される側だろうが、身分関係無しで大らかにってヤツだ」

言うと、淑やかな笑みは一瞬で失せ、元気一杯の笑みが浮かんだ。藪蛇だったかもしれないが、まぁ元気なのは良い事だ。別のベクトルに向かなければ、だが。

「素敵な考えですね! ここでは縦社会なものですから、あまり話せるお友達もいなくて。なら、遠慮無しでいいですか?」

「そうしとけ。互いに何か抱えたままじゃ、信頼関係なんざ築けねぇだろ?」

「なるほど、一理ありです! では、朝ごはんに行きましょう! 今日は鮭の塩焼きに厚焼き玉子、お味噌汁にほうれん草の御浸しですよ!」

「おー。美味そうだな、おい」

昨日手渡された藍染の浴衣のまま、長い廊下を歩んでいく。

中世日本を思わせる造りの住まい。巨大な建造物で、地下一帯に広がる女性の隠れ家なのだそうだ。

陽光も天蓋の切れ目から注いでいるのだが、やはり地下ゆえに少し肌寒い。地下水脈で捕れる魚は、淡水や海水が入り混じった水場があり、かなり美味いらしい事を咲耶が言っていた。まだ、花より団子の年頃なのだろう。

また、一年中咲いている桜があるらしい。どこのギャルゲーの謳い文句だと思うのだが、これが中々美しい枝垂桜なのだそうだ。ちなみに、霊樹らしく、偶に精霊が遊びに来たりするらしい。説明したヤツは笑っていたが、軽くホラーだぞ、それ。

で、幸と他愛も無い話をしながら、長い廊下を歩いていく。

素でやっているのか、三歩後ろを歩いている彼女へと、新たな話題を投げ掛けた。

「つか、この『隔離世』は男子禁制なんだろ? 俺はいいのか?」

「さぁ? でも、私は嫌じゃないですよ! これから、いーっぱいお話しましょうね!」

――勝手に完結してやがるし。

仕方が無いので、更に話題を変える。マイペースな持ち主には、ペースを持っていかれないように心掛けなければならない。こう言う場合、ヘタレ主人公はペースに呑まれ、結局流されていくだけなのだから。

「……つか、メシは当番制か?」

「いえ、各々が勝手に調理して食べてますよ? 貴方の分は磐長様が準備するって言って聞いて下さらないんです、迎えた側の責任とか言ってましたけど……愛されてますね!」

――違うと思うが。

「で、メシ食い終わった後は何するんだ?」

「今日は道場で訓練です。刀や薙刀を使った戦い方を学ぶんですよ! 巫女の職務よりも、そっちの方が私は得意です。時雨さんは武芸をされているんですか?」

「ん? おう、古武術とカポエラとムエタイ。刀の方は……ちょいとコネがあって神刀流剣武術免許皆伝だ。いや、ちゃんとした道場で習ったわけじゃないけどな」

「神刀流と言いますと……ああ、剣舞の方ですか?」

「どっちもな。居合いも、剣舞もだ。扇子持って踊れるぜ?」

その時は、祖父と祖母が言い争いをして大変だった。剣一筋にするか、舞踊を極めるかの二択があり、その折衷案として神刀流を学ばされたのだ。

中途半端に習ったお陰で、半ば我流。洗練はされていると思うのだが、本職と比べると見劣りするだろう。

と、ようやく到着したらしい。

襖を開くと、幸は厳かな雰囲気を醸しつつ正座。そして、ゆっくりと頭を下げる。

「磐長様、時雨様をお連れ致しました」

「ご苦労様です、幸。さぁ、貴女の分も朝食を用意してありますからね? 席に御着きなさい。時雨様は、上座の方までお越しを……」

見れば、部屋には既に咲耶と磐長が、自分の膳の前に座っていた。

幸は下座に腰を降ろしていたので、さっさと時雨も座り、そして手を合わせた。

「頂きます」

それに続く彼女達の声を聞きながら、まずは白米を箸で――

「……おい」

「はい?」

「いや、何でスプーンなんだ?」

用意されていた道具は、箸ではなくフォークと先割れスプーンのセット。可愛いうさちゃん柄付きである。

時雨以外は全員黒塗りの箸を使っていると言うのに、この疎外感。言うまでも無いか。

「俺……箸、使えるぞ」

「え? あなた、外国人じゃない」

「固定概念に囚われ過ぎだ。どっちも用意しておくのがここでの礼儀だろ?」

「はい、用意しておりますよ?」

「「え!? マジで!?」」

咲耶と見事にハモりながら磐長を見ると、着物の胸元からスッと箸を取り出し、こちらへ差し出してきたのだ。何だそりゃ。

「どうぞ」

「お、おう……」

若干だが引き気味になってしまう。まぁ、普通あんなところに箸なんか入れない。何か妙に生暖かいし。ああ、豊臣秀吉を思い出した。

そんなサービスシーンは無意識なのか、磐長はぽやぽやと笑ったままだ。チラリと見えた胸元は、結構豊かだった。ご馳走様です。

ジト目でこちらを睨む咲耶を無視し、その箸を使って焼かれた鮭の切り身をとりあえず一口。

「いかがですか?」

たおやかに微笑む磐長へ、ニィと笑って時雨は囁く。

「お前の味がする」

「こンのっ、セクハラ男ッ!」

ナイフを投擲するように、添えられていた茗荷みょうがを放り投げてくる咲耶。

時雨は振り向き様にそれを口で受け止め、そのまま頂く。うん、香りと歯応えだけはいい。茗荷は薬味に良く使われるのだが、単体でも結構美味いのだ。

それよりも、先程の鮭の焼き加減は見事だった。解れるような身と、嫌味にならない程度に効いた岩塩が柔らかい味を出している。

味噌汁は薄揚げとワカメ、それから玉ねぎ。シンプルながら、健康的な組み合わせの具に、昆布ベースの出汁が効いた汁が良く染みていた。

出し巻き卵に至っては、口の中に入れてから広がる鰹と昆布の出汁が、口の中を蕩けさせるようだ。隠し味の七味唐辛子が、馬鹿になりそうな舌の上で確かな旨みを思い出させてくれる。

そして、この真珠のような輝きをしている白米だ。

一粒一粒の甘さが分かる。少し硬めに炊かれた白米は、取り立てて食を味わおうとしていなかった時雨を完全に時雨を虜にしてしまう。

「お代わり、くれるか?」

「ふふっ、食べ盛りなんですね」

「こんな美味いメシ、久しぶりだしな。懐かしいったらないぜ。……お、ほうれん草も美味いな。醤油と茹で具合が俺好みだ」

「皆で頑張ってますから。勿論、時雨さんも働いてもらいますよ?」

「おう、何でも言ってくれ。こんなメシ食わせてもらっといて、何もしない方が罪ってモンだろ」

機嫌よく、時雨は返事をする。一家は食を担う人物が強いと聞くが、言い得て妙だ。事実、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。

「では、釣りに向かって頂いても良いですか? その間に、ここの生活について簡単な掟をあなたにお伝えさせますので」

「おう。んじゃ、早く喰っちまおうぜ、幸!」

「はい!」

早々と膳を平らげた後、素早く歩いていく。ここに長居するつもりはないが、もう一人の所在も気になる。

そう、アイリスだ。

彼女に関しては、女性であるが為、別の場所でルールを説明してもらっているらしい。許可がもらえれば、今日にでも会うつもりだ。

「竿はどこだよ」

「案内します! いやぁ、修練サボれてラッキーです。ありがとうございます、時雨さん!」

「おうよ、崇めろ」

「ははーっ!」

「いや、一々床に三つ指付かなくていいっつの。てか、急いでるんだろうが」

間抜けな会話を交わしながら、時雨はただ目の前を奔走するしかなかった。





その頃。

アースガルド帝国。アーサー城内部、謁見の間にて。

「……どうなっているんだ!」

ロッテは白い頬に朱を散らせて激昂し、跪いている軍服の連中を怒鳴りつけた。

それが完全な八つ当たりだと分かっていたのだが、こうでもしないと落ち着いていられない。

信用していた人物が、堂々と裏切ってみせる。しかも、真意を問いただそうと向かわせた部隊もスクラップと化し、戦力が激減しただけと言う最悪な顛末を享受する羽目になったのだ。平静ではいられない。

と、艦長――フランが、悔しそうに床を殴りつけた。

「私の……失態です。あの男を最後まで、理解できなかった……」

「いえ、艦長の所為じゃないです! アイツが勝手にやってきて、勝手に出て行っただけの話ですってば!」

軍エースパイロット――ローランが、そう若くも客観した見解を見せてくれる。

確かにその通りなのだが、協力すると彼は言ったのだ。いや、だが……

「やはり……預言者が、彼を呼んだのでしょうか?」

「普通そうでしょ常考。時雨の来た日から寝落ち中。乙」

フランの疑問を即答で肯定するオペレーター……アリス。

そう、時雨を呼んだ人物を、国民全員が知っていて、理解していない。

預言者は二人いる。アイリスには、生き別れた双子の姉がいるのだ。

未だに軍に囚われ、祈り続け――時雨を呼んだ日に、力尽きて昏睡状態に陥っているが。

この事は、国を挙げての秘匿とし、軍一部情報管理者と国王、その側近しか事実は知らない。口封じに何人か暗殺した例もある。それ程の機密なのだ。時雨に明かさなくて、正解だったかもしれない。

宰相達は、時雨の奇行に対してだろう、溜息混じりにぼやいている。

「やれやれ。あいつは普通じゃなかった。いい気味だよ、サルはサルらしく、あいつらのお仲間になってればよかったのだよ」

「確かにな。破天荒過ぎだぜ、ありゃ。おれら凡人とは、頭のベクトルが違うんだろ」

呟きを黙らせようとしたのだが、それは意外な人物に遮られる。

「普通じゃないけど、あなた達よりもずっと優しいもん!」

部屋で生活をさせていたシャルロットが、いつの間にやらこの間にやってきていたのだ。

滅多に姿を見せない姫の登場に、全員が唖然としている。

構わず、姫は叫び続けた。

「人として、低俗な事はやってなかった! 陰で悪口を言ったり、みんなを除け者にしたりしなかった! 差別だってしなかったもん! 私がお姫様だって分かってて、外の世界を見せてくれた! 兄様の所為だと思うけど、あんなに優しくしてくれたのも時雨さんが初めてだった! いつだって、まっすぐに……言いたい事を、言ってたもん! 好きなものは好きって、嫌いなものは嫌いって……言ってた、もん……!」

最後になるにつれ、言葉に涙が滲んでいく。無理もない、多分シャルロットにとっては初めての理解者だったのだ。

出たいと思っていた外の、綺麗な部分も汚い部分も、差別せずに見せてくれた。だから、信用できていた。

彼と関わった者ならば、今のシャルロットの声は全面肯定できるものである。

人をおちょくったりするものの、それは緊張や張り詰めた空気を解す為で、本当に必要な言葉をかけてくれる。優しさと甘さの違いを、理解している人物だったのだ。

「……アーサー王。これからの方針を」

「ああ」

――決めねばなるまい。

が、

「……明日、十二時に……宣言しよう」

やはり、自分も悲しかったのだと、そう逃げた瞬間にロッテは気付いたのだった。

第二次スパロボZ発売しましたね!

只今プレイ中なのですが、胸熱な展開がまた……! むせるな……。


プレイ中だろうが、更新速度は不定期です。

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