友情だと思っていたのは私だけみたいなので、先に抜けて幸せになりますね
「それでさ、その人のせいで私までものすごく遅れちゃったわけよ。明らかに私の責任じゃないのに、連帯責任で謝罪させられるし、勘弁してほしいわよ」
「うわあ、それは大変でしたわね。無能な人って本当に動きまでトロいんですわ。前世はかたつむりなんじゃないかしら」
オリーブさんの愚痴にエリザベートさんが同情する声で深くうなずく。
班行動で一人遅い人がいて、オリーブさんの班だけ集合時間に間に合わなかったのだという。
私、セラフィーヌも頭の中でオリーブさんの班のことをイメージしながらランチのサラダを口に入れる。
食堂のテラス席は私とオリーブさん、エリザベートさん三人の特等席になっている。
オリーブさんは長い銀髪が美しい方で、エリザベートさんはカールさせた髪が印象的な方。
二人はどちらも子爵家の令嬢で去年の1年生の時、私と同じクラスだった縁で今でも話している。
2年生になって私だけ違うクラスになったけれど、この友情は変わらない。
先に来た誰かがテラス席を確保する。それから食堂でランチを買いに行く。
伯爵家の方などであれば有名店も舌を巻くような技術の専属料理人なんかもいるのかもしれないが、私のような男爵家の人間にとってみれば、貴族だらけのこの学園の食堂のランチは十分においしい。
「私の教室にも遅い人がいますわ。本当にどうにかしてほしいですわね」
「私も判断が遅いことがあるから、他人事じゃないなあ。気をつけなきゃ」
私もオリーブさんの受けた被害の感想を述べた。
「あら、セラフィーヌ、トロい奴の肩なんて持たなくていいのよ」
「そうそう、その遅い方は被害者じゃなくて加害者なんですわよ」
「あっ、肩を持ってるわけじゃないけど、悪意があってやったことじゃないし、顔も知らないからあんまり憎めないなってだけで」
少しオリーブさんがあきれた顔をした。
「そんなに愛想よくしなくてもいいのよ、セラフィーヌ」
「そうそう、ダメな人にダメって言ってるだけなんですもの。別に悪いことではありませんでしょう。私たちの間だけの話なのですし」
「うん、私もそれはわかってるんだけど……」
「セラフィーヌ、別に私たち子爵家ごときに男爵家を一つつぶす権力なんてあるわけもないんだし、もっと素を出していいのよ。ダメな人でも笑いの種にして盛り上がりましょう」
「うん、二人とも、ありがとう」
エリザベートさんはお茶を飲むと、思い出したようにこう言った。
「でも、こういう愚痴は婚約者にでもしたほうがいいかもしれませんわね」
「そうそう。二人とも、かっこいい婚約者がいるんだよね。婚約者さんに慰めてもらったらいいんだよ」
「かっこいい? 別にかっこよくもないわ。子爵家のいまいちぱっとしない男よ」
「そうですわね。子供の絵本に出てくるような貴公子とは似ても似つきませんわ。たかだか私と同じ家格の子爵家出身ですし」
「そんな言い方しなくても……。それに婚約者がいるだけ立派だよ。私はまだそんな話、何もないんだから」
弱小の男爵家出身の私はまだ婚約をしていない。学園生活も2年目だし、そろそろ決めておいたほうがいいとは言われているのだけど。
「まあ、焦らなくてもいいわよ、セラフィーヌ、そういうのは自然といい出会いが来るもの」
「そうですわね。出会いというのは人が操作できるものではありませんから。きっと素晴らしい方との出会いがありますわ」
オリーブさんとエリザベートさんは目を合わせて二人して笑った。
◇◆◇◆◇
その日、私が屋敷に帰ると、お父様もお母様も不思議そうな顔をしていた。
「ねえ、セラフィーヌ、あなた、カスタネール伯爵家のご令息と学園でお友達になっていたりする?」
お母様が妙なことを言った。
カスタネール伯爵家といえば、地方にも大規模な所領をいくつも有している大貴族だ。もちろん、王都の本宅もこの男爵家の屋敷が冗談に思えてしまうような立派なものだ。
「カスタネール伯爵家の学生なら、クリストフ様のことですね。去年、同じクラスでしたから顔を合わせることは何度もありました。近頃は図書館でご一緒した時に少しお話をするぐらいですけど。それがどうかしましたか?」
クリストフ様は学園の令嬢たちの中でも人気がある。とても整った顔立ちの方で、誰に対しても紳士的で、婚約者がいないのが謎だと言っている人も多い。
「それがな、お前との縁談の申し込みが先方からあったんだ」
お父様も誇らしいというより信じられないとか、何か裏があるのではといった顔をしていた。
「えっ? そんなまさか! あまりにも家柄が違いますし、何かの間違いでは……」
「私達もそう考えていたのよ。本当だとしたら素晴らしい話だけど、それでもねえ……。あなたのクラスメイトだった方は次男だそうだから、少しは結婚相手の自由はきくのかもしれないけど、それにしても……」
「ありそうなのは、とても結婚を認めてもらえない庶民の恋人がいて、仮面の結婚相手になってくれないかとかいったケースだな。よくない話ばかりしてすまんが、ちょっと信じがたいというのが本音だ」
別に両親が意地悪なのではない。それぐらい奇妙だと思うような縁談なのだ。
「伯爵家の屋敷に来てほしいとも言われているの。セラフィーヌ、一度、お会いして、話を聞いてみてちょうだい」
私のような男爵家ごときが断れるわけもないので、私は伯爵家の屋敷へ伺うことになった。
◇◆◇◆◇
私が通されたのは伯爵家の屋敷の中でも、中庭に面した応接室だった。
中庭の噴水からはきれいな水が噴き出している。こんなものは当然、私の屋敷にはない。
クリストフ様は図書館で出会うのが似つかわしい、少しだけなで肩の好青年だ。亜麻色の髪もきれいに整えられている。
「いきなりのことで申し訳ありません、セラフィーヌさん。驚かせてしまったかと思います」
「いえ、貴族間の婚約の話はこういうこともあると思うのですが、その……いったいどうして私なんかを……」
「率直にお話ししますと……いやあ、こういうのは恥ずかしいものですね。でも、理由を伝えないで婚約してくれなんて虫がよすぎますね。簡単に言えば、学園生活を終えた後もセラフィーヌさんと生きていきたいなと思ったからです」
たしかに図書館でいろんな本の話をずっとしたこともあった。本当に時間がたつのを忘れてしまったこともあった。
「それは少しわかります。わかると言うと失礼かもしれませんが、少なくともクリストフ様は剣術の実技なんかよりは文学論の授業などを楽しみにされてましたよね」
「まさにそうです。おかげで兄には文弱だとからかわれますが、幸い、学園の成績がいい点は素直に兄も両親も褒めてくれてますよ。それなりの所領も与えられて自由に生きていいと言われているので文句は言えません」
クリストフ様のだいたいの状況はわかった。貴族の中では放任主義の環境で育ったので、婚約者を決めるタイミングを逸したのだろう。そういう方はたまにいらっしゃる。
かといって、私みたいな地位の低い男爵家の娘のほうがアピールするのは無礼だから難しいのだけれど。
「お話はわかりました。ですが、クリストフ様のお立場であれば、今からでももっと地位のある家と縁談を結べるはずですよ。クリストフ様と婚約したいという人は学園の中だけでも十本の指では足らないはずです。なにも私なんて選ばないでも――」
「セラフィーヌさん、そんなご自身を否定するようなことをおっしゃらないでください」
少しだけ語気を強くしてクリストフ様はおっしゃった。
わずかに身を乗り出したせいか、茶器が少しだけ音を立てた。
「僕はセラフィーヌさんと結婚したいからこうしてお話をしているんです。ほかの誰でもいいからなんてことはありません」
私は両手で口を押さえた。
本当にうれしかった。
自分が誰かに選んでもらえるとは思っていなかったから。
「本当に私でいいんですね?」
「当然です。それに……そろそろ僕が動かないとあなたを救えないと思ったんです」
「救う?」
予想外の言葉だったので私は聞き返してしまった。
「あっ、すみません。今のことは気にしないでください。でも、今のでセラフィーヌさんがやはり心から優しい人であるということがよくわかりました。やはり僕の選択は間違っていなかった」
クリストフ様の微笑みに疑わしいところはない。でも、何かクリストフ様が隠しているところがある気はした。
「セラフィーヌさん、もしかすると僕との婚約を悪く言う人が出てくるかもしれません。その時はすぐに僕に伝えてください。絶対に僕が守ります」
ああ、身分違いの婚約に渋い顔をする人をクリストフ様は警戒してらっしゃったのか。
「それと、念のために、あまり婚約の話もこちらからしないほうがいいです。やっかんでくる人はどこにいるかわかりませんから」
「ありがとうございます。剣術の授業は得意ではないのに、今のクリストフ様、まるで騎士みたいですね」
クリストフ様の顔が赤くなる。
「たしかに変に熱が入っていたかもしれません。もちろん何もなければいいんですけれどね」
◇◆◇◆◇
私とクリストフ様との婚約はすぐに正式に書面で交わされた。
半信半疑だった両親も婚約の書面を目にすると、心から喜んでくれた。
婚約の話を学園で話すのは控えていた。
クリストフ様の忠告はもっともで、うかつに私が話せば、男爵家の立場で有力な伯爵家の令息と婚約できたことを誇っているように思われかねない。
クリストフ様と目が合うことや人の少ない図書館で親しく話すようなことはあったけれど、クリストフ様もおおっぴらに婚約の話はしないでいるようだった。
「もしイヤガラセのようなことがあったら、すぐに教えてください。僕が必ず守ります」
「ご心配なさらなくても、何もないです。それに、婚約の話は広まってませんよ」
だが、狭い貴族の中でのこと、どこかでクリストフ様と私の婚約の話が漏れ聞こえたらしい。
ある日、クラスでも何人かの学友に質問された。ウソをつくわけにもいかないから、そうだと私は答えた。
すごいことだとクラスの伯爵家のご令嬢に讃えられたぐらいで、正面切って分不相応だなんて言うような人は誰もいなかった。
うん、イヤガラセのことはクリストフ様の杞憂だったようだ。
その日のお昼、私は食堂でランチのプレートを購入して、いつものようにオリーブさんとエリザベートさんと合流するテラス席へ向かった。
すでに二人は座って待っている。
婚約のことを伝えたほうがいいだろうか。友達の二人なら祝福してくれるだろうし。でもこちらから話さないというルールを一度決めたのだから、破るべきではないな。
「ねえ、セラフィーヌさん、クリストフ様と婚約したというのは本当なの?」
オリーブさんのほうから尋ねてきた。隣の教室にも伝わっていたようだ。
「ああ、うん……。自分でも信じられないんだけど……」
オリーブさんとエリザベートさんが顔を見合わせた。
ああ、祝福してくれるのかな。
そうじゃなかった。
「あなた、婚約の話黙ってて、私たちのこと、バカにしていたでしょう!」
「そうですわ! 子爵家の男程度しか捕まえられない女だって陰で笑っていたんでしょう!」
「あ~あ! 私たちも子爵家みたいなつまらない価値の男じゃなくて、伯爵や侯爵と婚約したかったわ!」
「ほんとですわ。私の婚約者と交換してもらえませんかしら。まあ、そんなもったいないことできませんわよね? 伯爵家の婚約者がいれば私たちをバカにできますものね!」
二人が憎しみのこもった顔で私に言葉をぶつけてくる。
「そ、そんな意図があるわけないじゃない! 婚約の話は誰にも話さないようにしていたんだから、なんで二人をバカにすることになるの……?」
いきなり口汚いことを言われて、私の声は少し震えてしまった。
まさか、友達だと思っていた人たちからこんなことを言われるなんて……。
「ったく。あなたみたいなのんびり屋は婚約者も全然現れなくてそのうち焦るんじゃないかと思ってたのに、こんな目に遭うなんて最悪だわ」
焦らなくていいと言っていたのは、オリーブさんだったのに。
あれもウソだったのか。
「あるいはクリストフ様の見る目がなかったのかもしれませんわね。男爵家の人間と結婚しようと思うだなんて非常識にもほどがありますわ。知らないところでクリストフ様を骨抜きにでもなさったのかしら。真面目そうな人だから、ころっと騙されたのかも」
「ひどい……。私だけでなく、クリストフ様のことまで悪く言うなんて……。入学した頃から、もう1年以上も一緒にごはんを食べている友達にかける言葉じゃない……」
手がわなわな震えた。
「友達? 悪いけど、あなたのことなんて友達だと思ったことなんて一度もないから」
「そうですわ。何のとりえもない、下っ端の男爵家の娘がそばにいれば、こんなのよりは恵まれていると思えるじゃないですの。上を見ればきりがありませんけれど、少なくとも自分には同じ家格の婚約者もいる。ほっとしますわよね」
そんなふうに見られていたんだ。
友達だと思っていたのは私だけなんだ。
「でも、それもおしまいだわ。これからは伯爵家の婚約者の話をしたり顔で話されたりするに決まってるもの」
「そうですわね。あなたたちの婚約者はしょせんそのへんの子爵家の人間だろうって心の中で思われるに決まってますから」
どうして、こんなひどい言葉ばかり口にできるんだろう。
こんなことばかり考えてこの二人は生きてきたっていうの?
「そんなこと思うわけないじゃない……。二人とも極端すぎる……」
「お黙り。いい子ぶったって無駄よ。せいぜい、伯爵家のご令息にフラれないようにたらしこみなさいな」
「それとも、ほかに愛人がいての仮面結婚かもしれませんけれどね」
もう、やめてほしい。本当にやめてほしい。
「あの奥手のクリストフ様に愛人なんているわけないでしょ。むしろ、このセラフィーヌがクリストフ様を骨抜きにしたのよ。彼を落とす手練手管をご教示いただきたいところだわ」
その時、靴の音が耳に響いた。
誰かが走ってきている。
「僕を侮辱するのは好きにすればいいが、僕の婚約者を侮辱するのは捨ておけないな!」
私の真ん前にクリストフ様が立っていた。
走ってきたらしく、肩で息をしている。
「僕とセラフィーヌさんとの婚約は両家で正式に決めたことだ。無論、法にも何も抵触してない。どこに問題点があるのか教えてほしいな」
目の前のオリーブさんとエリザベートさんが青ざめた顔をしている。
まさか、クリストフ様がすぐに来るとは思っていなかったのだろう。
「あ、あの……これは誤解であって……」
「そうですわ。友達同士でつい言葉が強くなっちゃっただけでして……」
その言葉を聞いた途端、黙っていられなくなった。
「友達ではありません」
私ははっきりと言った。
「先ほど、その二人に友達などとは思っていなかったと伝えられました。私みたいなつまらない人間がそばにいれば安心できるからだと……」
自分で言っても涙が出てきた。
でも、あそこまで言われて友達付き合いなんて続けられるわけがない。
ふっと、体がぬくもりに包まれた。
「セラフィーヌさん、今は悲しいかもしれない。でも、僕が必ず守ります、守り抜きます」
クリストフ様に優しく抱き留められていた。泣いている私の顔を隠すように。
「セラフィーヌさん、歩けますか? こんなところでずっと泣いていればあまりにも目立ちます。少し移動しましょう」
「は、はい……」
私がゆっくりと歩く横から何か言い訳のようなことを二人が言った。ただ、よく聞こえなかった。
「身分ばかり気になさる貴族もたくさんいます。それは否定しません。身分制の社会で僕も生きていますからね。ですが、誰かを見下すためだけにその地位を利用する人は醜く見えますよ」
私はクリストフ様に連れられて、空き教室に入った。
人の目もないので私も落ち着いてきた。
「あの……以前、『そろそろ動かないと救えない』とおっしゃっていたのは、このことだったんですね私だけが友達だと勘違いしている、いびつな人間関係が外側からは見えていたんですね」
「その懸念もありました。それと、セラフィーヌさんの評判まであそこにいると知らないうちに下がってしまう危険もありました。幸い、教室などであなたは誰にも優しかったから冷たい人という印象は周囲に与えませんでしたが」
そういえば、オリーブさんもエリザベートさんも人の悪口ばかりを話題にしていた。
「私、本当に二人を友達だと思っていたんです。だって一年以上ああやってランチを一緒に……」
「それを友達だと思ってしまうのは仕方ないですよ。セラフィーヌさんは悪くありません。自分を安心させるためだけに見下してる相手と時間を過ごそうと考える人間がいるなんて、普通は想像できません」
クリストフ様は私を優しく抱きしめてくれた。
悲しみを愛おしさが覆い隠していく。
「僕も人の心が読めるわけではありません。ただ、あの二人が教室でセラフィーヌさんの悪口を言っているのを聞いたことがあって。僕だけではなく、知っている人は何人もいました。もちろん友達同士のやりとりということもありますから、それだけではなんとも言えなかったんですが……」
ああ、私がまずい人間関係に巻き込まれていることは話題になっていたのか。
「でも、もう気にしないでけっこうです。これからは僕が守ります。僕はあなたを絶対に裏切りません」
その言葉が本当にうれしかった。
◇◆◇◆◇
その日以降、オリーブさんとエリザベートさんを学園で見なくなった。
親が謹慎させているという話が噂話で少し耳に入った。
数日後、教室に私を呼ぶ一学年上の令息二人がやってきた。
いったい何だろうと思ったが、自己紹介をされて、すぐに意味がわかった。
「オリーブの婚約者だったアレクシです」
「同じく、エリザベートの婚約者だったカミーユだ」
何か詰問でもされるのかと少しこわばってしまったが、その前にお二人が頭を下げた。
「本当に申し訳ないことをしてしまいました。あれが謝罪するとは思えないので、私が代わりに謝罪いたします」
「同じく。あの人格破綻者が謝罪などするとは思えないから、俺から謝罪させてくれ。婚約破棄したとはいえ、あれを野放しにしてしまっていたのは俺にも責任がある」
たしかに婚約破棄という言葉が聞こえた。
「私もオリーブと婚約破棄をしました。これまでも人を愚弄するような言葉が多く、注意していたのですが、昼食の時間の件で愛想が尽きました。あの件は見ていた人も多くて、学園中の噂になってしまいましたからね」
「えっ! そんなことになってたんですか!」
正直、怖くて影響まで確認しようとはしていなかったのだけど、そこまで話が広がっていれば、学園に来ずに謹慎するしかないだろう。
「あの二人が子爵家の私をバカにしていたという話もいろいろ聞こえてきました。なんで伯爵家や侯爵家ではないんだというんです。つまり、私たちも愚弄されていたんですよ。自分を侮辱する人間と生涯を共にしたいと思いますか?」
「まったくだ。許してくれと泣いて頼まれたけど、遅いにもほどがある。そんなに子爵家の人間で不満なら、どうぞ伯爵家のご令息とでも結婚したらどうだと言ってやったよ」
二人はともにせいせいしたという顔をしている。
それでも婚約破棄は大事だ。少なくとも、私への謝罪の意味だけから勢いでされてしまうと困る。
「あの、私への詫びのためにやむなく婚約破棄するというなら考え直してください。私はあの人たちのご周辺を困らせたいわけではありませんから」
「セラフィーヌさん、結婚というのは家格などよりもまず、相手の人格を尊重する必要があるんです。それができない相手だとわかった以上、どうすることもできないんですよ」
「趣味の違いとかいった次元のことじゃないからな。それに婚約者をたしなめられずに、君を深く傷つけてしまった責任は俺たちにもある。その責任をとらなければ次に軽蔑されるのは俺たちだ」
「まあ、この学園の中であの二人と婚約したい男は誰もいないでしょうね。すぐに点数をつけられて比べられるのが目に見えてますから」
「そういうのはこそこそとやるから楽しいのに、あいつらは大きな声でそれをやったんだ。庶民の噂話でももう少し声の調節に気をつける。悪口っていうのは、自分の価値もずいぶん下げちまうもんだな」
二人は最後に改めて私に深く頭を下げて去っていった。
その日、私は図書館でクリストフ様と二人きりになる時間があった。
「短期間でいろんなことが起こりすぎて、ちょっとまだ整理ができません。自分が不幸になってるわけではないから、これでいいとは思っているんですけど」
「その通りです。セラフィーヌさんはずっとそのままでいればいいんです。人をたくさん傷つけた人が退場して、人を信じ続けたあなたは残っている――それが答えです。あっ……少しキザすぎましたかね」
「いえ、うれしいです」
私たちはほかに誰もいないことを確認してから、そっと抱擁した。
クリストフ様は温かい。
ここに人を傷つける寒々とした氷の刃みたいなものはない。
そう、私は人を信じて生きて行く道を選ぼう。
どうせ、不器用な私が急に人を陥れる生き方などできるわけがないし、そんな下手な策謀で成功するわけもないのだから。
「こんなことなら、もっと早く、婚約の申し込みをしたほうがよかったですかね。そしたら、もっと長い時間、二人で過ごせたかもしれない」
「クリストフ様、どうせなら未来のことを考えましょう。私はそうしようと思っていますよ」
「そうですね。一緒に歩んでいきましょう」
◇◆◇◆◇
後日談。
謹慎期間があけて学園に戻ってきたオリーブとエリザベートだったが、まともに会話してくれる人間はおらず、結局、昼食の時間を二人で過ごすことになった。
「エリザベート、あなたが悪口ばかり言って、私の品位まで下げたんだわ」
「何を言ってますの! 悪口をこぼしていたのはほとんどあなただったでしょうが!」
そうっとバカにするセラフィーヌという存在もおらず、しかも攻撃の矛先がお互いに向いてしまったせいで、二人の口論はすぐにヒートアップしてしまった。
先に手を出したのはオリーブだった。エリザベートの頬を張った。
エリザベートもお返しとばかりにオリーブの髪を引っ張った。
そのケンカは教師が割って入るまで続き、二人は学園の品位を著しく汚したということで、退学処分となった。




