第七話嘘と忠誠
王都・謁見の間。
「報告しろ」
王の声は低い。玉座の前に跪くのは、リシア。背筋は伸びている。
「対象は山岳地帯にて接触。戦闘後、逃走しました」
「S級部隊を投入した」
「はい」
「取り逃がした理由は」
一瞬の間。だが迷いはない。
「対象は雷属性魔物の残留魔力を利用し、地形ごと崩落させました」
玉座の間がざわつく。
「崩落だと」
「はい。山岳東面が一部崩れ、追撃路が寸断されました」
事実ではない。だが、あり得る話。
「副隊長はなぜ無事だった」
「対象は私を優先的に排除しました。気絶後、崩落に巻き込まれずに済みました」
嘘を重ねる。顔色一つ変えない。王はしばらく黙っていた。
「……殺さなかったのか」
「はい」
「なぜだと思う」
「余裕、あるいは慢心」
ほんのわずか。その言葉に、自分でも違和感を覚える。
だが表情には出さない。王は目を細めた。
「S級部隊の報告と一致するか?」
横に控えていた部隊長が一歩出る。
「……山岳東面の崩落は確認しました」
リシアは内心で息を吐く。
昨夜。彼女は密かに部隊長へ提案していた。
「対象は地形を利用する。崩落の危険がある」
「……確証は」
「ない。だが可能性は高い」
その言葉で、部隊は慎重に動いた。
実際、軽度の崩落は起きた。
アレンが逃走時に誘発した小規模な落石。
それを“拡大解釈”する。嘘は、事実の上に乗せる。
王は玉座に深く腰を下ろした。
「……よかろう」
空気が緩む。
「副隊長リシア」
「は」
「責任は問わぬ」
周囲がどよめく。
「だが次はない」
「承知しております」
「対象は引き続き最優先監視」
「はい」
王は最後に一言。
「情に流されるな」
一瞬。蒼い瞳が揺れた。
「……騎士として、当然です」
謁見後。廊下を歩くリシアに、S級部隊長が並ぶ。
「副隊長」
「何だ」
「昨夜の崩落」
「疑っているのか」
「いや」
部隊長は小さく笑う。
「あなたは嘘が上手い」
足が止まる。
「だが」
彼は続ける。
「対象があなたを殺さなかったのも事実だ」
沈黙。
「……任務に私情はない」
「ならいい」
部隊長は去る。残されたリシアは、窓の外を見る。
遠くの山々。彼が消えた方向。
「……借りだ」
小さく呟く。
一方。深い森の奥。アレンは川辺で魚を捌いていた。
淡水魔魚。鱗に微弱な魔力。丁寧に落とす。刺身にできそうだ。
「……静かだな」
追手の気配はない。S級の殺気も、賞金稼ぎの欲も。
不自然なほど。理由は分かる。
「……上手くやったな」包丁代わりの短剣を拭く。彼女は生き残る。立場も守った。そして自分は、また自由。刺身を一切れ口に運ぶ。透明な旨味が広がる。
「悪くない」
川のせせらぎ。森の匂い。静かな自由。だが今は、少しだけ違う。孤独ではない。遠く離れた王都に、自分を知る目がある。
「……面倒だ」
それでも。口元はわずかに緩んでいた。




