第六話巻き込まない
夜の山岳。風が強い。遠くで松明の列が揺れている。S級討伐部隊。十数名。魔力の質が違う。重い。殺すためではない。
“捕らえるために最適化された殺気”。
「囲われる」
リシアが短く言う。
「三分で接触だ」
アレンは松明の配置を見る。無駄がない。退路を潰し、圧縮する陣形。
「……本気だな」
「陛下は合理的だ」
「お前はどうなんだ」
リシアは答えない。ただ剣を抜く。
「共闘だ。突破する」
アレンは焚き火を消す。視線を横に向ける。
「お前は戻れ」
「何?」
「単独追跡は命令違反だろう」
「今さらだ」
「俺と共闘すれば、確定だ」
沈黙。足音が近づく。
「構わない」
即答だった。その声に、迷いはない。
「私は騎士だ。命令より国を守る」
「国か」
「……違うな」
リシアは小さく息を吐く。
「君が危険かどうか、自分で確かめる」
アレンはわずかに目を細める。理解した。この女は止まらない。ならば。
――巻き込まない。
地面に転がっていた雷鳥の羽根を拾う。魔力を込める。
「何を」
「目を閉じろ」
次の瞬間。閃光。轟音。岩壁に反射し、音が拡散する。
「くっ……!」
リシアが一瞬視界を失う。その隙。アレンは彼女の背後に回り、軽く首筋を打った。的確に、落とす位置。
「……アレン……」
崩れ落ちる体を受け止める。
「悪いな」
抱き上げ、岩陰へ運ぶ。気絶は短時間。命に別状はない。
外套を外し、彼女にかける。松明の光が迫る。もう時間がない。アレンは立ち上がる。わざと、地面を強く踏み鳴らす。反対方向へ駆ける。
「いたぞ!」
S級部隊が反応する。
矢が飛ぶ。岩を蹴る。崖を滑り降りる。速度を上げる。
背後で怒号が響く。包囲は、彼へ集中した。数分後。リシアが目を覚ます。
「……っ」
状況を理解するのに、時間はかからなかった。
「……馬鹿」
外套を握る。足音が近づく。
「副隊長!」
S級部隊の一人が駆け寄る。
「ご無事ですか!」
「対象は」
「東へ逃走!」
リシアは立ち上がる。唇を噛む。追える。
だが――
今追えば。
彼が意図した意味が、消える。
「追撃は任せる」
「は?」
「私は王都へ戻る」
部隊長が眉をひそめる。
「しかし」
「これは命令だ」
声は冷たい。完璧な副隊長の声。だが拳は、白くなるほど握られていた。
一方。アレンは崖を越え、森へ飛び込む。
息は乱れていない。だが胸の奥が、少しだけ重い。
「……面倒だ」
夜空を見上げる。星が揺れる。背後の気配は遠ざかっていく。狙い通り。リシアは安全圏。彼女の立場も、まだ守れる。自分だけが追われればいい。それで済む。
「俺は、自由でいい」
小さく呟く。だがその言葉は、少しだけ空虚だった。
焚き火のない夜。料理もせず、木にもたれて座る。
腹は減っていない。なのに、何かが足りない。目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、焚き火越しの蒼い瞳。
「……厄介だな」
遠くで狼が鳴く。賞金首は、さらに価値を上げる。王は包囲を強める。騎士は葛藤を抱える。
そして料理人は――
初めて、自分の選択に少しだけ迷いを持った。




