第五話追う者、追われる者
山岳地帯。標高が上がるにつれ、空気が薄くなる。岩場を踏みしめながら、アレンは小さく息を吐いた。
「……早いな」
街道沿いの村で見た掲示板。そこに貼られていた紙。
【特別警戒対象】
黒衣の男。
魔物を回収し、危険な研究を行う疑いあり。
発見次第、騎士団へ通報。
似顔絵は雑だが、特徴は一致している。
「研究、か」
肉を焼きながら呟く。今日は山岳猪。脂が強い。低温でゆっくり火を入れる。岩塩を砕き、表面にまぶす。脂が落ち、炎が揺れる。「……悪くない」噛んだ瞬間、体が温まる。魔力が巡る。だが同時に、森の奥で気配が動く。
人。複数。賞金目当ての冒険者か。アレンは立ち上がる。
「面倒だな」
矢が飛ぶ。首をわずかに傾ける。岩に刺さる。
「いたぞ!」
三人。軽装。練度は高くない。
「大人しく捕まれ!」
「断る」
一歩踏み込む。柄で鳩尾。足払い。喉元寸止め。三十秒。三人は地面に転がった。
「……殺さないのか」
背後から声。アレンは振り向かない。
「腹は減っていない」
そこに立っていたのは。白銀の鎧。だが、単独。
「リシア」
「単独行動だ。命令違反だがな」
「物好きだ」
「賞金稼ぎに任せれば、いずれ死人が出る」
彼女は冒険者たちを見る。
「君は殺さない」
「必要ない」
「だが、彼らは違う」
沈黙。
山風が吹く。
◆ 王都側
「まだ捕らえられんのか」
王の声は低い。
「各地で撃退されています。死者は出ていません」
側近が報告する。
「殺さぬ、か」
「ええ。意図的に急所を外していると」
王は目を細める。
「力を誇示しているのか、慈悲か」
「副隊長リシアが単独で追跡を続行中です」
「……あれは優秀だ」
王はゆっくり立ち上がる。
「だが感情に流される」
「ご懸念は」
「近すぎる」
王は窓の外を見る。
「手を打つ」
「と、申されますと」
「S級討伐部隊を動かせ」
空気が凍る。
「あれは対魔王級ですぞ」
「だからだ」
王の瞳が光る。
「逃がし続ければ、彼は象徴になる」
「象徴は厄介だ」
◆ 山岳地帯
夜。
焚き火を挟んで二人。奇妙な光景。
「なぜ追う」
アレンが問う。
「任務だ」
「それだけか」
リシアは少しだけ沈黙する。
「……知りたい」
「何を」
「君が、何者なのか」
焚き火が爆ぜる。
「ただの料理人だ」
「嘘だな」
「本当だ」
「剣も使える」
「包丁と変わらん」
わずかに、リシアの口元が緩む。初めてだった。
「君は世界を変える力を持っている」
「興味がない」
「だが世界は君を放っておかない」
その時。地面が震えた。重い魔力。遠くから近づく、統率された殺気。アレンの目が細まる。
「……来たか」
リシアも立ち上がる。
「この気配……S級討伐部隊」
空気が張り詰める。
「君を本気で捕らえる気だ」
「逃げる」
「無理だ。あれは囲う」
視線が交わる。短い沈黙。
「共闘するか」
アレンが言う。
「逃げるためだけだ」
「十分だ」
遠くで松明の光が揺れる。
精鋭の足音。王が本気を出した。自由を守る料理人と、職務と信念の間に立つ騎士。
包囲網が、狭まる。




