第三話同じ道は歩かない
森を抜けるまで、半日。アレンの前を歩くのは、白銀の鎧。ルミナリア王国騎士団第三部隊。その中央にリシアがいる。
「……監視と言ったな」
アレンが静かに口を開く。
「そうだ」
「いつまでだ」
「判断がつくまで」
簡潔な会話。だが騎士たちの視線は常にアレンへ向いている。魔物を食う男。危険人物か、奇跡か。まだ結論は出ていない。その日の夕刻。森の外れで野営となった。騎士たちは干し肉と硬いパンを取り出す。アレンは、布に包んだ岩亀の肉を取り出した。
「またそれか……」
若い騎士が眉をひそめる。
「処理は済んでいる」
淡々と火を起こす。岩亀の肉を薄く切り、表面を軽く焼く。脂が少ない分、短時間で。骨から取った出汁を温める。そこへ肉をくぐらせる。
「……浸し焼きか」
リシアが呟く。
「硬い肉は、水分を奪うな」
椀に注ぐ。香りが夜気に溶ける。騎士たちの手が止まる。
「食うか」
「……」
リシアは部下を見る。迷い。だが昨日の味を思い出している。
「……少しだけだ」
椀が配られる。一口。今度は誰も驚きの声を上げない。
ただ、静かに食べる。干し肉より柔らかい。体が温まる。
疲労が抜ける。
「魔物は……こんな味がするのか」
若い騎士が呟く。
「違う」
アレンは即答する。
「これは岩亀の味だ」
「?」
「種ごとに違う。焼き方で変わる。血抜きで変わる」
焚き火が揺れる。リシアはアレンを見る。
「なぜ、そこまでして食べる」
「命だからだ」
「魔物だぞ」
「同じだ」
即答。
リシアの眉がわずかに寄る。
「奴らは人を襲う」
「腹が減れば人も襲う」
空気が張る。騎士の一人が立ち上がる。
「貴様、騎士を侮辱しているのか!」
「座れ」
リシアが制した。アレンは感情を動かさない。
「俺は奪うことを否定しない。だが、奪うなら使い切る」「……」
「それだけだ」
沈黙。焚き火の音だけが響く。翌朝。街道の分岐点。王都へ向かう道と、南の荒野へ続く道。
「王都へ来い」
リシアが言う。
「君の力は国家にとって有益だ」
「縛られるのは嫌いだ」
「待遇は保証する」
「興味がない」
即答。リシアは小さく息を吐く。
「……自由に旅をする気か」
「ああ」
「では問う」
蒼い瞳が真っ直ぐ向く。
「君は何を目指している」
少しだけ、間があった。アレンは空を見上げる。
「旨いものを探す」
騎士たちが呆れた顔をする。だがリシアは、笑わなかった。
「……世界がどうなろうと?」
「俺の皿の上だけは、守る」
風が吹く。沈黙。やがてリシアは剣を軽く鳴らした。
「ならば私は国を守る」
「好きにしろ」
「だが覚えておけ」
彼女は一歩近づく。
「君が危険と判断した場合、私は斬る」
「そうか」
「その時は、全力で来い」
「もちろんだ」
一瞬だけ、視線が交わる。敵意ではない。理解でもない。
ただ、対等。アレンは南へ歩き出す。振り返らない。騎士団は王都へ向かう。だがリシアだけは、一度振り返った。
黒い外套が遠ざかる。森の奥へ。その背に、なぜか確信めいたものを感じる。――あの男は、世界を変える。根拠はない。ただの勘。アレンは歩きながら、小さく呟く。
「次は、雷鳥か」
空の彼方で、雲がわずかに渦を巻いた。
世界は、静かに動き始めている。




