表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/6

第二話それを、食べる気か

森に、金属音が響いた。剣と爪がぶつかる硬質な衝撃。怒号。馬のいななき。玲司――いや、今はアレンと名乗る男は、木の陰からそれを見ていた。五人編成。統一された白銀の鎧。胸元に刻まれた紋章は、剣と天秤。

――ルミナリア王国騎士団。

彼らが囲んでいるのは、巨大な岩亀。甲羅は岩盤のように分厚く、前脚は丸太ほどもある。岩亀は咆哮し、地面を踏み砕く。

「左脚を狙え! 魔力を集中させろ!」

凛とした女の声が飛ぶ。先頭に立つ騎士。他より細身だが、無駄のない動き。金髪を後ろで結い、蒼い瞳が魔物を射抜いている。

――副隊長、リシア。

岩亀の脚に一閃。甲羅の隙間に剣が滑り込む。内部から鈍い音。魔物が崩れ落ちた。土煙が舞う。静寂。

「……討伐完了。損害は?」

「軽傷一名のみです!」

「よし。コアを回収しろ」

騎士たちが作業を始める。

玲司はその様子を観察する。

手際は悪くない。

だが――

「……もったいない」

ぽつりと漏れた。騎士が振り向く。

「誰だ!」

玲司は木陰から出た。

黒い外套。腰の剣。無表情。

「通りすがりだ」

「ここは討伐区域だ。民間人は――」

 言い終わる前に、玲司は岩亀の死体へ近づいた。 騎士たちが一斉に剣を構える。

「止まれ!」

「触るな、それは危険だ!」

玲司はしゃがみ込み、甲羅を軽く叩いた。音を聞く。指で縁をなぞる。

「出汁が出るな」

「……は?」

リシアが一歩前に出る。

「何をしている」

「回収だ」

「コアは既に――」

「違う」

玲司は短剣を取り出す。躊躇なく、岩亀の腹部に刃を入れた。

「待て!」

 騎士が止めようとするが、リシアが手で制した。

「……見る」

玲司の手元から、淡い光が広がる。内臓にまとわりついていた黒い靄が、霧のように消えていく。騎士たちが息を呑む。

「毒素が……消えた?」

玲司は黙々と解体を続ける。肉を部位ごとに分ける。骨を丁寧に外す。血抜きをし、川へ運ぶ。その動きに迷いはない。戦場とは思えないほど静かな作業。やがて彼は言った。

「火を貸せ」

「……何をする気だ」

「食う」

 空気が凍る。

「それを、食べる気か」

 リシアの声は低い。

「魔物だぞ。毒も呪いもある」

「処理した」

「あり得ない」

「味を知らないだけだ」

玲司は骨を砕き、即席の鍋を組む。水を張り、火にかける。岩亀の骨を投入。しばらくして――香りが立ち上る。

濃厚で、深い匂い。騎士の一人が思わず喉を鳴らした。

「……なんだ、この匂いは」

玲司は肉を軽く炙り、鍋に落とす。即席の塩草を摘み、放り込む。煮立つ。黄金色のスープ。木椀に注ぐ。一口飲む。目を閉じる。

「……悪くない」

沈黙。リシアが近づく。

「本当に、害はないのか」

「試すか」

差し出された椀。騎士たちがざわめく。

「副隊長、危険です!」

リシアは玲司を睨む。その目は真っ直ぐだ。恐怖より、探究。彼女は椀を受け取った。一口。止まる、もう一口。蒼い瞳が、わずかに揺れる。

「……美味い」

誰もが息を止める。身体の奥が温かくなる感覚。疲労が軽減される。

「魔力が、回復している……?」

玲司は淡々と言う。

「食えば循環する」

「循環……?」

「命は回すものだ」

リシアはしばらく黙っていた。やがて告げる。

「名前は」

「アレン」

「所属は」

「ない」

「……監視対象だな」

 騎士たちがざわつく。

「君は危険かもしれない」

「そうか」

「だが、有益でもある」

リシアは剣を収めた。

「しばらく同行させてもらう」

「好きにしろ」

玲司は残りのスープを飲み干す。火を消す。残った肉を布で包む。騎士団と並んで森を歩き出す。その背後で。討伐されたはずの岩亀の死骸が、淡い光となって地面へ溶け込んでいく。誰も気づかない。世界が、ほんのわずかに呼吸を取り戻したことに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ