第十九話魔王城の厨房
王城、執務室。
「魔王領へ同行したい?」
王は書類から目を上げる。
「はい」
リシアは真っ直ぐ立つ。
「理由は」
「護衛です」
「奴は単独で龍脈核に飛び込んだ男だ」
「それでもです」
王は静かに観察する。
「騎士としてか」
「はい」
「個人としては」
「……含みます」
沈黙。
「条件がある」
「承知」
「一切干渉するな」
「……干渉?」
「魔王と奴のやり取りに、剣を抜くな」
「魔王が敵対しても?」
「その時は全てが終わる」
王の声は冷静。
「これは戦ではない」
「料理だ」
「……はい」
「そして」
王は続ける。
「帰還命令を出せば即座に従え」
「分かりました」
「行け」
リシアは深く一礼する。
黒曜の城。重い門が開く。魔族たちがざわめく。
「戻ったか、料理人」
玉座の間。魔王は立ち上がる。視線が刃へ向く。
「それが」
「ああ」
アレンは布を外す。白銀の包丁。 淡い紅の紋様が脈打つ。魔王の赤い瞳がわずかに揺れる。
「……美しい」
「握ってみろ」
近衛がざわつく。リシアは無言で立つ。干渉しない。
魔王が包丁を取る。ギシ、と鳴らない。魔力が溝へ流れる。刃は歪まない。
「……軽い」
「逃がしてる」
魔王はまな板へ向かう。
素材は魔王領特産、深淵鹿。
「切るぞ」
静寂。刃が落ちる。ス、と音。完璧な断面。
近衛が息を呑む。
「……切れた」
魔王の声は、わずかに震えている。
「次だ」
アレンが言う。
「焼く」
巨大な炉。魔王の魔力が炎を生む。だが今は暴れない。
包丁と同じく、制御されている。
「火は強すぎる」
「抑える」
「一気にじゃない。波で」
「波……」
魔王は目を閉じる。炎が揺らぐ。荒れない。
一定のリズム。
「いい」
肉を置く。音が鳴る。香りが立つ。魔族たちがざわつく。
「香草は?」
「人間領のものだ」
「貸せ」
刻む。魔王の切り口はまだ粗い。
「刃を信じろ」
「……ああ」
焼き上がる。盛り付ける。皿に置く。沈黙。
魔王が口に運ぶ。咀嚼。目を閉じる。玉座の間より静か。
やがて。
「……回る」
「何が」
「魔力が」
城全体に、穏やかな波が広がる。暴発ではない。循環。
近衛が驚く。
「魔王様の魔力が、安定している……!」
アレンは腕を組む。
「料理は制御だ」
魔王は皿を見つめる。
「力を押さえ込むのではない」
「流す」
「……そうか」
赤い瞳がアレンを見る。
「対決だ」
「は?」
「貴様も作れ」
「面倒だな」
「我が魔王だ」
「俺は料理人だ」
視線が交わる。
「同条件」
「素材は深淵鹿」
「時間は?」
「一刻」
リシアは息を呑む。干渉しない。だが見守る。
二つの炉に火が入る。魔王は魔力を抑え、流す。
アレンは最小限の魔力で引き出す。対照的。だが目指す先は同じ。“循環”。魔族たちが固唾を呑む。やがて。二皿が並ぶ。魔王の皿。力強く、濃密。アレンの皿。静かで、深い。
「……食べ比べだ」
互いに交換する。一口。沈黙。数秒。魔王が笑う。初めて。
「負けだ」
ざわめき。
「我のは“抑えた料理”だ」
「貴様のは“流した料理”だ」
アレンは淡々と答える。
「お前はまだ力を意識してる」
「……なるほど」
魔王は包丁を見つめる。
「学ぶ」
「好きにしろ」
「戦争は?」
近衛が問う。
魔王は断言する。
「起こさぬ」
赤い瞳がアレンを見る。
「三勢力均衡だ」




