第十五話消えた料理人
龍脈核、最深部。白濁した魔力の海。脈打つ巨大な結晶体。それは心臓のように鼓動していた。 だが鼓動は乱れている。吸い上げ、溜め込み、吐き出せない。
「……詰まりだな」
アレンは立つ。
足場は不安定。空間が歪み、上下の感覚が曖昧になる。
だが彼は包丁を握る。
「料理と同じだ」
火加減を間違えれば焦げる。塩を誤れば壊れる。
なら。
“適量”に戻すだけ。
《神饌調理》を最大出力で展開。
魔力を掴む。喰らう。分解。再構築。
だが。
規模が違う。胃が裂けるような圧。骨が軋む。
「……多すぎる」
龍脈核が悲鳴のような振動を発する。溜まり続けた数百年分の歪み。それを、一人で捌く。無理だ。だが止められない。
「回れ」
魔力を嚙み砕く。循環を作る。小さな流れが生まれる。
だが次の瞬間。核が暴走する。臨界。白い閃光。
「――――」
世界が、音を失う。
王都から見えたのは、巨大な光柱だった。山脈を貫く閃光。空の亀裂が一瞬で消し飛ぶ。
衝撃波。大地が震え、窓が割れ、城壁が軋む。
「中心が爆ぜた!」
騎士団が出動する。リシアは誰よりも先に馬を走らせた。
「急げ!」
数時間後。山脈最奥。
そこにあったはずの縦穴は――
消えていた。巨大なクレーター。
だが奇妙なことに。
魔力は、安定している。空は澄み。風が吹き。草が揺れている。循環は戻っていた。
「……成功、したのか」
騎士が呟く。リシアは崖の縁に立つ。
「アレン!」
返事はない。
索敵魔法。反応なし。魔力痕跡も、途中で途切れている。
「……消えた?」
王も到着する。クレーターを見下ろす。
「遺体は」
「確認できません」
リシアの拳が震える。
「生存の可能性は」
学者が答える。
「爆心地です。肉体があれば……」
言葉を濁す。王は静かに言う。
「奴は“回した”」
周囲の魔力濃度は安定している。世界は、息を取り戻している。
「代償か」
リシアは膝をつく。
「……約束した」
三ヶ月。
まだ終わっていない。だが、彼はいない。
一方。
どこか。
潮の匂い。波の音。アレンは砂浜に倒れていた。
「……痛ぇ」
目を開ける。青空。知らない海。知らない島。身体は焼けるように重い。だが生きている。
「……飛ばされたか」
爆発の瞬間。
核の中心で、何かが“弾いた”。
循環が完成した瞬間。余剰エネルギーが、彼を押し出した。排出。
まるで。
“異物を外へ出す”ように。
アレンはゆっくり起き上がる。
魔力はほとんど空。
包丁もひび割れている。
「……無茶したな」
遠くに見えるのは、見たことのない建築様式。
帆船。
塔。
「ここ、どこだ」
その時。
背後で足音。振り向く。銀ではない。黒い装束。尖った耳。
赤い瞳。
「……人間?」
女が呟く。魔族だ。アレンはため息をつく。
「面倒な場所に落ちたな」
女は剣に手をかける。
「ここは魔王領だ」
静寂。
アレンは空を見上げる。
「……そうか」
世界は救った。だが今度は。敵地のど真ん中。




