第十四話中心へ
夜明け前。
空の亀裂は増えていた。山の向こう、王都の方向にも黒い線が走っている。風がない。鳥も飛ばない。世界が息を止めている。アレンは地面に手を置く。微かな振動。脈のような波。
「……中心がある」
「分かるのか」
リシアが問う。
「ああ。流れが全部、そこに吸われてる」
循環が止まり、魔力が淀み、溜まり、暴発している。
だが暴発は結果だ。原因は、別にある。
「行くのか」
「行く」
「私も――」
声を遮る。
「駄目だ」
即答。
リシアの眉が寄る。
「なぜだ」
「王都を守れ」
「それは騎士団の役目だ」
「お前の役目だ」
「私は今――」
「個人だと言う気か」
言葉を遮る。
「王都に亀裂が出てる」
遠くの空を指す。
「俺が外したら、あそこが一番危ない」
沈黙。
「中心は危険だ」
「分かってる」
「一人では無理だ」
「二人でも無理かもしれない」
リシアは拳を握る。
「ならなぜ一人で行く」
アレンは静かに答える。
「俺の力は、喰って回す」
「……ああ」
「中心は、たぶん“溜まりきった何か”だ」
「なら尚更」
「近くに誰かいたら、巻き込む」
淡々とした声。だが嘘ではない。今までの暴発を見れば分かる。 あれは“調理前の素材”ではない。世界規模の、未分解の塊。
「俺は皿の前に立つ」
「それが爆ぜるかもしれない皿でもか」
「爆ぜる前に食う」
リシアは、何も言えない。朝日が昇る。空の亀裂が赤く染まる。
「王に伝えろ」
アレンが言う。
「中心に向かう、と」
「命令ではないな」
「頼みだ」
短い沈黙。
「……三ヶ月」
「?」
「まだ終わっていない」
「そうだな」
「だから死ぬな」
「努力はする」
リシアは一歩近づく。
鎧越しに、拳で軽く胸を叩く。
「必ず戻れ」
「保証はしない」
「殴るぞ」
「怖いな」
ほんの僅かな笑み。それが最後。アレンは背を向ける。
迷いなく、山脈の奥へ。
王都。
リシアは馬を飛ばす。
城門が開く。
「副隊長!」
「陛下に報告だ!」
玉座の間。
王は既に空を見上げていた。
「行ったか」
「……はい」
「止めなかったな」
「止まりません」
王は頷く。
「中心は“龍脈核”だろう」
「龍脈核?」
「世界の循環を制御する古代装置だ」
初めて明かされる言葉。
「それが暴走している」
「なぜ今」
「魔王弱体で均衡が崩れた」
王は静かに言う。
「奴はそこへ行く」
「はい」
「生きて戻る確率は」
「低いでしょう」
王は目を閉じる。
「だが最適解だ」
冷酷ではない。
合理。
「全軍、王都防衛態勢」
「陛下?」
「最悪の場合、中心が爆ぜる」
その衝撃は世界規模。
「奴が失敗した時の備えをする」
リシアの喉が鳴る。
「成功すると信じないのですか」
王は静かに答える。
「信じる」
「だが王は、祈らない」
一方。
山脈最奥。大地が割れている。底の見えない縦穴。
そこから溢れる、白でも黒でもない“濁り”。
空間が歪む。時間が揺れる。アレンは穴の縁に立つ。
「……でかいな」
中心。
龍脈核。世界の厨房。
「さて」
包丁を握る。
「食えるか」
答えはない。
だが躊躇もない。
アレンは闇へ飛び込む。




