第十一話王と料理人
夜。
森は静まり返っていた。包囲網は敷かれている。騎士団、魔導士、索敵結界。だが、その中心だけが不自然に空いている。円形の空白地帯。そこに、アレンは立っていた。
「……罠だな」
「違う」
低い声。
闇の奥から、一人の男が歩み出る。豪奢な装いはない。
剣も持たない。ただ、静かな威圧。
王だ。
「護衛は?」
「外周だ」
「無防備だな」
「お前が私を殺せば、国は崩れる」
「殺す理由がない」
「分かっている」
二人の距離、十歩。森が息を潜める。
「単刀直入に言う」
王が言う。
「我が国に来い」
「断る」
即答。王はわずかに口元を緩める。
「交渉くらいさせろ」
「時間がもったいない」
「では聞け」
王の声は静かだが、重い。
「この国の農地は三割が枯死寸前だ」
「知っている」
「魔物は飢え、凶暴化している」
「見た」
「魔力は減衰し、治癒術の効果も落ちている」
「感じた」
王は一歩踏み出す。
「お前は、それを回せる」
沈黙。
「偶然だ」
「三度続けば必然だ」
「俺は料理しただけだ」
「結果が出ている」
王の瞳は冷たい合理。
「国家は結果で動く」
「個人は意思で動く」
「だから噛み合わん」
風が揺れる。
「お前を幽閉する気はない」
「信用できない」
「だろうな」
王は素直に認める。
「だが制限はかける」
「却下だ」
「報酬は好きに決めろ」
「自由が報酬だ」
「国の中で自由に動けばいい」
「国が線を引く時点で自由じゃない」
沈黙。
王は目を細める。
「なぜそこまで拒む」
アレンは答える。
「俺は一度、使い潰された」
厨房の記憶。過労。倒れた床の冷たさ。
「道具になる気はない」
王はその目を見る。虚無ではない。燃え尽きた炎の残り火。
「……なら条件を出せ」
「?」
「国家に縛られぬ形で協力する方法だ」
意外な言葉。
「定住はしない」
「構わん」
「命令は聞かない」
「提案に留める」
「報酬は食材と情報」
「用意しよう」
王は即答する。
「ただし」
王の声が低くなる。
「国家存亡級の事態には強制要請を出す」
「拒否権は」
「ない」
再び、対立。
「……あんたは」
アレンが言う。
「国を守るためなら何でもする顔だ」
「当然だ」
「俺も同じだ」
「何を守る」
「皿だ」
王は一瞬、言葉を失う。
「目の前の命を無駄にしない」
「それだけだ」
「それで世界が救われるなら安いものだ」
「世界を救う気はない」
「だが救っている」
静かな衝突。
どちらも間違っていない。
遠く、森の外周。
リシアは息を殺していた。
(陛下……)
介入できない。
これは王と王の対話。
「最後に問う」
王が言う。
「我が国を見捨てるか」
アレンは空を見上げる。
星が瞬く。
「見捨てない」
「なら来い」
「だが、属さない」
王はゆっくり息を吐く。
「……厄介な男だ」
「よく言われる」
長い沈黙の末。
「三ヶ月だ」
王が告げる。
「三ヶ月、自由に動け」
「その後は?」
「再交渉だ」
期限付き停戦。
「包囲は解く」
「助かる」
「だが監視はつける」
「好きにしろ」
王は踵を返す。
去り際、言う。
「お前は王になれる資質がある」
「興味ない」
「だろうな」
王は闇に消える。
森に一人残るアレン。
「……三ヶ月か」
自由。だが時間制限付き。遠くからリシアが歩み寄る。
「無事で何よりだ」
「聞いていたな」
「騎士だからな」
短い沈黙。
「三ヶ月だそうだ」
「ああ」
「どうする」
「旅を続ける」
「私は?」
「好きにしろ」
だが今回は、逃げない。並べない道は、まだ平行線のまま。




