第十話王は盤をひっくり返す
王都、玉座の間。重厚な扉が閉じられる。謁見は非公開。
残っているのは、王と最側近のみ。
「……確定か」
「はい」
机上に並ぶ報告書。
・辺境渓谷の魔力回復
・枯死寸前だった森の再生
・目撃証言――“黒衣の男”
王はゆっくりと椅子に深く腰掛ける。
「偶然ではないな」
「三件連続です」
「いずれも魔物討伐直後」
「はい」
沈黙。王の目は、ただ冷静。
「魔王弱体の余波で、世界の循環が鈍っている」
「学者団の見解と一致します」
「だが奴は“回している”」
側近は言葉を選ぶ。
「……陛下、囲うのは危険です」
「分かっている」
「国家管理下に置けば、彼は反発する」
「だから力で縛る」
静かに告げる。
「動員をかける」
「……全面ですか?」
「そうだ」
王は立ち上がる。
「第一、第二騎士団を辺境へ展開」
「は?」
「包囲網を敷け。山脈から港湾まで封鎖だ」
「一個人のために、国境線を閉じるのですか?」
「一個人ではない」
王は断言する。
「国家戦略資源だ」
数日後。
街道。
アレンは異様な空気を感じていた。
検問。騎士の数。魔導探知具。
「……露骨だな」
森に入る。だがそこにも索敵魔法の痕跡。
空には伝令鷹。
「俺一人にやりすぎだ」
舌打ち。そして理解する。
「王が動いたな」
王城。円卓に集う将軍、騎士団長、宮廷魔導士。
「対象は単独行動。だが極めて危険」
「討伐指定ですか?」
「違う」
王は明確に言う。
「生け捕りだ」
場がざわつく。
「なぜそこまで」
「奴は魔力を循環させる」
王の声は低い。
「この国は衰退している」
農地は痩せ、魔物は凶暴化し、魔力は減衰。
「我が国が生き残るには、奴が必要だ」
「従わなければ?」
「従わせる」
冷酷ではない。合理だ。
「王自ら、前線へ出る」
重苦しい沈黙。
「……陛下が?」
「逃げ場を潰す」
騎士団本部。
リシアは動員命令書を握る。
「第一・第二合同包囲作戦……」
対象名。
アレン。
「……ここまでやるか」
副団長が言う。
「王は本気だ」
「知っている」
「お前はどうする」
短い沈黙。
「騎士として動く」
だが目は揺れている。
一方。森の奥。
アレンは焚き火も起こさず、乾パンを齧る。煙を上げれば位置が割れる。
「……面倒だ」
自由を選んだ代償。だが怒りはない。
「国が飢えてるのは分かる」
竜肉の干し肉を一枚見る。
「だが、俺は道具じゃない」
その瞬間。地面に魔法陣が浮かぶ。
封鎖型転移結界。
「……早いな」
空間が歪む。現れる騎士隊。その先頭。白銀の鎧。
リシア。
「アレン」
「……包囲か」
「これは私の意思じゃない」
「分かっている」
森の外から魔導砲の詠唱音。完全封鎖。逃走困難。
リシアが一歩前へ出る。
「降伏しろ」
「断る」
「君を守るためでもある」
「守られる気はない」
空気が張り詰める。遠くで角笛。
王の軍勢が迫る。アレンは静かに目を閉じる。
「……本当にやるのか」
そして、決断。足元の魔法陣を逆利用する。
《神饌調理》発動。
周囲の魔力を“喰う”。
魔法陣が軋む。
「何を――!?」
魔力が渦巻く。循環を奪い、組み替え、放出。森全体に光が走る。結界が歪む。
「……悪いな」
爆ぜる。視界が白に染まる。次の瞬間。アレンの姿は消えていた。残されたのは、回復した森。魔力に満ちた大地。
騎士たちは呆然。リシアは拳を握る。
「……無茶をするな」
そして遠く。丘の上に立つ王。
煙の向こうを見つめる。
「面白い」
怒りではない。
確信。
「盤は整った」
王は宣言する。
「狩りを始める」




