第一話 聖女に拾われた少年
死ぬ時って、思っていたよりも静かだった。
痛みもなかった。
叫びもなかった。
恐怖もなかった。
ただ、天井の白い模様を見ながら、
胸の奥がゆっくりと空洞になっていく感覚だけがあった。
病室は静かで、機械音だけが規則正しく鳴っていた。
ピッ、ピッ、という電子音。
その音を聞きながら、俺は考えていた。
——結局、何も救えなかったな。
親も。
友達も。
恋人も。
自分自身も。
誰かを助けた記憶が、一つもなかった。
必死に生きていたつもりだった。
逃げなかったつもりだった。
向き合っていたつもりだった。
でも結果はこれだ。
ベッドの上で、独りで死ぬ。
「……ああ」
声にならない息が漏れる。
涙も出なかった。
悲しくもなかった。
ただ、虚しかった。
人生って、こんなものなのか。
——そう思った瞬間、視界が暗くなった。
*
次に目を開けた時、空があった。
知らない青空。
異様に澄んでいる青。
雲が高く、風が強い。
土の匂いと、草の匂いと、湿った森の匂い。
「……え?」
声が出た。
高い声。
幼い声。
自分の声じゃない。
慌てて起き上がろうとして、身体がふらついた。
視界が揺れる。
視線が低い。
手を見る。
小さい。
白くて、細くて、骨ばった子供の手。
「……え?」
足を見る。
短い。
細い。
服を見る。
布切れを縫い合わせただけみたいな粗末な服。
混乱が一気に押し寄せる。
状況が理解できない。
理解したくない。
——転生?
そんな言葉が頭をよぎる。
でも、それを認めた瞬間、現実になる気がして、拒否した。
「……冗談だろ……」
声が震える。
その時だった。
草を踏む音。
誰かが歩いてくる音。
規則正しい足音。
人の気配。
反射的に振り向いた。
そこにいたのは、一人の女だった。
白いローブ。
長い銀髪。
風に揺れる髪が、光を反射している。
透き通るような肌。
静かな佇まい。
そして——目。
泣きそうな目。
不安と孤独と恐怖と疲労が混ざった瞳。
宗教画の中から出てきたみたいな存在。
直感で思った。
——聖女だ。
この世界に宗教があるかどうかもわからないのに、
なぜかそう思った。
「……あの」
彼女は躊躇うように声をかけてきた。
声が優しい。
でも、どこか壊れそうな声。
「……大丈夫ですか?」
俺は答えられなかった。
喉が詰まる。
言葉が出ない。
身体が震える。
現実感がない。
彼女はしゃがみ込み、俺の視線の高さまで降りてきた。
近い。
香草と花の匂い。
「……怪我は……?」
そう言って、俺の身体をそっと確認する。
その手が、震えていた。
「……お腹、すいてる?」
その言葉を聞いた瞬間、腹が鳴った。
ぐう、という情けない音。
身体が勝手に反応した。
彼女は小さく笑った。
でも、その笑顔はどこか痛々しかった。
作り物みたいな笑顔。
「……よかった……」
そう呟いて、俺を抱き上げた。
軽々と。
……あったかい。
人の体温。
人の鼓動。
安心感。
「……生きてて……」
その言葉が、胸に刺さった。
生きててよかった、じゃない。
生きててくれてよかった。
主語が、自分じゃなくて俺。
神に向けた言葉じゃない。
世界に向けた言葉でもない。
俺に向けた言葉。
「……名前は?」
小さな声で聞かれた。
「……ない」
正確には、思い出せなかった。
自分の名前を。
日本での名前を。
彼女は少し考えて、言った。
「……リヒト」
「光、という意味の名前よ」
「あなたは今日から、リヒト」
抱きしめる腕が強くなる。
震えている。
呼吸が浅い。
この人は強くない。
聖女なのに。
象徴なのに。
権威なのに。
「……離れたくない……」
小さな声。
無意識の呟き。
独り言みたいな声。
でも、確かに聞こえた。
——囲い込み。
本能的に理解した。
この人は俺を“拾った”んじゃない。
掴んだんだ。
縋ったんだ。
支えにしたんだ。
俺は小さな手で、彼女のローブを掴んだ。
「……大丈夫」
自然に言葉が出た。
考えてない。
計算してない。
反射的に。
「……俺、ここにいる」
彼女の身体が強張る。
呼吸が止まる。
目が大きく見開かれる。
そして——崩れた。
泣いた。
声を殺して。
嗚咽を噛み殺して。
俺の肩に顔を埋めて。
聖女なのに。
世界の象徴なのに。
救済者なのに。
俺に縋って、泣いた。
——ああ。
この人、救う側じゃない。
救われる側だ。
直感で理解した。
この世界は、何かがおかしい。
この聖女は、壊れている。
制度に押し潰されている。
役割に殺されている。
責任に蝕まれている。
「……大丈夫だよ」
小さな声で繰り返す。
「……俺がいる」
彼女の泣き声が、少しずつ静かになる。
呼吸が整っていく。
身体の震えが止まる。
この瞬間、関係が決まった。
保護者と子供じゃない。
聖女と孤児でもない。
救済者と被救済者でもない。
——依存と支柱。
囲う者と、支える者。
彼女が俺を囲い、
俺が彼女を支える。
逆転した構図。
歪んだ関係。
でも、安定する関係。
この世界の中心に、俺は転生した。
理由はわからない。
意味もわからない。
ただ一つだけ、確信があった。
——この世界で、俺は死ぬ。
必ず。
何度でも。
でも今は、そんな未来よりも、目の前の現実の方が重かった。
俺は、この聖女を救う。
世界じゃない。
制度じゃない。
神でもない。
この、壊れかけた一人の女を。
それだけでよかった。
それだけで、生まれてきた意味がある気がした。
「この作品は一部にAIによる文章生成を含みます」




