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ひとさんとんで、しにおもい

クリスマスに書きました!

頭取(かしらとり) 大将軍(だいしょうぐん)』が彼のなまえだ。


二度もいう必要はあるまい。


中肉中背、いたってふつうの、いいや、年齢のわりには白髪の混じった直毛を眉にかかる程度にのばしていて、太めの眉と全身をフルに使っていつも自信なさげにうなだれている学生。それが頭取のすべてだと思う。


待ち合わせたファミリー・レストランには、ぼくがさきについていた。


それで、まず彼はといえば、そうだな、薄めた化学物質のなかにストローを突っ込んだ。そして、ズコっという下品な音をそれ以上たてまいと、気をつかって飲みほすのを諦めて、いまは、ぼくに向かってはにかんでいるよ。


そんな不格好なやつなんだが、こいつは、じつはぼくの、もちろん定義にもよるだろうが、いわゆる”ボオイフレンド”というやつである。


そういえば『有尽吊(うつくつ) ルスル』がぼくだ。


もっともたかい目標はスイスにわたり、自殺をすることだ。


見てくれは――黒いベストの制服に三つあみ、近視用メガネ、怪我のための包帯に、そうでもない包帯。それと絆創膏。ああ、今日はコートなんか着ているんだった。やすい、適当な。


ぼくひとりなら寒さで風邪ぇひいたってべつにどうってことないんだが、彼にうつっちゃ困るからね。


まあ、この話の”きも”はそこじゃあない。


だいいち、学校というコミュニティで、毎日のようにごく自然な社会的排他、むくいのごとき嫌がらせを受けるような“陰キャのデート”なんざ、きみたちにゃ関わりのないことだろう。


そら。虫けらの恋愛事情が理解できたなら、ぼくのように、濡れたコップを持って席を立とうとしている猫背の男でもみていたらどうだ?


「ドリンクバーだし。もっと飲まなくちゃ、もとを取りたいから」


ぼくの視線に気づいた男はじつに言い訳がましかった。


「あのな、いくら飲んで腹を下そうがそいつぁ個人の自由だが、ぼかぁきみより少しだけ賢いようだから、親切心で事実だけを伝えておく。たとえ、あの中身を全部飲み干したって、もととやらは取れないぞ」


そして、へらへら笑って、なんといわれようが、やっぱり席を立つんだ。

この光景をなんど繰り返してみたことか。


言い訳、そう、言い訳ってやつは嫌いだね。

ぼくに不利益をもたらすことばのうしろには、いつも『~だから』ってやつがいる。


「で、なにが目的なんだ。またぼくに娼婦の猿真似でもさせるつもりか」


この発言というのはつまり、緑色の添加物をすすり終えたのち、緑色の添加物をたっぷり注いで戻った彼が、厳密にいえば席をたつ前から、なにかきり出したげな顔をしていたから、それにずうっと気づいていたぼくは、ええい、いい加減にしろといわんばかりに先んじて問い詰めることにした、ということである。


「自分のことを娼婦だなんて言わないでよ」


「言葉尻を捕まえるか。きみって女々しいやつだな。さっさと本題を話しゃいいものを」


ちょっとした時間があって、まあ、ぼくはごく一般的な人間からみれば、ぼくがきみたちに対してそう思うのと同じように、すこし嫌なやつだと思うが、ぼくと彼においては仲が仲だけに、ちかって、この場の空気はいやなものではなかった。そして彼は照れくさそうに、意を決したようにいった。


「ええと……有尽吊さんは次のクリスマス、空いてる?」


ああ、まあ、そうさな、空いているし、空けているともいえる。

そう来ることは予想していたよ。しつこいようだが、仲が仲だけにな。


「……ルスルだ。他人行儀なのはよせよ、せめてルスルさんだ」


返事は「はい」か「いいえ」でなくともいい。

義務教育で教わらないことだ。ぼくはあたまがやわらかいんでね。


「本当!? ええっと……じゃあ、クリスマスに! ルスルさん!」


まったく!

ぼくは嬉しそうな彼を抱きしめたくなっていたのだ。なさけないことに。




「そんなわけでだね……」


それで、ゆっくり進んだ一日ののち、孤独を愛しているにちがいないぼくというやつは、逃したハグの機会を補うかのごとく、いまは唯一の女の友だちに話を聞いてもらっているのだった。


「ああそぉ、そぉ。こいつ、このぼくにノロケ話を聞かせるもの」


一人称が被っちまって申し訳ないと思っている、読者諸君。


ブッダいわく、天上天下唯我独尊。

つまりはぼくのまえの席に座って、無礼にも、おおきなため息をついたのは『十未(とおみ) 来十(くるとん)』。


この女は腕利きの占い師で、すぐれたネットワークの持ち主だ。ご存知のとおり、この腐った社会において、すぐれているというのは、どうでもいいが、そういうことだ。


接触の経緯に関して言及するならば、特別なことはなにもしていない。ぼくはネット上で啓発活動をしきりにおこなっており、そこに食いついたのが金の龍だったというだけだ。


長くつきあってみて思ったんだが、結局、とてつもない金持ちにとって”単なる親しみ”というのは貴重なんだろう。だからこそ、ぼくが友だちとして選ばれたにちがいない。そう確信している。


これは互いにいえることだが、ぼくなんぞにゃ、なんのメリットもないからね。


「しょうもねえの頼むなよな~」


ツインにするには短めの髪をツノのようにたばねて立てた彼女は、うさぎの髪飾りを揺らして、デコったというのか、そういう爪の、丸っこい小さな手でメニューをこっちによこした。オーバーもオーバーなサイズの白と青のパーカーがずるりとテーブルをこする。排泄のことを考えずにはいられない。不衛生だ。


「おい、ぼかぁおごられるつもりできみを呼んだんじゃあないぞ」


「大人がガキとメシ食うっつうのはそういうコトなの、いいから選べっての」


お互いにしぶしぶと注文を終えたのち、ぼくは真っ先にテーブルに運ばれた適当なレトルトをちまちまとつまみながら、こういった。


「で、だね、プレゼントとは、どういうものが……喜ばれるのだろうか」


「クソ野郎がよお」


百万円だぞ、と小さく小さくはき捨てたのち、彼女はすぐに次のことばをくれた。


「何でもいんだよ、んなの、学生同士付き合ってんだからさぁ」


それは侮辱的だ。ぼくの真剣さにまったくつり合っていない。


「おい、本気なんだ。納得のいくように説明してくれ。何度もいったと思うが、ぼかぁ、きみのことばに、いかさま師にしちゃあ妙に説得力があると思っているからこそ相談しているんだぞ」


子供のような図体が椅子の背もたれを破壊するくらいに大きくのけぞって、しばらくして、ふうとまた大きく息をはいてぼくのほうを見た。むろん、ぼくも答えがほしいので、しっかり目線をかえす。彼女はそれが非常におもしろくないようだった。こういうことは彼女に限らず、よくあることだ。


「いいか~、あのな? パッとしないいじめられっ子かっこメスと、パッとしないいじめられっ子かっこオスは恋人の関係にあります。今年のクリスマスにピュアなラブストーリーを繰り広げます」


うんうんと頷くぼく。

すると向こうはすっと息をすって、


「ぼくにできるコトなんざねぇだろ!」


ばん! とテーブルを叩いて、ひくい、とても大きな声を発する。

ひとりの店員の、誇らしげにのびていた背筋がエビのように丸まるのがちらりとみえた。


「おい、迷惑だろう! みずからいっておきながら、大人がなんてザマだ! 大きな声を出すな!」


「急にフツーの女の子しやがって! 今ぼくがどんな質問を受けてるか例えてやろうか!? ママ、庭に作った雪だるまさんの目玉はこっちの石ころとこっちの石ころのどっちがいいかなぁ? あぁ! どっちでもいいっての! どうでもいい! こちとら家事で忙しんだよ!」


「おい、おい! きみな、ぼくのいえたことじゃあないのは百も承知だがな、それじゃあいい母親にゃなれないぞ!」


「知ってっからなんなかったんだよ! おまえへの答えもおんなじ! 何でもいい!」


「なんでもとは! いや、ううむ……そうか、ありがとう、助かる」


彼女よりも精神年齢がたかいぼくは彼女のために大人になり、声を抑え、ぺこりとあたまを下げる。

場は無事、静まり返ったようだった。


すかさず足音が聞こえてきて、サ、サービスでござ……、と、震えるエビの手からテーブルへ、ふたりぶんのケーキが運ばれてくる。まあ、当然といえば当然の報酬だが。


「……でもな、ご両親からの直々のご相談とあらば、おまえみたいなのでもぼくは占わなきゃなんないわけ。なんだっけ、大将軍? 頭取? やば」


大きめの声でそういった。ただし、なまえのくだりは聞き取れないほど小さく。


「おい、なんだそりゃあ、めちゃくちゃじゃあないか!」


みえみえの嘘八百ほど我慢できないものがあろうか。ぼくは即座に異議を申し立てようとした。


しかし、反論よりもはやく、彼女はすでにスマホを派手な爪で鳴らし終えていたのだ。

テーブルの下でぼくの足をこつき、手品師のように巧みに黙らせ、さりげなく画面をみせてきた。


文面はこうだ。


『特別扱いはバツ。客として扱わなきゃならんの。わかれよな。そこがガキんちょ』


このカウンターにはカチンときたが、ぼくはぐっとこらえた。

よござんすね、と、スマホがすっと視界から消える。


「んじゃ、引いてぇ?」


ああ、これはまちがいなく占い師の十未来十の声だな。おそろしく媚びている。

スマホのかわりに出されたカードの束が、あっという間に薄く平たく整列した。


ぼくはといえば、どれを引いてもまあまあ当てはまることばがあたまを出すのを知っているので、適当に指をさした。


めくられた絵柄は、ざらりとしたノイズだった。


ははあ、つまり、役立たずのロールシャッハ・テストだ。どうとでもいえるってわけだ。


「なるほど、ぼくにゃ、こちらに向かって助けを懇願する乙女の脳細胞が見えるね。しかし、ずいぶん古いな。タロットカードとはちがうようだが」


「『フォー・チューンズ』。ちな正しくは漢字で”放宙図”~、十未に代々伝わる呪具ってとこ」


長いこと詐欺に使われてきたわけだ、可哀想に、とは、ぼくは癪だがいわなかった。


「ひとつ、恋愛の幸せは循環だ。良い循環も悪い循環もある。簡単に言えば、ある人は結ばれる一方で、ある人は別れてる。その流れの中に、ぼくらがいて、もちろん、おまえもいる」


よく通る声を持っているものだ。周りの人間が聞き耳を立てているのがわかる。

ばからしいと思いつつ聞いているもの、真剣に聞こうとしているもの、話題や議論となるものをさがしているもの。


なにもかもが単なるゴシップ、ひとの娯楽だろうに。まったくもって群衆ときたら、個としちゃうらやましいかぎりだね。


「ふたつ、おまえらはうまくいく。ただ、うまくいきすぎる。”カルマ”の認識は、ぼくら十未からすれば全て間違ってる。あれは本当は残酷なほど共通で、それでいて平等たる絶対なんだよな」


そうして、すっと指をのばせば、大きな袖がばさりと音をたて、ぼく以外の皆が小さな指の先、汚れたガラス板を挟んだ、向かいの店の中へと視線をやる。


一秒か二秒か、すべてがもとの状態に戻るのを待ってから、彼女がぼくの手にきれいな石を握らせた。


「みっつ、『個』の日はそれぞれ違う。明日か、死ぬ前か。でも、”ぼくがそれをあげた”から、もうヘーキ」


そうして、占いとやらは終わった。らしい。


印象だけが全てのひとへ、レストランの匂いのようにこびりつき、いつの間にかカードは消えていた。

おそらく消える瞬間を目撃したものは誰もいなかったのではなかろうか。


「カードで」


しばらく呆然としていたら、会計まで済んでいるのだから、すごい。

さっきの古いのとは違う、すごく禍々しい光沢を放つ、迫力のあるカードだった。


背後の”感想会”をよそに、ぼくらは自動ドアを開け、ぼくだけが、なにかを置きざりにしたような気持ちのままで、寒空のもとへと歩きだす。


「きみな、どういうつもりなんだ、こんなおもちゃの石、原価はいったいいくらなんだ」


無言のまましばらく歩いて、彼女がさみぃなぁと言い、ポケットに手を突っ込んだ。

そして、ようやく、


「1円もしねえよ」


と、いってのけた。


「あのな」


そいつはさすがに”あこぎ”がすぎる。

すこしくらいはたしなめてやらねばと義務感に駆られたその瞬間――


どかん、と大きな音がして、ぼくの残像に罵声が突き刺さった。


あの時、小さな指の先にいた店の、おそらく、そのなかにいたであろう男が大きな声を出して、ひどく酔っているのか、女をつよく威嚇しているようにみえる。


何を言っているのかよくわからないが、別れがどうとか、そういうのが、そう、とてもくだらないかたちで、もつれにもつれた果て、そう感じるには十分すぎる光景だった。


「ぼくは技術を売ってんの」


腕利きのいかさま師は背中を向けてそういい捨てると、ばさばさと袖をふって、ななめにはばたく鳥のようにどこかへと消えていった。




冬の昼だ。息はしろい。悩みに悩んだすえ、結局、ぼくはイルミネーションが灯る半日ほど前から、耳当てを包装紙のなかに用意して何度も小刻みに跳んで待つはこびとなった。


よく行く雑貨屋の店員は、ぼくが包装を頼んだときに最初に驚いた顔をした。


いやに嬉しそうで、まあ、ぼくも、やや嬉しかった。


なぜ耳当てかって、だって、耳が凍えると外耳の、軟骨のあたりがにぶく痛むだろう。こいつで予防できる。そういうことだ。


「ルスルさん!」


遅れてごめんね、だ。

これほど定番で予想通りの男もそういるまい。


「ぼかぁ、デートってなぁ、男が先にくるもんだと思っているたぐいの女だが」


定番には定番のやり取りをってとこか。ぼくはいざってとき、失敗しないぞ。


「ま、いい男になる必要はない、相手も相手だしな」


そんなに自分を卑下しないでよ、という彼をよそに、ぼくはさっさと手を引いて、カラオケボックスとやらに初めて入り、お互いろくに歌わないまま、まあ時間はライトが灯るまであるんだとおのれにいいきかせ、どうにか時間内にプレゼントの手渡しからキスまでを済ませることができた。


そんなこんなでいま、ナンセンスなイルミネーションの森を歩くひとの群れのなかに、耳当てを首からさげた彼とぼくが混ざっているわけだ。


「理解に苦しむね。なぜ耳当てを耳に当てないんだ?」


「え? だって、汚すのがもったいなくって」


「袋から出さなけりゃいい。そんで、きれいなうち、捨てちまえよ」


ぼくらのやりとりはこんなふうだが、いっておくべきは、手がまあまあ温かいことか。

にしたって、わざわざ手袋を外してまでぼくの手に触れたいってのは、ひどい悪趣味だ。


「なぜクリスマスに広場を飾るんだろうな?」


ぺたぺたと水気の多い雪がへばりついてくるのを、やや大きな手がはらってくれる。


「俺の”だって”のことだけど、ルスルさんだって”なぜ”ってよく言ってるよ」


そう言ってはにかむのが答えらしい。イライラするんだか、くすぐったいんだか、わからない。


なにが楽しいんだか、どいつもこいつも、つがいやグループで歩いておきながら、現代機器で変わらない顔を無理くり変えて、ただ脳みそを腐らせてふらついているだけだ。ゾンビだ。おまえたちは、ゾンビだぞ!


突然、すっかりへたったぼくの頬の絆創膏が、許可なく、てろりとはがされた。


「眉、ひそめてたから。ね、それにしても、今年はすごい人数だと思わない?」


「ああ。まあ、そういうもんだろう。ぼかぁ、こんなとこにゃ、きみがいなけりゃ絶対にこないと断言できるし、平常時のひとの数も知ったこっちゃないが」


「体感だけど、百倍はいるよ」


「そうか百倍か、そりゃあそうだ、そりゃあ当然、こんなふうにすし詰めになるわけだよな?」


両手を広げてぶらぶらさせると、彼が笑う。

実りある会話とはいえないが、やつが笑うと、ぼくはまあまあ嬉しい。


「ルスルさん、ちょっと座ろ」


そこはけして用意されたスペースではなかったが、ものの使い道を決めるのはひとだ。


光り輝く一本の、広場の真の主役からほんのすこしだけ離れた、雪よけのある、小高い硬い石の感触の上で、浮かれた一組のつがいが足を折った。


「きみも気の毒にな、みろ、あの女もあの女も、ぼくよかずっといい」


「そんな、俺にはルスルさんが一番きれいに見えてるよ」


「どうだかな、こちとら、きみの好みがぼくじゃないのを知ってんだ」


そうそう、この頭取大将軍というやつは、単に面白いなまえというだけでいじめを受けているわけではない。ぼくという――やむなくこう表現するが、ひどくいじめられている女をかばってしまったのがまずかった。その件が完全なるスイッチとなって、”クラス様”の怒りが爆発したのだ。


ふつう、ドラマとはちがって、一度や二度いじめられっ子をかばったくらいでコミュニティ全体からきらわれたりはしない。実際、それまでのやつは”気持ちのわるい、いじられキャラ”の立ち位置をキープしていた。


ぼくが知るまえの頭取大将軍は、自分と同じなまえの男が主人公の――お世辞はきらいなんだ、本当に下手くそな漫画をノートに描いていて、ことあるごとにクラスでもっとも好まれがちな女に恋文を送り、授業中、ただでさえうっとうしい教師にあてられたとたんに一言も発さなくなって、時間を無駄にする男だった。そして、それをだれもが知っていた。まあ、学校という場所はそういうものだ。


かばった相手と恋仲になったという情報だってすぐに広まる。あれだけ高嶺の花にねらいを定め、不気味なまでに熱烈に迫っておきながら、ぼくという”手頃な女”にすぐに手を出して、それ以来ずうっと関係を続けている。


「あのな、ぼくだって立場が立場なら、痛い目にあわせてやりたいと思うぞ」


「俺を!? なんで!?」


彼はおどろいたのち、擦り傷のある手であたまをかきながら言った。


「あのさ、不思議なんだけど、ルスルさんはいじめに反対してるわけじゃないよね」


雑踏が遠く感じ始める。カラオケのなかでは出なかったテーマで、ぼく好みだ。

単なる話題そらしだろうが、のってやろうじゃあないか。


「ああ。ひとの生きる目的とは、ひとと仲良く手を取り合うことか?」


「ルスルさんにそう言われると、俺は、違うのかなあとか思っちゃうよ」


「ひとは思いあがった繁殖するほ乳類だ。ぼくのようにはやく真理に到達してしまったものは人間関係なんぞ、なんとも思わない。そうするとだね、クラスの暗黙の上下関係という構図とは、もっとも下におかれたものとしての”おのれ”の立場とは、これがすべて、不思議としっくりくるんだよ。生物の本能なんだ、抗いようがないと確信するわけだね」


ブッダもキリストも、だれもどこにもいやしない。

みなが口を揃えて言うように、みながつらいのだ。

それも、向かう先だって、だれしもがひとつだ。


「ぼくの生きる目的をきみに伝えたはずだ、いまも変わらない」


ごくかんたんにいやぁ、かわらない生態系にはもううんざりだ。


だけれども、きみらの思いがぼくに理解できないのと同じように、ぼくがことばをどれだけいったって、きみらにはわかるまい。


けれども、どうしてもぼくは、ぼくの頭のなかのすべてを多くのひとに知らしめたいのだ。


どうしてひとが、あの絵のひまわりをみることができただろうか。

ひとが美を見出したのは、フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホがどうなってからだったか。


こいつは持論だが、馬鹿は死んでも治らないが、馬鹿が死んで治る者はいる。


死なずに済んでいるうち、ぼくはことばを使い切って、おのずから死ぬ。

なにも大げさに死なずとも、メッセージは静かなる死によって、多くにふれることだろう。


“ひと”じゃなく、争いをはじめとした、この生存にともなうしがらみ、いわば”ひとの本能”にこそ、あえて生存を捨て、さからう価値があると、ぼくはそう考えている。


まだまだ賛同者はすくないが、幸い、たいせつなのは賛同の数じゃあない。


「しあわせならなおさら、死ぬにゃいい。そばにいてくれ」


彼がなにか薄っぺらいことばを発する前に、そうして締めくくった。

質の変わった雪が上手に空気をまといはじめて、しんしんと舞っている。


一方で沈黙によって、雑踏はふたたび近くなる。

すこし涙ぐんだような声。


「その……死なないでほしいって、うまく言えないのが悔しいな」


「ぼかぁ、うまくいえないきみが好きなんだ、あほめ」


そうだね、と一言。


いまや雑踏が近く近く。やかましいくらいに。

心音と、ぼくの両肩が強い力にぐっと寄せられる感覚。


ああ、クラスメイトも来ているかもってとこまで、考えが及ばないんだな。


いいさ。なにも変わりゃしないんだ。

ぼくだってべつに、きみに抱かれるのはきらいじゃない。


どうせ、行き着く果てが同じなら――




「ぐ」


くぐもった音。

奥から、唾液混じりのきたない息。


息の先、たしかめた笑顔はすぐに、意表を突かれたように無表情に。


絶叫と喧騒。ぼくの手の血液、向かいのレストランにいた男。


しかし、今度の相手は女ではなく。


やかましい。


百倍はいる男や女が脳なしのスピーカーになって、ばたばたしている、


あたまを動かす。


きみの脇腹になにかが刺さってるんだ。もうひとりは、首から。


そうなのか。あんなふうに吹き出すものか。


とおく、スーツの女、警備員に、とり押さえるひとびと。

サイレンが鳴る。


まだあたたかい重み。


ぼくは冷静だ。

ただ冷静だっただけだ。


脳が逆算をはじめて、ぼくはぷつんと糸がきれるように、わけもなくへたり込んだ。


「ルスルさん――」


だめだ。


その口から出てはいけない。

いま、ぼくのあたまの上から聞こえてはいけない。


声が耳にまとわりついてくる。

じきに、いやなのに、じぶんがおかれた状況を認識してくる。


「ああ」


ぼくは、さけぶかわり、ひどく嘔吐した。




からからいう音。フェードインしてくる、等間隔の電子音。


すこしの話し声。


からだのなかの心臓はもとのはたらきを取り戻したように思う。


――拍子ぬけだ。

麻酔漬けの彼に、そう、こころのなかで吐きすてる。


病院はうまく機能する工場そのもので、クライアントからの感謝の言葉など、ねじをしめるくらいに毎度のことのようで、すべてがあっという間に終わって、あとは、このあほが覚めるのを待つだけ。


むかえようとする朝。ぼくは椅子のうえ。


きずは内臓をうまくよけ、刃物もささったままだったので、大事には至らなかったと医者はいう。


すやすや眠りやがって。

そりゃあ、もう、たいそうな騒ぎだったんだぞ。


かばう? ぼくはかばわれたのか。

では、目が覚めると同時にぼくの姿を見れば、きみは安心なのか?


わるいが、こっちにだって事情ってもんがある。


ゲロを吐いて、口をしっかりゆすいだだけなんだ。

歯磨きも風呂もまだなんだ。

なんなら、ぼくのゲロを掃除しなきゃならないひともいるんだ。


お互いさまだからな、と、ぼくは、ぐっすり眠るあほの普段の言い訳のようにつぶやいて逃げ出し、結局、遭遇したくなかったご家族に遭遇し、ご挨拶をすませることとなった。


責められはしなかった。が、ぼくはただものごとをみるだけ、話をきくだけで、ずうっと、なにもできなかった。


あたまを下げて、別れて、そとは時間のはやさが変わったようにうす暗く、病院とそとの境界にちょうどおかれた自販機のまえを通りすぎるとき、死がぼくをあざ笑っているのがみえた。




ああ、死にあざ笑われてるガキんちょが見える。


おまえさ、暗い顔してんじゃねえ、まったくよ~。

ただでさえ、ただでさえなのによ、ぼくが悪いみたいじゃん。


覆面パトカーの窓越しに、ぼくこと十未来十は小さな小さな陰気なメガネを見せつけられていた。


「ひッさびさに! やり甲斐のある仕事でした~!」


ぼくの隣、運転席側、ささやきと呼べるのかよ、でっかい声でささやいた、そのウっキウキでご満悦な気分と同じくらい明るい茶髪のぼさぼさ髪は、英雄症候群の汚職刑事こと『人隣(ひととなれ) 陽乃(ゆの)』。今回のドッキリの協力者。他に言うべきコトも言っていいコトもナシ。


「あの十未さんが警察を頼ってくれるなんて嬉しい限りですねぇ」


こちらを向いて、光の足りない瞳を歪ませて、にっこり笑う。

はいはい、おまえには欲しいものがあんだよな。


「腐ってもポリ公だろ。ぼくは同類以上の存在、おまえと同じか、それよりも信頼しちゃいけねえやつだぞ。少しはリスキーだって感じろよ」


「あは! ハイリスク・ハイリターンって大好きです」


自分の手元に渡ったUSBを窓からちょいっと出して、ぴろぴろ動かし、すぐにしまう。


USBの中身は、まあ、言えないもんが入ってるから、こいつはバカってわけ。


先に”ドローイング”を済ませた女だ。こういう、ロマンチストの死にたがり。

ロシアンルーレットでイけるやつ。合法的に動くのに、そういうやつが必要だった。


「じゃあ、私からは、クリスマスのトリビアを。実は、ほとんどのクリスマス映画は、時期がクリスマスじゃなくても成立するんですよ」


「んや、そんなにパッと浮かばねえけど……ダイ・ハードとか?」


「だっ、だ、ダイ・ハードは数少ないクリスマス映画でしょお!?」


なんだよ。なんだよこの時間はよぉ。


「で、で、どうして通り魔事件が予知できたんですか? スーパーパワー?」


やけに鼻息を荒くして、シートベルトをへなへなのスーツにめり込ませて寄ってくる。

ぼくに積極的に絡んでくるやつって、当たり前だけど、めんどくせぇなぁ。


「スーパーパワーなら私には見えませんよぉ、証明もできません、教えてください!」


「おまえ、別に言わなくてもいいけどさ、なんか不思議なコトでもあったんだろ」


「いやいや、さっぱり覚えてません! ほんとです、ほんと」


「ったく……」


ただ異世界への行き方とかご存知でしたら~……との囁きを無視する。


どいつもこいつも好き勝手にイカれやがって。

はあ、とため息をひとつ。増えたよなぁ。年齢かな。


「安心しろよ、ぼくのスーパーパワー? はおまえにも見えっから」


「お゛っ!? 教えてくれるんですかぁ!?」


どんだけ興味あんだ。いいとこ突かれたみたいな声出すな。

ぼくは札を出現させ、だらしない女の太ももの上に並べる。


「こしょばっ」


「三かけ三。不揃いだと機嫌を損ねるから、この並びを何より大事にする」


「かっこいい~! 三にこだわるあまり、四角形、あはっ」


こいつの頭をかち割っちまう前に、ぼくは人隣陽乃、と言葉に出してから、自分で札をめくる。

ドローイングの結果は以前と全く変わっていなかった。


だから採用したんだけど、いいんだか悪いんだか。


「ちな、どれを引いても同じ。ほら。これがお・ま・え」


鼻にくっつくくらい札を眼の前に突きつけて、受け取れないよう右に左に動かして、さんざん弄んでから渡してやる。んで、ぼくは説明として、一言ぶんだけ口を開く。


「空飛ぶダーク・ヒーロー」


さっきまではしゃいでいたくせに、突然、しんと静まり返る。そういうとこな。


「そりゃご愁傷さまだな」


血しぶきと喝采をたっぷり浴びた絵の英雄と、おっかね~詐欺師の真横、シートベルトに拘束されたサイコパスに同情するぼく。目や耳を増やすのに超能力はいらねえの。知ってるよ、誰も知らねえおまえのコト。全部とは言わねえけど、だいたいな。


「これがテレビ、ネット、SNS、動画サイトで話題の十未のドローイング。『フォー・チューンズ』は殿様商売。客のおべっか使いじゃねえ。描くのはいつも客が『こうありたいと願う姿』」


つっても、なりたい姿ってのは、あるいみ、い~っちばん、真の姿だ。


誰が相手であろうが同じ。札の所有者ってのは、つまり、札のアシスタント。出る絵柄が風刺画に限られてちゃ、三流の詐欺師には使いこなせねえよな。


「ぼくにとって都合がいいのは、大物ほど慎重に動くコト。こんなもんで急にキレるようなやつ、普段は相手にしねえけど……」


静かだ。見えない銃口をすでに向けているかのごとく。

そろそろこっちの世界に帰ってきてほしいので、アメちゃんを口ん中に入れてやる優しいぼく。


「んまっ!」


「相手にしねえけどっつったの。それ、たけ~やつだかんな」


「めっちゃチョコだぁ。うま~。すいませんすいません、ぼーっとしてましたかね。ウィリー・ウォンカのチケット、どっかに落ちてないもんですかねぇ、私はおしおきされる側の子供、あは」


おん? 帰ってきてるかどうか怪しいな。

札をしまって、今度は自分のぷにぷにでカワイイ太ももの上に並べる。


「名前を呼んでめくるのが発動条件って言ったろ」


「うんうん、見ました、聞きました」


もっかい見てろ、としっかり言いつけて、次に、こう言ってからカードをめくった。


「『頭取大将軍』」


「あは! おもろっ」


バカ野郎。

遅れて、ようやく、あれっ? と気づく。


「絵が出てないですねぇ」


ただ、ぼくが軽く頷けば、人隣はすぐに推測する。


「ああ、本名じゃないんだ」


さすが、犯罪者は話がはえぇな。

ぼくは札をまとめて、もっかいくどいコトをしながら、


「ほぼアタリ。『フォー・チューンズ』はお天道様が認めた名前しか受け付けねえ。だからぼくの『くるとんの館』は完全予約制なの。待ち時間で下のモンが素性を調べ上げんだ。すがって大金持ってくる本物のパンピもいるけど、実際、はした金だよな。稼ぎのほとんどはショ……場所代、ブランド代、情報料、もろもろ。おまえんとこのトップと同じで、ぼくが”プロの占い師”として世間様に知られてるコトが大事なんだ。そうやって生きてく中で、この絵札のネタはテッパン。かなりウケがいい」


「はあ、みなさん、そんなに自分を知りたいんですかねぇ」


「んでその日は、相手がガキで、しかもロハ。このぼくが赴いておしゃべりだけ~なんて考えられねぇから、向かいの”ぼくの店”を使ったパフォーマンスを取り入れて、いつも通り占い師をやって、はいバイバイの予定だった」


ぼくは”思い出し癪”の余韻のままに続ける。


「ただ、まあ、あいつら、いつもなんとなく一緒にいるんだと。そう聞いてた。聞かされてた。のに、偽名の頭取が急にデートを持ちかけたわけだろ。な~んか怪しいぞってな。まあ、なあ。みょ~~に気になってさ。いちお、探り入れさせたの。したら、こいつはちょうど今の学校に入る前、親絡みで改名してんのがわかった。元々の名前は『頭取 カトル』」


「あ~、『か取る』。”かしらとり”の”か”をとったら……しらとり、白鳥、ハクチョウさん」


「ちゃんとっつったらヘンだけど、親はちゃんと、ヤな響きの苗字だってわかってたんだよ。だから、できる限り工夫したんだろな」


もう一度札をめくって、見せる。


「『頂にて、剣を掲げる勇者』」


「え~、そんな前向きな絵ですかぁ? 悪魔いっぱい死んでるし、踏んづけてるし、感じ悪」


「だから、そゆコトだろ、こいつはそういうやつ、おまえ、そういうやつ」


ぼくが車出せ、と吐き捨てて札を消す。

すると人隣が、エンジンをかけるかわり、はいはいはい先生、と手を挙げた。


「んだよ~、ホンっトにうぜぇからな」


「”加害者の加害者”。大事な話です。あそこ、広場ですよ。それも加害者は、死んだ側を見張っていたとしか思えないくらい早く行動してます。脇腹に一刺し。そこから、追加の一刺しでもあれば、どうなってたかわかんないですよね。誰かの密告を受けて通り魔を殺害したんでしょうか。それとも?」


「個人的な問題だろ、知らねえな」


「あは! や~っとの隠し立て。そうそう。私たち、悪者なんですから、それらしくしないと」


人隣は間延びした声で続ける。


「捕まるなら私も捕まりますし。おなか割りましょうよ」


「おまえさ、こんなコトする必要どこにあんの?」


ぼくは後部座席に目をやって、


「覆面ですらねえじゃん、どっから引っ張ってきた車だよ」


おそらくは”第三者の証人”として調達されたであろう、ずっと俯いている不潔な男の頭を撫でてやる。

ポリ公のイヌは嫌いだけど、かわいそうなわんちゃんはけっこ~嫌いじゃない。


人隣は質問に答えず、ただ口を開いた。


「実はねぇ、私も事件のあと、”ホトケさん”になっちゃった人を調べたんですよ」


「なっちゃったんじゃねえ。言っとくけどな、敏腕刑事のオネエチャン。このぼくでも! 殺しは避けんだよ殺しは。集まったイヌの様子もフツーじゃなかったってな? おまえ、犯行予告をねつ造したろ」


「さあ? でも、その”うかつな予告”があったからこそ、十未さんの言うとこのイヌがわんわん集まって~、迅速に! 場を鎮められたんですよぉ。あとは、まあ、ふつう、ああいう事件なら、全部洗い上げますって手を挙げる私みたいな熱血刑事がいても違和感はあんまないんです」


「はぁ。だろ~な」


汚職刑事が堂々としたたたずまいで、スマホをいじる。


「ホトケさんのSNSアカウントです。鍵垢。私も間接的に悪口言われてますよぉ、ひどいでしょ」


「それならもう、ちらっと知ってるよ。どこにでもいんだろ、ああいうの」


「そぉそぉ、こういうのはねぇ、まぁ、いるんですけど」


で、いま私、アカウントにログインしてるんですけど~……と、けどけどやかましく平気なツラで画面に届くか届かないかくらいの長さの爪を不揃いにかちかち鳴らして、スマホを操作し続ける。


「これ見ました? 通知欄です」


そこにあったのは、縦並び、同じアカウントからの”いいね”だった。

独特なID、英数字の不規則な羅列。捨て垢だ。


『クリぼっち。チキ冷め民、”存在証明”してみよかな』


『体温低下でデス数が増えるよね。鬱がきたってキル取れるよな!』


『アルミホイル装着ヨシ! 弱者、動きます』


スマホをひったくって操作を代わる。そういや投稿のすべてには、ことごとく、ハートマークが灯っていた。


「このアカウントより、このアカウントをいいねしてる人のが気になりません?」


「そっか。つまりおまえが言いてえのは、それが誰であれ、“いいねしてるだけ”じゃ、教唆として立件はできねえってコトだろ」


「ですです。でね、いいねって、何回連打しても表示されるのは1いいねじゃないですか、わかります? 例えば”いつか誰かを殺してやる”なんて投稿に、いいね、キャンセル、いいね、キャンセル……って、これ、めっちゃ後押しっぽく感じません? 見られてる、応援されてる、背中押されてる感じがする。私がもし、すごく孤立してて、すごく頭が悪いなら、この人に応えなければ! って使命感まで湧いてくると思うんですよ」


ひらひら~。こいつへ向け、ミラーリングの意味を込め挙手をする。


「監視カメラ。数年にわたって、あの広場の映像を確認してみろよ」


すると、んふふ~という声のあと、結婚指輪かがやく手がこっちへ伸びてきて、ひとつのプリント――ああ、レジュメ!を繰り出した。な~にがレジュメだよ。プリント。ざら半紙。


とにかくレジュメに目を通す。


「有能でしょお、『特例作りの陽乃』、まだデジタル怖い世代です、あは」


一枚にまとめられた画像の羅列。並んだ大量のサムネイルの全てに、ご丁寧にも日付や時刻がびっしり。季節が次々と移り変わる広場の中、ふたりの人物が服装だけをちらちら変えて、まるでバラしたアニメーションみたいにうろついていた。


「そゆコトね。サンキュ」


「アカウントの、さもセンスありげに投稿された写真見てる限りだと、チキ冷め民さんは例の広場が大のお気に入りだったみたいですね。それさえわかってれば、ねぇ。いやぁ、でも執念っていうんですか。すごいですねぇ、大将軍。完全犯罪ですよ? やっるぅ。アツく、泥臭く!」


ひととおりの流れが終わって、ようやくになって暖房が入り、窓から見える景色が流れ始める。

あ、車出しますね、とワンテンポ遅れて人隣が笑った。


ぼくは肘を車にぶっさし、頬杖をついて、もちもちのカワイイほっぺをみずから潰す。

んで、遠くの女をちょいちょいと親指でさした。


「冷めチキじゃねえっけか? あぁ、ほら。よそ見運転すんな。見てみろよ」


「ひえ、無理難題」


「バカ。頭取がしつこく迫ってた女が来てんだよ。イジメのスイッチがなんで病院に向かってんだろ~な」


女はたぶん、よほどのバカじゃなければ、勝ち戦をしに来た。


「頭取はこれからメディアに出て、華々しく、計画通りに”溜め高校デビュー”すんだろ」


「あぁ、うちでも感謝状の話、出てますねぇ」


じゃ、まさかその子、”先んじて”って事ですかぁ? と、荒々しい運転でニマニマ笑う、よく育ったバカ女。信号無視したろ、今。ふざけんな。


「あ~~ゆ~~女がいんだよなぁ。”逆カモ”って呼んでるよ、ぼくが勝手に。自分のコトが死ぬほど好きだったのも、攻めりゃ100%イケるってのもわかってるもんだから。おまけにショッキングなドラマのワンシーンをナマで見て、キモい陰キャへの印象がパッとすり替わった。侮蔑から屈辱に。あんなメガネより自分が大切にされねえ理由がねえって思った。燃えんだよ。人のもんって、急に魅力的に見えるし、実際、頭取はこれから一気に飛んでくしな」


「わかります、わかります」


わかり……?

や、わかってようがわかってまいがどうでもいいけどさ。


「私も”十未専属パフォーマー”の男の子、あぁ私が取り調べたんですよ、ちょっと気に入っちゃって。いつも目上ばっかり相手にしてるからですかねぇ。ああいう、一生懸命な操り人形みたいなの? なんか欲しくなっちゃいましたもん。なんで、予定より早く返却されると思います、やぁ、ある意味返ってこないかもしれないのかな。あは、すいません」


「は?」


素より低い声出ちゃった。左手薬指をつつくベタなぼく。


「や~はは~、まあまあ、それはそれとして。まず、状況が状況だったでしょお。本人も目撃者も、本人もですよ? やぁ偉いですねぇ。かわい。かたくなに殺人の凶器は大きな刃物、たぶん、マチェットのことですかね、そう証言してるんですけど、どこにも見当たらなくて。映像確認しても映ってなかったんです。で、両方の足取りをたどってみたら、片方はリュックを背負っていて、もう片方は手ぶらで広場に訪れてたんですね」


急~に。くれてやったアメちゃんがニチニチカロカロうるせえなぁ。

不快感をよそに、汚職刑事のでっちあげは続く。


「ナイフにはリュックの繊維が付着してました。ついでに軍手の繊維も、あはッダっサぁ! ……あ、すいません、アメ入るとこだった。ヒヤリハットですね。ええと、つまり、刃物は一つだったんです。言い換えれば、刃物で首を斬りつける方法なんて、あの場においては一つしかなかったんですよ。もみ合いのすえに、ううん、悲劇としか言いようがないですねえ。集団パニック、全員が心神喪失状態だったんじゃないかなあ。脅威の対象が大きく見えたとか」


ふと、肩に何かが乗ってきた感覚があったけど、確認するすべも必要もなく。

理由は全く不明なまんま、なんとなく、渡したUSBとか、ぼくじゃなくって、こいつの大事なものがこいつの意図と関係なく消えてそうな気だけがした。


まあ、もう、いいや、なんでも。ちょ~くたびれた。

こいつは二度と使わないでおこ。マチェットて。趣味、シブすぎんだろ。


「あ~も~。こんなやつを組織に入れてんじゃねえよ」


「あはっ、わんわん」


富、名声、力。この世の全てを持ち合わせたぼくは、ただひとり、頭を抱えるのだった。




さて、しばらく時間があいて、散々なクリスマスを終え、すっかり年も明けたいま、『ぼく』と『ぼく』がふたたび顔を合わせているわけだが、この『ぼく』はどちらだと思う?


「ぼかぁ元気だとも」


「ウソこけ、バカ野郎」


今宵の彼女はオーバー・オブ・オーバーサイズの漆黒のパーカーに身をつつんでいる。

フリルがついていないが、これもゴスロリというやつなのだろうか。ぼくは服装には詳しくない。


学校にきた彼は、ぼくとの挨拶を済ませたのち、まず未練の先へと”返事”を切りだした。

やっぱり、考えたけど、嬉しいけど、ごめん、とか、なんとかいって、深々あたまを下げた。


群れがざわつき、彼とぼくは涙と祝福のなか、一気にいただきへとのし上がった。


いや、なにがなんだかわからないというのが正直なところなんだ。この、もぐもぐと動かしている口のなかの、なんらかの肉の味がすごくうまいということしかわからない。


「なんつ~かなぁ、あのさぁ。おまえさ、考えんの苦手なら、考えんのやめな」


「では、思考をやめた人間とは人間だろうか?」


「キレそ~~……ちげぇんだよな~~……」


ワン・パンチとはね。

わるいが、占い師。ぼくは言語能力だけは優れていると自負しているんだ。


「しかしながら、うまいもんってなぁ、うまいもんなんだな。ぼかぁ、きみへの感謝の気持ちでいっぱいだよ、はらも、ほら、ぽんぽこりんのぽんだ」


「あぁそ、よかったわ」


ぼくはおもしろいことをいった。おもしろくなかったのか?


彼女がアイコンタクトだけでなにやら酒を持ってこさせ、注がれたものをくっと飲む。

もっとも、この場の意図がわからないぼくにとっては、うまいものを口に運ぶ以外にすることがまったくない。草をはむ牛のようにモゴモゴするばかりだ。


「あー……」


なにもかも、いったいなんなんだ?


「なあ、ぼかぁ、あれくらいのこたぁ起こり得ると想定して生きて――


「おまえ、寝てねえだろ」


草をはむのをやめた牛。

突如、ずばり、言い当てられた。


「いつものことだ、眠剤なんぞ、ぼくにとっちゃ、役にたたない」


いや、すこし、びっくりしてしまったから、こんどは、ぎこちないパンチだ。


「”ぼくなんぞにゃ、まったくつり合っていないね”~とか思ってんだろ」


さらには、傷口をさし広げるようなまねをされたものだから、ぼくは冷静でいるのがむずかしくなってきて、わずか、ことばが重くなる。


「いいがかりをつけるのも占い師の仕事のうちか?」


ナプキンでぐっとぬぐい、いかさま師とのことばの殴り合いにそなえたぼくの口は、


「つり合ってるよ」


この簡単な一言をはき捨てて、普段とても怒りっぽい彼女がリングからおりたことで、奇妙で不思議な余韻のもと、ゴングの音をきき終えた開きっぱなしのぼくの口は、ふたたび丁寧にぬぐわれることとなった。


「好きなもん同士だろ。占い師なんか必要ねえよ。男だろうが女だろうが自分の力で好きに生きて、好きに死ねる強さがありさえすりゃ人目なんざ、どうでもいいだろ。それがおまえだろ、有尽吊ルスル。ぼくがおまえを応援してる。とんでもねえ友達の十未来十が応援してんだから、変なコトに気ぃ遣わなくていい。肩の荷おろせ。そんだけ。そんだけだよ」


そのことばのなかに、ひとつたりともぼくを責めることばがなかったので、ぼくは、


「気持ちわるいな、きみ」


と、うっかりいってしまい、やっぱり散々に怒らせてしまった。




このまちときたら、ほんとうなら真っ暗だってのに、昼間みたいなまばゆさだ。


「いちお、いい医者の連絡先、いくつか渡しとくから」


白い息をはきながら、友だちがぼくにまどろみへの片道切符をよこしてくれた。

ぼくは今回、反省する面が多かったと思うので、大人ぶることなく、やはり、あたまを下げた。


『警察が感謝状を……』


『しかし、防止策を……』


ずらりとならんだモニターの列が、彼のことをまた語っている。

いつ見ても猫背だな。それに、なで肩だ。


「”リアルチェンソーマン!?”の記事と”リアル鬼滅の刃!?”の記事、どっち読みたいよ?」


スマホをもった堕天使は少し親しげで、だからこそ、たぶん、意地悪だった。

ぼくはふん、と、はなで笑う。


「海をわたるにあたり、船をつくるも流木にすがるも自由だと思うがね、こじつけにしたってひどい見出しだ。まあ待て、検索して一番うえに出てくるものを当ててやるから。朗報、大将軍さん、大将軍だった、とかな。そんなとこだろう」


「は~、そぉ、おまえはまだピにあめぇなぁ」


「認めざるを得ない。ほんとうのことをいうと、あの事件は地上波で不祥事の隠れみのにゃ使えても、ネットじゃ使いもんにならない。彼はたいして話題になっちゃあいないと予想している」


「お、成長した。そのこころは?」


「美談だからだ」


と、ひさびさの、眠りのまえにはちょうどいい、心底どうでもいい雑談をした。


「ああ、そだ、聞きそびれたコトと、逆に、教えてやってもいいコトがあんだけど」


別れぎわ、堕天使は、堕天使であるがゆえに、絵に描いたような黒服がハンドルをにぎる車にぼくを詰め込んで、おのれのみで夜のまちで遊ぼうって考えたんだろう、ハンドサインで大きな窓を開けさせてから、さも、”ことのついで”であるかのごとく、気だるげにたずねた。




日はただ過ぎてゆく。


ちょうど薄暗くなるよう、調整された照明。


決まったサイズの空間、わざとらしいド派手なシャンデリア。

そこらじゅうに散りばめられた文字をぼかすスモーク。


考えられた場所。


人間は空間に意味を見出さずにはいられない生き物だ。


ぼくも館のハリボテ、装飾品のうちのひとつ。

一番よく喋る頑張り屋さん。


おおう。ずうっと音を出しっぱのステレオくんからの異議あり。


「医者にはうつ病だって言われて、人間関係がうまくいかなくて、仕事もやめて……」


太い指にめくられたのは『勇者』の絵札。


「いやぁ、そのぅ、十未様にこんな事を尋ねるのも、何なんですが……」


虚無をこねる両手。めくられたまま置き去りにされた『勇者』。


「これが、カタギの頑固もんなんやわ。十未」


アタッシュケースに、めくられもしない勇者。


「それでは。先生。何卒、よろしくお願い致します」


札、出番なし。


勇者の絵はこの世じゃ、珍しくもなんともない。


スマホぽちぽち。


こうしてこう、それではこっちが立たぬ、であれば、こうかな。

おお、いい、いいじゃん。さすがぼく。


AさんからZさん、”あ”さんから”ん”さんまで、万事うまく組み立て、下々に連絡。


さあて。


一仕事終えた偉~いぼくはロックを解除し、重いドアを開けて、帰る前に控室へ。


今日は好きピはお仕事だし、そんなら、どうせ帰ったって風呂入って寝るだけだ。ホスクラって気分でもねえし、落ち着く場所にいたかった。どっこらせと椅子に腰掛けて、安いテーブルに片手を伸ばす。


「今日もお疲れ様、くるとん!」


椅子が労りの言葉をくれる。


「あんがと」


空いた手で、四つん這いの頭をわしわし撫でてやると喜ぶように作られてる。

ぼくはといえば、空いてないほうでぺらぺら、手順通りに。


「並べて~っと」


「ヤバ! 珍しっ、ここで占うの?」


「まあ、占うっつか」


「ヤバ!」


こいつら人間椅子ならぬ椅子人間は、十未家の熱心な家来が代々やってる大事な役割らしい。


バカ代々がよ~。


流れてく、足でもできるような簡単なルーティーン。

ニスの”てかり”の上に、三かけ三のカードが整列する。


『フォー・チューンズ』。


十未の血を太~く繋いできた小道具。いにしえの札に宿る物の怪。


ぼくはばらばら動く指の上で、あいつの言いそうなニュアンスなら”がらくたの石”をころころと、右に左に数周させてから、なんだっけな、聞いといた”逆カモ女”の名前をいったん思い返し、


「『御鏡(みかがみ) カガミ』」


って、聞いた通り、そう呼んで札をめくる。


絵札は無地だった。


「は~、鈍ったもんだなぁ、ぼくも」


そう、勇者の絵は珍しくもなんともない。


あからさまに不穏で、気持ち悪い投稿を繰り返す、いかにもなアカウント。

気持ち良いくらいに弱くて地味で、そぐわない奇妙な改名を済ませた男からの誘い。

広場には出会うべくして出会った二人の姿をとらえた映像がびっしり。


“さあ、いったい何が起こったと思いますか!?”。


動けば解けるに決まってる事件。必ず選ばれるジョーカーのカード。


マジシャンズ・チョイスねえ。なつかし。


やれやれと、スナック片手に、ヨユーで、ただ広告が終わるのを待っていただけ。

んで、なんか腑に落ちない、つまんないエンディングだと文句をたれていただけ。


当たり前だろ、バカ、ぼくの大バカ野郎。


一番の見どころも、見えない敵の本当の目的も、録画されないとこにうまく隠されてたんだ。

間違いなく観客が、小さなハコん中が一番ブチ上がんのは、勇者が高嶺の花をフるシーン。


地味な勇者に選ばれなかった花。弱き姫に負けた花。あわれな、綺麗な綺麗な花。


自分にも手が届く花。


綺麗なバラにはトゲがあるなんてのは誰でもわかってるコトで、受粉をせっせと手伝うやつよりも、ハエトリグサに寄ってくハエのほうが、この世にはいっぱいいる。


殺人事件は主役のいないパフォーマンスで、商品抜きのコマーシャル。


トリックに使われたのは十未来十。


“夜明けの病院に向かう姿まで見ておきながら”、ただ窓越しにくだらねぇと、カモ呼ばわりまでしていたバカ女。


御鏡カガミ? そういや、なんだよ、その名前。

だけど、あいつがいるだけで、一気に全部わかんなくなる。


病院の中に入ったのか? であれば何を話したのか? そもそも、頭取は関与してるのか?


な~~~んも、わかんねぇ。


グワッグワッ。参りました。どうにでもして~。お見事。


完っ璧な、しかも、仕掛けからオチまでド派手なミスディレクション。


ひとり拍手。

こっそり、ちょびっと、煮えたぎるはらわた。


「やられたわ。御鏡カガミの中の子ちゃん、おまえ一体、なんなワケ?」


「それ、ヤバくない!?」


「まあ、なぁ」


「ヤバ!」




ひとによって感じかたはまちまちだろうが、ずいぶん時がたっていると感じる。

えらく暑い三月の昼空のもと、ぼくはか弱い自律神経をふるい立たせて例の広場に降り立っていた。


「はん、おまえの死のひとつやふたつ、なんてこたぁないぞ」


「ルスルさん! ……あ、あー、じゃあ、もう、俺も言っちゃおうかな」


「そうするといい。なにがPTSDだ、くそったれだ」


雑踏のなか、空いたところで、かの大将軍は猫背をさらに丸めて、両手を合わせて目をつむった。

多少ざわりとするかと思ったが、時の流れはぼくが思うよりはるかにはやいらしい。


「おい、きみ、甘いんじゃあないのか」


彼は怒るぼくの手をとって、へらへら顔に戻ると、そそくさと場をはなれた。


「だって、どうしたって、結局、なにも言えないよ」


「だってだってだってやかましい、いっておくが、きみのはだいたい、要するに思考停止だ」


「ほんとに違くて! 思考停止じゃなくって、答えを出しちゃいけない気がする」


ガヤガヤと、会話は堂々巡り。

しばらく歩いて、すたれた、静かなフードコートでぼくらは立ちどまった。


「でもさ、なんてことないんだね、思ったより」


彼がほっとしたように汚い椅子に座って、きれいに治った脇腹をなでる。

なんだ。うずくのか。そんなのは、ぼくがなでてやるだろうが。


「……なんてこたぁ、なかぁないだろう、ぼくらは成し遂げたといっていい」


この場所はゲイセクシャルの連中のたまり場だから、ぼくらはちょっと浮く。けど、ある日、きみらだって一息つくためにここに立っているんだろうと言ったら、事件のこともあってか、まあ、比較的簡単に受けいれてもらえた。何日も通っていると、いやなやつもいて、いいやつもいるってのがわかる。


だからって、どこもかしこも同じってのは俗っぽい結論だ。

ゆえに、ぼくはひとまずここに、ぼくの言語力は世界平和に繋がるという確信だけをおいておく。


ぼくはおもしろいことをいったんだぞ。


「昔の人ってすごいよね、いっぱい眼の前で死んでたんでしょ。俺、無理」


「それが当たり前なら、そういうもんだ。ぼかぁ、ハナにかける年寄りがきらいだね」


「ああ、ちょっとあるかも、でもさ、ほら、大変な思いをしたんだよ、敬わないと」


「きみな、きりがなくなるのが予想できないか? さっき自分が吐いたつばだぞ」


こうやって、毎日毎日時間を無駄にしているのがなさけなくってしかたがない。

けれども、それもこれも、この男のせい。


ああ、ぼくは友達のアドバイスを守って、やすい結論にすがっているとも。

だってバンザイ、ひととは、責任転嫁に責任転嫁だ。


「キスがしたくなった」


だって、大きな一歩のあとだ。

ぼくがその一歩と同じくらい大きな声でいったばっかりに、女の口調で話す、群れでもっともたくましい男にこつかれた。


彼は照れちまったのかおもしろいのか、なんだかしらないが笑っていた。


まあ、よしとしよう。


ぼくはリーダーに、いいわ、やんなさいよ、と背中をおされ、思いっきりキスをぶちまかした。

ひくい歓声に包まれるなか、唇はいつものように及び腰だった。


どれだけあたまがわるくみえようが、いまぁしあわせだ。


ぱちりと先に目を開いて一秒もたたないうち、ぱっと口が離れて、ただ、よこに座って時間がたって、そうしたまま、しばらく過ごして、化学物質を一口飲んだぼくは、ふと、友だちのことばを思いだした。


「なあ。そういやあ、きみ、なんだって改名なんかしたんだ」


躊躇なくたずねることができる。それもぼくの強みだ。


「えっ!? なんで知ってるの!?」


知っているだけだ。ぼくはべつに、きみがどうであれ気にしない。

彼はいままででもっともといっていいほど恥ずかしそうに、声にならない声で先んじて悶絶したのち、


「強くみせたかったからなんだ。その、あの、昔の事で……今よりバカだったし、中学校じゃ今よりいじめられてたから、あぁ、俺なりに、なんていうかなぁ、でもだんだん方向が変わっていって、最終的に、結果的に、いじりやすくしたって感じに、なったっていうか……」


「はん、そいつぁ、じつに単純明快だね」


あんたバカね、名前は二度も三度も変えられるもんじゃないのよ、と巨大な低い声。

ああ。全面的に正しい意見だと思う。大将軍ってのはあんまりだ。


「どうだ、もういちど、キスをするか」


ごつん、と戒めのげんこつを喰らう。


「おい! 痛いじゃあないか! 暴力は愚かな行いだ! 古い考えの人間だ! こいつが鉄拳制裁というやつか、受けてたとう! では、まずは問う必要があるな、なぜ暴力指導が――


三島由紀夫よろしく、スピーチとなると止まらない。

そう、ごきげんなぼくとは、ジャンヌ・ダルクであり、マザー・テレサなのだ!


暗闇の先、聖夜の惨劇を越えて、光る眼鏡のさらに先へ、閃光がみるみる伸びてゆく。


ふっと、どこかの暗闇にたたずむ女。

アロマの匂いに、ろうそくの灯り。


「『有尽吊ルスル』」


ぼくは唱えて札に指を置く。


そしてやっぱ、ぴたっと止めて、はあ、とため息をつき、札を再び束ねて消して、椅子からおりて、その頭を両手でわっしわっしとかき混ぜた。


「や~めた。今日はもう終わり。おまえも帰んな」


「マジ!? ヤバくない!?」


すると、ビキニパンツを履いただけの椅子がすくっと立ち上がり、奏でるような足音で姿を消す。


そんで、ど~~せ、見えないとこでもあらゆる所作を美しく終えて、あっという間にひげまで美しく整った、ぱりっとしたスーツ姿の老紳士へと変身して、ぼくの前に再び現れた。


「来十さま、カガミという少女ですが」


耳打ちひとつにしたっていちいちキザだね、おまえは。


「ああ、うん。それなんだけど、いちお、おまえにはいったん椅子から離れてもらう。んでガチの身辺調査、付き合って。おまえは鈍っちゃいねえだろ。ぼくは鈍ってたなぁ、笑っても怒んねえよ。怒れねえ。一発、うまくカマされたわ。……けど、からには、研がなきゃな。そういうわけでの、あえてだから。直々におまえと探るコトにする。めんどくせ~~けど」


「かしこまりました。代わりの椅子はどうなさいますか」


「いらねえってのは大前提で、おまかせでいいよ」


椅子おぢは礼を済ませて、重いドアを軽々開き、振り返り、もういちど、深々。


布の滑る音と、無意識に素早く開く乾いた口。


目からこぼれ落ちる澄んだ椅子の光の粒が、やつの、とっさにつくった手の椀に落ちた。


「おお。何卒、度重なる無礼をお許しください。この老いぼれた腕を再び振るえる喜びといったら。子を産まぬと申されたその日に、わたくしはただ、自らの悲運を嘆き、使命を忘れ、あなたさまを怒鳴りつけました。しかし、わたくしが仕えたのは十未であって十未ではありません。来十さまです。十未来十さまなのです。ああ、なんと言い訳がましく聞こえる事でしょうか。しかし気づいておりました。お許しください、お許しを、数十年、椅子を任されておりましたから。ずうっと離れた今になって、ようやく伝える事ができたのです」


こいつ、若干のシュールさ、ある。


まあ、まあ、いいよ。

そんなさ。言ってくれよ、おまえ。一言言ってくれればさ。


ぼくだってずっと、椅子に背もたれほしかったわ。


いいかな。頭よちよちしときゃいいか。


「いんだよ。歳とったもんなぁ、お互い。あんがとな。お身体に気ぃつけてって言いてえとこだけど、ぼくをめくって勇者の絵なんて出たら、それこそ笑えねえから。おい。やんぞ、テッテー的にだ。カガミがパンピだろうがプロだろうが関係ねえ。この十未来十が恥ぃかかされたんだぜ。読んで字のごとく絶望させてやる。何万年前、何億年先、いつ、どう戦おうがどんだけ逃げようが無駄だって思い知らせてやんだよ」


「ええ、ええ、わかっております、わかっておりますとも」


ま、何にせよ。絶対って言い切れるコトは、ぼくは今までもこれからも、ぼく自身の札だけは、ぜって~めくらねえってコト。


「だからこそおまえも、そんなぼくの絵を描きたくてたまんなくて、ついてくんだろ」


はっと一瞬の驚きをみせる椅子の瞳に、ひどく白髪のはえた、乱雑に伸びた黒髪の、ぼろの着物をまとった男がうつる。


「なんと……!」


「ペラ紙の出番なんかね~ぞ。人類は進歩してんだ。いまや時代はこれと」


手でつくる意地汚い、逆さのマル。


「これだ」


背後に向けた指折りのピストル。ただし、銃口は中指。


さあ、どうだか、とでも言いたげに――

あいつは意地悪くニヤリと笑って、次のまばたきの後には消えていた。


すかさず椅子の腹をノック。”は”とも”ほ”ともつかない、はずむ声。

だ~~いぶ前の、難しい話は終わりの合図だ。


椅子の顔つきが瞬時に変わった。いいね。


――さてと!


うっと~しい情報網どもを巻き取って置き去り。開けさせた大きなドアから、走る小さなドアへと歩いてうしろに寝そべれば、しばしぼくは揺すられ続け、うごめくネオンのスライドショーと、本命スマホに照らされるだけのやつになる。


トークアプリを開き……んまあ、散々かっこつけたわけだけど、この時間だけはな~! ぼくもなぁ。おまえらに見せんのもヤだから、そろそろバイバイの時間だ。わり~な。こっからはぼくよりず~っとかっこよくてかわいい、サイコーのお気に入り、んで、なによりぼくにメロメロな好きピにちゅきちゅきすんのにぴったりのタイミングってわけで――


『知人のゲイセクシャルの男性の話なんだが、フランスで同性婚するんだと』


「知らねえよ!」


バカが。バカ野郎がよぉ。

今まさに画面の上から垂れてきたのがこれだ。


んちゅ~~って構えてるとこに、「おい」って、ばさっとかぶさってくる感じ。


こいつのタイミングには、こう、こう、独特なもんが。


「わかんね~~かなあ~~~~……」


親しい間柄ほど間が悪いものです、とほほ笑む血に飢えた運転手は元・椅子人間。

気づかないうち、部屋の隅っこに生えてきてた現・イラつく変なのを、ぼくの指が返事を後回しにするべく、け~っきょく、上へ上へと押し上げていた。

頭取をすごくこう、何も悪いところはないんだけれども、不意に奥底からぞわっと嫌悪感が上がってくるきしょい男として書きたかったので、女の人が彼のことを「きしょい」と思ってくれれば僕はもう現世に思い残しはないんです

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