序章6 交流
鴉取の足音が遠ざかると、部屋の空気は急に軽くなったようで、それでいて言いようのない緊張感を残していた。
澪音はふたりの様子を気にしながら立ち上がり、小さく微笑んで声をかけた。
「ちょっと村長さんを呼んでくるね。すぐ戻るから、休んでいて」
そう言い残し、襖を静かに閉めて部屋を後にした。
残された雛汰は隣で伏せる悠明を横目で見やり、少しの沈黙の後に口を開いた。
「なぁ、悠明……。あの夜、ほんとは何があったんだ?」
問いかけは真っ直ぐで、幼いながらも必死さが滲んでいた。だが悠明は答えなかった。顔を横に背け、布団に沈み込むようにして目を閉じる。
その仕草に雛汰は唇を噛んだ。
「……ごめん。無理に聞くつもりはなかったんだ」
彼はそれ以上は追及せず、ただ静かに隣に寄り添った。
やがて襖が開き、澪音が村長を伴って戻ってきた。
白髪混じりの髭を蓄えた村長は二人を見て、柔らかい声をかけた。
「大事な思いをしたな。怖かったろうに……。今は休むことが一番だ」
その言葉に雛汰は小さく頷き、悠明は視線を落としたままだった。
村長はふと眉を寄せ、鴉取のことを尋ねた。
「さきほどの男は……何者だ?」
その答えを担ったのは澪音だった。
「天嶺院学術堂の長、鴉取さんっていう人……。事件のことを調べるために、二人に天嶺院へ来てほしいって」
澪音はさらに問う。
「……天嶺院って、どんなところなの?」
村長は深く息を吐き、慎重に言葉を選んだ。
「天嶺院は、この秋津国の魔術の中枢だ。研究と軍事、その両方を担っている。なかでも学術堂は研究の要でな……鴉取という人物がそこで長を務めているのなら、彼の言葉には一理あるだろう」
少し間を置いてから続けた。
「織枝さんのことも、天嶺院なら何か掴めるかもしれんなぁ」
村長は視線を柔らかくし、力強く言い切った。
「それに織枝さんには、わしら村の者もずいぶん助けられた。だから残った子らの面倒は村で見る。安心して行くといい」
澪音は二人を見回し、胸に手を当てた。
「じゃあ、私が看病する。少しでも早く元気になれるように、できることは全部するから」
その言葉には強い意思があった。彼女自身も不安を抱えていたが、それ以上に二人を支えようとする気持ちが勝っていた。
雛汰は弱々しくも微笑み、悠明は沈黙を守りつつもその瞳にわずかな光を宿した。
澪音の小さな決意が、閉ざされかけた二人の心をほんの少し和らげていた。




