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鳴々奇譚  作者: nocchi
序章 桃花庵
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序章5 取り調べ

部屋は質素ながらも重々しい空気が漂っていた。

天嶺院学術堂長・鴉取不識(あとりふしき)は、古びた椅子に腰を掛け、飄々とした笑みを浮かべながら雛汰をじっと見つめる。



「さて、坊や。魔人について知っていることを話してもらおうか。孤児院を襲った魔物のこと、そして織枝殿の所在についてもね」



雛汰は迷いながらも、最初の襲撃については細かく説明した。蜘蛛の魔物が結界を破って現れたこと、悠明が囮となったこと、自分が拳に魔力を込めて撃退したこと――しかし魔人の襲撃について問われると、首を振った。



「……魔人?魔物のことですか?さっき話したじゃないですか……それに気づいた時にはこの部屋に……」



鴉取は顎に手を当て、「ふむ、そうか」と小さく笑い、さらに問いを重ねた。



「ここがどこだかわかるかい?」



その問いに答えたのは、雛汰の隣に座る少女――桃花澪音(みおん)であった。

彼女は魔物の襲撃時に瓦礫に埋もれそうになった所を織枝に庇われた子供だった。

そんな透き通るような声を持つ彼女が恐る恐る口を挟んだ。



「昨日の夜に悠明が大きな声で先生を探しに行って欲しいって言ったから……私が探しに行ったけれど、姿が見つからなかったの……悠明の表情が怖くて何か大変なことが起きてるんだと思って……だから村の人たちに助けを求めに行って、戻った時には雛汰と悠明が倒れていて……村長が気を利かせて、私たちは村長の家に泊まらせてもらったの……」



ちょうどその時、布団に伏していた悠明がうめき声とともに目を覚ました。体は震え、声も震えている。それでも、鴉取は彼に同じ質問を投げかけた。



「君にも聞こうか。魔人のこと、そしてあの夜のことを」



悠明はぼやけた目を逸らしながらも、震える声で説明した。

「……襲撃は本当です。でも……先生はわかりません……」



鴉取は再び悠明に魔人について尋ねたが、わからないと言われた。



悠明は先生が魔人であったことは、伏せた。

自分の見た織枝が幻であると願っていたためである。



鴉取は悠明の返答を受けた瞬間、細めた目にわずかな光を宿した。

――わからない、と即答するその声。だが僅かに震えを帯び、言葉を選んでいるような間があった。


雛汰に質問したときは、魔人という存在そのものを知らぬ、まっさらな無知さがあった。

だが悠明は違う。言葉では「知らない」と言いながら、その瞳の奥には、何かを知り、それを隠そうとする影があった。



(……ふむ、あの少年、嘘をついているな)



飄々とした笑みを浮かべつつも、鴉取の胸の内では冷静な観察が巡る。

「知らない」と言い切った雛汰の無垢さと、「わからない」と答えた悠明の逡巡――その差異は、見逃すほど浅いものではない。



(方や術式を換えさず純粋な魔力のみで魔物を倒す子どもと、方や類稀なる才能を持ちながら何かを隠している様子の子供……二人そろって、調べる必要があるな……)



そう結論づけ、鴉取はあえて追及しなかった。

理由はひとつ。追い詰めて言葉を引き出すよりも、彼らを天嶺院に迎え入れ、時間をかけて観察する方が――遥かに多くの真実を手にできると踏んだからだ。



鴉取は二人の答えを聞き終えると、大きな体を揺らして立ち上がり、飄々とした声で告げた。



「なるほどね。ありがとう。では……坊やたち。君たちにはしばらく、天嶺院に来てもらえないかな?」



そう言った後、不識はゆっくりと歩きながら続ける。



「我々には、この事件を詳しく調査する必要がある。

 そのためには、君たちが知っていることを、もう少し詳しく聞き出さねばならない。

 それに――先生の手がかりを探るなら、天嶺院の方が都合がいいのだよ」



重くも飄々とした言葉に、雛汰と悠明は動揺していた。

他の子どもたちのこと、織枝の所在、自分たちの身の振り方――様々な思考が渦巻き、二人はまともに考えることすらできなかった。



鴉取はそんな二人の様子を一瞥すると、懐から小さな紙片を取り出し、雛汰に手渡した

「これは天嶺院までの行き先だ。療養を終えたら、ここを訪ねておいで」



雛汰はその紙片を手に取る。握りしめる掌にはじんわりと汗がにじみ、文字の意味を理解しようと必死だった。

「……わかりました」

声はかすれていて、普段のような明るさはない。ただ、必死に返事を絞り出しただけだった。



隣の悠明もまた、その小さな紙片をちらりと見やり、硬く唇を結んだ。何も言葉は発さなかったが、その視線の重さが答えの代わりとなっていた。



鴉取はニタッとした笑顔を残し、部屋を後にした。



鴉取の足音が遠ざかり、部屋には再び静寂が戻った。

雛汰は渡された紙片をまだ強く握りしめていた。額にはじっとりと汗が滲み、目は紙に釘付けになったまま動かない。

「……先生……」

その小さな呟きには、期待と不安がないまぜになっていた。



隣の悠明は布団に身を沈め、唇を固く結んでいた。瞼の奥に焼きついた光景――魔人であった織枝の姿を必死に押し殺す。

(言えない……言えるわけがない。雛汰にだけは……)

胸の奥の重みは、言葉にすればすぐにでも崩れてしまうようだった。



そんな様子を見て、澪音は二人の身を案じた。彼女の胸中にも不安は渦巻いていた。大好きな先生の安否はわからず、心は張り裂けそうだ。それでも――。



「二人とも……元気にならなきゃだめだよ。早く良くなって、また皆で一緒に戻ろう」



そう声をかけると、澪音の笑顔はわずかに震えていた。それでも、雛汰と悠明の前では決して弱さを見せまいとする強さがあった。



雛汰はその声にわずかに顔を上げ、力なく笑みを返した。悠明は短く頷くだけに留まったが、その沈黙を澪音は優しく受け止めた。

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