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鳴々奇譚  作者: nocchi
序章 桃花庵
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序章4 悲劇Ⅱ

桃花庵の片隅、まだ被害の少ない部屋で、子供たちは寄り添うようにして夜を迎えていた。

雨脚は次第に強さを増し、窓を打つ雨粒は怒涛のごとく響く。



雛汰と悠明は肩を並べて横になりながらも、先ほどの戦いの記憶が頭から離れない。

「……先生の力、すごかったな」

雛汰が呟くと、悠明は少し沈黙してから答えた。

「うん……でも、怖かった…… あんな糸で……魔物を切り裂くなんて……」

互いに同じ思いを抱いていた。頼もしさと同時に芽生えた恐怖。



しかし雛汰は、いつもの調子で笑みを浮かべて言った。

「でもさ……俺たちを守ってくれたんだ。感謝しなきゃだろ」

その言葉に悠明は肩の力を抜き、わずかに微笑んだ。やがて二人は安堵の中で眠りについた。



夜更け。雨音が一層強くなった頃、悠明はふと目を覚ます。隣にいるはずの雛汰の姿がない。

「……トイレにでも行ったのかな」

そう思い込むが、雨の轟音に混じり、妙な気配を感じて窓辺へと近づく。



そこに映ったのは――人影。

その影の体からは、倒したはずの蜘蛛の魔物が(うごめ)くように生まれ出ており、糸で雛汰の身体を繭のように包み込んでいた。

そして、その横には確かに「人」が立っていた。魔物を従えるその姿は、明らかに異質だった。



「……雛汰!」

悠明はとっさに近くで眠っていた子供を揺さぶり、声を荒げた。

「先生を呼んできて! 僕は……僕が助けに行く!」



雨粒を切り裂くように、悠明は窓を飛び出す。

「やめろぉおおおッ!」

雷光が彼の手からほとばしり、蜘蛛の魔物へと叩きつけられる。



その瞬間、彼の脳裏には先ほど織枝が唱えていた詠唱がよぎった。

「――そうだ、詠唱だ!」

慣れない舌で必死に言葉を紡ぎ、雷の魔術を詠じる。


「雲間に宿る怒声よ、稲妻となりて奔れ。

天地を轟かせ、我が敵を討て――雷閃(らいせん)!」


迸る雷は先の戦いよりもに鋭さを増していた。

だがまだ力不足。蜘蛛の甲殻を焦がす程度に過ぎないだろう。



「ちくしょう……!」

自身の不甲斐なさを嘆いていたが、幸運は重なった。悠明の雷が空を裂いた刹那、雷雲から自然の稲妻が呼応するように降り注ぎ、蜘蛛を貫いた。

轟音と閃光。魔物は断末魔の悲鳴を上げ、その巨体を焼き尽くされて絶命する。



「……な、なんだ……?」

何が起きたのか理解できぬまま、悠明は呆然と立ち尽くす。だが我に返ると、必死に雛汰の名を叫び駆け寄った。



その場に立つ人影が振り向く。悠明の目に飛び込んできたのは――信じて疑わなかった、織枝の姿があった。

「……せ、先生……?」



困惑する悠明に、織枝は落ち着いた声で告げた。

「別の魔物が来ていたの。雛汰を守るために……戦っていたのよ」



しかし悠明は窓から見た光景を忘れてはいなかった。

「嘘だ! あんたが……あんたが魔物を生み出して、従えていたんだ!」



織枝の瞳が冷たく細められる。

「……どうして?」

織枝の冷淡な口調にたじろぐ悠明だったが、その眼には魔物を見る目に変わっていた。



「……気づいてしまったのね」

嘆息をもらしながら織枝は静かに呟いた。



そして彼女は微笑みながら、静かに名を明かす。

「私の名は――絡魂(らこん)。魔物の上位たる魔人よ。でも今まで通り先生と呼んでちょうだい」



混乱する悠明は問いかけた。

「ふざけるな!!……なぜ魔物が魔術を使えるんだ!」

絡魂は愉快げに口元を歪める。

「魔人は人の知恵を学び、術式を理解した存在。だからこそ、魔術を操れるの」



「聞きたいことはそれだけ?」

そう吐き捨てると、絡魂が悠明へと襲いかかる。



「家族だと思ってた! なのに……なんでだよ!」

必死に叫ぶ悠明。だが絡魂は微笑みながら答える。

「楽しかったね」



「嘘だ!!雛汰をなぜ連れていく!」

「先生はとても大事な仕事をしているのよ」



こんな状況でいつも通りの織枝に苛立ちを募らせ、悠明は決意する。

「僕が……僕があんたを倒して、雛汰を助ける!」



その宣言に絡魂は嘲笑し、無数の糸で悠明を襲う。

雷を撃ち返す悠明だが、威力は足りず、次第に体は傷だらけになっていく。



だがその中で、彼は気づいた。

自分の放った稲妻の軌道に、落雷が引き寄せられたことを。

「……もしかして……」



雷を繰り返し放つうちに、五感が鋭くなり、稲妻を「感じ取れる」ほどになっていた。

「視覚だけでいい……視覚を、強化しろ!」

雷を体に付与するイメージを絞り込み、動体視力が飛躍的に向上する。



充血する目に稲光が走る。雷が落ちる瞬間を、見える。



満身創痍の中背後の空が轟き光る。

「今だ……!」

悠明は雷を放ち、自然の落雷を誘導。稲妻は槍と化し、絡魂の背を貫いた。



燃え上がる絡魂は悲痛な声をあげる。

「あの方への……落とし子を……献上できぬ……!」

その言葉は、雛汰の出自を暗に仄めかしていた。



叫びは雨音に呑まれ、悠明の意識もまた闇に沈む。



先に目を覚ましたのは雛汰だった。見知らぬ場所で目を開けると、仲間の子供たちが駆け寄る。

背後には格式ある衣をまとった男が立っていた。

「私は天嶺院(てんれいいん)学術堂長の鴉取(あとり)だ。魔人の痕跡を追ってここへ来たんだが君たち二人から、事情を聞かせてもらおうかな?」



そう言って鴉取はニタついた笑顔で問いかけた。

この男は何者なのか…天嶺院とは何なのか様々な疑問が浮かぶが雛汰は悠明の意識が戻るまで待つことにした。

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