第三話ーツンと呪文と失恋飯
王都アモーレ。
恋愛偏差値が国家の評価基準になるこの街の片隅に、恋にまるで縁がない魔術師がいた。
「……はぁ。なんでまた“片思いラーメン”なんてもの、開いてしまったのかしら、私……」
黒いフードを目深に被り、椅子にふてぶてしく座るその少女――
名前は、ミィ=ルナ。
猫耳つきの帽子、マントの裾から覗く黒タイツ、肩掛けの魔導書、そして――孤高と皮肉を煮詰めたようなツン顔。
そんな彼女が今、屋台の隅でラーメンを煮ている。
しかも看板にはこう書かれていた。
『失恋限定:呪いラーメン屋台《黒月亭》〜泣いてる奴しか食わす気ねぇ〜』
「……くっだらない……」
そう呟くミィだが、彼女の視線はどこか寂しげだった。
* * *
その頃、王城にて――
「よし……よく寝た……って、まだ朝の6時!?
連日の早起き恋愛猛特訓のせいで体に染みついちまった……」
陸はいつも通りベッドから飛び起き、突っ込みとともに1日をスタート。
“お試し恋人契約”中のアリアナ姫は、今日は「陸様と一緒にお過ごし出来ないのは残念ですが、今日は執務につくので自由時間ですわ。」とのことで、陸は久しぶりに完全ソロの外出許可を得ていた。
「はぁ〜、自由って素晴らしい……ひとりって最高……! 優雅な1日、誰にも恋愛強制されないってだけで幸福度が500上がる気がする……!」
のびのびと王都の街の石畳を歩きながら、ふと腹の虫が鳴った。
「う〜ん、そういや朝から何も食ってないな……屋台でも探すか……って、なんだこれ」
目に飛び込んできたのは、黒く塗られた怪しい屋台。
屋根にはなぜかカラスの羽根、湯気からはほんのりシナモンの香り――なのに、看板にはでかでかと「失恋者専用」と書いてある。
「この世界にも一様失恋って概念はあるんだ…恋愛にうつつを抜かすアホな集団しかいないと思ってた……てか、客層狭すぎるだろ……経営破綻まっしぐらじゃん……」
とはいえ、どこか惹かれる雰囲気もあった。
そして、何より腹が減っている。
陸は、恐る恐るのれんをくぐった。
「いらっしゃい……ひとり?」
「うん、まあ」
「失恋、してる?」
「え、えっと……まあ、つい最近、派手に……」
「なら、合格。座って。しゃべらないで。すするだけ」
「圧、つよっ……!?」
店主であるミィ=ルナは、顔を伏せたまま黙々と鍋をかき回し始めた。
「……喋らずすするだけって、一応こっちは客なんだけどな……」
ぶつぶつ文句を言いつつも、差し出された丼を受け取る。
ズズ……。
「――っ……!?」
口に広がる、甘みとほろ苦さの絶妙なバランス。
醤油ベースのスープに、ピリリと効いた胡椒。だが、その中にほんのり漂う“未練の香り”――
(うまい……! なんだこれ……悲しみに寄り添うようなラーメン……!?)
ラーメンを口にした陸は失恋した時の事を思い出しほんのり涙が溢れ落ちそうになった。
「どう?……泣いてる奴にしか分からない味。……別に何も言わなくていいから」
ミィの声は低く、そっけなかった。
だがその言葉の裏に、彼女自身の“失恋の記憶”が透けて見えた気がした。
(こいつ……絶対、俺と同じ種類の人間だ……!)
陸は無言で頷いた。
そしてこの出会いが、のちの“猫耳ツンデレ魔術師との恋の修羅場”の始まりになるということを、
この時点では陸はまだ、知る由もなかった――。