第二話ーお試し恋人契約発動!勇者の選択
訓練とは名ばかりの羞恥プレイ耐久イベントが終わり、日が傾きはじめたアモーレ王国。
陸はようやく自室のベッドに倒れ込んでいた。
頭から恋の汗をかいた気分だった。
「……この国で一日過ごすだけで、寿命が一年縮む……気がする」
布団があたたかい。
けれどそれ以上に、彼の脳裏には、アリアナの告白の言葉がリピートしていた。
「ずっと、もっと一緒にいたいと思ってますの。……好き、ですわ」
(……あれって、“模擬”だよな? 本気じゃないよな……?)
胸の奥が、妙にざわついていた。
その時――
「失礼しますわ♡」
ノック無しで入ってくるお約束の侵入者。
もはや恒例、ドレスを夜着に着替えたアリアナ姫が、ティーカップ片手に登場した。
「お願いだからそろそろチャイムとかインターホン的な文化を導入して!? 毎回入室がゲリラ戦すぎる!!」
「本日最後のプログラムですわ♪」
「もう今日は閉店しましたー! 明日にしてくださーい!!」
「だ・め・で・す♡」
強制営業再開。
陸はシーツを被ってダチョウのふりをしたが、当然スルーされた。
「さて、陸様。いろいろイベントをこなしてきましたが――私はあなたに、ひとつ正式な提案がありますの」
「正式な……?」
アリアナはふぅと軽く息をついて、そして真面目な瞳で見つめてくる。
「私と、“仮の恋人契約”を結びませんか?」
「はぁ!? なんすかその期間限定キャンペーンみたいな提案は!!」
「説明いたしますわ」
アリアナは、ティーカップをソーサーに置き、手帳を取り出す。
「アモーレ王国では、“恋人候補が現れない勇者”には、試用交際制度が認められておりますの」
「交際に試用期間ってどういう文化!? 恋愛を家電か何かと勘違いしてない!?」
「私と貴方が“仮の恋人”として一年間行動することで、国民への好感度向上、恋愛力の安定、魔物の出現率減少など、さまざまな恩恵がありますのよ」
「それ、つまり“仮の恋人にならないとモンスターが出てくる”ってことだよね!? プレッシャー重すぎんだろこの国!!」
「なお、一年間の契約期間中に**“ドキドキ度”が一定値を超えた場合**、本契約に自動昇格となります♡」
「ドキドキ度ってなんだよ!? 心拍計でも付けられるの!? いやもうそれ恋の国じゃなくて恋愛監視社会じゃん!」
だがアリアナの目は本気だった。
「……でもです、陸様。これは、私にとっても試練ですの」
「……試練?」
「私は、王女としてではなく、ひとりの女の子として、あなたに向き合いたい。だからこそ、この一年間……ちゃんと、あなたに“恋してる私”を知ってほしい」
その言葉に、冗談めいた空気がふっと消えた。
「私はね、陸様。模擬”って言って告白したけど――本当は、嘘じゃなかったのですよ。」
沈黙。
陸は一瞬、言葉を失った。
(マジかよ……ずっと冗談半分だと思ってたのに……)
「私、あなたに会ってから、ずっと楽しかった。無茶苦茶な人だと思ったけど、でも――その真面目さも、優しさも、ぜんぶ、素敵だったから」
「無茶苦茶なのはあなたの方ですけどね……」
目をそらさずに言うその顔は、今日のどんな訓練よりもまっすぐだった。
「……正直、まだ気持ちの整理はついてない。俺、元々恋愛なんか……どうでもいいって思ってたし、前に進むのが怖いし……」
「……でも?」
「でも――一年間だけなら、仮の彼氏役くらい、やってやってもいい」
――モンスターいっぱい出て来たり狙われやすくなるのも嫌だし……
「――っ!」
アリアナの顔がぱあっと花のように明るくなる。
「では! 勇者様、ただいまより! “お試し恋人契約”の発動ですわ♡」
「いや名前のインパクト強すぎるんだって!!」
「まずは明日の朝、“恋人モーニングコール訓練”からスタートですわ!」
「朝イチでドキドキさせる気満々だなこの王女ぁぁ!!」
* * *
こうして、“試用期間”という名の恋愛デスマーチが始まった。
王女・アリアナと勇者・陸、二人の“仮”で“本気”の関係が、ここから幕を開ける。
(やれやれ……この国で生きるには、ツッコミ力と心拍数のコントロールが命だな……)
「月までハート型かよ……」
窓の外に浮かぶ、ハート型の月を見ながら――
陸は、ようやく少しだけ笑った。