第二話ー王女アリアナと恋愛特訓の朝は理不尽に訪れる
――朝。
それは本来、静寂とともに始まるものだ。
小鳥のさえずり、カーテン越しの柔らかな陽光。そういう穏やかな時間が、誰にもあるべきなのだ。
だが、ここはアモーレ王国。
そして、ここにいるのは“恋の勇者”という名の運命を背負わされた高校生・早瀬 陸である。
「起きてくださいまし! 勇者様ァァァァァ!!」
部屋中に響き渡る絶叫とともに、豪華すぎる天蓋付きベッドのカーテンが力技で引きちぎられた。
「うおああああ!? やめて! まだ精神が肉体に戻ってない時間帯なの!!」
「ダメですわ。恋の勇者たる者、日の出とともに起床し、恋愛活動を始めるのが国是ですのよ!」
「どこのブラック恋愛国家だよアモーレ王国!!」
寝起きの頭に容赦なく叩き込まれる「恋愛活動」というパワーワード。
誰が考えたこの制度。
「ちなみに今日は朝の6時から、“恋愛距離の限界に挑戦☆見つめ合い訓練”を予定しておりますわ!」
「俺の意思と人格はどこいったぁぁぁ!!」
アリアナ姫はすでにドレスアップ済み。
髪はゆるく巻かれ、清楚と色気が奇跡的なバランスで同居している。
だが、その麗しき外見からは想像もできない暴力的なテンションである。
「着替えはこのメイドたちが担当いたしますわ!」
「待って待って!? 男の朝はそんな直ぐに起き上がって立ち上がれるものじゃないの!(まーナニがとは言わないが立ち上がってはいるんですが…)着替えは自分でするから!!」
「まあまあ、そんなご遠慮なさらないでください勇者様♡
さっ!メイドさん方、お願い致します!」
「いや…遠慮とかじゃなくて!
ちょ!俺まだパンツの中に夢詰まってるから無理無理無理無理!!」
「安心してください。すでにメイドたちは【見えない紳士的魔法】を使用しておりますので♡」
「その魔法なに!? 人道的にアウトじゃないの!?」
しかもなぜか、メイドたちがうっすら頬を染めて微笑んでいるのがさらに怖い。
魔法のせいで何かが透けてるのか!? なんなのこの国の倫理観!
* * *
「では、訓練場にまいりましょう♪」
「まだ朝の7時にもなってないのに、訓練て……恋愛ってそんなにストイックなものだったっけ?」
陸はふらふらと足を引きずりながら、アリアナに連れられて中庭へ。
そこには、二人分の椅子と大量のハート型クッションが並べられていた。
「さあ、今日のメニューは“3分間、見つめ合って目を逸らさなかったら勝利”ですわ!」
「中学生の修学旅行かよ!!」
「ちなみに負けた方は、勝った方のお願いを1つ叶えるルールですの♡」
「地味にリスク高いなそれ!? 姫様が勝ったら何されるか分かったもんじゃない!!」
「ふふっ、それはお楽しみですわね♡」
顔をほんの少しだけ近づけてくるアリアナ。
距離、およそ20センチ。
香水とシャンプーと、姫の肌から滲む天然フェロモンの暴力。
「ま、負けるか……ここで負けたら最後……アモーレ王国の恋愛奴隷にされる……!」
「では、よーい――スタート!」
パチンと指が鳴った瞬間、静寂が流れる。
二人の視線が、まっすぐにぶつかる。
笑顔を湛えるアリアナに対して、陸は汗だくで必死の形相。
「くっ……この目……王族特有の勝利を確信した余裕の目……!」
「勇者様、顔が面白すぎますわよ……ふふっ」
「笑うな! 笑ったらこっちの集中力が死ぬ!」
「いえ、すでに顔面が崩壊してますもの♡」
「顔面崩壊って言うなぁぁぁ!」
残り30秒、陸の目は限界に近づいていた。
アリアナは徐々に顔を近づけてきてさらに距離が近くなってくる。
だがその時、アリアナのまつげがふわっと揺れ、思わず目をそらした――
「――あっ、反則じゃねぇ!?」
「私、何もしてませんわ♡」
「絶対した!! 無意識の色仕掛け反則級だって!!」
「では、私の勝ちですわね♪」
勝ち誇るアリアナ。
そして、地獄の“お願いタイム”が始まった――
「では、勇者様。今日一日、“私をお姫様抱っこ”で移動していただきますわ♡」
「ギャグかよ!! 腰、砕けてんだよもう!!!」
「では、姫抱っこ訓練から再開ですわね♡」
「もう勘弁してくれぇぇぇ……!!」
* * *
こうして陸の異世界ライフは、
“恋の訓練”という名の羞恥と修行に包まれて、順調に(?)地獄の階段を昇っていくのだった。