第一話ー恋の国アモーレと勇者の歓迎式(2)
異世界に来て、まだ数時間。
歓迎され、歓声を浴び、謎の祝砲を撃たれ、いまは――ベッドの上で魂が抜けかけていた。
「……テンプレの異世界転生って、もっとこう、スライムとか倒したりチート能力やスキル覚醒したりするんじゃなかったっけ?」
ここはラブコメに全振りした世界。
戦闘スキルどころか、ステータス画面もない。あるのは“好感度メーター”なる恋愛偏差値のグラフ。
「どんな世界観だよ……戦う気ゼロじゃねぇか……」
一応説明書らしきものをめくってみたが、
「両想いになればHP全回復!」とか
「告白成功でレベルアップ!」とか、
もはやネタにしか思えない記述ばかりだった。
「しかも“好感度が0になるとモンスターに狙われやすくなる”って何だよ! 好感度がバリアかよ!」
ツッコミに疲れたころ、部屋のドアがノックもなしでガチャリと開いた。
「陸くん、起きてる?」
「……え?」
ドレス姿から部屋着に着替えたアリアナ姫が、キャンドル片手に入ってきた。
「いやいやいや! 夜這い!? 姫の品格どこ行った!?」
「ふふっ、そんなに驚かなくても。ちょっとお話がしたくて来ただけですわ」
「いや“だけ”の範囲じゃねぇ! 完全に倫理観のゴールキーパー飛び出してるって!」
アリアナは構わず、ベッドの端にちょこんと座った。
「今日は、いきなりで驚かせてしまいましたわね」
「いや、ほんとよ。驚きすぎてこのまま溶けそうだったよ俺」
「……でもね。あなたが来てくれて、本当にうれしかったんです。」
その言葉は、さっきまでの冗談めいた雰囲気とは打って変わって、まっすぐだった。
「この国では、“恋をしない者”は“人として未熟”だとみなされるの。とても窮屈で、でもそれが常識なんです。」
「……そんな世界、正直息苦しいな」
「でしょ? だからこそ、あなたのように“恋を拒む人”が、この国には必要なのかもしれない」
「拒んでるんじゃなくて、“失恋したての死にかけ”なんだけどな……」
ポツリと漏らした言葉に、アリアナが一瞬だけ、視線を落とした。
「好きな人が、いたの?」
「……幼馴染だった。ずっと一緒に育って、告白したら、“そういうふうには見れない”って」
「……やわらかくて、でも一番傷つく言葉」
「そうなんだよ。しかも、“大学生の彼氏がいるの”って言われて……あはは、笑うしかないだろ?」
アリアナは何も言わず、そっとキャンドルの灯を見つめていた。
その揺れる炎に照らされた横顔は、どこか寂しげで――けれど、柔らかかった。
「陸くん、私から一つだけ、大事なお知らせがあります」
「……なんだよ、怖いなその前置き」
「この国には、“恋の勇者法”という制度があるの。簡単に言うと、“勇者は、一定期間内に誰かと恋愛関係にならなければならない”というルールですわ」
「……なにその義務教育みたいなルール……!」
「期限は一ヶ月です。その間に誰とも“恋人関係”にならなければ……勇者資格、剥奪。国外追放です」
「え、やだなにそれ、もはや勇者という名の恋愛就職試験じゃねぇか…」
「ちなみに国外には、恋愛否定派が追放されている“無恋の荒野”という、過酷な土地がありまして……」
「やだやだやだやだ!! そんな拷問みたいな土地に送り込まれたくない!!」
「なので、一ヶ月以内に最低一人と“両想い”になってくださいませね♡」
アリアナはにっこりと笑った。
その笑顔が、なぜか一番怖かった。
「なんだよ……恋って、そんなに義務感でやるもんかよ……!」
「ふふっ、恋は時に、運命よりも強い義務ですわ」
「いや名言っぽく言ったけど、実質ブラック企業だぞコレ……!」
だが――この国では、それが“常識”。
「ふふ…では勇者様!明日から頑張って下さいね、おやすみなさい…」
そう言って姫様は部屋を出て行った。
陸はベッドに倒れ込み、天井を見上げた。
「……異世界って、もしかして地獄なんじゃないか?
本来なら、ハーレム展開きたー!って感じで喜ぶべきなんだろうけど……はぁ〜……」
溜め息を吐いて陸は眠りにつく。
王女との密室会話、迫る期限、そして“恋愛を強いられる人生”。
彼の異世界生活は、ロマンチックの皮をかぶった、ラブコメ地雷原の上に置かれていた。