第一話ー恋の国アモーレと勇者の歓迎式
石畳の冷たさが、じわりと背中に伝わってきた。
「……うぅ……いて〜腰が砕けるかと思った……なんだよあいつ、無茶苦茶じゃねぇーか」
視界の端で、青空が揺れている。雲一つないその空には、でかい鯨みたいな飛空艇が、優雅に浮かんでいた。
「……何アレ……飛んでるの、あれ……?」
口に出しながら、自分の状況を整理する。
「俺…ほんとに異世界きちゃったの?」
街の周囲には高い城壁がそびえ立ち、その向こうにはまるでお菓子の家みたいな、色とりどりの屋根。石造りの建物が規則正しく並び、広場の中心には巨大なハート型の噴水まである。
「うわ、なんだこの世界……ラブコメが暴走したテーマパークかよ……」
ツッコミを入れるしかなかった。
だって、異常だったのだ。なにもかもが、“恋愛”に支配されているように見えた。
「ごきげんよう、勇者様!」
唐突に背後から届いた、やけに元気な声。
振り返ると――そこには、超・美少女が立っていた。
ふわりと揺れる金髪、王家の紋章が刺繍された純白のドレス。ティアラまで載ってるという、完全に「姫」のビジュアル。
RPGで見たことあるぞこれ。むしろ説明書の表紙だ。
「あ、あの……どちら様……?」
「私はアモーレ王国第一王女、アリアナ・フォン・アモーレですわ!」
うわ、名前もアモーレ尽くし。
どこまで徹底した“恋愛テーマ”なんだこの世界。
「貴方が目覚めるのを、王国中が今か今かとお待ちしておりましたのよ!」
「えっ、そうなの? ……というか、どういう状況か誰か説明して?」
アリアナ姫は目を輝かせ、両手を胸の前で組んだ。
「ようこそ、恋と情熱と契約に生きるこのアモーレ王国へ! 貴方はこの世界を救う、“恋の勇者”として召喚されたのですわ!」
「いやいやいやいや、恋の勇者って何!? 世界、そんなに恋に困ってるの!? むしろ恋してる雰囲気しかないぞこの世界!」
「私たちの国は“恋愛力”によって回っていますの。恋が実れば、街が潤い、魔物も改心し、花が咲くのです!」
「なんで恋で花が咲くんだよ! 生態系どうなってんだよ!」
陸は思わず叫んでいた。
というか今、「魔物が改心」って言ったぞこの姫。
「勇者様がこの世界で“本気の恋”をすることで、周囲に“ラブウェーブ”が発生し、それが国土の安定につながりますの!」
「……だからそれ、経済活動の根本がバグってんだって……」
聞けば聞くほど、現実味が失われていく。
「ちなみに、婚約者としての候補はすでに三人、いや五人ほど決まっておりますわ。ご安心くださいませ!」
「安心できるかァァァ!!!」
どこの誰だよその婚約者たち! 俺、初対面だぞこの世界と!
「まずは、歓迎式を行いましょう。さあ、手を取ってくださいな、勇者様!」
「……誘い方がプロポーズすぎるんよ……!」
アリアナは容赦なく陸の手を取った。
その瞬間、広場にいた民衆が――まるで脚本でもあったかのように、一斉に歓声を上げた。
「おおおお! 勇者様だーッ!」「王女様と手を繋いでるー!」「これは婚約だろう婚約ー!」
「いや違うからな!? 俺ただの高校生だからな!?」
陸は全力で否定したが、もう完全に雰囲気に飲まれていた。
気づけば、赤い絨毯の上を歩かされている。
「なにこれ、歓迎式ってより結婚式じゃね……」
周囲では、カップルたちが抱き合いながら拍手し、空には「祝・勇者様ご成婚」って書かれた魔法の花火が打ち上がっていた。
「早い、早いよ展開が!! 婚約フラグ立つの早すぎるよ!!
俺まだ何もしてないよ?世界救ってすらないよ?」
しかし、アリアナ姫は微笑を崩さない。
「勇者様。アモーレ王国では、恋はすべての始まりにして終わり。あなたの存在が、この国の未来を変えるのですわ」
その言葉だけは――なぜか、妙に重みを感じた。
「……俺、ホントに恋なんて、二度としたくないって思ってたんだけどな……」
つぶやいた声は、誰にも届かない。
* * *
その夜。
歓迎式の後、陸は用意された豪華すぎる客室に通されていた。
シルクのベッド、カーテンは金糸刺繍、机には「ラブコメ入門書」が積み上げられている。
「絶対この世界、ラブコメに侵食されてるだろ……!」
本気でそう思った。
そして一つ、強く確信した。
――俺、たぶんこの世界で、精神的に死ぬ。