第三話ー胃袋戦争と恋するラーメン、どちらが強い?
――翌日・アモーレ王国王城 中庭 特設ステージ。
「皆様、お集まりいただき誠にありがとうございますわ!
本日、ここに――アモーレ王国恋愛料理決戦《胃袋頂上決戦》を開催いたします!」
アリアナの張りのある声が、集まった人々に響いた。
特設ステージには、左右にそれぞれの調理台。
左には、豪華な装飾が施された王族専用の“黄金調理台”に立つアリアナ。
右には、黒い木の質素な“屋台風ポータブル厨房”をそのまま搬入してきたミィ=ルナ。
その間に立つのは……審査員席。
観客達の視線が集まる中央には当然――陸。
そしてその両隣には、謎のチョイスで「王国料理ギルドのギルマス」と「王宮猫(料理に口うるさい猫の長老)」が配置されていた。
「ちょっと待って!? 審査員に猫って何!? どうやって評価すんの!? ていうかこのギルマス、酒くせぇ!」
「うるさいですわ!公正なる審査のため、各方面からバランスよく選出しましたのよ!それに王宮猫の舌は王国一のグルメ猫として有名ですの!」
「初耳だよそんな猫!」
「ニャ!」
(王国猫の誇りにかけて公正に審査する!とおっしゃってますわ)
「通訳できんの!?その猫喋れんの!?」
「姫様が猫語魔術を習得してから、最近は意思疎通可能ですわ」
「流石異世界、すげぇな……」
そんな混乱の中、戦いのゴングが鳴った。
「制限時間は三十分!テーマは『恋する気持ちが伝わる料理』ですわ!」
「恋のテーマって、味の概念で言うと何味なんだ……」
ミィはすでに火を入れ、手際よく香味野菜を炒めていた。
「今日の一杯は、“心ほぐしの和風出汁”。……いまの気持ちをそのまま味にするだけ。料理っていのは勝ち負けじゃない、伝えるだけだよ」
「勝負って言われて意外にも乗り気だったくせにサラッとしてるな……」
一方、アリアナはというと――
「行きますわよ!ラブフレイム・パッションオイル炒め開始っ!!」
「その魔法名みたいな料理名やめろ!!」
「これが私特製“ハート型玉子焼き with 愛の情熱ソース”ですの!隠し味は、“一晩漬け込んだ乙女心”ですわ!」
「なにそれこわい!」
周囲の観客からは、
「王女様、だいぶアツいぞ今日……」
「まさか、あの恋愛モンスター姫が料理にまで手を出すとは……!」
「いつもより恋愛濃度が高くないか……?」
「あっちの猫耳の人が凄く落ち着いて見える……すごい!」
などの感想が漏れていた。
周囲に集まった王宮の侍女、騎士、魔術師見習いたちは、皆、固唾を呑んで見守っていた。
――そして陸はというと
その中心、テーブルの前に座らされた陸は、逃げ場のない状況に頭を抱えていた。
(なんで俺、公開処刑みたいな位置に座らされてんだ……!?)
そしてついに――調理終了の合図が鳴る。
陸の前には、左右から出された料理が並んだ。
右――ミィのラーメン。
左――アリアナの“情熱のお弁当プレート”。
まさかのラーメンVS弁当という構図に、まわりは完全に観戦モードになっていた。
陸はアリアナの方の料理を見て
「うっ……茶色い、な……」
(弁当っていうかほとんどただの卵焼きプレートじゃねぇーか)
「すべて“愛の情熱ソース”で統一いたしましたの♡」
「いや統一しすぎィッ!! 色味って大事なんだってラブコメ参考書にも書いてたろ!」
「参考書には“愛は色より味”って書いてましたわ!」
「どこの参考書それ!?」
とはいえ、逃げるわけにもいかず
心中で震えながら、陸はまずミィのラーメンを口にした。
「……ん。今日のも……沁みる。柔らかくて、あったかい。舌じゃなくて、心に来るな……」
「ふふ、ほめ言葉として受け取っとく」
そしてアリアナの一品。
玉子焼きは、黄色の要素がなく茶色でちょっとだけ形が崩れていた。でも、何度も何度も練習したことがにじむ味だった。
「ん!……こっちも、なんかこう、“頑張ってるのが伝わってくる味”だな。うまいよ、ほんと」
「ほ、ほんとうですの!?」
「うん。……ちょっとだけ、しょっぱいけどな」
「涙が入ったかもですわ!!」
「入れないで!!料理に感情乗せすぎィ!!」
そして、審査員のギルマスと猫も“にゃ(両者引き分け)”と鳴いた。
「にゃー(どちらも恋の味だった)」
「つまり……どちらの“想い”も、ちゃんと届いたってこと、か……」
そして陸も
「うん!どっちも想いが伝わる一品で良かったと思う」
「「えっ」」
アリアナとミィが同時に固まる。
「だって、どっちも気持ちこもってるし。そういうのって、ちゃんと受け取るのが、勇者ってもんだろ?」
「決着はお預けか……」
「ですわね……」
結果―引き分け!
静かな空気。
そのあと、周りにいた観客達が一斉に“恋愛成就祈願拍手”が沸き起こった。
「勇者様ぁあああ!!」
「その優柔不断力、逆にモテスキルゥウ!!」
勝ち負けはない。
けれど、それぞれの心には、微妙に異なる余韻が残っていた。
* * *
――その夜。
王城の塔の窓辺で、アリアナはしょんぼりしながら呟いた。
「はぁー……“欲を言うなら恋人契約者としては勝ちたかったですわ……」
その隣、窓の外を見つめるメイリィが一言。
「胃袋は“掴む”ものではなく、“寄り添う”ものですわよ、姫様」
「うぅ……名言っぽいけど悔しいですわ!」
一方その頃、ミィは屋台でラーメンの残りをすする陸の姿を見て、ぽつりと漏らす。
「……でもさ、勝負してよかったと思ってるよ。なんか、言葉よりラーメンの方が、気持ちを伝えやすいからさ」
「おまえ、ラーメン信仰でもあんのか」
「あるよ。ラーメンは、神」
「いや、なんかそういうのも嫌いじゃねぇけどな……」
二人の間に漂う、湯気と、まだ名前のつかない感情。
胃袋戦争は終わった。でも恋は、まだまだ始まったばかりだった。