プロローグー失恋と転生の狭間で
春の陽射しが心地よい放課後。
淡く色づいた桜の花が、ゆるやかな風に舞い、校舎裏の小道を彩っていた。
――高校二年の春。
早瀬 陸は、自分にとって最大の決断を下そうとしていた。
「柚葉、ちょっと話があるんだ」
その言葉に、幼馴染の朝倉 柚葉は、小さく首を傾げながらも素直に頷いてくれた。
彼女とは幼稚園の頃からの付き合いで、何度も家を行き来し、同じゲームで笑い合い、風邪を引けばおかゆを作って持ってきてくれた。
周囲からも「なんか、付き合ってるんじゃない?」なんて噂されたこともあった。
でも、それが嬉しかった。
いつしか彼女は、ただの幼馴染じゃなくなっていた。
誰より近くて、誰より遠い存在になっていた。
だからこそ――今日、告白する。
この春、何かが変わる。そんな希望が、確かにあった。
「俺さ……ずっと、柚葉のことが好きだった」
言い終えた瞬間、心臓の鼓動が耳に響いた。
彼女が何を言うか、それだけが世界のすべてのように思えた。
柚葉は、少しだけ目を見開いて、それから――ほんのり笑った。
柔らかく、でも、それはどこか遠くを見つめるような笑みだった。
「……ごめんね、陸くん」
その一言で、すべてが理解できた。
「陸くんの気持ち、嬉しいよ。ほんとに、すっごく。でも、私……陸くんのこと、そういう風には見れないんだ」
その声に、冷たさはなかった。
ただ、はっきりと、拒絶の意志が込められていた。
「私ね……実は、数ヶ月前から付き合ってる人がいて。大学生で、バイト先の人なんだ。ちょっと大人で、頼れる人で……」
聞いている間、頭の中が真っ白になっていった。
鼓膜を震わせる声はあるのに、意味を結ばない。
桜の花が風に舞っていることすら、夢の中のように遠かった。
「……そっか」
それだけ、なんとか絞り出した。
泣きたくても、涙は出なかった。
胸の奥で何かがゆっくりと壊れ、音もなく崩れていくのがわかった。
「ごめんね。気まずくなったら、やだなって思って……でも、陸くんのこと、これからも友達でいたいなって思ってる」
「……うん。俺も……ありがと」
精一杯の笑顔を作ったつもりだった。
でも、口角が上がったかどうかも、もはやわからなかった。
* * *
そのまま、陸は傷心の中、校舎を出て、帰り道も選ばず俯き歩き続けた。
「恋愛って、なんなんだよ……」
呟いた声は、春風に掻き消された。
ずっと、思い込んでいた。
いつか、想いは届くと。信じてた。
でも現実は――そうじゃなかった。
陸は幼い頃の柚葉との記憶を想い起こす。
――私、将来は陸くんみたいな人と結婚したい!
「なんて言ってたのによ、なんだよ…普通今までの感じからどう考えてもいけると思うじゃんか!どう考えても確定演出じゃん!思わせぶりかよ!
くそ……くだらねぇ……恋なんて、くだらねぇよ……」
自分に言い聞かせるように、何度も繰り返した。
だって、そうでもしなきゃ、壊れた自分が直視できなかった。
その瞬間だった。
「……え?」
視界が歪んだ。
ぐらりと地面が傾き、身体が宙に浮いたような感覚。
前方から、トラックのライトが目に映る――
ブレーキ音。誰かの叫び。
あらゆる音が混ざり合い、世界が暗転した。
* * *
――そして、目を覚ますと。
「……どこ、だ……?」
そこは、白く、どこまでも空虚な空間だった。
地平も天井もない、ただ白一色の世界。現実感が欠けた、夢の底のような場所。
その中心に、声が響く。
『ようこそ、転生の門へ』
「は……?」
『私は“門”を司る存在。この世とあの世、そして異世界を繋ぐ、通過点の番人のようなものです。』
目の前に、フードを被った人影が現れる。その姿はぼやけ、性別すら判別できない。
だが声は不思議なほど心地よく、どこか馴染みがあるようにすら思えた。
『貴方は恋に破れ、運命に弾かれた者。だが、貴方には使命がある』
「いや、意味わかんねぇから
それよりここどこだ、俺死んだのか?」
『貴方は、選ばれたのです。“恋の勇者”として――アモーレ王国に』
「人の話し聞けよ!てか何、恋の勇者!? さっき俺、“恋はくだらねぇ”って言ったばっかだぞ!?」
『……それは、運命への反抗。ならば、なおさら適任』
「なんなんだよその理屈!!!」
「では行きなさい、恋の勇者よ!あなたの進む先に良き恋が在らん事を…」
「だから勝手に話し進めんな!意味わかねぇーって!」
途端に光が身体を包み、白一色の世界が崩れるように消えていく。
「おい!ちょ、まて!ふざけん……」
――次の瞬間、陸は異世界にいた