001 魔王城にて
四千年前 魔王城 大広間にて
魔王城の大広間。かつて無数の兵が並び、咆哮と歓声に満ちたその空間に、今は二人の気配しかなかった。
玉座に腰かける男――魔王ザイド。黒き外套が床を引きずり、瞳は虚空を見据えていた。
「……飽きたな」
その言葉は、まるで独り言のように低く、重く響いた。
傍らにひざまずくのは、忠実なる配下、冥闇の将ガルサ。全身を黒鎧で包み、目だけが赤く光っている。
「……何に、でございますか、我が王」
「すべてにだ。戦、支配、絶望……勝ち続けた結果が、これとはな。敵はおらず、恐れられ、挑む者すらいない。命を削る意義も、もはや無い」
ガルザは沈黙する。その言葉の意味を、主の疲弊した声音から察していた。
「それゆえに、転生を選ばれると……?」
「そうだ。500年もの争いの果てに、この魂も澱んだ。ならば1度人生をやり直すのもいい。平和な世界でな。
もっとも、力や記憶は残ると思うが」
「新たな人生を歩む…魔王としてもうこの場所には来ないということですか。」
「そうだ。」
ザイドはゆっくりと立ち上がった。その身から黒き魔素が立ち昇り、空間がひずみ始める。
「ガルザ。汝はここに残れ。きっと、俺が転生したと知れば民は混乱に陥るだろう。
お前はその混乱を沈めろ。
そのあとは好きに生きるがいい。
これが魔王としての最後の命令だ。」
「はっ……」
大広間が闇に包まれる。その中心で、魔王の姿が霧のように溶け、やがて完全に消えていった…。