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プロローグ - オルタナ

都市「オルタナ」の中央街では、活気に満ちた人々の往来が始まっていた。迷宮の入り口に向かう探索者たちは、手入れの行き届いた鎧や武器を身に纏い、決然とした表情で歩を進めていく。彼らの装備には様々な魔導具が組み込まれており、それらは時折青白い光を放ち、通りを行き交う人々の視線を集めていた。


「今日も掘り出し物があるといいな」


誰かがそう呟くのが聞こえる。探索者たちにとって迷宮とは、命の危険と引き換えに富と名声をもたらす場所だった。迷宮から持ち帰られる未知の資源は、オルタナの経済と技術を支える礎となっている。


探索ギルドの建物は、中央街でも特に目を引く存在だった。古代の石材と最新の魔導技術が融合した建築様式は、オルタナという都市そのものを象徴しているようだった。ギルドの正面に掲げられた三つの頭を持つ犬の像――ケルベロスのレリーフは、探索者たちを見守るように厳かな表情を浮かべている。

「逢ふを喜び、別るるを讃へよ」と刻まれた言葉は、年月の風雨で少し摩耗していたが、それでもなお、オルタナの住人たちに古くからの掟を思い起こさせる力を持っていた。


中央街から少し離れた工業区域では、鍛冶の音が響き渡っていた。魔導具を専門とする工房が立ち並ぶその一角で、金槌を打つ規則正しい音が聞こえてくる。工房内部からは魔石の焼ける独特の匂いと金属の熱した香りが漂っていた。壁には様々な設計図が貼られ、使い込まれた道具類が整然と並び、職人の几帳面さを物語っていた。

工房の外では、幼い迷宮孤児たちが取り残された魔導具の破片や鉱石の欠片を拾い集めていた。彼らにとって、それらは貴重な換金源であり、一日の食事を確保するための命綱だった。

薄汚れた服を着た少年が、手のひらの上で小さな魔石の欠片を転がし、笑顔を見せる。彼らの顔には幼さが残っているものの、その目には大人びた諦観が宿っていた。


マーケットでは、商人たちが活気に満ちた声で商品を売り込んでいた。合法と非合法の境界が曖昧なこの場所では、世界中から集められた珍奇な品々が取引されている。色とりどりの布で覆われた露店が立ち並び、異国の香辛料や魔導具の部品、迷宮から持ち出された未知の遺物などが混然一体となって陳列されていた。


「新鮮な情報だ。アウステリア帝国とエル=リオンド王国の戦が終結するそうだ」

「王国は帝国というより国内の反乱軍に制圧されたという噂も聞いたぞ」


商人たちは値段交渉の合間に、遠方の国々の情勢を交換していた。オルタナは単なる商業都市ではなく、情報の集積地でもある。ここで交わされる噂話は、やがて確かな情報として大陸中に広まっていくのだ。


マーケットの奥まった場所では、もっと危険な取引が行われていた。身なりの良い男が、暗がりの中で小声で何かを交渉している。彼の言葉の端々から、生きた「商品」の取引が行われていることが窺えた。


「子どもなら高く売れる。特に獣人は丈夫だし都合がいい」


彼の背後には、厳めしい表情の護衛が立っていた。彼らの腕には目立たないが、何かの紋章が刻まれていた。


スラム街では、貧しい人々が狭い路地に押し込められるように生活していた。窓から干された洗濯物が通りに影を落とし、地面には汚水が溜まっていた。そこには、只人も獣人も鉱人も、区別なく貧困という共通の壁に直面していた。

小さな部屋からは薬草の香りが漂い、咳き込む老人たちの声が聞こえてきた。薬缶が湯気を立て、包帯が乾かされている光景は、この場所にも救いの手が差し伸べられていることの証だった。


別の場所では、白髪の老人が数人の子どもたちに文字を教えていた。朽ちかけた木の机に向かう子どもたちはあるものは真剣であるものは寝ている。


スラムの外れにあるゴミ捨て場では、獣人の子どもたちが使えそうなものを探していた。毛並みの違う尻尾が時折ピクリと動き、何か有用なものを見つけると目を輝かせる。壊れた魔導具や捨てられた食材の残りが、彼らにとっては貴重な財産となりうるのだ。


ゴミを拾う子の一人が空を見上げると空に浮かぶ巨大な岩盤の影が陽を遮り、オルタナの街に斑模様の陰影を落とした。浮遊都市区画「空中庭園グライム」と呼ばれるその一帯は、豪奢な邸宅や貴族の別荘が立ち並ぶ特権階級の居住区だ。そこに住まう者たちにとって、足元に広がるオルタナの街は、単なる眺望以上の意味を持たない。


同じ頃、オルタナの門をくぐる三つの影があった。鍛えられた巨躯の男とその後ろに続く少年、そして少年の肩に乗った小さな猿の姿をした生き物。彼らの旅装は埃と長旅の疲れを物語っていた。

少年は疲れた様子ながらも好奇心に満ちた目でオルタナの街を見回していた。彼の目には何かを失った者特有の淋しさが宿っていた。肩に乗る生き物は一見すれば普通の動物のようだったが、その瞳には人間を超える知性が光っていた。

三人の影が街に溶け込むように進んでいく様子を、空から見下ろすように《グライム》が通過していった。

門のケルベロスのレリーフは、新たに街にやってきた者たちを見下ろすように鎮座していた。三つの頭が別々の方向を向いているそのレリーフは、表情の見る角度によって、時に歓迎を、時に警告を表しているようだった。


陽に照らされたオルタナの街並みが、黄金色に染まっていく。この街で彼らを待ち受ける運命が何であるのか、まだ誰も知らなかった。ただ確かなことは、彼らがこれからこの地で「逢ふを喜び、別るるを讃へ」ることになるということだけだった。

そしてもう一つ、この街の本当の姿を知った時、彼らは「奪ふ者あらば赦すなかれ」という古い誓いの意味を理解することになるだろう。

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